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同義語:ユニット記録
同義語:ユニット記録


 細胞外記録とは、広義には神経細胞の近傍に生じる微弱な電気的あるいは電気化学的変化を調べる記録法の総称であり、狭義にはユニット活動の記録を指す。実験目的や記録対象に応じて、局所フィールド記録、単一ユニット記録、マルチユニット記録、ジャクスタセルラー記録、アンペロメトリーなどの記録方法と、それに最適な[[wikipedia:jp:電極|電極]]や計測装置を選択する。総じて時間分解能が高く、脳内の信号処理の仕組みを解明するための有力な研究手法の一つである。
 細胞外記録とは、広義には[[神経細胞]]の近傍に生じる微弱な電気的あるいは電気化学的変化を調べる記録法の総称であり、狭義には[[ユニット活動]]の記録を指す。実験目的や記録対象に応じて、[[局所フィールド記録]]、[[単一ユニット記録]]、[[マルチユニット記録]]、[[ジャクスタセルラー記録]]、[[アンペロメトリー]]などの記録方法と、それに最適な[[電極]]や計測装置を選択する。総じて時間分解能が高く、脳内の信号処理の仕組みを解明するための有力な研究手法の一つである。




==細胞外記録とは==
==細胞外記録とは==
[[ファイル:trace.jpg|thumb|400px|'''図.細胞外記録の一例'''<br>ラット大脳皮質における局所フィールド電位とユニット活動の記録]]  脳や脊髄などの組織内の細胞間隙に電極を配置して、あるいは培養細胞などに電極を接触させて、神経細胞の近傍に生じる微弱な電気的あるいは電気化学的変化を増幅し記録する方法を細胞外記録という。
[[ファイル:trace.jpg|thumb|400px|'''図.細胞外記録の一例'''<br>[[ラット]][[大脳皮質]]における局所フィールド電位とユニット活動の記録]]  [[脳]]や[[脊髄]]などの組織内の細胞間隙に電極を配置して、あるいは培養細胞などに電極を接触させて、神経細胞の近傍に生じる微弱な電気的あるいは電気化学的変化を増幅し記録する方法を細胞外記録という。


 細胞集団全体の活動を調べる局所フィールド電位記録、個々の神経細胞の発火活動を調べる単一ユニット記録とマルチユニット記録、記録細胞の形態を可視化できるジャクスタセルラー記録、細胞外液中の特定の生理活性物質の濃度変化を調べるアンペロメトリーなどに分類される。いずれも高い時間精度で神経活動を計測することができるが、脳組織や神経細胞群に電極を配置するため若干の[[wikipedia:jp:侵襲|侵襲]]は避けられない。
 細胞集団全体の活動を調べる局所フィールド電位記録、個々の神経細胞の発火活動を調べる単一ユニット記録とマルチユニット記録、記録細胞の形態を可視化できる[[ジャクスタセルラー記録]]、細胞外液中の特定の[[生理活性物質]]の濃度変化を調べるアンペロメトリーなどに分類される。いずれも高い時間精度で神経活動を計測することができるが、脳組織や神経細胞群に電極を配置するため若干の侵襲は避けられない。


==細胞外記録に用いられる電極==
==細胞外記録に用いられる電極==
 細胞外記録用の電極には、ガラス管の先端を熱で加工し[[wikipedia:jp:電解質|電解質]]を内部に充填したガラス電極、[[wikipedia:jp:タングステン|タングステン]]や[[wikipedia:jp:銀|銀]]などをガラスや[[wikipedia:jp:テフロン|テフロン]]など絶縁材料で被覆した金属電極、[[wikipedia:jp:半導体|半導体]]技術を応用して複数の電極を配置したシリコンプローブ、イオン選択性交換剤をガラス管に詰めたイオン(イオン選択性)電極やアンペロメトリーに使用するカーボンファイバー電極などがある。
 細胞外記録用の電極には、ガラス管の先端を熱で加工し[[wikipedia:jp:電解質|電解質]]を内部に充填したガラス電極、[[wikipedia:jp:タングステン|タングステン]]や[[wikipedia:jp:銀|銀]]などをガラスや[[wikipedia:jp:テフロン|テフロン]]など[[wikipedia:ja:|絶縁材料]]で被覆した金属電極、[[wikipedia:jp:半導体|半導体]]技術を応用して複数の電極を配置した[[シリコンプローブ]]、イオン選択性交換剤をガラス管に詰めた[[イオン(イオン選択性)電極]]やアンペロメトリーに使用する[[カーボンファイバー電極]]などがある。
通常、1本の電極を[[マイクロドライブ]]やマニピュレータをもちいて脳内の目的部位に正確に刺入するが、複数本の電極をワイヤ束状、櫛の歯状、あるいは剣山状に並べて刺入することも可能である。動きやすい神経細胞や組織には、軽い陰圧をかけて記録対象を機械的に保持する[[吸引電極]]が用いられる。柔らかい電極材料を脳内に慢性的に埋め込んで脳の機械的な変位に柔軟に対応する[[フローティング電極]]も開発が試みられている。[[脳スライス標本]]や[[分散培養]]した神経細胞には、碁盤の目状に電極を配置した[[マルチ電極アレー]]が用いられることもある。
通常、1本の電極を[[マイクロドライブ]]や[[wikipedia:ja:|マニピュレータ]]をもちいて脳内の目的部位に正確に刺入するが、複数本の電極をワイヤ束状、櫛の歯状、あるいは剣山状に並べて刺入することも可能である。動きやすい神経細胞や組織には、軽い陰圧をかけて記録対象を機械的に保持する[[吸引電極]]が用いられる。柔らかい電極材料を脳内に慢性的に埋め込んで脳の機械的な変位に柔軟に対応する[[フローティング電極]]も開発が試みられている。[[脳スライス標本]]や[[初代培養|分散培養]]した神経細胞には、碁盤の目状に電極を配置した[[マルチ電極アレー]]が用いられることもある。


==細胞外記録の種類==
==細胞外記録の種類==
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===局所フィールド電位記録===
===局所フィールド電位記録===
 目的とする脳部位に測定電極(関電極)を刺入し、十分に離れて電気的変動の少ない部位に基準電極(不関電極)を設けると、神経細胞の集団活動の結果生じる[[局所フィールド電位]] local field potential (LFP)を記録することができる。一般には、低い[[wikipedia:jp:インピーダンス|インピーダンス]](数百kΩ程度)の金属電極やガラス電極を使用し、1Hz以下から数百Hzまでの成分を含む、数~数百μV程度の振幅の電位変化を観測の対象とする。機械的変位に強く、行動中の動物から長期間にわたって記録することが可能である。[[大脳皮質]]の局所フィールド電位を頭皮上または硬膜下から間接的に測定したものが、それぞれ[[脳波]](electroencephalogram, EEG)、皮質脳波(electrocoticogram, ECoG)である。そこで局所フィールド電位を深部脳波と呼ぶこともある。
 目的とする脳部位に測定電極(関電極)を刺入し、十分に離れて電気的変動の少ない部位に基準電極(不関電極)を設けると、神経細胞の集団活動の結果生じる局所フィールド電位 local field potential (LFP)を記録することができる。一般には、低い[[wikipedia:jp:インピーダンス|インピーダンス]](数百kΩ程度)の金属電極やガラス電極を使用し、1Hz以下から数百Hzまでの成分を含む、数~数百μV程度の振幅の電位変化を観測の対象とする。機械的変位に強く、行動中の動物から長期間にわたって記録することが可能である。大脳皮質の局所フィールド電位を頭皮上または[[硬膜]]下から間接的に測定したものが、それぞれ[[脳波]](electroencephalogram, EEG)、[[皮質脳波]](electrocoticogram, ECoG)である。そこで局所フィールド電位を[[深部脳波]]と呼ぶこともある。


 大脳皮質などで観測される局所フィールド電位は、主に[[錐体細胞]]群への集団的な[[シナプス入力]]によって発生すると説明される(フィールドfield EPSP)。例えば、大脳皮質の錐体細胞の尖頭[[樹状突起]]の遠位部(皮質浅層に相当)に興奮性のグルタミン酸作動性のシナプス入力が来た場合、グルタミン酸受容体を介して陽イオン(つまり電流)が細胞内へ流れ込む(吸い込み、シンクsink)。この電流は樹状突起内を流れて近位部などから細胞外へ流れ出る(湧き出し、ソースsource)。局所フィールド電位は、シンク付近でマイナス、ソース付近でプラスの極性を示し、このシンクとソースの対を双極子dipoleと呼ぶ。双極子の方向に沿って等間隔の部位から得られた局所フィールド電位を使って[[電流源密度解析]] current source density (CSD) analysisをおこなうと、記録部位に沿ったシンクとソースの時間的、空間的分布を調べることができる。なお、[[海馬]]の錐体細胞層など神経細胞の細胞体が密に分布する部位においては、細胞集団の発火活動の総和である[[集合スパイク]] population spikeが観測される。脳スライス標本や分散培養した神経細胞からも、シリコンプローブやマルチ電極アレーをもちいて、フィールドEPSPや集合スパイクを計測することが可能である。
 大脳皮質などで観測される局所フィールド電位は、主に[[錐体細胞]]群への集団的な[[シナプス]]入力によって発生すると説明される(フィールドfield EPSP)。例えば、大脳皮質の錐体細胞の尖頭[[樹状突起]]の遠位部(皮質浅層に相当)に興奮性の[[グルタミン酸]]作動性のシナプス入力が来た場合、[[グルタミン酸受容体]]を介して[[wikipedia:ja:|陽イオン]](つまり電流)が細胞内へ流れ込む(吸い込み、シンクsink)。この電流は樹状突起内を流れて近位部などから細胞外へ流れ出る(湧き出し、ソースsource)。局所フィールド電位は、シンク付近でマイナス、ソース付近でプラスの極性を示し、このシンクとソースの対を[[wikipedia:ja:|双極子]]dipoleと呼ぶ。双極子の方向に沿って等間隔の部位から得られた局所フィールド電位を使って[[電流源密度解析]] current source density (CSD) analysisをおこなうと、記録部位に沿ったシンクとソースの時間的、空間的分布を調べることができる。なお、海馬の錐体細胞層など神経細胞の細胞体が密に分布する部位においては、細胞集団の発火活動の総和である[[集合スパイク]] population spikeが観測される。脳スライス標本や分散培養した神経細胞からも、シリコンプローブやマルチ電極アレーをもちいて、[[フィールドEPSP]]や集合スパイクを計測することが可能である。


===単一ユニット記録===
===単一ユニット記録===
 高いインピーダンス(数MΩ程度)の金属微小電極などを単一の神経細胞に接近させて、その記録細胞に発生する活動電位を反映した細胞外の微弱な電位変化(ユニットunit。スパイクspike、発火discharge/firingとも呼ぶ)を測定することを単一ユニット記録single unit recordingと呼ぶ。このユニット活動の記録を(狭義の)細胞外記録と称することも多い。通常、ユニット活動は数百μVまでの一定振幅の陰性ピークとして観測される。細胞内記録と異なり、[[シナプス後電位]]など[[閾値]]下の膜電位変化は観察できない。行動中の動物から安定して記録し、およその記録部位をマークすることもできるが、記録細胞を可視化することは困難である。各ユニットの発生時間を時間軸上にプロットしたものを[[ラスタープロット]] raster plot、ある事象に関連したユニットの発生確率を示すヒストグラムをperi-stimulus time histogram (PSTH)またはperi-event time histogram (PETH)と呼び、記録細胞の発火特性や機能を表現する図として多用される。単一ユニット記録を使った先駆的な研究例として、D. H. HubelとT. N. Wieselによるネコの[[視覚野]]の研究<ref><pubmed> 14403679 </pubmed></ref>やE. V. Evartsによるサルの運動野の研究<ref><pubmed> 14283057 </pubmed></ref>が挙げられる。
 高いインピーダンス(数MΩ程度)の金属微小電極などを単一の神経細胞に接近させて、その記録細胞に発生する活動電位を反映した細胞外の微弱な電位変化(ユニットunit。スパイクspike、発火discharge/firingとも呼ぶ)を測定することを単一ユニット記録single unit recordingと呼ぶ。このユニット活動の記録を(狭義の)細胞外記録と称することも多い。通常、ユニット活動は数百μVまでの一定振幅の陰性ピークとして観測される。細胞内記録と異なり、[[シナプス後電位]]など[[閾値]]下の[[膜電位]]変化は観察できない。行動中の動物から安定して記録し、およその記録部位をマークすることもできるが、記録細胞を可視化することは困難である。各ユニットの発生時間を時間軸上にプロットしたものを[[ラスタープロット]] raster plot、ある事象に関連したユニットの発生確率を示す[[wikipedia:ja:|ヒストグラム]]を[[peri-stimulus time histogram]] (PSTH)または[[peri-event time histogram]] (PETH)と呼び、記録細胞の発火特性や機能を表現する図として多用される。単一ユニット記録を使った先駆的な研究例として、[[wikipedia:David H. Hubel|D. H. Hubel]]と[[wikipedia:Torsten Wiesel|T. N. Wiesel]]によるネコの[[視覚野]]の研究<ref><pubmed> 14403679 </pubmed></ref>やE. V. Evartsによるサルの運動野の研究<ref><pubmed> 14283057 </pubmed></ref>が挙げられる。


注)同時に記録する細胞の数(単一か複数か)にかかわらず、個別の細胞由来に分離した(isolated)ユニット活動を単一ユニット活動single unit activity (SUA)と称して、集合的な(分離しない)ユニット活動multi-unit activity (MUA)と区別する場合もある。しかし、ここでは分離の有無にかかわらず、複数の細胞からの同時記録は次のマルチユニット記録に含めることとする。
注)同時に記録する細胞の数(単一か複数か)にかかわらず、個別の細胞由来に分離した(isolated)ユニット活動を単一ユニット活動single unit activity (SUA)と称して、集合的な(分離しない)ユニット活動multi-unit activity (MUA)と区別する場合もある。しかし、ここでは分離の有無にかかわらず、複数の細胞からの同時記録は次のマルチユニット記録に含めることとする。

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