「情報量」の版間の差分

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英語名:information entropy  
英語名:information entropy  


  脳科学辞典の中に「情報量」の項目があるのは、情報という概念が根本的に重要で、この脳という素晴らしい機能の理解には、「脳は情報処理を行う」という見方が必要不可欠だからである。「情報量」は、この観点を実際に肉づけするのに必要な概念である。本辞典の使用を考えると、「情報量」をやたら厳密に議論するよりも、その本質の直観的理解が大切だろう。したがって、以下、本質的な意味を直観的に理解することを第一に記述し、最後にいくつかの基本的背景や但し書きを列挙する。
 
 脳科学辞典の中に「情報量」の項目があるのは、情報という概念が根本的に重要で、この脳という素晴らしい機能の理解には、「脳は情報処理を行う」という見方が必要不可欠だからである。「情報量」は、この観点を実際に肉づけするのに必要な概念である。本辞典の使用を考えると、「情報量」をやたら厳密に議論するよりも、その本質の直観的理解が大切だろう。したがって、以下、本質的な意味を直観的に理解することを第一に記述し、最後にいくつかの基本的背景や但し書きを列挙する。


&nbsp;情報とは、それを知ることで何かを教えてくれる、ことである。つまり、それを知ることで何かの不確実さが減ることになる。情報の「量」を定義することによって、その不確実さの変化を量として測ることを可能にすることが、「情報量」の本質的な目的となる。このとき、不確実さが減るほど、情報量が大きくなるように定義したいというのは自明だろう。 <br>
 情報とは、それを知ることで何かを教えてくれる、ことである。つまり、それを知ることで何かの不確実さが減ることになる。情報の「量」を定義することによって、その不確実さの変化を量として測ることを可能にすることが、「情報量」の本質的な目的となる。このとき、不確実さが減るほど、情報量が大きくなるように定義したいというのは自明だろう。


簡単な例 ―― 1 から 6 まで数字がでるサイコロ ―― でもう少し先まで考えてみることで、情報量が持っていてほしい性質を捉まえてみよう。このサイコロでどの目も確率6分の1で出るはずだが、サイコロをふるまではどの目がでるかはわからない。ひとたびサイコロを振ると、ある目が出る。このサイコロを振る前と振った後では、不確実さが減っている。これをどのように測るかが情報量を定義するときの本質的な課題である。さて6面体のサイコロから、20面体のサイコロに変えたとしよう。この場合もサイコロを振る前と振った後では不確実さが減るわけだが、どちらのサイコロの場合のほうが不確実さは減るだろうか?直観的に言って、出るかもしれない目が多いのだから(20面体では各々の目の出る確率は20分の1であり、6分の1よりも小さいから)、サイコロを振ることで減った不確実さは、20面体のときのほうが大きい。つまり、確率の小さな事象が起きたことを知るときのほうが、不確実さの減り方は大きい、すなわち情報量が大きいとしたい。では、6面体の例に戻って、サイコロを振ったあとで、出た目の数は自分では直接見れないけれども、別の人が出た目を見て、偶数だったか奇数だったか教えてもらえるとしよう。この場合、偶数か奇数かはわかるので、サイコロを振る前よりは不確実さは減ってはいるけれども、出た目を自分で直接見るのに比べれば、その減り方は少ない。さて、偶数か奇数か教えてもらった後で、偶数グループの3つの数字にあらためてA,B、C(奇数グループはC,D,F)と番号づけておいて、その番号を教わったとする。当然のことながら、このA,B,Cのどれかだったかを教われば、もともと1~6の数字のどれが出たのかはわかることになる。この偶奇を教わってからグループの番号を教わることで最終的に減った不確実さは、最初から自分で数字を見るときに減った不確実さと同じであってほしいのは直観的に明らかだろう。
 簡単な例 ―― 1から6まで数字がでるサイコロ ―― でもう少し先まで考えてみることで、情報量が持っていてほしい性質を捉まえてみよう。このサイコロでどの目も確率6分の1で出るはずだが、サイコロをふるまではどの目がでるかはわからない。ひとたびサイコロを振ると、ある目が出る。このサイコロを振る前と振った後では、不確実さが減っている。これをどのように測るかが情報量を定義するときの本質的な課題である。さて6面体のサイコロから、20面体のサイコロに変えたとしよう。この場合もサイコロを振る前と振った後では不確実さが減るわけだが、どちらのサイコロの場合のほうが不確実さは減るだろうか?直観的に言って、出るかもしれない目が多いのだから(20面体では各々の目の出る確率は20分の1であり、6分の1よりも小さいから)、サイコロを振ることで減った不確実さは、20面体のときのほうが大きい。つまり、確率の小さな事象が起きたことを知るときのほうが、不確実さの減り方は大きい、すなわち情報量が大きいとしたい。では、6面体の例に戻って、サイコロを振ったあとで、出た目の数は自分では直接見れないけれども、別の人が出た目を見て、偶数だったか奇数だったか教えてもらえるとしよう。この場合、偶数か奇数かはわかるので、サイコロを振る前よりは不確実さは減ってはいるけれども、出た目を自分で直接見るのに比べれば、その減り方は少ない。さて、偶数か奇数か教えてもらった後で、偶数グループの3つの数字にあらためてA,B、C(奇数グループはC,D,F)と番号づけておいて、その番号を教わったとする。当然のことながら、このA,B,Cのどれかだったかを教われば、もともと1~6の数字のどれが出たのかはわかることになる。この偶奇を教わってからグループの番号を教わることで最終的に減った不確実さは、最初から自分で数字を見るときに減った不確実さと同じであってほしいのは直観的に明らかだろう。
 
 
&nbsp;情報量は、これらの直観を反映するように定義されている。確率<span class="texhtml">''p''</span> の事象が起きたことを知らせる情報に含まれる情報量は、  
 情報量は、これらの直観を反映するように定義されている。確率<span class="texhtml">''p''</span> の事象が起きたことを知らせる情報に含まれる情報量は、  


<span class="texhtml"> − log''p''</span> &nbsp; (1)  
<span class="texhtml"> − log''p''</span> &nbsp; (1)  
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と定義される。(マイナスがついているのは、小さい確率の事象ほど大きな情報量になるのに役立つ。また上の偶奇を知ってからそのグループを知る場合と、最初から数字を知る場合の二つが、情報量として同じであるというのは、<span class="texhtml"> − log(1 / 2) −  − log(1 / 3) = log(1 / 6)</span> として実現される。)  
と定義される。(マイナスがついているのは、小さい確率の事象ほど大きな情報量になるのに役立つ。また上の偶奇を知ってからそのグループを知る場合と、最初から数字を知る場合の二つが、情報量として同じであるというのは、<span class="texhtml"> − log(1 / 2) −  − log(1 / 3) = log(1 / 6)</span> として実現される。)  


より一般的には、何らかの確率で何かがおきるのだから、それらの事象を<span class="texhtml">''i'' = 1,...,''n''</span> で番号づけして、それぞれの確率を<math>p_1,p_2,\ldots,p_n</math> とすると、確率は足して1になるので、<math>\sum_{i=1}^n{p_i}=1</math> となる。6面体のサイコロの例で言えば、事象の数は6である。サイコロを振る前は、事象は何も起きていないのに対して、振った後ではどれかの事象が起きることになる。事象が起きる前にある不確実さは、まだ何が起きるのかはわからないのだから、<span class="texhtml"> − log''p''<sub>''i''</sub></span> &nbsp; で直接測ることはできない。一方で、まだ何が起きるかはわかっていないとしても、その時点での不確実さの平均を図ることは可能である。それは、  
 より一般的には、何らかの確率で何かがおきるのだから、それらの事象を<span class="texhtml">''i'' = 1,...,''n''</span> で番号づけして、それぞれの確率を<math>p_1,p_2,\ldots,p_n</math> とすると、確率は足して1になるので、<math>\sum_{i=1}^n{p_i}=1</math> となる。6面体のサイコロの例で言えば、事象の数は6である。サイコロを振る前は、事象は何も起きていないのに対して、振った後ではどれかの事象が起きることになる。事象が起きる前にある不確実さは、まだ何が起きるのかはわからないのだから、<span class="texhtml"> − log''p''<sub>''i''</sub></span> &nbsp; で直接測ることはできない。一方で、まだ何が起きるかはわかっていないとしても、その時点での不確実さの平均を図ることは可能である。それは、  


<math>H(p_1,p_2,\ldots,p_n) = - \sum_{i=1}^n p_i \log p_i</math> &nbsp;&nbsp; (2)  
<math>H(p_1,p_2,\ldots,p_n) = - \sum_{i=1}^n p_i \log p_i</math> &nbsp;&nbsp; (2)  
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として測ることができる。この<math>H(p_1,p_2,\ldots,p_n)</math> も情報量と呼ばれる。実は、先ほど定義した式(1)の情報量は、しばしば自己情報量(self information)と呼ばれ、むしろ式(2)の量のほうが情報量として一般的に使われる。また、式(2)の量は別名エントロピー(entropy)とも呼ばれる。以下、(1)と(2)の量を区別をしやすいように、(2)の量をエントロピーと呼んで記述する。  
として測ることができる。この<math>H(p_1,p_2,\ldots,p_n)</math> も情報量と呼ばれる。実は、先ほど定義した式(1)の情報量は、しばしば自己情報量(self information)と呼ばれ、むしろ式(2)の量のほうが情報量として一般的に使われる。また、式(2)の量は別名エントロピー(entropy)とも呼ばれる。以下、(1)と(2)の量を区別をしやすいように、(2)の量をエントロピーと呼んで記述する。  


エントロピーは常に非負 <math>H \ge 0</math> であり、また、それがゼロになるのは、ある一つの事象が確率1でおきる(他の事象は全て確率ゼロ)という場合に限られることは、簡単に証明することができる。また、エントロピーが最大の値を取るのは、事象が<span class="texhtml">''n''</span> コのときには、全ての事象が同じ確率、つまり <span class="texhtml">''p''<sub>''i''</sub> = 1 / ''n''</span> のときで、その場合、<span class="texhtml">''H'' = log''n''</span>となる。<br> 6面体のサイコロの例に戻ると、式(2)を使うことで、サイコロを振る前と振った後で、不確実性の減少はどう表現されるだろうか?その減少した量が、サイコロを振ることで得られる情報の量に該当する。その減少の量、<span class="texhtml">''I'' = ''H''(</span>振る前<span class="texhtml">) − ''H''</span>'<span class="texhtml">(</span>振った後<span class="texhtml">)</span>と定義できる。今、サイコロを振る前は、式(2)を用いると<span class="texhtml">''H'' = log6</span> の不確実性となる。サイコロを振った後では、事象が1つに確定する、つまり事象の数は1でその事象の確率が1となるので、式(2)を用いると<span class="texhtml">''H''</span>'<span class="texhtml"> = 0</span>となる。したがって がその情報の量となる。より一般的、ある情報によって得られる情報量は、その不確実性の変化として、  
 エントロピーは常に非負 <math>H \ge 0</math> であり、また、それがゼロになるのは、ある一つの事象が確率1でおきる(他の事象は全て確率ゼロ)という場合に限られることは、簡単に証明することができる。また、エントロピーが最大の値を取るのは、事象が<span class="texhtml">''n''</span> コのときには、全ての事象が同じ確率、つまり <span class="texhtml">''p''<sub>''i''</sub> = 1 / ''n''</span> のときで、その場合、<span class="texhtml">''H'' = log''n''</span>となる。<br> 6面体のサイコロの例に戻ると、式(2)を使うことで、サイコロを振る前と振った後で、不確実性の減少はどう表現されるだろうか?その減少した量が、サイコロを振ることで得られる情報の量に該当する。その減少の量、<span class="texhtml">''I'' = ''H''(</span>振る前<span class="texhtml">) − ''H''</span>'<span class="texhtml">(</span>振った後<span class="texhtml">)</span>と定義できる。今、サイコロを振る前は、式(2)を用いると<span class="texhtml">''H'' = log6</span> の不確実性となる。サイコロを振った後では、事象が1つに確定する、つまり事象の数は1でその事象の確率が1となるので、式(2)を用いると<span class="texhtml">''H''</span>'<span class="texhtml"> = 0</span>となる。したがって がその情報の量となる。より一般的、ある情報によって得られる情報量は、その不確実性の変化として、  


<span class="texhtml">''I'' = ''H'' − ''H'''</span>  
<span class="texhtml">''I'' = ''H'' − ''H'''</span>  
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と定義される。  
と定義される。  


2. なお上の記述ではエントロピーを式(2)で直接定義した。これに対して、どうしてこの式でよいのか、あるいは、他の式で定義するほうがより優れた量を定義できるのではないか、という疑問がでるかもしれない。実は、いくつかの満たすべき性質を最初に決めて(数学的に言えば、いくつかの公理を決めて)、それから式(2)を導出することができる。最初のほうに記述した直観的例(サイコロの例)は、実はこの満たすべき性質の具体例に対応している。導出の仕方にはいくつかあるが、通常、「非負性」(情報量は0か正の数にしたい)、「単調減少性」(確率の低い事象ほど大きくしたい)、「独立加法性」(サイコロの偶奇とそのグループ番号を知るのと、最初から番号を知るのが同じ;独立事象の積による情報量と、その各事象の情報量の和を等しくしたい)、「連続性」(確率の微妙な変化は情報量の連続的な変化に対応するとしたい)という性質を満たすとすると、式(2)の定義が自然に導出される。
2. なお上の記述ではエントロピーを式(2)で直接定義した。これに対して、どうしてこの式でよいのか、あるいは、他の式で定義するほうがより優れた量を定義できるのではないか、という疑問がでるかもしれない。実は、いくつかの満たすべき性質を最初に決めて(数学的に言えば、いくつかの公理を決めて)、それから式(2)を導出することができる。最初のほうに記述した直観的例(サイコロの例)は、実はこの満たすべき性質の具体例に対応している。導出の仕方にはいくつかあるが、通常、「非負性」(情報量は0か正の数にしたい)、「単調減少性」(確率の低い事象ほど大きくしたい)、「独立加法性」(サイコロの偶奇とそのグループ番号を知るのと、最初から番号を知るのが同じ;独立事象の積による情報量と、その各事象の情報量の和を等しくしたい)、「連続性」(確率の微妙な変化は情報量の連続的な変化に対応するとしたい)という性質を満たすとすると、式(2)の定義が自然に導出される。


 単位についても触れておこう。たとえば、「長さ」の単位としては、メートルなどがあるが、「情報量」の単位はどうなのか。情報量は、本来は、無次元の量とされている。一方で、式(2)では対数<span class="texhtml">(log)</span>を使っている。慣用としては、式(2)のように対数の底を書かないときには、その底は、<span class="texhtml">''e''</span> 、つまり対数は自然対数<span class="texhtml">(log<sub>''e''</sub>)</span> を用いていると考える。この自然対数を考えた時の情報量の単位は、ナット(nat)と決めれている。他に、情報量を議論をするときにしばしば用いられるのは、対数の底を2とする場合で、その時の情報量の単位は、ビット (bit)と呼ばれている。<br> また、本項目では情報量は、もとになる確率が離散の場合(いくつかの個別の事柄として事象を数えられる場合)について記述した。実際には、事象が連続の場合もある。たとえば、正規分布に従って起きる事象などはその例となる。このような連続の値を取るような場合にも情報量を定義できる。本質的な考え方は離散の場合と同様である。  
 単位についても触れておこう。たとえば、「長さ」の単位としては、メートルなどがあるが、「情報量」の単位はどうなのか。情報量は、本来は、無次元の量とされている。一方で、式(2)では対数<span class="texhtml">(log)</span>を使っている。慣用としては、式(2)のように対数の底を書かないときには、その底は、<span class="texhtml">''e''</span> 、つまり対数は自然対数<span class="texhtml">(log<sub>''e''</sub>)</span> を用いていると考える。この自然対数を考えた時の情報量の単位は、ナット(nat)と決めれている。他に、情報量を議論をするときにしばしば用いられるのは、対数の底を2とする場合で、その時の情報量の単位は、ビット (bit)と呼ばれている。<br> また、本項目では情報量は、もとになる確率が離散の場合(いくつかの個別の事柄として事象を数えられる場合)について記述した。実際には、事象が連続の場合もある。たとえば、正規分布に従って起きる事象などはその例となる。このような連続の値を取るような場合にも情報量を定義できる。本質的な考え方は離散の場合と同様である。  


<br>3. 「情報量」の概念は、1948年のクロード・シャノンの「通信の数学的理論」によって明らかになった(Shannon and Weaver, 1949)<ref>'''Shannon, C., and Weaver, W.'''<br>A Mathematical Theory of Communication<br>''University of Illinois Press'':1949</ref>、。一方で、その源流の一つには物理学の研究の流れ([[熱力学]]・[[統計力学]]などでのエントロピーという概念の提唱)があった(Wikipediaの情報量、XXXなどの項目を参照のこと)。情報量の概念は、現在では、諸分野にまたがって広く用いられている一般的な概念となっている。日本語のわかりやすい解説としては、たとえば、情報理論では甘利(甘利俊一, 1996)<ref>'''甘利 俊一'''<br>情報理論<br>''ダイヤモンド社'':1996</ref>、熱力学では田崎(田崎晴明, 2000)<ref>'''田崎晴明'''<br>熱力学 ― 現代的な視点から, Vol 32<br>''培風館'':2000</ref>などがある。<br> その定式化に用いられるlogを使って確率分布に関する平均的量を評価する方法は、たとえば、二つの[[確率分布]]の近接性を評価する際に用いられる[[カルバック―ライブラー情報量]]など、広く用いられている。現在の統計情報科学([[情報理論]]、[[統計科学]]、[[機械学習]]、[[情報幾何]]など)で基礎的な概念として用いられている(Amari and Nagaoka, 2000<ref>'''Amari, S., and Nagaoka, H.'''<br>Methods of Information Geometry<br>''OXFORD UNIVERSITY PRESS'':2000</ref>; Cover and Thomas, 2006)<ref>'''Cover, T., and Thomas, J.'''<br>ELEMENTS OF INFORMATION THEORY Second Edition <br>''WILEY'':2006</ref>、。一方で、この情報量の定式化を拡張することで新たな展開を目指す試みは、現在でも盛んに行われている。たとえば、上述した4つの性質のうちの一部を緩めたり、あるいは一般化することで新たな性質をもつ基本的な量が定義できたりする。それらの科学の発展の基礎にある情報量の概念は、今後より一層重要な概念になるだろう。
3. 「情報量」の概念は、1948年のクロード・シャノンの「通信の数学的理論」によって明らかになった(Shannon and Weaver, 1949)<ref>'''Shannon, C., and Weaver, W.'''<br>A Mathematical Theory of Communication<br>''University of Illinois Press'':1949</ref>、。一方で、その源流の一つには物理学の研究の流れ([[熱力学]]・[[統計力学]]などでのエントロピーという概念の提唱)があった(Wikipediaの情報量、XXXなどの項目を参照のこと)。情報量の概念は、現在では、諸分野にまたがって広く用いられている一般的な概念となっている。日本語のわかりやすい解説としては、たとえば、情報理論では甘利(甘利俊一, 1996)<ref>'''甘利 俊一'''<br>情報理論<br>''ダイヤモンド社'':1996</ref>、熱力学では田崎(田崎晴明, 2000)<ref>'''田崎晴明'''<br>熱力学 ― 現代的な視点から, Vol 32<br>''培風館'':2000</ref>などがある。<br> その定式化に用いられるlogを使って確率分布に関する平均的量を評価する方法は、たとえば、二つの[[確率分布]]の近接性を評価する際に用いられる[[カルバック―ライブラー情報量]]など、広く用いられている。現在の統計情報科学([[情報理論]]、[[統計科学]]、[[機械学習]]、[[情報幾何]]など)で基礎的な概念として用いられている(Amari and Nagaoka, 2000<ref>'''Amari, S., and Nagaoka, H.'''<br>Methods of Information Geometry<br>''OXFORD UNIVERSITY PRESS'':2000</ref>; Cover and Thomas, 2006)<ref>'''Cover, T., and Thomas, J.'''<br>ELEMENTS OF INFORMATION THEORY Second Edition <br>''WILEY'':2006</ref>、。一方で、この情報量の定式化を拡張することで新たな展開を目指す試みは、現在でも盛んに行われている。たとえば、上述した4つの性質のうちの一部を緩めたり、あるいは一般化することで新たな性質をもつ基本的な量が定義できたりする。それらの科学の発展の基礎にある情報量の概念は、今後より一層重要な概念になるだろう。


<br>4. 情報量は、脳科学の分野でさまざまに用いられている。典型的な例としては、  
4. 情報量は、脳科学の分野でさまざまに用いられている。典型的な例としては、  


*外界からの刺激(例 視覚刺激)と神経細胞の活動応答の間の相互情報量を調べることで、個々の神経細胞が外界視覚をどのように符号化をしているかを調べる。また、複数の神経細胞が同時に記録されているときには、神経細胞集団の集団活動が外界刺激をどのように符号化するかを調べる。  
*外界からの刺激(例 視覚刺激)と神経細胞の活動応答の間の相互情報量を調べることで、個々の神経細胞が外界視覚をどのように符号化をしているかを調べる。また、複数の神経細胞が同時に記録されているときには、神経細胞集団の集団活動が外界刺激をどのように符号化するかを調べる。  
*この考え方は、外界刺激の符号化のみならず、復号化を評価する、つまり、神経細胞集団活動(または個々の神経細胞活動)があるときに、どれほど正確にもとの外界刺激の情報を再現できるか、という評価を行うことで、その情報処理を解明するというアプローチにも適用できる。  
*この考え方は、外界刺激の符号化のみならず、復号化を評価する、つまり、神経細胞集団活動(または個々の神経細胞活動)があるときに、どれほど正確にもとの外界刺激の情報を再現できるか、という評価を行うことで、その情報処理を解明するというアプローチにも適用できる。  
*刺激の符号化・復号化だけでなく、いかに行動が発現するかという研究にも適用可能である。人間や動物が、外界からの入力に対応して行動(運動)を行うとき、入力の情報の中から、適切な情報を取捨選択している。いいかえれば、外界情報の全てではなく適切な情報が行動や運動制御に重要となる。その観点から、行動と神経細胞活動の関係を情報量の観点から調べるアプローチも行われている。  
*刺激の符号化・復号化だけでなく、いかに行動が発現するかという研究にも適用可能である。人間や動物が、外界からの入力に対応して行動(運動)を行うとき、入力の情報の中から、適切な情報を取捨選択している。いいかえれば、外界情報の全てではなく適切な情報が行動や運動制御に重要となる。その観点から、行動と神経細胞活動の関係を情報量の観点から調べるアプローチも行われている。  
*神経細胞集団活動の機能的構造の推定を[[情報量の最大化原理]]から行う、という研究も盛んに行われている。集団活動の評価には、より精緻な情報的概念が必要で、情報幾何のアプローチはその一翼を担っている(中原裕之, 2009<ref>'''中原裕之'''<br>意思決定とその学習理論(第5章). シリーズ脳科学 第1巻 脳の計算論. pp.159-221<br>''東大出版会'':2009</ref>)。  
*神経細胞集団活動の機能的構造の推定を[[情報量の最大化原理]]から行う、という研究も盛んに行われている。集団活動の評価には、より精緻な情報的概念が必要で、情報幾何のアプローチはその一翼を担っている(中原裕之, 2009<ref>'''中原裕之'''<br>意思決定とその学習理論(第5章). シリーズ脳科学 第1巻 脳の計算論. pp.159-221<br>''東大出版会'':2009</ref>)。  
*脳の学習則の研究にも情報量の概念はさまざまに役立っている。たとえば、シナプス可塑性の学習則を前シナプス細胞と後シナプス細胞の間の活動とその情報量の関係から調べる、などが挙げられる。  
*脳の学習則の研究にも情報量の概念はさまざまに役立っている。たとえば、シナプス可塑性の学習則を前シナプス細胞と後シナプス細胞の間の活動とその情報量の関係から調べる、などが挙げられる。  
*脳科学における情報量とその使い方を解説した教科書も複数出ているので必要に応じて参照されたい(Dayan and Abbot, 2001<ref>'''Dayan, P., and Abbot, L.F. '''<br>Theoretical Neuroscience: Computational and Mathematical Modeling of Neural Systems<br>''MIT Press'':2001</ref>; Rieke et al., 1999<ref>'''Rieke, F., Warland, D., Deruytervansteveninck, R., and Bialek, W.'''<br>Spikes: Exploring the Neural Code<br>''Computational Neuroscience MIT Press'':1949</ref>)。
*脳科学における情報量とその使い方を解説した教科書も複数出ているので必要に応じて参照されたい(Dayan and Abbot, 2001<ref>'''Dayan, P., and Abbot, L.F. '''<br>Theoretical Neuroscience: Computational and Mathematical Modeling of Neural Systems<br>''MIT Press'':2001</ref>; Rieke et al., 1999<ref>'''Rieke, F., Warland, D., Deruytervansteveninck, R., and Bialek, W.'''<br>Spikes: Exploring the Neural Code<br>''Computational Neuroscience MIT Press'':1949</ref>)。
== 参考文献 ==


<references />
<references />
(執筆者:中原裕之 担当編集者:藤田一郎)

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