「覚醒剤」の版間の差分

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■化学構造 <br> メタンフェタミンとアンフェタミンは化学構造上、ベンゼン環にエチルアミン鎖が結合するという共通点を有している(図1)。アンフェタミンの窒素原子上にメチル基が置換したメタンフェタミンはより脂溶性が高く血液脳関門を通過しやすいため、強い中枢興奮作用を持つ。 <br>  
■化学構造 <br> メタンフェタミンとアンフェタミンは化学構造上、ベンゼン環にエチルアミン鎖が結合するという共通点を有している(図1)。アンフェタミンの窒素原子上にメチル基が置換したメタンフェタミンはより脂溶性が高く血液脳関門を通過しやすいため、強い中枢興奮作用を持つ。 <br>  


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■作用 <br> 覚せい剤の作用として以下のものが挙げられる<ref>'''小沼杏坪'''<br>「VI章 薬物依存の基礎と臨床 覚せい剤依存の臨床」脳とこころのプライマリケア(8)依存<br>''株式会社シナジー(東京)'':2011</ref>。 1.中枢神経の興奮作用: 気分爽快、自信増加、積極性増加、精力増進、疲労感減少、多弁、不眠、常同行動 2.交感神経の刺激作用: 瞳孔散大、立毛感、心悸亢進、末梢血管の収縮、四肢の冷感、血圧上昇、狡猾、腱反射の亢進 3.食欲減退作用 4.強い渇望感を伴う依存の形成 5.錯乱、幻覚、妄想などを伴う中毒性精神病の発現


■作用 <br> 覚せい剤の作用として以下のものが挙げられる<ref>'''小沼杏坪'''<br>「VI章 薬物依存の基礎と臨床 覚せい剤依存の臨床」脳とこころのプライマリケア(8)依存<br>''株式会社シナジー(東京)'':2011</ref>。 <br>1.中枢神経の興奮作用: 気分爽快、自信増加、積極性増加、精力増進、疲労感減少、多弁、不眠、常同行動 <br>2.交感神経の刺激作用: 瞳孔散大、立毛感、心悸亢進、末梢血管の収縮、四肢の冷感、血圧上昇、狡猾、腱反射の亢進 <br>3.食欲減退作用 <br>4.強い渇望感を伴う依存の形成 <br>5.錯乱、幻覚、妄想などを伴う中毒性精神病の発現
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■標的分子への作用メカニズム (図2)<br>  ドーパミン、ノルエピネフリン、セロトニンのトランスポーターおよびシナプス小胞モノアミントランスポーター(VMAT)2は覚せい剤の標的分子であり、特にドーパミントランスポーター(DAT)は重要な役割を担っていると考えられている。 主な作用機序は、腹側被蓋野から大脳皮質と辺縁系に投射するドーパミン作動性神経のシナプス前終末からのドーパミン放出を促進しながらDATやノルエピネフリントランスポーターの再取り込みを阻害することで、特に側坐核内のA10神経付近に細胞質内のドーパミンをシナプス間隙に放出させ、当該部位のドーパミン受容体に大量のドーパミンが曝露することで覚醒作用や快の気分を生じさせることである。 覚せい剤は、DATに作用して交換拡散によってドーパミンを細胞外に放出させることで細胞外ドーパミン濃度を増加させ、また、VMAT2に作用して小胞内のドーパミンを細胞質へ放出させる<ref><pubmed>8494354</pubmed></ref><ref><pubmed>15955613</pubmed></ref><ref><pubmed>11099463</pubmed></ref>。 マウスやラットなどにメタンフェタミンを急性投与すると低用量(0.25~1.0mg/kg)では移所運動量(例:ケージの中を走り回る)が増加する。さらに高用量(&gt;2.5mg/kg)では移所運動量の増加に引き続き、常同行動(例:一か所で舐める・嗅ぐなどの行動を強迫的に繰り返す)が出現する。このようなメタンフェタミンの行動効果のうち、移所運動量は中脳辺縁系ドーパミンニューロン(A10、腹側被蓋野から側坐核や扁桃体に投射)、常同行動は黒質線条体ドーパミンニューロン(A9、黒質緻密層から線条体に投射)が関与している<ref>'''秋山一文'''<br>「VI章 薬物依存の基礎と臨床 覚せい剤依存の基礎」脳とこころのプライマリケア(8)依存<br>''株式会社シナジー(東京)'':2011</ref>。DATヘテロ欠損マウスおよびVMAT2ヘテロ欠損マウスでは、メタンフェタミン急性投与後の運動増加が野生型マウスより少ないが、DATおよびVMAT2両方の発現が低下したマウスではメタンフェタミン急性投与による運動量増加はDATヘテロ欠損マウスとほぼ等しかったことから、メタンフェタミン投与による急性運動量増加効果にはVMAT2よりもDATの発現変化が大きな影響力を持っている可能性が報告されている<ref><pubmed>17377774</pubmed></ref>。 ラットにメタンフェタミンを反復投与すると常同行動の発現潜時が短縮し、急性単回投与で起こる量よりも少ない量で常同行動が起こるようになることが知られており、この過敏反応性は行動感作(逆耐性現象)と呼ばれている。DATヘテロ欠損マウスでは、逆耐性現象の発展が抑制され形成も遅延した。VMAT2ヘテロ欠損マウスにおいても逆耐性現象の形成が遅延したが、発展は野生型と同様であった。DATおよびVMAT2両方の発現が低下したマウスでは、メタンフェタミン反復投与に対して運動量、逆耐性現象の発展・形成はDATヘテロ欠損マウスと差がなく、メタンフェタミン逆耐性現象の形成にはVMAT2の発現低下よりもDATの発現低下がより大きな影響を与えることが示唆されている<ref name="ref2"><pubmed>17377774</pubmed></ref>。  
■標的分子への作用メカニズム (図2)<br>  ドーパミン、ノルエピネフリン、セロトニンのトランスポーターおよびシナプス小胞モノアミントランスポーター(VMAT)2は覚せい剤の標的分子であり、特にドーパミントランスポーター(DAT)は重要な役割を担っていると考えられている。 主な作用機序は、腹側被蓋野から大脳皮質と辺縁系に投射するドーパミン作動性神経のシナプス前終末からのドーパミン放出を促進しながらDATやノルエピネフリントランスポーターの再取り込みを阻害することで、特に側坐核内のA10神経付近に細胞質内のドーパミンをシナプス間隙に放出させ、当該部位のドーパミン受容体に大量のドーパミンが曝露することで覚醒作用や快の気分を生じさせることである。 覚せい剤は、DATに作用して交換拡散によってドーパミンを細胞外に放出させることで細胞外ドーパミン濃度を増加させ、また、VMAT2に作用して小胞内のドーパミンを細胞質へ放出させる<ref><pubmed>8494354</pubmed></ref><ref><pubmed>15955613</pubmed></ref><ref><pubmed>11099463</pubmed></ref>。 マウスやラットなどにメタンフェタミンを急性投与すると低用量(0.25~1.0mg/kg)では移所運動量(例:ケージの中を走り回る)が増加する。さらに高用量(&gt;2.5mg/kg)では移所運動量の増加に引き続き、常同行動(例:一か所で舐める・嗅ぐなどの行動を強迫的に繰り返す)が出現する。このようなメタンフェタミンの行動効果のうち、移所運動量は中脳辺縁系ドーパミンニューロン(A10、腹側被蓋野から側坐核や扁桃体に投射)、常同行動は黒質線条体ドーパミンニューロン(A9、黒質緻密層から線条体に投射)が関与している<ref>'''秋山一文'''<br>「VI章 薬物依存の基礎と臨床 覚せい剤依存の基礎」脳とこころのプライマリケア(8)依存<br>''株式会社シナジー(東京)'':2011</ref>。DATヘテロ欠損マウスおよびVMAT2ヘテロ欠損マウスでは、メタンフェタミン急性投与後の運動増加が野生型マウスより少ないが、DATおよびVMAT2両方の発現が低下したマウスではメタンフェタミン急性投与による運動量増加はDATヘテロ欠損マウスとほぼ等しかったことから、メタンフェタミン投与による急性運動量増加効果にはVMAT2よりもDATの発現変化が大きな影響力を持っている可能性が報告されている<ref><pubmed>17377774</pubmed></ref>。 ラットにメタンフェタミンを反復投与すると常同行動の発現潜時が短縮し、急性単回投与で起こる量よりも少ない量で常同行動が起こるようになることが知られており、この過敏反応性は行動感作(逆耐性現象)と呼ばれている。DATヘテロ欠損マウスでは、逆耐性現象の発展が抑制され形成も遅延した。VMAT2ヘテロ欠損マウスにおいても逆耐性現象の形成が遅延したが、発展は野生型と同様であった。DATおよびVMAT2両方の発現が低下したマウスでは、メタンフェタミン反復投与に対して運動量、逆耐性現象の発展・形成はDATヘテロ欠損マウスと差がなく、メタンフェタミン逆耐性現象の形成にはVMAT2の発現低下よりもDATの発現低下がより大きな影響を与えることが示唆されている<ref name="ref2"><pubmed>17377774</pubmed></ref>。  


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■覚せい剤依存の脳神経画像研究 <br>  覚せい剤の使用は長期にわたり脳内ドーパミン神経終末に障害を及ぼすことが脳神経画像研究から明らかになっている。たとえば、覚せい剤乱用者では、大脳基底核におけるドーパミンD2受容体が減少しており、ドーパミンD2受容体と眼窩前頭皮質における局所糖代謝率が関連して<ref><pubmed>11729018</pubmed></ref>、薬物依存症患者の線条体におけるドーパミンD2・D3受容体利用率が健常者より低下しており、この低下が患者の衝動性と負の相関関係にあることが報告されている<ref><pubmed>19940168 </pubmed></ref>。 また、覚せい剤はセロトニン神経系にも作用する。ポジトロン断層法を用いた研究により、覚せい剤使用経験者の脳内セロトニントランスポーター(5-hydroxytryptamine transporter: 5-HTT)の密度が健常者よりも低下していること、その低下が彼らの攻撃性の強さと相関していることが報告されている<ref><pubmed>16389202</pubmed></ref>。  また断薬後も数年の間は脳内活性型ミクログリアの密度が健常者よりも上昇しており、このことが神経障害の継続に関連している可能性も示されている<ref><pubmed>18509037</pubmed></ref>。  
■覚せい剤依存の脳神経画像研究 <br>  覚せい剤の使用は長期にわたり脳内ドーパミン神経終末に障害を及ぼすことが脳神経画像研究から明らかになっている。たとえば、覚せい剤乱用者では、大脳基底核におけるドーパミンD2受容体が減少しており、ドーパミンD2受容体と眼窩前頭皮質における局所糖代謝率が関連して<ref><pubmed>11729018</pubmed></ref>、薬物依存症患者の線条体におけるドーパミンD2・D3受容体利用率が健常者より低下しており、この低下が患者の衝動性と負の相関関係にあることが報告されている<ref><pubmed>19940168 </pubmed></ref>。 また、覚せい剤はセロトニン神経系にも作用する。ポジトロン断層法を用いた研究により、覚せい剤使用経験者の脳内セロトニントランスポーター(5-hydroxytryptamine transporter: 5-HTT)の密度が健常者よりも低下していること、その低下が彼らの攻撃性の強さと相関していることが報告されている<ref><pubmed>16389202</pubmed></ref>。  また断薬後も数年の間は脳内活性型ミクログリアの密度が健常者よりも上昇しており、このことが神経障害の継続に関連している可能性も示されている<ref><pubmed>18509037</pubmed></ref>。  
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■認知機能への影響 <br>  
■認知機能への影響<br>  
 
ラットにおけるメタンフェタミンの自己投与実験により、メタンフェタミンを自己投与できる時間が長いと、その後メタンフェタミンの摂取を中止しても新しい物体の認知が低下していることが示されている<ref><pubmed>18493748</pubmed></ref>。また、海馬歯状回では下顆粒層細胞で神経細胞の新生が起こることが知られているが、メタンフェタミンを自己投与したラットの海馬歯状回では神経細胞の新生が損なわれており<ref><pubmed>18490002</pubmed></ref>、このような認知機能への影響の背景となっている可能性がある。 ヒトを対象とした研究においてもメタンフェタミン依存者における認知機能の障害が認められている。たとえば、メタンフェタミン依存群と統制群に対してメタンフェタミン関連刺激とニュートラル刺激を用いたGo/No-Go課題を実施した実験<ref><pubmed>22257306</pubmed></ref>では、メタンフェタミン関連刺激が提示されていない時にもメタンフェタミン依存群は統制群よりも反応時間の遅延し、反応抑制エラー率および反応エラー率が高かった。メタンフェタミン関連刺激の提示中、メタンフェタミン依存群のみにおいて反応エラー率と反応抑制エラー率の両方が顕著に上昇しており、その時の彼らの反応エラー率は渇望感スコアと相関が見られた。  
ラットにおけるメタンフェタミンの自己投与実験により、メタンフェタミンを自己投与できる時間が長いと、その後メタンフェタミンの摂取を中止しても新しい物体の認知が低下していることが示されている<ref><pubmed>18493748</pubmed></ref>。また、海馬歯状回では下顆粒層細胞で神経細胞の新生が起こることが知られているが、メタンフェタミンを自己投与したラットの海馬歯状回では神経細胞の新生が損なわれており<ref><pubmed>18490002</pubmed></ref>、このような認知機能への影響の背景となっている可能性がある。 ヒトを対象とした研究においてもメタンフェタミン依存者における認知機能の障害が認められている。たとえば、メタンフェタミン依存群と統制群に対してメタンフェタミン関連刺激とニュートラル刺激を用いたGo/No-Go課題を実施した実験<ref><pubmed>22257306</pubmed></ref>では、メタンフェタミン関連刺激が提示されていない時にもメタンフェタミン依存群は統制群よりも反応時間の遅延し、反応抑制エラー率および反応エラー率が高かった。メタンフェタミン関連刺激の提示中、メタンフェタミン依存群のみにおいて反応エラー率と反応抑制エラー率の両方が顕著に上昇しており、その時の彼らの反応エラー率は渇望感スコアと相関が見られた。  


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