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さて、科学的研究の出発点は、現象の精確な記述にある。1980年にアメリカ精神医学会のタスクフォース(委員長:Robert Spitzer)の編集による、「精神障害の診断・統計マニュアル 第3版」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, third edition, DSM-Ⅲ)が公表された。これは、記述的・非理論的立場を徹底させた症候学な診断基準であり、精神病理学的な深みに乏しいが、精神疾患分類の国際的枠組みを提供することになった。さらに、1994年のDSM-Ⅳでは、「器質性精神障害」という名称は使用されなくなったが、その理由として、「本書の中の他の精神障害が生物学的基礎をもたないというような誤った印象を与えるから」と説明されている。したがって、「器質性精神障害」以外の精神障害においても、生物学的基礎が見いだされる可能性があるという立場である。 | さて、科学的研究の出発点は、現象の精確な記述にある。1980年にアメリカ精神医学会のタスクフォース(委員長:Robert Spitzer)の編集による、「精神障害の診断・統計マニュアル 第3版」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, third edition, DSM-Ⅲ)が公表された。これは、記述的・非理論的立場を徹底させた症候学な診断基準であり、精神病理学的な深みに乏しいが、精神疾患分類の国際的枠組みを提供することになった。さらに、1994年のDSM-Ⅳでは、「器質性精神障害」という名称は使用されなくなったが、その理由として、「本書の中の他の精神障害が生物学的基礎をもたないというような誤った印象を与えるから」と説明されている。したがって、「器質性精神障害」以外の精神障害においても、生物学的基礎が見いだされる可能性があるという立場である。 | ||
20世紀末における生物学的精神医学の立場は、Eric R Kandel(1998)の論文に明確に述べられている。Kandelは、(1) | 20世紀末における生物学的精神医学の立場は、Eric R Kandel(1998)の論文に明確に述べられている。Kandelは、(1) すべての精神活動は、脳の活動に由来する。精神疾病を特徴づける行動障害は、その原因が環境起源であっても、脳機能の障害である。(2) 遺伝子、遺伝子発現、そのタンパク質産物は、脳のニューロン間の相互結合のパタンの重要な決定要因(determinants)である。環境的、発達的要因や学習も、遺伝子発現に変化をもたらすことを通じて、ニューロン結合のパタンの変化を生じ、行動変化として現れる。(3) 精神療法が、長期の行動変化をもたらす場合には、それは、おそらく、学習を通じて、遺伝子発現が変化し、シナプス結合の強さが変化したからであろう。脳画像技術の進歩により、精神療法の結果を定量的に評価できるようになるであろう、と述べた。実際に、その後の機能画像を用いた研究によれば、認知行動療法により、強迫性障害では、亢進していた右尾状核の代謝が減少し、恐怖では、辺縁系と傍辺縁系の活性が減少し、これらの変化は治療効果と関連すること、そして、同様の変化が選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)でも認められ、精神療法と薬物療法に共通する生物学的機序が示唆された(Linden DEJ, 2006)。 | ||
動物を用いた前臨床研究も生物学的精神医学と密接な関連を有する。ナルコレプシーについては、遺伝性イヌナルコレプシーの原因が、オレキシン(orexin)2受容体の変異であることが判明したことなどから、研究が進展し、ナルコレプシー患者の約90%では、脊髄液のオレキシンA濃度が測定限界以下に低下すること、患者の死後脳では、視床外側野のオレキシン神経細胞数が10%以下に著減していることが見いだされ、ナルコレプシーの病因として、遺伝子の塩基配列に異常はないようであるが、覚醒性神経であるオレキシン神経系に障害のあることが明らかにされた。 | 動物を用いた前臨床研究も生物学的精神医学と密接な関連を有する。ナルコレプシーについては、遺伝性イヌナルコレプシーの原因が、オレキシン(orexin)2受容体の変異であることが判明したことなどから、研究が進展し、ナルコレプシー患者の約90%では、脊髄液のオレキシンA濃度が測定限界以下に低下すること、患者の死後脳では、視床外側野のオレキシン神経細胞数が10%以下に著減していることが見いだされ、ナルコレプシーの病因として、遺伝子の塩基配列に異常はないようであるが、覚醒性神経であるオレキシン神経系に障害のあることが明らかにされた。 | ||
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なお、日本生物学的精神医学会は、1979年に設立され、機関誌も発行され、特集が組まれている(表参照)。2013年には、生物学的精神医学会の世界連合の大会が京都で開催される予定である。 | なお、日本生物学的精神医学会は、1979年に設立され、機関誌も発行され、特集が組まれている(表参照)。2013年には、生物学的精神医学会の世界連合の大会が京都で開催される予定である。 | ||
{| width="583" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | |||
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|rowspan="4" style="text-align:center" | 21巻(2010) | |||
| style="text-align:center" | 1号 | |||
| 特集1. 緊張病についてー統合失調症か、それとも躁うつ病か<br>特集2. 薬物依存の分子病態 | |||
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| style="text-align:center" | 2号 | |||
| 特集1. 広汎性発達障害の生物学的精神医学の到達点<br>特集2. 死後脳研究―その病態と課題<br>特集3. 脳と責任能力 | |||
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| style="text-align:center" | 3号 | |||
| うつ病対策の総合的提言<br>うつ病の現状と「うつ病対策の総合的提言」の背景 | |||
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| style="text-align:center" | 4号 | |||
| 特集1. 精神疾患と免疫異常<br>特集2. 認知症最前線 | |||
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|rowspan="4" style="text-align:center"| 22巻(2011) | |||
| style="text-align:center" | 1号 | |||
| 特集1. 早期精神病研究最前線<br>特集2. 自閉症スペクトラム障害の脳機能病態 | |||
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| style="text-align:center" | 2号 | |||
| 特集1. 気分障害研究 UP TO DATE<br>特集2. 精神疾患モデル動向の妥当性 | |||
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| style="text-align:center" | 3号 | |||
| 特集1. 睡眠研究の動向<br>特集2. 電気痙攣療法・磁気刺激療法の進歩 | |||
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| style="text-align:center" | 4号 | |||
| 特集1. アルツハイマー病治療の新たな展開<br>特集2. 報酬系の脳科学と生物学的精神医学の融合 | |||
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|rowspan="4" style="text-align:center" | 23巻(2012) | |||
| style="text-align:center" | 1号 | |||
| 特集1. 分子遺伝学の新しいアプローチ<br>特集2. 進化論と生物学的精神医学の融合 | |||
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| style="text-align:center" | 2号 | |||
| 特集1. 統合失調症の病態研究から創薬への展開<br>特集2. mECT, rTMSのバイオロジーと臨床応用 | |||
|} | |||
'''表. 日本生物学的精神医学誌の特集タイトルとうつ病対策の提言(2010~2012)''' | '''表. 日本生物学的精神医学誌の特集タイトルとうつ病対策の提言(2010~2012)''' | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
1)Champagne FA, Curley JP: How social experiences influence the brain. Current Opinion Neurobiol 15:704-709, 2005 | 1)Champagne FA, Curley JP: How social experiences influence the brain. Current Opinion Neurobiol 15:704-709, 2005 | ||
2)Charney DS, Nestler EJ: Neurobiology of Mental Illness, 3rd edn., Oxford University Press, Oxford, 2009 | 2)Charney DS, Nestler EJ: Neurobiology of Mental Illness, 3rd edn., Oxford University Press, Oxford, 2009 | ||
3)Gazzaniga MS, Ivry RB, Mangun GR: Cognitive Neuroscinece. The Biology of the Mind, 3rd ed., W・W・Norton & Company, New York, 2009 | 3)Gazzaniga MS, Ivry RB, Mangun GR: Cognitive Neuroscinece. The Biology of the Mind, 3rd ed., W・W・Norton & Company, New York, 2009 | ||
4)Gelder M, Harrison P, Cowen P : Shorter Oxford Textbook of Psychiatry, 5th edn., Oxford University Press, Oxford, 2006(とくに、第5章 Aetiology) | 4)Gelder M, Harrison P, Cowen P : Shorter Oxford Textbook of Psychiatry, 5th edn., Oxford University Press, Oxford, 2006(とくに、第5章 Aetiology) | ||
5)Griesinger W, 小俣和一郎、市野川容孝訳:精神病の病理と治療. 東京大学出版会、東京、2008 | 5)Griesinger W, 小俣和一郎、市野川容孝訳:精神病の病理と治療. 東京大学出版会、東京、2008 | ||
6)Kandel ER: A new intellectual framework for psychiatry. Am J Psychiatry 155:457-469,1998 | 6)Kandel ER: A new intellectual framework for psychiatry. Am J Psychiatry 155:457-469,1998 | ||
7)加藤忠史:脳と精神疾患、朝倉書店、東京、2009 | 7)加藤忠史:脳と精神疾患、朝倉書店、東京、2009 | ||
8)神庭重信、加藤忠史(責任編集):脳科学エッセンシャルー精神疾患の生物学的理解のために. 中山書店、東京、2010 | 8)神庭重信、加藤忠史(責任編集):脳科学エッセンシャルー精神疾患の生物学的理解のために. 中山書店、東京、2010 | ||
9)Linden DEJ: How psychotherapy changes the brain – the contribution of functional neuroimaging. Mol Psychiatry 11: 528-538, 2006 | 9)Linden DEJ: How psychotherapy changes the brain – the contribution of functional neuroimaging. Mol Psychiatry 11: 528-538, 2006 | ||
10)Sadock BJ, Sadock VA, Ruiz P: Kaplan & Sadock’s Comprehensive Textbook of Psychiatry, Vol. 1, 9th edn., Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2009(とくに、1. Neural Sciences) | 10)Sadock BJ, Sadock VA, Ruiz P: Kaplan & Sadock’s Comprehensive Textbook of Psychiatry, Vol. 1, 9th edn., Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2009(とくに、1. Neural Sciences) | ||