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英語名:basic helix-loop-helix (bHLH) transcription factor | 英語名:basic helix-loop-helix (bHLH) transcription factor | ||
塩基性 helix-loop-helix (bHLH) 因子とは、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]結合ドメインである塩基性(basic)領域とタンパク質相互作用に働くHLHモチーフを有する[[転写因子]]の一群である。神経系に限らず各種組織の発生・分化における様々な局面を制御し、種々の細胞への運命決定を行うことにより、細胞の多様性を生み出す上で重要な働きをすることが知られている。 | 塩基性 helix-loop-helix (bHLH) 因子とは、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]結合ドメインである塩基性 (basic) 領域とタンパク質相互作用に働くHLHモチーフを有する[[転写因子]]の一群である。神経系に限らず各種組織の発生・分化における様々な局面を制御し、種々の細胞への運命決定を行うことにより、細胞の多様性を生み出す上で重要な働きをすることが知られている。 | ||
Activator-typeのbHLH因子である[[Ascl1]] ([[Mash1]]), [[Neurod]], [[Neurog]] ([[Ngn]]) 等は[[プロニューラル因子]]と呼ばれ、[[ニューロン]]特異的遺伝子の転写を活性化し、ニューロン分化を促進する<ref><pubmed> 12094208 </pubmed></ref>。これに対してrepressor-typeのbHLH因子である[[HESファミリー]] ([[Hes1]] | Activator-typeのbHLH因子である[[Ascl1]] ([[Mash1]]), [[Neurod]], [[Neurog]] ([[Ngn]]) 等は[[プロニューラル因子]]と呼ばれ、[[ニューロン]]特異的遺伝子の転写を活性化し、ニューロン分化を促進する<ref><pubmed> 12094208 </pubmed></ref>。これに対してrepressor-typeのbHLH因子である[[HESファミリー]] ([[Hes1]], [[Hes3]], [[Hes5]]) は、[[ノッチ]] (Notch) シグナルのエフェクターとして働き、activator-typeのbHLH因子の転写及び機能を抑制することによりニューロン分化を抑制し、[[神経幹細胞]]及び[[神経前駆細胞]]の未分化性維持に働く<ref name="ref2"><pubmed> 18430159 </pubmed></ref>。 | ||
またニューロンサブタイプの決定や[[グリア細胞]]分化を制御するbHLH因子も知られており、脳の複雑な細胞構築及び形態形成において、各種bHLH因子による協調的分化制御が重要な役割を担っている<ref><pubmed> 12848929 </pubmed></ref><ref>''' Toshiyuki Ohtsuka, Ryoichiro Kageyama '''<br> The Basic Helix-Loop-Helix Transcription Factors in Neural Differentiation.fckLR<br>'' Cell Cycle Regulation and Differentiation in Cardiovascular and Neural Systems. Springer Science+Business Media, LLC '':2010</ref>。 | またニューロンサブタイプの決定や[[グリア細胞]]分化を制御するbHLH因子も知られており、脳の複雑な細胞構築及び形態形成において、各種bHLH因子による協調的分化制御が重要な役割を担っている<ref><pubmed> 12848929 </pubmed></ref><ref>''' Toshiyuki Ohtsuka, Ryoichiro Kageyama '''<br> The Basic Helix-Loop-Helix Transcription Factors in Neural Differentiation.fckLR<br>'' Cell Cycle Regulation and Differentiation in Cardiovascular and Neural Systems. Springer Science+Business Media, LLC '':2010</ref>。 | ||
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== 構造 == | == 構造 == | ||
DNA結合ドメインである塩基性領域と、その下流に存在しタンパク質相互作用に働くHLHモチーフにより特徴づけられる。塩基性領域はDNA上の特定のコンセンサス配列に結合する。Activator-typeのbHLH因子はE box (CANNTG) に結合し、repressor-typeのbHLH因子はN box (CACNAG), class C site (CACGCG) に結合する<ref name="ref5"><pubmed> 15186484 </pubmed></ref>。HLHモチーフは、2つの[[wikipedia:ja:αヘリックス|αヘリックス]] | DNA結合ドメインである塩基性領域と、その下流に存在しタンパク質相互作用に働くHLHモチーフにより特徴づけられる。塩基性領域はDNA上の特定のコンセンサス配列に結合する。Activator-typeのbHLH因子はE box (CANNTG) に結合し、repressor-typeのbHLH因子はN box (CACNAG), class C site (CACGCG) に結合する<ref name="ref5"><pubmed> 15186484 </pubmed></ref>。HLHモチーフは、2つの[[wikipedia:ja:αヘリックス|αヘリックス]]ドメインがループ構造により連結されており、他のbHLH因子または塩基性領域を持たないHLH因子のHLHモチーフと相互作用することによりダイマー(ホモダイマーあるいはヘテロダイマー)を形成する。特定の遺伝子の[[プロモーター]]領域に存在するコンセンサス配列に結合したbHLH因子は、[[コアクチベーター]]あるいは[[コリプレッサー]]と結合し、転写を促進または抑制する。 | ||
== 種類 == | == 種類 == | ||
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|- | |- | ||
| style="text-align:center" | グループ | | style="text-align:center" | グループ | ||
| style="text-align:center" | | | style="text-align:center" | 特徴(ドメイン・結合配列等) | ||
| style="text-align:center" | 例 | | style="text-align:center" | 例 | ||
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| style="text-align:center" | B | | style="text-align:center" | B | ||
| E boxに結合 (CACGTG または CATGTTG)<br> | | E boxに結合 (CACGTG または CATGTTG)<br>多くがロイシンジッパードメインを持つ | ||
| [[Mad]], [[Max]], [[Myc]] | | [[Mad]], [[Max]], [[Myc]] | ||
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| style="text-align:center" | C | | style="text-align:center" | C | ||
| ACGTG または GCGTG<br>PASドメインを持つ | | ACGTG または GCGTG 配列に結合<br>PASドメインを持つ | ||
| [[Arnt]], [[Clock]], [[Hif]] | | [[Arnt]], [[Clock]], [[Hif]] | ||
|- | |- | ||
| style="text-align:center" | D | | style="text-align:center" | D | ||
| 塩基性ドメインを欠く<br> | | 塩基性ドメインを欠く<br>グループAタンパク質に対し拮抗的に働く | ||
| [[Id]] | | [[Id]] | ||
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*ニューロンへの分化促進 | *ニューロンへの分化促進 | ||
:Ascl1 (Mash1), Atoh1 (Math1), [[Ebf1]], [[Ebf2]], [[Ebf3]], [[Ebf4]], [[Hand1]], [[Hand2]], [[Hes6]], [[Neurod1]] (Neurod/Beta2), [[Neurod2]] (Ndrf), Neurod4 (Math3),[[Neurod6]] (Math2), [[Neurog1]] (Ngn1), [[Neurog2]] (Ngn2), [[Ptf1a]], [[Sim1]] | :Ascl1 (Mash1), Atoh1 (Math1), [[Ebf1]], [[Ebf2]], [[Ebf3]], [[Ebf4]], [[Hand1]], [[Hand2]], [[Hes6]], [[Neurod1]] (Neurod/Beta2), [[Neurod2]] (Ndrf), Neurod4 (Math3), [[Neurod6]] (Math2), [[Neurog1]] (Ngn1), [[Neurog2]] (Ngn2), [[Ptf1a]], [[Sim1]] | ||
*ニューロンへの分化抑制 | *ニューロンへの分化抑制 | ||
:Hes1, Hes3, Hes5, [[Hey1]], [[Hey2]], [[HeyL]] ([[Hey3]]) | :Hes1, Hes3, Hes5, [[Hey1]], [[Hey2]], [[HeyL]] ([[Hey3]]) | ||
67行目: | 67行目: | ||
:[[Olig1]], [[Olig2]], [[Olig3]], [[Tal1]] (Scl) | :[[Olig1]], [[Olig2]], [[Olig3]], [[Tal1]] (Scl) | ||
* | *小脳発生 | ||
:[[Atoh1]] (Math1), [[Nhlh1]] (Nscl1), [[Nhlh2]] (Nscl2), [[Ptf1a]] | :[[Atoh1]] (Math1), [[Nhlh1]] (Nscl1), [[Nhlh2]] (Nscl2), [[Ptf1a]] | ||
* | *自律神経系ニューロン産生 | ||
:Ascl1 (Mash1), Hand1, Hand2 | :Ascl1 (Mash1), Hand1, Hand2 | ||
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=== ニューロン分化・サブタイプ決定 === | === ニューロン分化・サブタイプ決定 === | ||
Activator-typeのbHLH因子であるAscl1 (Mash1) (''Drosophila achaete-scute'' complexのホモログ), Neurod, [[Neurogenin]] (Neurog) (''Drosophila atonal''のホモログ)などは、他のbHLH因子であるコファクターTcf3 (E12/E47) とヘテロダイマーを形成し、ニューロン特異的遺伝子のプロモーター領域のE box (CANNTG) に結合してニューロン分化を促進する。この過程においては[[細胞周期]]と[[神経分化]]の同調的制御機構が働いており、[[サイクリン依存性キナーゼ]] ( | Activator-typeのbHLH因子であるAscl1 (Mash1) (''Drosophila achaete-scute'' complexのホモログ), Neurod, [[Neurogenin]] (Neurog) (''Drosophila atonal''のホモログ)などは、他のbHLH因子であるコファクターTcf3 (E12/E47) とヘテロダイマーを形成し、ニューロン特異的遺伝子のプロモーター領域のE box (CANNTG) に結合してニューロン分化を促進する。この過程においては[[細胞周期]]と[[神経分化]]の同調的制御機構が働いており、[[サイクリン依存性キナーゼ]] (cyclin dependent kinase; CDK) の関与が示されている<ref><pubmed> 12441293 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15024057 </pubmed></ref>。 | ||
bHLH因子はまた、脳の領域化及びニューロンサブタイプの決定にも関与する。Neurog1, Neurog2は[[終脳]]背側部に発現して[[グルタミン酸]]作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ascl1 (Mash1) は終脳腹側部に強く発現して[[GABA]]作動性ニューロンへの分化を促進する<ref><pubmed> 10640277 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11825874 </pubmed></ref>。[[末梢神経]]系においても、Neurog1, Neurog2は[[感覚神経]]への分化を、Ascl1 (Mash1) は[[自律神経]]への分化をそれぞれ誘導する<ref><pubmed> 11923194 </pubmed></ref>。更に[[後根神経節]]において、Neurog2は早期に産生される[[TrkB]]及び[[TrkC]]陽性ニューロンの分化に、Neurog1は後期に産生される[[TrkA]]陽性ニューロンの分化に必須である<ref><pubmed> 10398684 </pubmed></ref>。[[小脳]]の発生において、Math1は[[菱脳唇]](rhombic lip) の[[神経上皮]]に発現してグルタミン酸作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ptf1aは[[小脳脳室帯]]に発現してGABA作動性ニューロンの産生を促進する<ref><pubmed> 16039563 </pubmed></ref>。また、Nhlh1 (Nscl1), Nhlh2 (Nscl2) はGnRH (gonadotropin releasing hormone) -1ニューロンへの運命決定に<ref><pubmed> 15470499 </pubmed></ref>、Hand2は交感神経系の[[ノルアドレナリン]]作動性ニューロンへの運命決定に働く<ref><pubmed> 17008447 </pubmed></ref>。 | bHLH因子はまた、脳の領域化及びニューロンサブタイプの決定にも関与する。Neurog1, Neurog2は[[終脳]]背側部に発現して[[グルタミン酸]]作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ascl1 (Mash1) は終脳腹側部に強く発現して[[GABA]]作動性ニューロンへの分化を促進する<ref><pubmed> 10640277 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11825874 </pubmed></ref>。[[末梢神経]]系においても、Neurog1, Neurog2は[[感覚神経]]への分化を、Ascl1 (Mash1) は[[自律神経]]への分化をそれぞれ誘導する<ref><pubmed> 11923194 </pubmed></ref>。更に[[後根神経節]]において、Neurog2は早期に産生される[[TrkB]]及び[[TrkC]]陽性ニューロンの分化に、Neurog1は後期に産生される[[TrkA]]陽性ニューロンの分化に必須である<ref><pubmed> 10398684 </pubmed></ref>。[[小脳]]の発生において、Math1は[[菱脳唇]] (rhombic lip) の[[神経上皮]]に発現してグルタミン酸作動性ニューロンへの分化を誘導する一方、Ptf1aは[[小脳脳室帯]]に発現してGABA作動性ニューロンの産生を促進する<ref><pubmed> 16039563 </pubmed></ref>。また、Nhlh1 (Nscl1), Nhlh2 (Nscl2) はGnRH (gonadotropin releasing hormone) -1ニューロンへの運命決定に<ref><pubmed> 15470499 </pubmed></ref>、Hand2は交感神経系の[[ノルアドレナリン]]作動性ニューロンへの運命決定に働く<ref><pubmed> 17008447 </pubmed></ref>。 | ||
bHLH因子が協調的に働くことにより、多様な細胞運命決定に働くことが知られている。Ascl1 (Mash1) 及びHes関連因子である Heslikeは、[[間脳]]及び[[中脳]]腹側において単独ではGABA作動性ニューロンの分化を誘導できないが、共発現し協調的に働くことによりGABA作動性ニューロンの分化を誘導する<ref><pubmed> 15071116 </pubmed></ref>。Olig1, Olig2は単独では[[オリゴデンドロサイト]]の分化を誘導するが、Olig2とNeurog2が共発現すると[[運動ニューロン]]への分化を促進する<ref><pubmed> 11567615 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11567616 </pubmed></ref>。こうしてbHLH因子はその組み合わせによって異なる種類の細胞を産生し、細胞の多様性を生み出している。 | bHLH因子が協調的に働くことにより、多様な細胞運命決定に働くことが知られている。Ascl1 (Mash1) 及びHes関連因子である Heslikeは、[[間脳]]及び[[中脳]]腹側において単独ではGABA作動性ニューロンの分化を誘導できないが、共発現し協調的に働くことによりGABA作動性ニューロンの分化を誘導する<ref><pubmed> 15071116 </pubmed></ref>。Olig1, Olig2は単独では[[オリゴデンドロサイト]]の分化を誘導するが、Olig2とNeurog2が共発現すると[[運動ニューロン]]への分化を促進する<ref><pubmed> 11567615 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11567616 </pubmed></ref>。こうしてbHLH因子はその組み合わせによって異なる種類の細胞を産生し、細胞の多様性を生み出している。 | ||
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=== ニューロン分化抑制・神経幹細胞維持 === | === ニューロン分化抑制・神経幹細胞維持 === | ||
Repressor-typeのbHLH因子であるHESファミリー (''Drosophila hairy, Enhancer of split''のホモログ; HES1-7) の中で、Hes1, Hes3, Hes5は発生過程における神経幹細胞に発現し、ノッチ (Notch) | Repressor-typeのbHLH因子であるHESファミリー (''Drosophila hairy, Enhancer of split''のホモログ; HES1-7) の中で、Hes1, Hes3, Hes5は発生過程における神経幹細胞に発現し、ノッチ (Notch) シグナルのエフェクターとして働き、神経分化を抑制する<ref name="ref2" /><ref><pubmed> 10205173 </pubmed></ref>。Hes1はHes1同士のホモダイマーあるいはHeyとのヘテロダイマーを形成して、神経分化促進因子 (activator-typeのbHLH因子) のプロモーター領域などに存在するN box (CACNAG) またはclass C site (CACGCG) に結合し、コリプレッサー (TLE/Grg) と複合体を形成して[[ヒストン脱アセチル化酵素]] (histone deacetylase; HDAC) をリクルートし転写を抑制する<ref><pubmed> 8001118 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8687460 </pubmed></ref>。また、神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成するほか、神経分化促進因子のコファクターであるTcf3 (E12/E47) を捕捉することにより機能的にも阻害する<ref><pubmed> 1340473 </pubmed></ref>。こうして神経幹細胞からニューロンへの分化を抑制し、神経幹細胞の未分化性の維持に働く<ref name="ref23"><pubmed> 11399758 </pubmed></ref>。 | ||
Hes関連因子であるHeyもrepressor-typeのbHLH因子であり、Hey1, Hey2も同様に発生過程における神経幹細胞に発現し、神経分化抑制活性を有する<ref><pubmed> 12947105 </pubmed></ref>。HLH因子であるIdファミリーは塩基性領域を欠くためDNA結合能を有しないが、Hesと同様に神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成することにより神経分化を抑制する<ref><pubmed> 2156629 </pubmed></ref>。 | Hes関連因子であるHeyもrepressor-typeのbHLH因子であり、Hey1, Hey2も同様に発生過程における神経幹細胞に発現し、神経分化抑制活性を有する<ref><pubmed> 12947105 </pubmed></ref>。HLH因子であるIdファミリーは塩基性領域を欠くためDNA結合能を有しないが、Hesと同様に神経分化促進因子と非機能性へテロダイマーを形成することにより神経分化を抑制する<ref><pubmed> 2156629 </pubmed></ref>。 |
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