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英:basement membrane, basal lamina | 英:basement membrane, basal lamina | ||
基底膜は、[[wikipedia:ja:|上皮組織]](内皮や中皮を含む)と[[wikipedia:ja: 結合組織|結合組織]]の境界、[[wikipedia:ja:|筋細胞]]・[[wikipedia:ja:|脂肪細胞]]および神経組織の周囲に見られるシート状の[[細胞外マトリックス]]である。そして組織構造維持のための機械的な足場、物質の選択的透過性を司る障壁として働くのに加え、細胞の[[wikipedia:ja:|極性形成]]・[[wikipedia:ja:|代謝]]・生存・[[増殖]]・[[wikipedia:ja: | 基底膜は、[[wikipedia:ja:上皮組織|上皮組織]](内皮や中皮を含む)と[[wikipedia:ja: 結合組織|結合組織]]の境界、[[wikipedia:ja:筋細胞|筋細胞]]・[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]および神経組織の周囲に見られるシート状の[[細胞外マトリックス]]である。そして組織構造維持のための機械的な足場、物質の選択的透過性を司る障壁として働くのに加え、細胞の[[wikipedia:ja:極性形成|極性形成]]・[[wikipedia:ja:代謝|代謝]]・生存・[[増殖]]・[[wikipedia:ja:分化分化]]・[[wikipedia:ja:移動|移動]]などとも深く関わる機能的な構造である。[[中枢神経]]では、[[血液-脳関門]] (BBB: blood-brain-barrier)および[[血液—脳脊髄液関門]](BCSFB: blood-CSF barrier)の形成とその機能にも関与している。また、[[脳室]]の近傍では[[フラクトン]](fractone)と呼ばれる基底膜様構造があり、これが成体脳の[[神経幹細胞]]にニッチを提供していると考えられている。 | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
[[wikipedia:ja:|透過電子顕微鏡]]により観察される基底膜は3層構造からなり、[[wikipedia:ja:|上皮細胞]]や[[wikipedia:ja:|実質細胞]]に近い部分から、比較的電子密度の低い[[wikipedia:ja:|透明板]](lamina lucida)、電子密度が高い[[wikipedia:ja:|緻密板]](lamina densa)、その外側の[[wikipedia:ja:|線維細網板]](lamina fibroreticlularis)に区分される。このうち緻密板は様々な基底膜成分が共局在する部位で、通常20〜50 nm厚である。中枢神経組織や内皮の基底膜では最外層の線維細網板は認められないことが多い<ref name="ref1"><pubmed> 19396173 </pubmed></ref>。光学顕微鏡で基底膜を観察するには鍍銀等の特殊な組織染色か、基底膜成分に対する[[免疫組織化学]]によるのが一般的である。 | [[wikipedia:ja:透過電子顕微鏡|透過電子顕微鏡]]により観察される基底膜は3層構造からなり、[[wikipedia:ja:上皮細胞|上皮細胞]]や[[wikipedia:ja:実質細胞|実質細胞]]に近い部分から、比較的電子密度の低い[[wikipedia:ja:透明板|透明板]](lamina lucida)、電子密度が高い[[wikipedia:ja:緻密板|緻密板]](lamina densa)、その外側の[[wikipedia:ja:線維細網板|線維細網板]](lamina fibroreticlularis)に区分される。このうち緻密板は様々な基底膜成分が共局在する部位で、通常20〜50 nm厚である。中枢神経組織や内皮の基底膜では最外層の線維細網板は認められないことが多い<ref name="ref1"><pubmed> 19396173 </pubmed></ref>。光学顕微鏡で基底膜を観察するには鍍銀等の特殊な組織染色か、基底膜成分に対する[[免疫組織化学]]によるのが一般的である。 | ||
基底膜の主成分は、IV型[[コラーゲン]] (Type IV collagen)、[[ラミニン]] (laminin) 、[[ニドゲン]] (nidogen)、[[ヘパラン硫酸プロテオグリカン]] (HSPG) である<ref name="ref2"><pubmed> 2653817 </pubmed></ref>。これら分子間の相互作用の解析にもとづき、基底膜ではIV型コラーゲンがその骨格をなす網目構造を形成し、これにニドゲンを介したラミニンやヘパラン硫酸プロテオグリカンが組み込まれるというモデルが提唱されている<ref><pubmed> 17395644 </pubmed></ref>。 | 基底膜の主成分は、IV型[[コラーゲン]] (Type IV collagen)、[[ラミニン]] (laminin) 、[[ニドゲン]] (nidogen)、[[ヘパラン硫酸プロテオグリカン]] (HSPG) である<ref name="ref2"><pubmed> 2653817 </pubmed></ref>。これら分子間の相互作用の解析にもとづき、基底膜ではIV型コラーゲンがその骨格をなす網目構造を形成し、これにニドゲンを介したラミニンやヘパラン硫酸プロテオグリカンが組み込まれるというモデルが提唱されている<ref><pubmed> 17395644 </pubmed></ref>。 | ||
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== 中枢神経系における分布 == | == 中枢神経系における分布 == | ||
[[神経管]](neural tube)は、[[wikipedia:ja:|胚盤]]背側の[[wikipedia:ja:|外胚葉]]が溝状に陥没すると同時に溝の両側が伸び出し左右が接触・融合することによって形成される。この過程を通じて外胚葉の直下や神経管の周囲には連続した基底膜が観察される<ref><pubmed> 3332260 </pubmed></ref>。 | [[神経管]](neural tube)は、[[wikipedia:ja:胚盤|胚盤]]背側の[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]が溝状に陥没すると同時に溝の両側が伸び出し左右が接触・融合することによって形成される。この過程を通じて外胚葉の直下や神経管の周囲には連続した基底膜が観察される<ref><pubmed> 3332260 </pubmed></ref>。 | ||
成熟した中枢神経組織の実質最外層では、[[アストロサイト]]の突起(astrocyte endfeet)が層をなし、[[限界膠]](glial limitation)を形成する。基底膜はこのアストロサイトの突起の層を裏打ちするように認められ、神経実質と[[軟膜]]とを隔てている ([[軟膜基底膜]]:pial basement membrane) <ref name="ref5"><pubmed> 19779720 </pubmed></ref>。 | 成熟した中枢神経組織の実質最外層では、[[アストロサイト]]の突起(astrocyte endfeet)が層をなし、[[限界膠]](glial limitation)を形成する。基底膜はこのアストロサイトの突起の層を裏打ちするように認められ、神経実質と[[軟膜]]とを隔てている ([[軟膜基底膜]]:pial basement membrane) <ref name="ref5"><pubmed> 19779720 </pubmed></ref>。 | ||
中枢神経系に出入りする血管は、軟膜の一部を伴って脳実質へ侵入する。血管の実質内への侵入に伴って[[wikipedia:ja:|血管壁]]の[[wikipedia:ja:|平滑筋]]細胞が失われるため、やがて血管の周囲は[[wikipedia:ja:|内皮基底膜]] (endothelial basement membrane) と軟膜基底膜の延長である[[脳実質基底膜]](parenchymal basement membrane)の二層によって囲まれるようになる。さらに脳実質内に侵入すると両基底膜は融合し、この基底膜(composite basement membrane)は一面で血管内皮と他面でアストログリアの突起と接することになる。<ref name="ref5" />。 | 中枢神経系に出入りする血管は、軟膜の一部を伴って脳実質へ侵入する。血管の実質内への侵入に伴って[[wikipedia:ja:血管壁|血管壁]]の[[wikipedia:ja:平滑筋|平滑筋]]細胞が失われるため、やがて血管の周囲は[[wikipedia:ja:内皮基底膜|内皮基底膜]] (endothelial basement membrane) と軟膜基底膜の延長である[[脳実質基底膜]](parenchymal basement membrane)の二層によって囲まれるようになる。さらに脳実質内に侵入すると両基底膜は融合し、この基底膜(composite basement membrane)は一面で血管内皮と他面でアストログリアの突起と接することになる。<ref name="ref5" />。 | ||
フラクトン(fractone)は、脳実質内の毛細血管を取り巻く基底膜のみが脳室を覆う[[上衣]](ependyma)に向かって枝分かれしながら伸び出した構造である<ref><pubmed> 12209835 </pubmed></ref>。 | フラクトン(fractone)は、脳実質内の毛細血管を取り巻く基底膜のみが脳室を覆う[[上衣]](ependyma)に向かって枝分かれしながら伸び出した構造である<ref><pubmed> 12209835 </pubmed></ref>。 | ||
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== 中枢神経系における構成成分 == | == 中枢神経系における構成成分 == | ||
組織を問わず全ての基底膜に共通して存在する基底膜の主成分に、IV型コラーゲン (Type IV collagen)、ラミニン (laminin) とニドゲン (nidogen)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン (HSPG) がある<ref name="ref2" /> | 組織を問わず全ての基底膜に共通して存在する基底膜の主成分に、IV型コラーゲン (Type IV collagen)、ラミニン (laminin) とニドゲン (nidogen)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン (HSPG) がある<ref name="ref2" />。これらには以下に述べるようなアイソフォームが存在し、その組み合わせにより組織や細胞に特異的な基底膜を形成する。各アイソフォームの分布は、論文以外にも[http://www.matrixome.com/bm/Home/home/home.asp THE MATRIOME PROJECT]に詳しく記載されている<ref name="ref7"><pubmed> 18757743 </pubmed></ref>。 | ||
=== IV型コラーゲン === | === IV型コラーゲン === | ||
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=== ラミニン=== | === ラミニン=== | ||
ラミニン(laminin) | ラミニン(laminin)は、α、β、γの3つの鎖からなる十字架構造をした[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]である<ref><pubmed> 19693542 </pubmed></ref>。α鎖が5種類、β鎖が3種類、γ鎖が3種類存在し、それらの組み合わせによって、例えばα1、β1、γ1ならばラミニン-111、α5、β2、γ1ならばラミニン-521のように命名されている。現在までに19種類の組み合わせが報告されている。α、β、γの鎖のなかで、α鎖が細胞の接着に関わる主要な鎖としてラミニンの機能に大きく関わっている。血管内皮基底膜には、ラミニン-411と-511が存在している。また、脳実質基底膜 (parenchymal basement membrane)には、ラミニン-111とラミニン-211が共発現する。血管が脳実質内に侵入し、2つの基底膜が融合した部分では、ラミニン-211、-411、-511が共発現する<ref name="ref5" />。脈絡叢上皮基底膜にはラミニン-511が存在している。一方、脈絡叢の毛細血管基底膜はラミニン-411である<ref name="ref7" />。血管内皮基底膜を除く各基底膜では、同時にβ2およびγ3鎖の発現も見られることから、ラミニン-421/-423/-521/-523が同時に含まれることが予想される<ref name="ref7" /> 。フラクトンには、β1とγ1鎖が存在しているが、これらと会合するα鎖は明らかになっていない<ref name="ref9" />。 | ||
===ニドゲン=== | ===ニドゲン=== | ||
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===ヘパラン硫酸プロテオグリカン=== | ===ヘパラン硫酸プロテオグリカン=== | ||
基底膜に含まれるヘパラン硫酸プロテオグリカン(heparan sulfate proteoglycan) | 基底膜に含まれるヘパラン硫酸プロテオグリカン(heparan sulfate proteoglycan)として[[パールカン]](perlecan)と[[アグリン]](agrin)がある。血管内皮基底膜では、パールカンが、軟膜基底膜および脳実質基底膜では、アグリンがそれぞれ主要なヘパラン硫酸プロテオグリカンとして存在する。脳実質内に侵入した血管基底膜のうち、脳実質基底膜と融合した部分では、パールカンとアグリンの両方が存在している<ref name="ref5" />。脈絡叢では、ともに脈絡叢上皮と毛細血管の基底膜で発現している<ref name="ref7" /> <ref><pubmed> 9337134 </pubmed></ref>。フラクトンには、パールカンは存在しているが、アグリンについては明らかになっていない<ref name="ref9" />。 | ||
== 中枢神経系における機能と疾患 == | == 中枢神経系における機能と疾患 == | ||
IV型コラーゲンは、基底膜の安定化に重要な働きをしている<ref><pubmed> 14998921 </pubmed></ref> | IV型コラーゲンは、基底膜の安定化に重要な働きをしている<ref><pubmed> 14998921 </pubmed></ref>。実際、IV型コラーゲンα1鎖の変異により血管基底膜が障害され、これにより[[脳内出血]](brain hemorrhage)や[[孔脳症]](porencephaly)が引き起こされることが[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]および[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]で明らかになっている<ref><pubmed> 15905400 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 17379824 </pubmed></ref>。また、脈絡叢上皮基底膜に発現するIV型コラーゲンアイソフォームα3(IV)α4(IV)α5(IV)は、[[wikipedia:ja:腎糸球体|腎糸球体]]([[wikipedia:ja:血液—尿関門|血液—尿関門]]を構成)、[[wikipedia:ja:肺胞|肺胞]]([[wikipedia:ja:血液—空気関門|血液—空気関門]]を構成)の基底膜でも特徴的に発現しており<ref><pubmed> 7657706 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 11523049 </pubmed></ref>、このアイソフォームの機能と脈絡叢の血液—脳脊髄液関門の関連が示唆される。 | ||
ラミニンγ1鎖のニドゲン結合部位を欠失させたマウスでは、軟膜基底膜および軟膜に連続した血管周囲の基底膜が障害され、脳皮質の形成に異常が起きる<ref name="ref12" /> | ラミニンγ1鎖のニドゲン結合部位を欠失させたマウスでは、軟膜基底膜および軟膜に連続した血管周囲の基底膜が障害され、脳皮質の形成に異常が起きる<ref name="ref12" />。軟膜基底膜におけるラミニンα1鎖の欠損は、[[小脳]]の形成に影響し、行動障害を引き起こす<ref><pubmed> 21983115 </pubmed></ref>。ニドゲン-1を欠失させたマウスでは[[海馬]]の機能が障害される<ref><pubmed> 19530222 </pubmed></ref>。 | ||
中枢神経実質には、血液中からの[[wikipedia:ja:免疫細胞|免疫細胞]]の侵入が制限されている。しかし、[[脳脊髄炎]]ではこれらの機能が破綻し、[[wikipedia:ja:リンパ球|リンパ球]]の侵入が見られるようになる。血管内皮基底膜にはラミニンα4鎖とα5鎖が含まれ、リンパ球の侵入はラミニンα5鎖を欠く領域で起こることが報告されている<ref name="ref1" />。これを裏付けるように、ラミニンα4鎖欠失マウスでは、ラミニンα5鎖が補償的に発現上昇するため、炎症に際してのリンパ球の侵入が見られなくなる<ref name="ref1" />。 | |||
== 中枢神経の再生研究 == | == 中枢神経の再生研究 == | ||
基底膜は組織に高度に組み込まれた構造であるため生化学的な調製が難しく、その研究はなかなか進展しなかった。70年代後半になり、マウス[[wikipedia:ja:肉腫|肉腫]] (Engelbreth-Holm-Swarm sarcoma) が種々の基底膜成分を含むゲル(マトリゲルmatrigel) を産生することがわかり、これによって個々の分子について研究が進展した<ref><pubmed> 15975825 </pubmed></ref>。また、マトリゲルやそれから精製されたラミニン111をもちいることにより[[初代培養]]を含む様々の神経系細胞のin vitro研究が格段に進んだ。近年、ヒト [[ES 細胞]]をマトリゲル上で培養し、[[ROCK]] 阻害剤 [[Y-27632]] で処理することにより、中枢神経系細胞である[[ドーパミン]]作動性ニューロンへ高い効率で誘導することが可能であることが示されている<ref><pubmed> 17529971 </pubmed></ref>。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |