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[[ファイル:1視床下部の位置.jpg|200px|thumb|right|図1:脳内における視床下部の位置]]
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視床下部とは、間脳に位置し、内分泌や自律機能の調節を行う総合中枢である。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%程度を占めるにすぎない小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、体温維持や摂食行動、性行動や睡眠覚醒など多様な機能を協調して管理することで生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。中脳以下の自律機能を司る中枢がそれぞれ呼吸運動や血管運動などの個別の自律機能を調節するのに対して、視床下部は[[交感神経]]・[[副交感神経]]の機能や内分泌を統合的に調節している。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、性行動、[[睡眠]]といった本能行動の中枢であり、怒りや不安などの情動行動とも関係している 。
視床下部とは、間脳に位置し、内分泌や自律機能の調節を行う総合中枢である。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%程度の小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、体温調節やストレス応答、摂食行動や睡眠覚醒など多様な機能を協調して管理している。中脳以下の自律機能を司る中枢が呼吸運動や血管運動といった個別の自律機能を調節するのに対し、視床下部は交感神経・副交感神経機能や内分泌を統合的に調節することで、生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、性行動、睡眠といった本能行動の中枢である。


== 視床下部の構造 ==
== 視床下部の構造 ==


[[ファイル:2視床下部の神経核.jpg|200px|thumb|right|図2:視床下部内の主な神経核]]
[[ファイル:2視床下部の神経核.jpg|200px|thumb|right|図2:視床下部内の主な神経核]]
視床下部を構成する灰白質は第三脳室と接している視床下部脳室周囲層、その外側の視床下部内側野、視床下部の最も外側に位置する視床下部外側野の3領域に分けられ、それぞれに核群が存在している。また、視床下部は下垂体門脈と呼ばれる血管系を介して下垂体とつながっている。下垂体は甲状腺、副腎皮質、性腺といった下位の内分泌腺を刺激するホルモンを分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生される視床下部ホルモンは下垂体門脈を経由して下垂体からのホルモン分泌を調節している。視床下部の毛細血管の内皮細胞には小さな孔が開いているため神経細胞は常に直接血液に接しており、視床下部内側領域には血液および脳脊髄液を連結する小管系も存在する。こうした視床下部の組織学的特徴は、視床下部の神経細胞が血液、脳脊髄液中の生理活性分子の濃度変化を感知するのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの神経核のうち、主なものを記す。
視床下部を構成する灰白質は第三脳室と接している視床下部脳室周囲層、その外側の視床下部内側野、最も外側に位置する視床下部外側野の3領域に分けられ、それぞれに神経核群が存在している。視床下部は下垂体門脈と呼ばれる血管系を介して下垂体とつながっている。下垂体は甲状腺、副腎皮質、性腺といった下位の内分泌腺を刺激するホルモンを分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生される視床下部ホルモンは下垂体門脈を経由してこの下垂体からのホルモン分泌を調節している。また、視床下部の一部では血液脳関門が無い領域が存在し、視床下部に存在する神経細胞が血液、脳脊髄液に含まれる生理活性分子の濃度変化をモニタリングするのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの神経核のうち、主なものを記す。


=== 弓状核(Arcuate nucleus: ARC) ===
=== 弓状核(Arcuate nucleus: ARC) ===


ホメオスタシスは自律神経系とホルモン系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系の制御を行っている。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる漏斗と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は下垂体前葉からのホルモン分泌を促進させる放出ホルモン(成長ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン放出ホルモン、プロラクチン放出ホルモン)あるいは分泌を抑制する放出抑制ホルモン(成長ホルモン抑制ホルモン、プロラクチン抑制ホルモン)を分泌している。また、弓状核は摂食行動とも関連が深い 。食欲抑制ホルモンとして知られるメラノコルチンと摂食亢進ホルモンとして知られる神経ペプチドYは摂食行動と代謝をお互い拮抗するように調節している。弓状核にはこのメラノコルチンの前駆体であるプロオピオメラノコルチン(POMC)および神経ペプチドYを発現している神経群がそれぞれ存在しており、レプチンがこの弓状核のPOMCニューロンを活性化することで食欲の抑制を行うことが報告されている<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>
ホメオスタシスは自律神経系とホルモン系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系を制御している。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる漏斗と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は下垂体前葉からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン(成長ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン放出ホルモン、プロラクチン放出ホルモン)あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン(成長ホルモン抑制ホルモン、プロラクチン抑制ホルモン)を分泌している。
また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核にはプロオピオメラノコルチン(Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現している神経(POMC神経)、および神経ペプチドY(Neuropeptide Y: NPY)とアグーチ関連ペプチド(Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現している神経(NPY/AgRP神経)がそれぞれ存在している。POMCから生じるメラノコルチンは食欲抑制ホルモンとして知られ、摂食亢進ホルモンとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、コカイン・アンフェタミン調節転写産物(Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRP神経が活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、メラノコルチン受容体に対するアンタゴニストであるAgRPの分泌を介して、間接的にも摂食行動を促進する。脂肪組織で産出される摂食抑制ホルモンであるレプチンは、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで食欲の抑制を行い<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>、胃で産出される摂食亢進ホルモンであるグレリンは弓状核のNPY/AgRP神経を活性化する<ref><pubmed> 11196643 </pubmed></ref>。
 


=== 室傍核(Paraventricular nucleus: PVN) ===
=== 室傍核(Paraventricular nucleus: PVN) ===


視床下部前方の背側部において第三脳室壁近くにある明瞭な核で[[視交叉上核]]とおなじく構成する細胞は大きい。下垂体後葉にオキシトシンを分泌している。また、室傍核にはストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasing hormone: CRH)を神経分泌によって放出する神経細胞が存在する。視床下部からのCRHの放出は下垂体前葉における副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone: ACTH)産生細胞を刺激し、ACTHやβ-リポトロピン、β―エンドルフィンの産生と放出とが促される。ACTHは副腎皮質を刺激し、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイド(主にコルチゾール)の産生と分泌とを高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対する全身の防御にはたらく。ヒトを含めた哺乳動物ではストレスに対する防御システムとして内分泌系および自律神経系が最も重要な役割を担っており、両者を制御する中枢が視床下部であり、視床下部―下垂体―副腎皮質の一連のホルモン伝達系はストレス応答の重要な経路となっている<ref><pubmed> 21663538</pubmed></ref>。
視床下部前方の背側、第三脳室壁の近くにある明瞭な核で、視交叉上核とおなじく構成する細胞は大きい。室傍核にはストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(Corticotropin-releasing hormone: CRH)を分泌する神経細胞が存在する。視床下部からのCRHの放出は下垂体前葉における副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone: ACTH)産生細胞を刺激し、ACTHやβ-リポトロピン、β―エンドルフィンの産生と放出とが促される。ACTHは血液循環によって運ばれたのち、副腎皮質を刺激し、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイド(主にコルチゾール)の産生と分泌とを高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対する全身の防御にはたらく。ヒトを含めた哺乳動物ではストレスに対する防御システムとして内分泌系および自律神経系が最も重要な役割を担っており、視床下部―下垂体―副腎皮質の一連のホルモン伝達系はストレス応答の重要な経路となっている<ref><pubmed> 21663538 </pubmed></ref>。


=== 視交叉上核(Suprachiasmatic nucleus: SCN) ===
=== 視交叉上核(Suprachiasmatic nucleus: SCN) ===


視床下部の底部、視交叉のすぐ上に位置する一対の神経核で、密集した大型の神経細胞から構成されている(一般に視床下部の神経核は主として散在性の小細胞から構成されている)。視交叉上核には神経ホルモンであるバゾプレシンあるいはオキシトシンを含む神経分泌ニューロンの細胞体が存在し、そこから延びる軸索は下垂体後葉に投射して毛細血管に神経分泌している。視交叉上核は体内時計の中枢として知られている<ref><pubmed> 20148688 </pubmed></ref>。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが消失してしまうだけではなく、視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、自律的にリズムを刻み続けることができる<ref><pubmed> 7718233 </pubmed></ref>。同時に、視交叉上核は外部環境である日長の情報を網膜から受け取り、他の情報と統合し、松果体へ送信している<ref><pubmed> 16337005 </pubmed></ref>。松果体ではこの情報に応答して睡眠を制御するホルモンであるメラトニンを分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。
視床下部の底部、視交叉のすぐ上に位置する一対の神経核で、密集した大型の神経細胞から構成されている(一般に視床下部の神経核は散在性の小細胞から構成されている)。視交叉上核には神経ホルモンであるバゾプレシンあるいはオキシトシンを含む神経分泌ニューロンの細胞体が存在し、そこから延びる軸索は下垂体後葉に投射して毛細血管に神経分泌している。視交叉上核は体内時計の中枢としてよく知られている<ref><pubmed> 20148688 </pubmed></ref>。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが消失してしまうだけではなく、視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、自律的にリズムを刻み続けることができる<ref><pubmed> 7718233 </pubmed></ref>。同時に、視交叉上核は明暗の情報を目から受け取ることで体内時計を外界と同調させている。この場合、通常の視覚に関わる視細胞ではなく、光感受性物質であるメラノプシンを発現する網膜神経節細胞が視交叉上核へと情報を伝えており<ref><pubmed> 11834834 </pubmed></ref>、視交叉上核はこの受け取った情報を他の情報と統合して処理したのち、松果体へ伝えている<ref><pubmed> 16337005 </pubmed></ref>。松果体ではこの情報に応答して睡眠を制御するホルモンであるメラトニンを分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。


=== 結節乳頭体核(Tuberomammillary nucleus: TMN) ===
=== 結節乳頭体核(Tuberomammillary nucleus: TMN) ===
視床下部の後部に位置する結節乳頭体核は乳頭体の内部にある核で、さらに小細胞性で乳頭体の主部をなす乳頭体内側核と大細胞性で外側をしめる小さい乳頭体外側核とに分けられる。嗅覚と自律神経とに関係する重要な神経核である。大脳辺緑系と連絡、感情形成に関与している。ヒスタミン神経系の起始核であり、ここから上行性および下行性に伸び、脳の広領域に投射している。
視床下部の後部に位置する結節乳頭体核は体温調節や摂食行動などの機能に関与している。また、ヒスタミン神経系の起始核であり、覚醒中枢の一つと考えられている。ここからヒスタミン神経は脳内のほぼ全域にわたる幅広い領域に投射しており、ヒスタミン神経細胞が活性化すると覚醒レベルが高まる<ref><pubmed> 12700104 </pubmed></ref>。風邪薬として用いられる第一世代のヒスタミンH1受容体阻害薬の服用が眠気をもたらすのは、この経路が抑制されるからである。


=== 背内側核(Dorsomedial hypothalamic nucleus: DMN) ===
=== 背内側核(Dorsomedial hypothalamic nucleus: DMN) ===
脳弓の外側にあり小型または中型の細胞から構成されている。摂食行動<ref><pubmed> 12117580 </pubmed></ref>や体温調節<ref><pubmed> 16959861 </pubmed></ref>、概日リズムに合わせたコルチコイド分泌とそれに付随した覚醒、運動などに関与していることが知られている<ref><pubmed> 14627654 </pubmed></ref>
脳弓の外側にあり小型または中型の細胞から構成されている。視交叉上核の主要な投射先であり、概日リズムに合わせたコルチコイド分泌とそれに付随した覚醒、運動などに関与していることが知られている<ref><pubmed> 14627654 </pubmed></ref>。また、背内側核の神経細胞はオレキシン神経に直接投射しており<ref><pubmed> 15848807 </pubmed></ref>、摂食行動<ref><pubmed> 12117580 </pubmed></ref>や体温調節<ref><pubmed> 16959861 </pubmed></ref>との関連が報告されている。


=== 腹内側核(Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN) ===
=== 腹内側核(Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN) ===
腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。満腹中枢としての機能は1940年代におこなわれた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも有効である<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>
腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。満腹中枢としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドであるメラニン凝集ホルモン(MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を光遺伝学的手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。


== 視床下部の機能について ==
== 視床下部の機能について ==
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