「視床下部」の版間の差分

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=== 弓状核===
=== 弓状核===
Arcuate nucleus: ARC
Arcuate nucleus: ARC
 ホメオスタシスは自律神経系とホルモン系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系を制御している。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる漏斗と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は下垂体前葉からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン(成長ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン放出ホルモン、プロラクチン放出ホルモン)あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン(成長ホルモン抑制ホルモン、プロラクチン抑制ホルモン)を分泌している。
 ホメオスタシスは自律神経系とホルモン系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系を制御している。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる漏斗と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は下垂体前葉からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン(成長ホルモン放出ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン放出ホルモン、プロラクチン放出ホルモン)あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン(成長ホルモン抑制ホルモン、プロラクチン抑制ホルモン)を分泌している。


 また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核にはプロオピオメラノコルチン(Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現している神経(POMC神経)、および神経ペプチドY(Neuropeptide Y: NPY)とアグーチ関連ペプチド(Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現している神経(NPY/AgRP神経)がそれぞれ存在している。POMCから生じるメラノコルチンは食欲抑制ホルモンとして知られ、摂食亢進ホルモンとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、コカイン・アンフェタミン調節転写産物(Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRP神経が活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、メラノコルチン受容体に対するアンタゴニストであるAgRPの分泌を介して、間接的にも摂食行動を促進する。脂肪組織で産出される摂食抑制ホルモンであるレプチンは、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで食欲の抑制を行い<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>、胃で産出される摂食亢進ホルモンであるグレリンは弓状核のNPY/AgRP神経を活性化する<ref><pubmed> 11196643 </pubmed></ref>。
 また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核にはプロオピオメラノコルチン(Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現している神経(POMC神経)、および神経ペプチドY(Neuropeptide Y: NPY)とアグーチ関連ペプチド(Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現している神経(NPY/AgRP神経)がそれぞれ存在している。POMCから生じるメラノコルチンは食欲抑制ホルモンとして知られ、摂食亢進ホルモンとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、コカイン・アンフェタミン調節転写産物(Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRP神経が活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、メラノコルチン受容体に対するアンタゴニストであるAgRPの分泌を介して、間接的にも摂食行動を促進する。脂肪組織で産出される摂食抑制ホルモンであるレプチンは、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで食欲の抑制を行い<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>、胃で産出される摂食亢進ホルモンであるグレリンは弓状核のNPY/AgRP神経を活性化する<ref><pubmed> 11196643 </pubmed></ref>。


=== 室傍核(Paraventricular nucleus: PVN) ===
=== 室傍核===
Paraventricular nucleus: PVN


 視床下部前方の背側、第三脳室壁の近くにある明瞭な核で、視交叉上核とおなじく構成する細胞は大きい。室傍核にはストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(Corticotropin-releasing hormone: CRH)を分泌する神経細胞が存在する。視床下部からのCRHの放出は下垂体前葉における副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone: ACTH)産生細胞を刺激し、ACTHやβ-リポトロピン、β―エンドルフィンの産生と放出とが促される。ACTHは血液循環によって運ばれたのち、副腎皮質を刺激し、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイド(主にコルチゾール)の産生と分泌とを高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対する全身の防御にはたらく。ヒトを含めた哺乳動物では[[ストレス]]に対する防御システムとして内分泌系および自律神経系が最も重要な役割を担っており、視床下部―下垂体―副腎皮質の一連のホルモン伝達系はストレス応答の重要な経路となっている<ref><pubmed> 21663538 </pubmed></ref>。
 視床下部前方の背側、第三脳室壁の近くにある明瞭な核で、視交叉上核とおなじく構成する細胞は大きい。室傍核にはストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(Corticotropin-releasing hormone: CRH)を分泌する神経細胞が存在する。視床下部からのCRHの放出は下垂体前葉における副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone: ACTH)産生細胞を刺激し、ACTHやβ-リポトロピン、β―エンドルフィンの産生と放出とが促される。ACTHは血液循環によって運ばれたのち、副腎皮質を刺激し、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイド(主にコルチゾール)の産生と分泌とを高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対する全身の防御にはたらく。ヒトを含めた哺乳動物では[[ストレス]]に対する防御システムとして内分泌系および自律神経系が最も重要な役割を担っており、視床下部―下垂体―副腎皮質の一連のホルモン伝達系はストレス応答の重要な経路となっている<ref><pubmed> 21663538 </pubmed></ref>。


=== 視交叉上核(Suprachiasmatic nucleus: SCN) ===
=== 視交叉上核===
Suprachiasmatic nucleus: SCN


 視床下部の底部、視交叉のすぐ上に位置する一対の神経核で、密集した大型の神経細胞から構成されている(一般に視床下部の神経核は散在性の小細胞から構成されている)。[[視交叉上核]]には神経ホルモンであるバゾプレシンあるいはオキシトシンを含む神経分泌ニューロンの細胞体が存在し、そこから延びる軸索は下垂体後葉に投射して毛細血管に神経分泌している。視交叉上核は体内時計の中枢としてよく知られている<ref><pubmed> 20148688 </pubmed></ref>。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが消失してしまうだけではなく、視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、自律的にリズムを刻み続けることができる<ref><pubmed> 7718233 </pubmed></ref>。同時に、視交叉上核は明暗の情報を目から受け取ることで体内時計を外界と同調させている。この場合、通常の視覚に関わる視細胞ではなく、光感受性物質であるメラノプシンを発現する網膜神経節細胞が視交叉上核へと情報を伝えており<ref><pubmed> 11834834 </pubmed></ref>、視交叉上核はこの受け取った情報を他の情報と統合して処理したのち、松果体へ伝えている<ref><pubmed> 16337005 </pubmed></ref>。松果体ではこの情報に応答して睡眠を制御するホルモンであるメラトニンを分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。
 視床下部の底部、視交叉のすぐ上に位置する一対の神経核で、密集した大型の神経細胞から構成されている(一般に視床下部の神経核は散在性の小細胞から構成されている)。[[視交叉上核]]には神経ホルモンであるバゾプレシンあるいはオキシトシンを含む神経分泌ニューロンの細胞体が存在し、そこから延びる軸索は下垂体後葉に投射して毛細血管に神経分泌している。視交叉上核は体内時計の中枢としてよく知られている<ref><pubmed> 20148688 </pubmed></ref>。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが消失してしまうだけではなく、視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、自律的にリズムを刻み続けることができる<ref><pubmed> 7718233 </pubmed></ref>。同時に、視交叉上核は明暗の情報を目から受け取ることで体内時計を外界と同調させている。この場合、通常の視覚に関わる視細胞ではなく、光感受性物質であるメラノプシンを発現する網膜神経節細胞が視交叉上核へと情報を伝えており<ref><pubmed> 11834834 </pubmed></ref>、視交叉上核はこの受け取った情報を他の情報と統合して処理したのち、松果体へ伝えている<ref><pubmed> 16337005 </pubmed></ref>。松果体ではこの情報に応答して睡眠を制御するホルモンであるメラトニンを分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。


=== 結節乳頭体核(Tuberomammillary nucleus: TMN) ===
=== 結節乳頭体核===
Tuberomammillary nucleus: TMN


 視床下部の後部に位置する結節乳頭体核は体温調節や摂食行動などの機能に関与している。また、ヒスタミン神経系の起始核であり、[[覚醒中枢]]の一つと考えられている。ここからヒスタミン神経は脳内のほぼ全域にわたる幅広い領域に投射しており、ヒスタミン神経細胞が活性化すると覚醒レベルが高まる<ref><pubmed> 12700104 </pubmed></ref>。風邪薬として用いられる第一世代のヒスタミンH1受容体阻害薬の服用が眠気をもたらすのは、この経路が抑制されるからである。
 視床下部の後部に位置する結節乳頭体核は体温調節や摂食行動などの機能に関与している。また、ヒスタミン神経系の起始核であり、[[覚醒中枢]]の一つと考えられている。ここからヒスタミン神経は脳内のほぼ全域にわたる幅広い領域に投射しており、ヒスタミン神経細胞が活性化すると覚醒レベルが高まる<ref><pubmed> 12700104 </pubmed></ref>。風邪薬として用いられる第一世代のヒスタミンH1受容体阻害薬の服用が眠気をもたらすのは、この経路が抑制されるからである。


=== 背内側核(Dorsomedial hypothalamic nucleus: DMN) ===
=== 背内側核===
Dorsomedial hypothalamic nucleus: DMN


 脳弓の外側にあり小型または中型の細胞から構成されている。視交叉上核の主要な投射先であり、[[概日リズム]]に合わせたコルチコイド分泌とそれに付随した覚醒、運動などに関与していることが知られている<ref><pubmed> 14627654 </pubmed></ref>。また、背内側核の神経細胞はオレキシン神経に直接投射しており<ref><pubmed> 15848807 </pubmed></ref>、摂食行動<ref><pubmed> 12117580 </pubmed></ref>や体温調節<ref><pubmed> 16959861 </pubmed></ref>との関連が報告されている。
 脳弓の外側にあり小型または中型の細胞から構成されている。視交叉上核の主要な投射先であり、[[概日リズム]]に合わせたコルチコイド分泌とそれに付随した覚醒、運動などに関与していることが知られている<ref><pubmed> 14627654 </pubmed></ref>。また、背内側核の神経細胞はオレキシン神経に直接投射しており<ref><pubmed> 15848807 </pubmed></ref>、摂食行動<ref><pubmed> 12117580 </pubmed></ref>や体温調節<ref><pubmed> 16959861 </pubmed></ref>との関連が報告されている。


=== 腹内側核(Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN) ===
=== 腹内側核===
Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN


 腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。満腹中枢としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドであるメラニン凝集ホルモン(MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を光遺伝学的手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。
 腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。満腹中枢としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドであるメラニン凝集ホルモン(MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を光遺伝学的手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。

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