「生命倫理」の版間の差分

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英語名:bioethics
英語名:bioethics


 生命倫理(バイオエシックス)とは、文字通り生命に関する倫理的問題を扱う分野であることは間違いない。しかし、扱う範囲はかなり幅広い。生命倫理研究の代表的な機関の一つである[[wikipedia:Georgetown University|ジョージタウン大学]]・[[wikipedia:Kennedy Institute of Ethics|ケネディ倫理研究所]]が編集した『[http://rnavi.ndl.go.jp/books/2009/04/000008834440.php 生命倫理百科事典]』の序文によれば、生命倫理とは「学際的状況において様々な倫理的方法論を用いて行う、生命科学と保健医療の道徳的諸次元―道徳的展望、意思決定、行為、政策を含む―に関する体系的研究」(改定第2版)である。また、1992年の[[wikipedia:International Society of Bioethics|国際バイオエシックス学会]]では、生命倫理は「医療や生命科学に関する[[wikipedia:JA:倫理|倫理]]的、[[wikipedia:JA:哲学|哲学]]的、社会的問題や、それに関する問題をめぐり学際的に研究する学問」と定義されている。学際性が大きな特徴であり、哲学、法学、社会政策等々、様々な分野と関係していることがよくわかる。  
 生命倫理(バイオエシックス)とは、文字通り生命に関する倫理的問題を扱う分野であることは間違いない。しかし、扱う範囲はかなり幅広い。生命倫理研究の代表的な機関の一つである[[wikipedia:Georgetown University|ジョージタウン大学]]・[[wikipedia:Kennedy Institute of Ethics|ケネディ倫理研究所]]が編集した『[http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008834440-00 生命倫理百科事典]』の序文によれば、生命倫理とは「学際的状況において様々な倫理的方法論を用いて行う、生命科学と保健医療の道徳的諸次元―道徳的展望、意思決定、行為、政策を含む―に関する体系的研究」(改定第2版)である。また、1992年の[[wikipedia:International Society of Bioethics|国際バイオエシックス学会]]では、生命倫理は「医療や生命科学に関する[[wikipedia:JA:倫理|倫理]]的、[[wikipedia:JA:哲学|哲学]]的、社会的問題や、それに関する問題をめぐり学際的に研究する学問」と定義されている。学際性が大きな特徴であり、哲学、法学、社会政策等々、様々な分野と関係していることがよくわかる。  


 こうした生命倫理という分野を生み出すきっかけとなったものは、下記の三つにまとめることができると思われる。
 こうした生命倫理という分野を生み出すきっかけとなったものは、下記の三つにまとめることができると思われる。
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 そのため、生命倫理における原則においても、自己決定権や(それに基づく)自律尊重を強く打ち出すタイプのものもあれば、それとは違う方向を目指すものもある。
 そのため、生命倫理における原則においても、自己決定権や(それに基づく)自律尊重を強く打ち出すタイプのものもあれば、それとは違う方向を目指すものもある。


 例えば、ジョージタウン大学・ケネディ倫理研究所のビーチャムとチルドレスは『[[wikipedia:JA:生命医学倫理|生命医学倫理]]』(初版1979年)を刊行し、生命倫理の4原則を提示した。その4原則とは、「自律尊重原理」「無危害原理」「仁恵原理」「正義原理」である。この4原則は硬直したものではなく、自らの原則の適用範囲に限界があり、原則が当てはまらないケース、例外的な状況があることを認めているし、原則同士で対立するケースも当然も認めている。しかしながら、自律尊重を強く打ち出すとともに、自律を理解する際に、他者に危害を加えない限り自分の好むことを行える自己決定のことを自律として解釈している部分が多いと言えるだろう。
 例えば、ジョージタウン大学・ケネディ倫理研究所のビーチャムとチルドレスは『[http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010331177-00 生命医学倫理]』(初版1979年)を刊行し、生命倫理の4原則を提示した。その4原則とは、「自律尊重原理」「無危害原理」「仁恵原理」「正義原理」である。この4原則は硬直したものではなく、自らの原則の適用範囲に限界があり、原則が当てはまらないケース、例外的な状況があることを認めているし、原則同士で対立するケースも当然も認めている。しかしながら、自律尊重を強く打ち出すとともに、自律を理解する際に、他者に危害を加えない限り自分の好むことを行える自己決定のことを自律として解釈している部分が多いと言えるだろう。


 しかし、[[wikipedia:JA:ヨーロッパ|ヨーロッパ]]の生命倫理の研究者が[[wikipedia:JA:EU|EU]]の[[wikipedia:JA:ヨーロッパ委員会|ヨーロッパ委員会]]に対して提言した[[wikipedia:JA:バルセロナ宣言|バルセロナ宣言]]は、やや異なる方向を目指している。バルセロナ宣言では、「自律」は治療や実験に与えられる「許可」という意味でのみ理解されてはならないと言われる。そして、自律にはさまざまな限界があることを明確に宣言しているうえ、「他者への配慮の文脈にある自律」の概念を提唱している。また、[[wikipedia:JA:生物学|生物学]]的な意味で[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]であれば、「尊厳」をもつと主張するとともに、人間の有限性と人間の生のもろさを強調している。バルセロナ宣言はビーチャムとチルドレスの4原則と比べると、自己決定権や自律を弱く解釈し、新しい生命倫理原則を提示しているのである。
 しかし、[[wikipedia:JA:ヨーロッパ|ヨーロッパ]]の生命倫理の研究者が[[wikipedia:JA:EU|EU]]の[[wikipedia:JA:ヨーロッパ委員会|ヨーロッパ委員会]]に対して提言した[[wikipedia:JA:バルセロナ宣言|バルセロナ宣言]]は、やや異なる方向を目指している。バルセロナ宣言では、「自律」は治療や実験に与えられる「許可」という意味でのみ理解されてはならないと言われる。そして、自律にはさまざまな限界があることを明確に宣言しているうえ、「他者への配慮の文脈にある自律」の概念を提唱している。また、[[wikipedia:JA:生物学|生物学]]的な意味で[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]であれば、「尊厳」をもつと主張するとともに、人間の有限性と人間の生のもろさを強調している。バルセロナ宣言はビーチャムとチルドレスの4原則と比べると、自己決定権や自律を弱く解釈し、新しい生命倫理原則を提示しているのである。

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