磁気共鳴画像法
藤本晃司
京都大学医学部医学研究科脳機能総合研究センター
花川 隆
京都大学医学部医学研究科脳統合イメージング分野
DOI:10.14931/bsd.9061 原稿受付日:2020年3月28日 原稿完成日:2020年3月31日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
英語名:magnetic resonance imaging 独:Magnetresonanztomographie 仏:imagerie par résonance magnétique
英略号:MRI
磁気共鳴画像法(MRI)は、生体中に多数存在する水素原子核(プロトン)と、外部から与える電磁波との相互作用を利用することで、多彩な生命現象を可視化する技術であり、特にヒトを対象とする非侵襲的脳科学計測研究においては最も重要な手法の一つである。MRIによる生体内情報の可視化には、強い静磁場を形成するドーナツ型の超電導磁石、生体内のプロトンにエネルギーを送信して核磁気共鳴を生じさせ、緩和で放出される電磁波を受信するコイル、プロトンの空間分布をエンコード・デコードするための勾配磁場コイルが必要となる。電磁波で励起されたプロトンが、エネルギーを放出して定常状態に戻る際に放出する電磁波は、プロトン周囲の微小環境を反映したT1, T2, T2T2*と呼ばれる時定数を持つ。RFコイルによる電磁波と勾配磁場の印加方法を巧みに操ることでこれらの時定数を強調した画像が得られる。さらに、複数の受信コイルから得られた信号を組み合わせる手法(パラレルイメージング)と併用することで、機能的磁気共鳴画像(fMRI)実験において1秒以内に全脳を撮像することも可能となっている。
はじめに
地球上の生命体は、水分子、脂質やアミノ酸など、水素原子を含んだ数多くの化合物から構成されている。医療や脳科学研究に広く用いられているMRIは、これら化合物中の水素原子核(プロトン:物理学による定義)が有する小さな磁石としての性質(原子核スピン)と、これに外部から特定の電磁波を与えた際に生じる相互作用(核磁気共鳴現象)を利用して、脳を含む生体内の情報を非侵襲的に画像化する手法である。
1990年代初頭の機能的磁気共鳴画法(fMRI)の原理の発見により、ヒトを対象とする非侵襲的脳科学計測研究において最も重要な手法の一つになり、その後も拡散強調トラクトグラフィーによる白質線維連絡の評価法など脳科学のツールとして発展を続けている。
アメリカ合衆国の化学者Paul Lauterburとイギリスの物理学者Peter Mansfieldは、MRIに関する発見により、2003年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。
MRI信号の原理:核磁気共鳴と緩和
超電導磁石による静磁場の形成
現在の医療・脳科学研究では、1.5T(テスラ)から7Tの静磁場強度を持つMRIが使用されている(図1)。このような磁場強度を持つMRIは、NbTi(ニオブチタン)合金による超伝導ワイヤーを何重にも巻いたドーナツ型の空芯コイルを、液体ヘリウム(沸点4.2K)で常時冷却可能なデュワー瓶(Dewar flask)中に置き、そこに電流を流すことで、電気抵抗による発熱の問題を克服した強力な超電導磁石を用いている。
静磁場中の原子核スピンの振る舞い
この超電導磁石により形成される静磁場(外部磁場またはB0とも呼ばれる)中に置かれた原子核(典型的には生体内の水素原子核)は、固有の周波数(ラーモア周波数ω)で静磁場の方向を回転軸とする歳差運動を行う。ラーモア周波数は静磁場の強さに比例する(、は静磁場の強さ、は磁気回転比と呼ばれる定数)。強い静磁場内では、静磁場の向きと一致(+)した方向と逆(-)方向を向いて歳差運動を行う原子核の個数はわずかに異なることが知られている(ゼーマン分裂)。生体内の水素原子核の数が非常に多いため、強い静磁場内に置かれた生体内には+方向を向いた巨視的磁化が形成される。
外部からの電磁波による「核磁気共鳴現象または励起現象」
例えば3T MRI装置における水素原子核のラーモア周波数は128MHzである。この周波数はFMラジオが使用する周波数帯(radio frequency,RF)である。送信コイルを用いてラーモア周波数の回転磁場(RFパルスまたはとも呼ばれる)を照射すると(通常は数ミリ秒程度のごく短時間)、水素原子核がエネルギーを吸収し、低いエネルギー準位から高いエネルギー準位に遷移する(核磁気共鳴)。この際、外部から観測される磁化(巨視的磁化)は、回転座標系において(図2)回転磁場および静磁場の双方に直交する方向を軸として回転する。この巨視的磁化は、静止座標系においては、静磁場と直交する平面上で、共鳴周波数で回転する磁化(横磁化)の出現および静磁場と平行な成分(縦磁化)の減少として観測される(励起)。
電磁波(RF)の停止に続く緩和現象
励起された原子核は、RFパルスの照射が終わった直後から、エネルギーを放出して定常状態に戻ろうとする(緩和現象)。この緩和現象の主なものとして、縦磁化の回復(縦緩和、緩和)と横磁化の消失(横緩和、緩和)がある。
縦緩和(T1緩和)
励起後の巨視的磁化の縦磁化成分の回復(緩和)はスピン―格子緩和とも呼ばれ、原子核スピンが周囲の格子(プロトン以外の物質)にエネルギーを放出して熱平衡状態に戻ることによる現象である。この際の縦磁化の時間変化は、巨視的磁化ベクトルの、ある時間における静磁場方向に平行な成分を、熱平衡状態の縦磁化をとおくと
で回復する。はこの回復の早さを決める時定数である。
横緩和(T2緩和)
励起後の巨視的磁化の横磁化成分の消失(緩和)はスピン―スピン緩和とも呼ばれ、原子核スピン集団のコヒーレンス(位相同期)の消失(即ち位相分散)による。個々の原子核スピンが「感じる」静磁場はわずかながらランダムに変動しており、結果として時間の経過とともにスピン集団のコヒーレンスが失われてゆく(ある原子核スピンは位相が早くなり、別の原子核スピンは位相が遅くなる)。この際の横磁化の時間変化は、巨視的磁化ベクトルの、ある時間における静磁場方向に直交する成分をとおくとで減衰する。はこの減衰の早さを決める時定数である。
T2*緩和
前述のT2緩和に加え、現実のMRI環境では、励起されたスピン集団の外部磁場は場所により少しずつ異なる(ただしここでは緩和過程中の時間変動はないものと仮定する)。結果として外部から観測される横磁化成分の減衰の早さは、静磁場の空間的分布の不均一性の強さおよび磁気回転比(gyromagnetic ratio )を用いて
とあらわされ、T2*と呼ばれる。
空間情報のエンコーディングとデコーディング
MRIは、緩和過程において放出される電磁波を受信コイルにより測定し、励起された水素原子核集団の挙動の違いを画像化している。まず二次元(2D)MRIにおいては、スライス方向に直行する軸に勾配磁場(傾斜磁場とも呼ばれる)を短時間加え、その間に帯域幅の限られたRFパルスを与えることで「スライス選択励起」を行っている。三次元(3D)MRIでは厚さを持った範囲(スラブ)を励起する勾配磁場とRFパルスを与える。
励起されたスライスやスラブ内での水素原子核集団の分布を知るために、勾配磁場を用いたエンコーディングおよび離散フーリエ変換を用いたデコーディングが必要である。典型的には、RFパルスによる励起に加えて、撮像領域(field-of-view, FOV)の中心部からx方向あるいはy方向に線形に変化する勾配磁場を追加することで、FOV内の水素原子核の共鳴周波数が位置に依存する状態をつくりだすことが可能となる。そうすれば、FOV内の特定の部位に存在する水素原子核集団は、特定の周波数の電磁波を放出することになるため、位置情報の特定が可能となる。MRIでは勾配磁場の与え方を工夫することで、測定された電磁波から空間情報を読み取る際に離散フーリエ変換を用いる。
MRIの測定信号(電磁波)の画像化の理解には、離散フーリエ変換(discrete Fourier transform, DFT)の原理の理解が重要であるため簡単に説明する。フランスの数学者ジョゼフ・フーリエは、あらゆる周期関数(や周期信号)は、三角級数の(無限の)和として表現できることを発見した。すなわち、実数xを変数とする周期2nの周期関数について、
- cos
- sin
と置くと、
- cossin
と書ける。これを複素数に拡張すれば、
として
と書ける。
f(x)がデジタル信号で離散化できる場合、上記のフーリエ級数表現を2次元、かつ複素数に拡張したものは以下のようにあらわすことができる(離散フーリエ変換, discrete Fourier transform, DFT)
また、この逆変換にあたる逆離散フーリエ変換(inverse discrete Fourier transform, IDFT)は以下のようにかける
これは画素数MxNの画像の画素値が、周波数領域(u,v)空間では波数0~M-1,0~N-1個の三角関数の係数値として表現できることを示している。
例えばu=1,v=0とした場合、
となるが、これはMRIでは撮像領域(FOV)の右端から左端にかけて複素数の重み係数
- cos sin
を画像に乗じたのちに総和をとったことに等しい。同様に、とした場合には、FOVの右端から左端にかけての重み係数を乗じたのちに総和をとったことに等しい。
勾配磁場コイルを用いて空間内に線形の周波数変化をもたらせば、場所に応じた連続的な位相の変化としてこの重み係数を物理的につくりだすことが可能であり、結果として撮像対象にフーリエ変換を行っていることと等しい。
画像の周波数空間での表現であるはMRIにおいてはk-spaceと呼ばれる。MRIではk-spaceの信号を逆フーリエ変換することで画像を得ている。
主なMRI撮像法
さまざまなMRI撮像法が提案されているが[1]、主な違いはRFパルスを照射する回数、タイミングや大きさ、勾配磁場の印加法である。これら電磁波の照射の時系列制御がキーであるため撮像シークエンスとも呼ぶ。代表的なMRI撮像法を簡単に紹介する。
スピンエコー法
Spin echo
励起のための電磁波(90°RFパルス)を与えたのちに、再度180°RFパルス(再収束パルス、refocus pulse)を与えることで、局所の静磁場の不均一性による位相分散の影響を取り除くことが出来る。
グラジエントエコー法
Gradient echo
励起のための電磁波(RFパルス)を与えたのちに、再収束パルスを与えず、勾配磁場を用いて信号を取り出す手法。局所の静磁場の不均一性による位相分散の影響を取り除くことは出来ないが、再収束パルスを必要としないため高速撮像に向く。また、後述のblood oxygenation-level dependent (BOLD)コントラストfMRIのように、(鉄などによる)局所の静磁場の不均一性を強調したい場合にも用いられる。
エコープラナー法
Echo planar imaging, EPI
一度のRFパルスの後、グラジエントエコー法あるいはスピンエコー法の信号収集時間を極端に延長し、読み出し勾配磁場を急速に変動させることで連続的なグラジエントエコーを発生させ、画像化に必要なデータを全て収集してしまう方法。緩和の影響が強く、かつ原理的にもっとも高速な撮像法の一つである。fMRIで利用されるBOLD信号(後述)は緩和に依存し、かつ高い時間分解能が必要とされるため、本手法が用いられる(図3)。
主なMRIコントラスト
T1強調像
T1-weighted image, T1WI
縦磁化が十分に回復しないうちに信号収集を行うことで、各組織における縦磁化回復の早さの違いを強調した画像が得られる。具体的にはスピンエコー法では励起から次の励起までの時間(repetition time, TR)および励起から収集までの時間(echo time, TE)を短くすることで、またグラジエントエコー法ではフリップ角(FA)を適度に大きく、TEを短くすることでT1強調像が得られる。
撮像部位に流入する血管内の血液が高信号を示すことを利用して、造影剤を用いずに脳血管を可視化する手法であるTime-of-flight (TOF)法では、グラジエントエコー法によるT1強調像が用いられる。
T2強調像
T2-weighted image, T2WI
励起から収集までの時間(TE)を長くとれば、各組織における横磁化の減衰速度の違いを強調した画像が得られる(図3)。画像収集にスピンエコー法を用いた場合、得られる画像は時定数T2強調像となる。
T2*強調像
T2-star-weighted image, T2*WI
TEを長くとり、画像収集にグラジエントエコー法を用いた場合、得られる画像はT2*強調像となる(図3)。得られた画像に特殊な画像処理を施すことで、磁化率強調像(susceptibility-weighted image, SWI)[2] や定量的磁化率マップ(quantitative susceptibility map, QSM)[3] といった画像が得られる。
拡散強調像
Diffusion-weighted image, DWI
撮像の際に、数msから数十ms程度のごく短時間で反転する一組の強い勾配磁場、すなわち運動検出勾配磁場(motion probing gradient, MPG)を追加することで水の動きを強調した画像。MPG を与えた方向に拡散する水由来の信号は低下する。脳梗塞を起こした部位では健常組織よりも水の拡散が制限されることが知られており、脳梗塞を早期に検出する手法として臨床で広く用いられている。6方向以上のMPGを用いて拡散強調像を収集し、テンソルモデルを用いて撮像単位内に存在する水の動きやすさの「方向」を推定することも可能である(拡散テンソルイメージング, diffusion tensor imaging, DTI)。この推定値を用いて白質を通る神経線維の走行を推測する方法を拡散テンソルトラクトグラフィー(diffusion tensor tractography)と呼ぶ[4][5] 。拡散テンソルイメージングは各ボクセル内に1種類の神経線維の存在を仮定しているため、神経線維が交叉する撮像単位での推定に限界があり、近年ではより高度なモデルを用いた解析手法も提唱されている(Diffusion spectrum imaging, DSIなど)[6] 。
MRスペクトロスコピー
MR spectroscopy、MRS
MRSは、化合物に存在するプロトンの共鳴周波数が、水の水素原子の共鳴周波数とわずかに異なることを利用して、測定対象物の化合物を推定、あるいはその濃度を計測する手法である。脳MRSにおいては、シナプス間の神経伝達物質として最もポピュラーなグルタミン酸(glutamate)をはじめ、複数の神経伝達物質が計測のターゲットとなる。
撮像高速化の手法
パラレルイメージング
Parallel imaging
従来、撮像対象に対して一つの受信コイルを用いた撮像が行われていたが、1990年代に感度領域が限られた複数の受信コイルを並べて配置するアレイコイルと呼ばれる技術が開発された[7] 。コイルごとに少しずつ異なる感度分布をうまく利用することで、MRIの信号取得をスキップし、撮像時間を短縮する方法が開発された。この技術は複数の受信コイルを用いて同時(並列)に得られた信号を用いていることから、パラレルイメージングと呼ばれる。コイルの空間感度分布を用いる手法をsensitivity encoding (SENSE[8] 、コイルの空間感度分布を用いず、k-spaceにおける近傍点の相対的な関係をもとに重み係数を決定し欠損データを補完する手法をGeneRalized Autocalibrating Partial Parallel Acquisition(GRAPPA)と呼ぶ[9]
Multi-band/Simultaneous Multi-Slice撮像
2010年にDavid Feinbergらは「スライス選択励起」RFパルスを工夫することで、複数のスライスをひとつのRFパルスで同時に励起する手法を開発し[10] 、multiband MRI と名付けた(図3)。従来はEPIを用いて全脳を撮像するのに2-3秒程度必要であったが、multiband撮像を用いると1秒以内に全脳を撮像することが可能である。
機能的磁気共鳴画像法
磁気共鳴機能画像法(functional MRI, fMRI)ともいい、生体の脳をMRIで数分~数十分間連続撮像する間に、脳活動(神経活動とシナプス活動の総和)に相関して変化するMRI信号変化を非侵襲的に計測する手法である。詳細については機能的磁気共鳴画像法の項を参照されたい。
関連項目
参考文献
- ↑ Matt Bernstein, Kevin King, Xiaohong Zhou
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