「病識」の版間の差分

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障害認識及び病識は、異なる成因からなる多要因の概念であると近年は考えられるようになっている。たとえばDavid5,6)は病識の概念を二分して、「何らかの疾患に罹患しており、それが精神障害であること」と、「特定の精神的な変化の体験を病的であると認識できる能力」とした。また両概念とも、「あり」「なし」の二分法では記述できないこと、両概念の相互関連性は必ずしも高くないことを示した。そしてこれまでのさまざまな研究における病識欠如の出現率は評価方法と、評価している時期に依存していることを指摘した。
障害認識及び病識は、異なる成因からなる多要因の概念であると近年は考えられるようになっている。たとえばDavid5,6)は病識の概念を二分して、「何らかの疾患に罹患しており、それが精神障害であること」と、「特定の精神的な変化の体験を病的であると認識できる能力」とした。また両概念とも、「あり」「なし」の二分法では記述できないこと、両概念の相互関連性は必ずしも高くないことを示した。そしてこれまでのさまざまな研究における病識欠如の出現率は評価方法と、評価している時期に依存していることを指摘した。
Amadorら1,2)は、病識はひとまとまりの症状群ごとに検討されるべき modality-specificなものであり、障害認識及び病識は少なくとも以下の4次元から成り立っていると主張している。1)精神症状や症候や疾病のもたらす変化についての認識、2)疾病についての帰属、および症状や起こってくる変化についての帰属、3)自己概念形成、4)心理的防衛。池淵ら9)は、ICD-10によって統合失調症と診断された31例(社会復帰病棟に入院中の慢性例)を対象に、複数の尺度による評価を試み、3因子(治療遵守と疾病の認識因子、服薬理由の因子、精神症状認識の因子)を抽出した。
Amadorら<ref><pubmed>2047782</pubmed></ref>,2)は、病識はひとまとまりの症状群ごとに検討されるべき modality-specificなものであり、障害認識及び病識は少なくとも以下の4次元から成り立っていると主張している。1)精神症状や症候や疾病のもたらす変化についての認識、2)疾病についての帰属、および症状や起こってくる変化についての帰属、3)自己概念形成、4)心理的防衛。池淵ら9)は、ICD-10によって統合失調症と診断された31例(社会復帰病棟に入院中の慢性例)を対象に、複数の尺度による評価を試み、3因子(治療遵守と疾病の認識因子、服薬理由の因子、精神症状認識の因子)を抽出した。




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 Babinskiや Gerstmannが早くから記載しているように、主に左半身麻痺の人において、「麻痺があたかもないように振るまったり、麻痺の存在に関心を示さない」現象が観察されており、anosognosia, denial of illness, lack of insight, organic repressionなどと呼称されてきた。この現象は、健常な知的能力でも発現し、またある障害については自覚しているが、ある障害については気づかないといった選択性があることも知られている。大橋19)はanosognosieを「器質性患者による自己の身体機能欠損の否認」と定義し、左片麻痺の際の麻痺の否認や、Anton症状などの疾病否認を例示し、また関連する病態として、失語や失行の際に見られる機能欠損についての無関心anosodiaphorieや、半側無視症状などを紹介している。大橋の症例では、左片麻痺があるにもかかわらず認めようとしないが、現実に歩こうとはしない、多弁で医師に拒否的で疾病の話を受け入れない、否認を貫く間は多幸的であるなど、統合失調症と極めて相似の病識欠如の病態が示されている。
 Babinskiや Gerstmannが早くから記載しているように、主に左半身麻痺の人において、「麻痺があたかもないように振るまったり、麻痺の存在に関心を示さない」現象が観察されており、anosognosia, denial of illness, lack of insight, organic repressionなどと呼称されてきた。この現象は、健常な知的能力でも発現し、またある障害については自覚しているが、ある障害については気づかないといった選択性があることも知られている。大橋19)はanosognosieを「器質性患者による自己の身体機能欠損の否認」と定義し、左片麻痺の際の麻痺の否認や、Anton症状などの疾病否認を例示し、また関連する病態として、失語や失行の際に見られる機能欠損についての無関心anosodiaphorieや、半側無視症状などを紹介している。大橋の症例では、左片麻痺があるにもかかわらず認めようとしないが、現実に歩こうとはしない、多弁で医師に拒否的で疾病の話を受け入れない、否認を貫く間は多幸的であるなど、統合失調症と極めて相似の病識欠如の病態が示されている。
 以上のように器質疾患でも観察されることから、病識欠如の成因として認知機能障害を想定することが近年行われるようになっている。
 以上のように器質疾患でも観察されることから、病識欠如の成因として認知機能障害を想定することが近年行われるようになっている。
病識欠如という現象をセルフモニターの障害として想定する考え方がある。自分の状態を意識する(メタ表象)ためには、ある行動を行うときに一定の目標を自覚しつつ、途中経過を評価し修正することができる(現実の一次表象の照合作業)ことが前提とされ、作動記憶の中央実行系の機能であると考えられている12)。そして中央実行系が障害されると、自発性の減少、保続、場当たり的な行動の増加がおこることが知られ、両側の背外側前頭前野の関与が大きいと考えられている。Amadorら21は、障害認識は modality-specificなものであるので、ある特定の高次連合野の障害というよりは、言語、知覚、記憶などの機能の各単位と、作動記憶のような中心的な意識野との連合が不十分ではないかと推論している。
病識欠如という現象をセルフモニターの障害として想定する考え方がある。自分の状態を意識する(メタ表象)ためには、ある行動を行うときに一定の目標を自覚しつつ、途中経過を評価し修正することができる(現実の一次表象の照合作業)ことが前提とされ、作動記憶の中央実行系の機能であると考えられている12)。そして中央実行系が障害されると、自発性の減少、保続、場当たり的な行動の増加がおこることが知られ、両側の背外側前頭前野の関与が大きいと考えられている。Amadorら<ref><pubmed>8494061</pubmed></ref>は、障害認識は modality-specificなものであるので、ある特定の高次連合野の障害というよりは、言語、知覚、記憶などの機能の各単位と、作動記憶のような中心的な意識野との連合が不十分ではないかと推論している。
一方、前頭前野内側部が自己の感情状態、思考、自己の性格特性など自分自身の主観的状態を含む内的表象と密接に関連していることから26)、この部位の関与も推定できる。なお Parelladaら20)は初回エピソード精神病患者(統合失調症圏53例、それ以外57例)を踏査し、前頭葉および頭頂葉の灰白質の減少が2年後の精神病症状についての病識と有意に相関することを報告している。
一方、前頭前野内側部が自己の感情状態、思考、自己の性格特性など自分自身の主観的状態を含む内的表象と密接に関連していることから26)、この部位の関与も推定できる。なお Parelladaら20)は初回エピソード精神病患者(統合失調症圏53例、それ以外57例)を踏査し、前頭葉および頭頂葉の灰白質の減少が2年後の精神病症状についての病識と有意に相関することを報告している。
これまでの実証的研究では、Youngら28)は、31例の統合失調症患者を対象に、前頭葉機能を反映すると考えられるWisconsin Card Sorting Test (WCST), verbal fluency test, trail   making testを実施し、現在の症状に対する認識と誤った帰属(SUMDによる評価)とが、 WCSTの成績低下と相関していたことを報告しているなど、前頭葉機能と病識との関連を報告したものが多くみられる。
これまでの実証的研究では、Youngら28)は、31例の統合失調症患者を対象に、前頭葉機能を反映すると考えられるWisconsin Card Sorting Test (WCST), verbal fluency test, trail   making testを実施し、現在の症状に対する認識と誤った帰属(SUMDによる評価)とが、 WCSTの成績低下と相関していたことを報告しているなど、前頭葉機能と病識との関連を報告したものが多くみられる。
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精神障害についての知識が不十分であるときに、自己の中に疾病のために起こってきた変化に対して誤った対応や態度をとることが起こりうる。特に精神障害への根強い偏見がある場合には、自己に起こった事柄は容易には精神障害として認識されえないだろう。ここでわかるように、気づかないことと、誤った知識を持つことと、否認など気づきを抑制することとは互いに反する事柄ではなく、相互に関連を持っている。Macpherson ら14)は64例の統合失調症患者に調査を行い、SAIにより評価した障害認識を従属変数とした重回帰分析を行ったところ、治療についての知識とこれまでの教育年数とが有意な寄与を示した。
精神障害についての知識が不十分であるときに、自己の中に疾病のために起こってきた変化に対して誤った対応や態度をとることが起こりうる。特に精神障害への根強い偏見がある場合には、自己に起こった事柄は容易には精神障害として認識されえないだろう。ここでわかるように、気づかないことと、誤った知識を持つことと、否認など気づきを抑制することとは互いに反する事柄ではなく、相互に関連を持っている。Macpherson ら14)は64例の統合失調症患者に調査を行い、SAIにより評価した障害認識を従属変数とした重回帰分析を行ったところ、治療についての知識とこれまでの教育年数とが有意な寄与を示した。
 認知療法では「誤った認知」モデルが仮定されている。幻覚や妄想への誤った認知がその後の不快な感情や問題行動をもたらすというものである25)。幻聴については、まず幻覚が体験され、それについての認知(悪意的な解釈と善意的な解釈の双方がある)があるが、幻覚と認知との関連はそれほど強くない一方で、認知に引き続いて引き起こされた感情と行動には密接な連関があるという。Birchwood3,4)は、幻覚によって生じる行動や感情は、幻覚の形式や内容ではなく、患者が幻覚に対して抱いている信念ー特に幻覚の力や権威に対してのものーによっており、この信念は幻覚への適応過程の一部であり、個人の自己価値や対人関係についてのスキーマに影響を受けること、幻覚への従属は患者の社会関係におけるふるまい方と関連していることを報告している。妄想についても同様に、きっかけとなる出来事についての誤った認知、すなわち妄想的思考が問題であり、その誤った推論や誤った理由づけに対して治療的アプローチが可能と考えられている。
 認知療法では「誤った認知」モデルが仮定されている。幻覚や妄想への誤った認知がその後の不快な感情や問題行動をもたらすというものである25)。幻聴については、まず幻覚が体験され、それについての認知(悪意的な解釈と善意的な解釈の双方がある)があるが、幻覚と認知との関連はそれほど強くない一方で、認知に引き続いて引き起こされた感情と行動には密接な連関があるという。Birchwood<ref><pubmed>9403906</pubmed></ref>,<ref><pubmed>10824654</pubmed></ref>)は、幻覚によって生じる行動や感情は、幻覚の形式や内容ではなく、患者が幻覚に対して抱いている信念ー特に幻覚の力や権威に対してのものーによっており、この信念は幻覚への適応過程の一部であり、個人の自己価値や対人関係についてのスキーマに影響を受けること、幻覚への従属は患者の社会関係におけるふるまい方と関連していることを報告している。妄想についても同様に、きっかけとなる出来事についての誤った認知、すなわち妄想的思考が問題であり、その誤った推論や誤った理由づけに対して治療的アプローチが可能と考えられている。




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