214
回編集
Tomokouekita (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
Tomokouekita (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
||
7行目: | 7行目: | ||
[[Image:Uekita fig1.jpg|thumb|right|200px|<b>図1.LashleyⅢ型迷路</b><br />図の下方がスタート地点で、上方が報酬(黄丸)の置かれたゴールである]] 動物の迷路学習の最初の研究は、[[wikipedia:W. S. Small|W. S. Small]]<ref>'''W S Small'''<br>Experimental study of the mental processes of the rat II.<br>''American Journal of Psychology'':1901,12;206-239</ref> によるもので、この研究で用いられた迷路は、[[wikipedia:ja:ハンプトン・コート宮殿|ハンプトン・コート宮殿]]の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。同様の迷路を用いて、ラットがどのように迷路課題を解決しているかが検証された<ref>'''H Carr, J B Watson'''<br>Orientation in the white rat.<br>''Journal of Comparative Neurology and Psychology'':1908,18,27-44</ref>。[[視覚]]、[[嗅覚]]、[[聴覚]]、[[洞毛]]からの情報を遮断しても成績が悪くならなかった。しかし、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは感覚情報ではなく、[[wikipedia:ja:筋|筋]]運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。 | [[Image:Uekita fig1.jpg|thumb|right|200px|<b>図1.LashleyⅢ型迷路</b><br />図の下方がスタート地点で、上方が報酬(黄丸)の置かれたゴールである]] 動物の迷路学習の最初の研究は、[[wikipedia:W. S. Small|W. S. Small]]<ref>'''W S Small'''<br>Experimental study of the mental processes of the rat II.<br>''American Journal of Psychology'':1901,12;206-239</ref> によるもので、この研究で用いられた迷路は、[[wikipedia:ja:ハンプトン・コート宮殿|ハンプトン・コート宮殿]]の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。同様の迷路を用いて、ラットがどのように迷路課題を解決しているかが検証された<ref>'''H Carr, J B Watson'''<br>Orientation in the white rat.<br>''Journal of Comparative Neurology and Psychology'':1908,18,27-44</ref>。[[視覚]]、[[嗅覚]]、[[聴覚]]、[[洞毛]]からの情報を遮断しても成績が悪くならなかった。しかし、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは感覚情報ではなく、[[wikipedia:ja:筋|筋]]運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。 | ||
[[wikipedia:ja:カール・ラシュレー|Lashley]]<ref>'''K Lashley'''<br>Brain mechanisms and intelligence: A quantitative study of injuries to the brain.<br>''University of Chicago Press'':1929</ref>は、迷路学習に必要な認知機能と関連脳部位を明らかにするために、より単純化された「Ⅲ型迷路」を使用した。この迷路は3つの選択点をもつ単純な構造で、出発地点から左、右、左へ曲がると報酬にたどりつける(図1)。この課題をラットに学習させた後に[[皮質]]の様々な部位を損傷し、同じ課題のテストを行った。再学習の成績は、損傷の場所に関わらず、損傷の量が大きくなるにつれて悪くなった。Lashleyは脳における記憶のありかをつきとめることはできなかった。その後、主にラットやマウスを対象とした膨大な数の脳破壊実験により、空間処理を必要とする迷路学習には海馬が関与しているという共通認識が得られた。 | |||
1990年代には、発達過程のある時期に脳のある領域に限定して、マウスの遺伝子を操作する方法が利根川らにより確立された。長期増強の誘発に必要なNMDA受容体サブユニットを海馬CA1領域でノックアウトすると、長期増強が起こりにくくなるとともに、水迷路における場所課題の学習障害がみられた。空間的・時間的に限局した精巧なノックアウト技術の確立、電気生理学的手法による神経活動の記録および迷路での行動評価を行ったこの研究は、分子と行動の関連を明らかにしようとする脳科学研究の突破口となった。 | |||
== 迷路実験の手続きと測定される認知機能 == | == 迷路実験の手続きと測定される認知機能 == | ||
21行目: | 23行目: | ||
: 餌のありかについての学習、すなわち場所学習を測定する最もシンプルな課題である。訓練に先だって装置馴致を行い、動因操作として通常自由摂食時の85%の体重を維持する餌を与える。訓練では、いずれかの選択走路の先端の報酬皿にペレットや[[wikipedia:ja:ショ糖|ショ糖]]溶液などの報酬を置き、動物が出発走路の先端から分岐点まで移動した後、左右の走路のどちらを選択するかを観察する。報酬のある走路の選択を正反応、報酬のない走路への侵入を誤反応とする。誤反応の後、同一試行内で正しい走路の選択を許す場合を修正法、修正を許さない場合を非修正法と呼ぶ。訓練により、動物は常に報酬のある走路を選択するようになり、報酬の位置についての場所学習が成立したとみなされる。 | : 餌のありかについての学習、すなわち場所学習を測定する最もシンプルな課題である。訓練に先だって装置馴致を行い、動因操作として通常自由摂食時の85%の体重を維持する餌を与える。訓練では、いずれかの選択走路の先端の報酬皿にペレットや[[wikipedia:ja:ショ糖|ショ糖]]溶液などの報酬を置き、動物が出発走路の先端から分岐点まで移動した後、左右の走路のどちらを選択するかを観察する。報酬のある走路の選択を正反応、報酬のない走路への侵入を誤反応とする。誤反応の後、同一試行内で正しい走路の選択を許す場合を修正法、修正を許さない場合を非修正法と呼ぶ。訓練により、動物は常に報酬のある走路を選択するようになり、報酬の位置についての場所学習が成立したとみなされる。 | ||
: | : ただし、スタート地点が固定され、かつ報酬が常に同じ走路にある場合、特定の方向に曲がるといった筋感覚の学習(反応学習)による解決も可能である。どちらの学習が行われたかを検証するためには、180度迷路を回転させて、訓練とは反対側からスタートさせるテスト試行が必要である。訓練試行とは逆方向に曲がり、実験環境における絶対的に同じ位置を選択した場合、場所学習が行われていたとみなされる。 | ||
==== 場所非見本合わせ課題 ==== | ==== 場所非見本合わせ課題 ==== | ||
45行目: | 47行目: | ||
=== 放射状迷路 === | === 放射状迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig3.jpg|thumb|right|250px|<b>図3.8方向放射状迷路</b><br />中央プラットフォームから出発させ、走路の先端のカップに報酬を獲得させる。動物が隣回りに走路を選択することを防ぐために、プラットフォームと各走路の間に扉を設置することもある。]] 中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある(図3) | [[Image:Uekita fig3.jpg|thumb|right|250px|<b>図3.8方向放射状迷路</b><br />中央プラットフォームから出発させ、走路の先端のカップに報酬を獲得させる。動物が隣回りに走路を選択することを防ぐために、プラットフォームと各走路の間に扉を設置することもある。]] 中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある(図3)。もともと動物の空間記憶を測定するために考案されたが、報酬の置き方により記憶の様々な側面を測定できる。また、項目数を増やすために12本や24本走路が使用されることもある。 | ||
==== 空間作業記憶課題 ==== | ==== 空間作業記憶課題 ==== | ||
63行目: | 65行目: | ||
[[Image:Uekita fig4.jpg|thumb|right|250px|<b>図4.水迷路</b><br />プール中の1か所にある逃避台(点線円筒)まで泳ぐことを訓練する。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]] | [[Image:Uekita fig4.jpg|thumb|right|250px|<b>図4.水迷路</b><br />プール中の1か所にある逃避台(点線円筒)まで泳ぐことを訓練する。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]] | ||
空間学習を測定する課題として[[wikipedia:Richard G. Morris|Richard G. Morris]] (1981)<ref>'''R G M Morris'''<br>Spatial localisation does not depend on the presence of local cues.<br>''Learning and Motivation'':1981,12,239-260</ref> | 空間学習を測定する課題として[[wikipedia:Richard G. Morris|Richard G. Morris]] (1981)<ref>'''R G M Morris'''<br>Spatial localisation does not depend on the presence of local cues.<br>''Learning and Motivation'':1981,12,239-260</ref>によって考案された。水の入った大きな円形プールの中にある逃避台まで泳ぐことを訓練する課題である(図4)。水深は通常40cm程度であるが、動物の後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる<ref><pubmed>12467123</pubmed></ref>。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎ能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisは水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。 | ||
==== 場所課題 ==== | ==== 場所課題 ==== | ||
87行目: | 89行目: | ||
=== バーンズ迷路 === | === バーンズ迷路 === | ||
[[Image:Uekita fig5.jpg|thumb|right|250px|<b>図5.バーンズ迷路</b><br /> | [[Image:Uekita fig5.jpg|thumb|right|250px|<b>図5.バーンズ迷路</b><br />明るく照らされされた迷路におかれた動物は、決まった位置にある暗い穴へと逃げ込む。それ以外の穴はダミーで逃げ込むことができない。丸、三角、四角は装置外刺激を示す。]] | ||
ラットやマウスが暗い囲われた場所を好み、開けた明るく照らされた状況を嫌う性質を利用した迷路課題である(図5)。円形のテーブルの外周に見かけの等しい18個の穴があり、そのうちの1つのみがトンネルとなっており、暗い場所へと逃避することができる。トンネルへと続く正しい穴の場所は、装置外刺激の空間的な関係性によって識別できる。テーブル中央の小さな円筒に動物を入れ、円筒を持ち上げて試行を開始する。訓練により、動物は逃避可能な穴に直線的に向かうようになる。逃避潜時や誤反応(逃避穴以外の穴をのぞいた回数)を学習測度として用いる。Morris水迷路と同様に訓練後に全ての穴を逃避できないようにしてプローブテストを行うことも可能である。この時、逃避穴のあった位置での滞在時間を学習の測度とする。 | |||
この他、バーンズ迷路を用いた[[wikipedia:ja:帰巣行動|帰巣行動]](homing) | この他、バーンズ迷路を用いた[[wikipedia:ja:帰巣行動|帰巣行動]](homing)に関する研究も多い。ラットやマウスが巣穴を離れて餌を探索し、巣穴に餌を持ち帰る性質をもつ。正常な動物は目隠しをしても直線的な道筋で巣穴まで戻ってくるが、海馬損傷により帰巣方向が不正確になる<ref><pubmed>10560926</pubmed></ref>。この帰巣行動は経路統合に依存したものとみなされ、海馬において内的な運動手掛りを統合しながらルートをたどる処理が行われていると考えられている。 | ||
=== 高架式十字迷路 === | === 高架式十字迷路 === |
回編集