「摂食制御の神経回路」の版間の差分

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ネコを用いた破壊実験から、腹内側核に満腹中枢があり、外側野に空腹中枢があると考えられてきた。しかし、過去の破壊実験の多くは近傍の神経線維の破壊を伴うため、単純には解釈できない。例えば、外側野の破壊時には内側前脳束も損傷するが、内側前脳束には摂食行動や報酬行動に重要なドパミン神経線維が豊富に存在する。腹内側核を破壊すると、弓状核からの腹内側核や室傍核への投射線維も破壊されるため、観察される摂食行動変化の原因が腹内側核と弓状核のどちらにあるかを決めることができない。しかし、Cre-loxPシステムを利用した遺伝子改変マウスの開発により、特定の神経細胞集団での遺伝子発現変化が摂食行動や体重制御に与える影響を検討することが可能となり、この10年で摂食制御の神経ネットワークについての理解が大きく進展した。  
ネコを用いた破壊実験から、腹内側核に満腹中枢があり、外側野に空腹中枢があると考えられてきた。しかし、過去の破壊実験の多くは近傍の神経線維の破壊を伴うため、単純には解釈できない。例えば、外側野の破壊時には内側前脳束も損傷するが、内側前脳束には摂食行動や報酬行動に重要なドパミン神経線維が豊富に存在する。腹内側核を破壊すると、弓状核からの腹内側核や室傍核への投射線維も破壊されるため、観察される摂食行動変化の原因が腹内側核と弓状核のどちらにあるかを決めることができない。しかし、Cre-loxPシステムを利用した遺伝子改変マウスの開発により、特定の神経細胞集団での遺伝子発現変化が摂食行動や体重制御に与える影響を検討することが可能となり、この10年で摂食制御の神経ネットワークについての理解が大きく進展した。  


[[Image:Neural connection.png|thumb|right|500px|図1 摂食行動制御に関わる主な神経回路]]<br>  
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'''摂食制御に関わる神経核'''  
'''摂食制御に関わる神経核'''  
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<u>大脳</u>  
<u>大脳</u> [[Image:Neural connection.png|thumb|right|500px|図1 摂食行動制御に関わる主な神経回路]]


*&nbsp;島皮質
*&nbsp;島皮質
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側坐核は腹側被蓋野からドパミン神経の投射を受け、眼窩前頭皮質や島皮質とも線維連絡があり、摂食の快さ、報酬的側面に基づいた摂食行動の促進に関与していると考えられている<ref><pubmed> 12383777 </pubmed></ref>。側坐核にGABA受容体作動薬やグルタミン酸受容体拮抗薬を投与すると摂食行動が促進するが、とくに甘みや脂質に富んだ餌の摂取量が増加する。側坐核はメラニン凝集ホルモン(melanin-concentrating hormone: MCH)受容体を豊富に発現し、MCH神経の密な投射がある。  
側坐核は腹側被蓋野からドパミン神経の投射を受け、眼窩前頭皮質や島皮質とも線維連絡があり、摂食の快さ、報酬的側面に基づいた摂食行動の促進に関与していると考えられている<ref><pubmed> 12383777 </pubmed></ref>。側坐核にGABA受容体作動薬やグルタミン酸受容体拮抗薬を投与すると摂食行動が促進するが、とくに甘みや脂質に富んだ餌の摂取量が増加する。側坐核はメラニン凝集ホルモン(melanin-concentrating hormone: MCH)受容体を豊富に発現し、MCH神経の密な投射がある。  


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<u>視床下部</u>  
<u>視床下部</u>  
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弓状核は摂食行動制御の中心に位置すると考えられている。弓状核への主な入力は室傍核、内側視索前野、背内側核、外側野、前乳頭核、分界条床核、扁桃体内側核、中隔核であり、出力は室傍核、内側視索前野、背内側核に多い。弓状核には、摂食行動を促進するニューロペプチドY (Neuropeptide Y: NPY)およびアグーチ関連ペプチド(Agrouti-related peptide: AgRP)を産生する神経細胞と、摂食行動を抑制するαメラノサイト刺激ホルモン(α-melanocyte stimulating hormone: α-MSH)を産生する細胞が存在する。NPY産生神経細胞とAgRP産生神経細胞はほぼ同一の細胞集団であることからNPY/AgRP神経細胞と記載されることもある。α-MSH は、プロオピオメラノコルチン(proopiomelanocortin: POMC)神経細胞が産生する前駆体蛋白POMCが酵素によってプロセスされて生成される。POMC神経はコカイン・アンフェタミン調節転写産物(cocaine- and amphetamine-regulated transcript: CART)も産生することからPOMC/CART神経と記載されることもある。NPY、AgRP、α-MSHに加えて、摂食行動抑制作用を示すガラニン様ペプチド(galanin-like peptide: GALP)は視床下部では弓状核のみに発現している。また、弓状核はレプチン受容体やグレリン受容体が最も強く発現している部位である。レプチン受容体シグナルが活性化するとStat3がリン酸化されることからリン酸化Stat3はレプチンによる活性化の指標となっており、レプチン投与後弓状核でのリン酸化Stat3陽性細胞数が著増する。
弓状核は摂食行動制御の中心に位置すると考えられている。弓状核への主な入力は室傍核、内側視索前野、背内側核、外側野、前乳頭核、分界条床核、扁桃体内側核、中隔核であり、出力は室傍核、内側視索前野、背内側核に多い。弓状核には、摂食行動を促進するニューロペプチドY (Neuropeptide Y: NPY)およびアグーチ関連ペプチド(Agrouti-related peptide: AgRP)を産生する神経細胞と、摂食行動を抑制するαメラノサイト刺激ホルモン(α-melanocyte stimulating hormone: α-MSH)を産生する細胞が存在する。NPY産生神経細胞とAgRP産生神経細胞はほぼ同一の細胞集団であることからNPY/AgRP神経細胞と記載されることもある。α-MSH は、プロオピオメラノコルチン(proopiomelanocortin: POMC)神経細胞が産生する前駆体蛋白POMCが酵素によってプロセスされて生成される。POMC神経はコカイン・アンフェタミン調節転写産物(cocaine- and amphetamine-regulated transcript: CART)も産生することからPOMC/CART神経と記載されることもある。NPY、AgRP、α-MSHに加えて、摂食行動抑制作用を示すガラニン様ペプチド(galanin-like peptide: GALP)は視床下部では弓状核のみに発現している。また、弓状核はレプチン受容体やグレリン受容体が最も強く発現している部位である。レプチン受容体シグナルが活性化するとStat3がリン酸化されることからリン酸化Stat3はレプチンによる活性化の指標となっており、レプチン投与後弓状核でのリン酸化Stat3陽性細胞数が著増する。


[[Image:Med Hypo Network.png|thumb|right|500px|図2 NPY/AgRP神経とPOMC神経を中心とした視床下部内の神経回路]] <br>
*   NPY/AgRP神経
 
[[Image:Med Hypo Network.png|thumb|right|500px|図2 NPY/AgRP神経とPOMC神経を中心とした視床下部内の神経回路]]
*&nbsp;   NPY/AgRP神経


弓状核のNPY/AgRP神経は摂食行動を促進する。ジフテリア毒素受容体をNPY/AgRP神経細胞のみに発現させたマウスにジフテリアトキシンを投与すると、NPY/AgRP神経が数日で脱落する。この脱落に伴って、マウスの摂食量や体重が低下する<ref><pubmed> 16158063 </pubmed></ref>。NPY/AgRP神経細胞はGABA作動性であり、POMC神経細胞に投射してPOMC神経細胞を抑制するほか、室傍核、孤束核、結合腕傍核へ抑制性の投射をしている。NPY/AgRP神経から室傍核への投射はAgRPによるメラノコルチン4型受容体への逆作動薬としての活性が重要でありNPY・AgRP神経から孤束核、結合腕傍核へのGABA作動性投射により嘔気、嘔吐を抑制し、摂食行動を促進する。NPY/AgRP神経細胞はレプチン、グレリン、オレキシン、インスリン、セロトニンなどの受容体を発現しており、レプチンにより抑制性に、グレリンにより興奮性に制御される。  
弓状核のNPY/AgRP神経は摂食行動を促進する。ジフテリア毒素受容体をNPY/AgRP神経細胞のみに発現させたマウスにジフテリアトキシンを投与すると、NPY/AgRP神経が数日で脱落する。この脱落に伴って、マウスの摂食量や体重が低下する<ref><pubmed> 16158063 </pubmed></ref>。NPY/AgRP神経細胞はGABA作動性であり、POMC神経細胞に投射してPOMC神経細胞を抑制するほか、室傍核、孤束核、結合腕傍核へ抑制性の投射をしている。NPY/AgRP神経から室傍核への投射はAgRPによるメラノコルチン4型受容体への逆作動薬としての活性が重要でありNPY・AgRP神経から孤束核、結合腕傍核へのGABA作動性投射により嘔気、嘔吐を抑制し、摂食行動を促進する。NPY/AgRP神経細胞はレプチン、グレリン、オレキシン、インスリン、セロトニンなどの受容体を発現しており、レプチンにより抑制性に、グレリンにより興奮性に制御される。  
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<u>中脳</u>  
<u>中脳</u>  


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<u>橋</u>  
<u>橋</u>  


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<u>延髄</u>  
<u>延髄</u>  


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