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==解析手法== | ==解析手法== | ||
生物学的精神医学においては、神経科学のさまざまな方法が用いられる<ref name=ref4>'''Charney DS, Nestler EJ'''<br>Neurobiology of Mental Illness, 3rd edn., Part Ⅱ. Methods of clinical neurobiological research (Tamminga CA), pp129-130; Chapter 39. <br>The neurobiology of fear and anxiety: contributions of animal models to current understanding (Sullivan GM, et al), | 生物学的精神医学においては、神経科学のさまざまな方法が用いられる<ref name=ref4>'''Charney DS, Nestler EJ'''<br>Neurobiology of Mental Illness, 3rd edn., Part Ⅱ. Methods of clinical neurobiological research (Tamminga CA), pp129-130; Chapter 39. <br>The neurobiology of fear and anxiety: contributions of animal models to current understanding (Sullivan GM, et al), pp603-626, <br>Oxford University Press, Oxford, 2009.</ref>。 | ||
===神経病理学=== | ===神経病理学=== | ||
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===遺伝学=== | ===遺伝学=== | ||
[[アルツハイマー病]]の神経病理学的変化が、[[ダウン症候群]](21番染色体のトリソミー)では、よく生じることから、家族性アルツハイマー病で、21番染色体の遺伝子の探索が進められ、1991年に、Alison Goateらにより、[[アミロイド前駆タンパク質]](amyloid precursor protein)遺伝子の点変異が同定された。これは精神疾患における原因遺伝子の最初の発見であった<ref name=ref8>'''Gelder M, Harrison P, Cowen P'''<br>Shorter Oxford Textbook of Psychiatry, , 5th edn., Chapter 5. Aetiology, pp81-111; Chapter 11. Mood disorders, pp217-265, <br>Oxford University Press, Oxford, 2006.</ref>。 | [[アルツハイマー病]]の神経病理学的変化が、[[ダウン症候群]](21番染色体のトリソミー)では、よく生じることから、家族性アルツハイマー病で、21番染色体の遺伝子の探索が進められ、1991年に、Alison Goateらにより、[[アミロイド前駆タンパク質]](amyloid precursor protein)遺伝子の点変異が同定された。これは精神疾患における原因遺伝子の最初の発見であった<ref name=ref8>'''Gelder M, Harrison P, Cowen P'''<br>Shorter Oxford Textbook of Psychiatry, , 5th edn., <br>Chapter 5. Aetiology, pp81-111; <br>Chapter 11. Mood disorders, pp217-265, <br>Oxford University Press, Oxford, 2006.</ref>。 | ||
その後、分子遺伝学の進歩は著しく、精神疾患の[[感受性遺伝子]](susceptibility gene)の研究が活発に行われている。精神疾患に関連すると報告されている遺伝子多型の多くは、アミノ酸配列には影響を及ぼさないものであり、これらは[[wikipedia:ja:遺伝子発現|遺伝子発現]]([[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]への転写)の時期、量や[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]に影響しているのかも知れない<ref name=ref8 />。以前から、遺伝的素因があると不利な環境の影響を受けやすいことが指摘されていたが、遺伝子発現と環境との相互作用は、さまざまな精神障害の成立機構を解明していく上での重要な課題である。 | その後、分子遺伝学の進歩は著しく、精神疾患の[[感受性遺伝子]](susceptibility gene)の研究が活発に行われている。精神疾患に関連すると報告されている遺伝子多型の多くは、アミノ酸配列には影響を及ぼさないものであり、これらは[[wikipedia:ja:遺伝子発現|遺伝子発現]]([[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]への転写)の時期、量や[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]に影響しているのかも知れない<ref name=ref8 />。以前から、遺伝的素因があると不利な環境の影響を受けやすいことが指摘されていたが、遺伝子発現と環境との相互作用は、さまざまな精神障害の成立機構を解明していく上での重要な課題である。 | ||
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===不安障害=== | ===不安障害=== | ||
基礎研究から、恐怖刺激における扁桃体の役割が明らかにされていたが、不安障害やうつ病患者では、顕在的、あるいは潜在的な恐怖表情刺激に対して、扁桃体の過剰賦活がみられ、この過剰賦活は、抗うつ薬治療により、改善する。多くの不安障害では、島皮質の賦活亢進も生じている<ref name=ref14><pubmed>19625997</pubmed></ref> | 基礎研究から、恐怖刺激における扁桃体の役割が明らかにされていたが、不安障害やうつ病患者では、顕在的、あるいは潜在的な恐怖表情刺激に対して、扁桃体の過剰賦活がみられ、この過剰賦活は、抗うつ薬治療により、改善する。多くの不安障害では、島皮質の賦活亢進も生じている<ref name=ref14><pubmed>19625997</pubmed></ref>。外傷後ストレス障害では、扁桃体の過剰賦活に加えて、内側前頭皮質の低活性が認められ、前頭皮質の扁桃体への抑制に欠陥が生じているようである。この内側前頭皮質の低活性は、治療により改善し、それは、症状改善とも相関する。他方、強迫性障害の神経回路は、不安障害とは異なっているようで、強迫性障害の構造画像の[[wikipedia:ja:メタ解析|メタ解析]]<ref name=ref15><pubmed>19880927</pubmed></ref>では、両側の[[レンズ核]]の体積増大と背内側前頭/前部帯状回の体積減少が認められ、機能画像では、[[眼窩前頭前野]]と尾状核の機能亢進を示す報告が多く、[[眼窩前頭-線条体回路モデル]]が提唱されている<ref name=ref16><pubmed>18061263</pubmed></ref>。 | ||
===気分障害=== | ===気分障害=== | ||
[[気分障害関連]]では、大うつ病のかなりの患者で、HPA系の機能亢進が生じていて、それは、うつ病の重症度と相関すると報告されている<ref name=ref17>'''Gelder MG, et al (edn.)'''<br>New Oxford Textbook of Psychiatry, Vol. 1, 2nd edn., Chapter 2.3.3. Neuroendocrinology (Nemeroff CB, Neigh GN), <br>Oxford University Press, Oxford, 2009.</ref>。小児期に虐待を受けた成人は、HPA系の機能亢進が持続し、ストレスに対して、感受性が高いことが示唆されている<ref name=ref8 /> <ref name=ref18><pubmed>22112927</pubmed></ref> | [[気分障害関連]]では、大うつ病のかなりの患者で、HPA系の機能亢進が生じていて、それは、うつ病の重症度と相関すると報告されている<ref name=ref17>'''Gelder MG, et al (edn.)'''<br>New Oxford Textbook of Psychiatry, Vol. 1, 2nd edn., <br>Chapter 2.3.3. Neuroendocrinology (Nemeroff CB, Neigh GN), <br>Oxford University Press, Oxford, 2009.</ref>。小児期に虐待を受けた成人は、HPA系の機能亢進が持続し、ストレスに対して、感受性が高いことが示唆されている<ref name=ref8 /> <ref name=ref18><pubmed>22112927</pubmed></ref>。動物実験より、過剰のコルチコステロイドは、海馬の神経細胞に傷害的に作用することが示されているが、大うつ病患者の構造的MRI研究のメタ解析<ref name=ref19><pubmed>21745692</pubmed></ref>では、海馬体積の減少が認められており、これらの関係が議論されている。また、未服薬の大うつ病患者では、血清BDNFが低下していて、抗うつ薬治療により、この低下は改善した<ref name=ref13 /> <ref name=ref20><pubmed>12842310</pubmed></ref>。これらのことから、[[うつ病の神経可塑性仮説]](neuroplasticity hypothesis)も提唱されている。近年の疫学的研究からは、[[神経症傾向]](neuroticism;傷つきやすく、神経質で、心配性)が高い人は、ストレスフルな生活上の出来事の影響を受けて、大うつ病になりやすいことが示されているが<ref name=ref21><pubmed>17015813</pubmed></ref>、この性格傾向と[[遺伝子多型]]([[5-HTトランスポーター]]遺伝子のSアリル)との関連も示されている<ref name=ref22><pubmed>12869766</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>10893498</pubmed></ref>。[[双極性障害]]の機能画像のメタ解析では、辺縁系の高活性と前頭葉の低活性が示されている<ref name=ref24><pubmed>21676596 </pubmed></ref>。 | ||
===統合失調症=== | ===統合失調症=== |