9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
1行目: | 1行目: | ||
英語名:source monitoring | 英語名:source monitoring | ||
ソース・モニタリングとは、ある特定の記憶について、その[[記憶]]がいつどこでどのように得られたかという情報源についての記憶・認識である<ref name=ref1><pubmed> 8346328 </pubmed></ref>。記憶の情報源は間違って判断されることも多く、そのことを[[ソースモニタリングエラー]]と呼ぶ。このエラーは、情報源の[[符号化]]の限界または情報源を特定する際の何らかの妨害によって、正常な[[知覚]]処理過程または参照過程が妨げられるために生じる。[[うつ]]状態や[[ストレス]]レベルの高い状態、または関連する脳の領野の損傷などがソースモニタリングエラーの原因と考えられている。 | |||
== 概要 == | == 概要 == | ||
11行目: | 11行目: | ||
=== 2つの処理過程 === | === 2つの処理過程 === | ||
ソースモニタリングが行われる処理過程には、自動的に無意識に行われる[[ヒューリスティック処理]]と、逐次的で意図的な[[システマティック処理]]の2つの過程が存在すると考えられている<ref name=ref1 /> <ref>'''D S Lindsay, M K Johnson'''<br>Recognition memory and source monitoring.<br>''Psychological Bulletin,'':1991, 29(3), 203–205</ref>。 | |||
==== ヒューリスティック処理 ==== | ==== ヒューリスティック処理 ==== | ||
27行目: | 27行目: | ||
== 種類 == | == 種類 == | ||
ソース・モニタリングには大きく分けて、[[外的ソース・モニタリング]]、[[内的ソース・モニタリング]]、[[現実性モニタリング]]の3つの種類がある。どれも上記2つの判断過程(ヒューリスティック処理とシステマティック処理)を利用しており、エラーに陥りやすい<ref name=ref1 /> 。 | |||
=== 外的ソース・モニタリング === | === 外的ソース・モニタリング === | ||
39行目: | 39行目: | ||
=== 現実性モニタリング === | === 現実性モニタリング === | ||
[[内的ー外的リアリティ・モニタリング]]ともいう。上記2つのタイプから導かれるもので、情報源が内的なものなのか外的なものなのかを判別する。 例;ビルに激突した飛行機は現実の世界の話なのか紙上での話なのかを判別する。 | |||
== 神経基盤 == | == 神経基盤 == | ||
[[前頭野]]とソースモニタリング・エラーの関連を示唆する観測がいくつかある。このエラーは[[健忘症]]の患者や高齢者、器質性脳疾患患者に見られる。ソースモニタリングにとって重要な前頭野では多くのプロセスが生じており、その中には特徴や構造を統合し戦略的な想起を行う海馬と関連する回路も含まれている。情報の符号化や想起時に物理的、認知的に特徴を統合しまとめるのを推進する過程は記憶の情報源をたどるのにとても重要である<ref name=ref1 />。 | |||
=== | === fMRI研究 === | ||
==== 側頭葉内側部==== | ==== 側頭葉内側部==== | ||
[[側頭葉内側部]]([[Medial Temporal Lobes]];MTL)は[[歯状回]]、[[海馬]]、[[鉤状回]]、[[内嗅皮質]]、[[扁桃体]]を含んだ領域で、一般に[[エピソード記憶]]と関係していると考えられている。ソースモニタリングにとって大事なのは特徴や特徴群を統合する過程であるが、これらの過程は、回想・親近性といった記憶と関連する感情とともに、とくに海馬や[[海馬傍回]]で生じると考えられている。[[DRMパラダイム]]([[Deese-Roediger-McDermott paradigm]]<ref name=ref8>'''H L Roediger III, K B McDermott'''<br>Creating False Memories: Remembering Words not Presented in Lists<br>''Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition,'':1995, 21(4), 803–814</ref>) などにおいて、海馬は、「覚えている」かをテストするときの方が「知っている」かをテストするときより、また既出かどうかを正しく同定できたアイテムを符号化するときの方が間違って符号化するときよりも活動が活発になることが知られている<ref name=Davachi><pubmed> 17097284 </pubmed></ref>。これはアイテムを符号化し記憶している最中に、海馬が記憶特徴と複雑なエピソード記憶を結びつけるのに関わっていることを示している。 | |||
海馬の周辺に存在する海馬傍回は海馬とは異なり、新しいアイテムを既出だとしてしまう不正解やフォールス・アラームのときに活動が活発になるが、既出のアイテムをミスしてしまうときには活発にはならない。また、同じドメイン(言葉-言葉、顔-顔など)に類するアイテムをまとめるときには海馬傍回の活動が活発になっていることなどから、海馬傍回は同じドメインに所属する特徴の関連づけに関わっていると考えられる<ref name=Davachi /><ref><pubmed> 17270487 </pubmed></ref>。 | |||
これらのMTLと回想や親近性を結びつける研究の多くは「誤った情報源の判断は親近性を反映している」という仮定を前提にしているが、この想定自体が正しいかは議論の余地が残る。さらに、記憶の想起中にfMRIでMTLの活動を記録するには技術的に難しい点もあるため、回想や親近性といった感情的なものとMTLの関係はさらに詳しく見ていく必要がある。 | これらのMTLと回想や親近性を結びつける研究の多くは「誤った情報源の判断は親近性を反映している」という仮定を前提にしているが、この想定自体が正しいかは議論の余地が残る。さらに、記憶の想起中にfMRIでMTLの活動を記録するには技術的に難しい点もあるため、回想や親近性といった感情的なものとMTLの関係はさらに詳しく見ていく必要がある。 | ||
57行目: | 59行目: | ||
==== 前頭前野==== | ==== 前頭前野==== | ||
[[前頭前野]](Prefrontal Cortex: PFC)は、記憶(とくにエピソード記憶)の想起・符号化の両方に関わっていると考えられている。以前より、前頭全野におけるエピソード記憶の処理は左右半球で機能が非対称だと考えられてきた(hemispheric encoding/retrival asymmetry [HERA] model<ref><pubmed> 8134342 </pubmed></ref>)。近年では、[[想起]]と符号化の左右半球での非対称性についてより詳しい分析がなされている。たとえば、右の前頭前野がヒューリスティックな評価処理を、左の前頭前野、または左右両方の前頭前野がシステマティック処理を担っているとする見解<ref><pubmed> 21227255 </pubmed></ref>、左半球が記憶の想起と生成に、右半球が記憶のモニタリングに関わっているとする見解(production-monitoring hypothesis<ref><pubmed> 12676062 </pubmed></ref>)がある。どちらもより分化していない情報は右半球でモニタされ、システマティックな想起は左半球で行われているとする点は共通しているが、異なる点もあり、左右半球の非対称性については未だ議論の余地が残っている。また、[[前頭前野背外側部]](dorsolateral PFC)と[[前頭前野外側部]](lateral anterior PFC)は情報源を記憶する際に、特徴によらずさまざまなカテゴリ一般の処理に関係しているのに対し、[[前頭前野腹外側部]](ventrolateral PFC)はより特定の特徴に特化した処理を行っていると考えられている<ref><pubmed> 18787230 </pubmed></ref>。 | |||
==== 頭頂葉と後頭葉==== | ==== 頭頂葉と後頭葉==== | ||
[[後頭葉]]ではエピソード記憶の符号化の際にカテゴリ特異な活動を行っていると考えられており、例えば異なる種類の材質や言葉を符号化する場合には、[[紡錘状回]]の異なる部位が活性化される。このような後頭葉の活動は前頭前野からのトップダウンの変調を受けているとされている<ref><pubmed> 16605307 </pubmed></ref>。後頭葉のいくつかの領域が符号化の際に特徴やカテゴリに選択的な活動を見せるのに対し、[[頭頂葉]]は特徴(位置、色など)に関わらず、一般に符号化や想起に関わっていると考えられている。例えば[[頭頂間溝]](intraparietal sulcus)はいくつかの特徴を統合する際に活動が活発になる領域であるが、同時にある一つの特徴ではなくさまざまな特徴を符号化する際にも活発になることが知られている<ref><pubmed> 17088219 </pubmed></ref>。 | |||
このような特徴一般の処理と、その他の領域で行われている特徴に特異な処理が前頭前野からどのような変調を受けているかを調べることは、ソース記憶の主観的経験の理解につながると考えられている。 | |||
== 関連事象 == | == 関連事象 == | ||
79行目: | 81行目: | ||
false fame 実験では、まず非著名人の名前のリストが提示され、その後、先に提示した非著名人と新たな非著名人と著名人の名前が提示される。課題は著名人の名前を選ぶことだが、その際先に提示した非著名人が誤って選ばれることが多い<ref name=ref9>'''L L Jacoby, C Kelly, J Brown'''<br>Becoming Famous Overnight: Limits on the Ability to Avoid Unconscious Influences of the Past<br>''Journal of Personality and Social Psychology,'': 56(3), 326–338</ref>。 | false fame 実験では、まず非著名人の名前のリストが提示され、その後、先に提示した非著名人と新たな非著名人と著名人の名前が提示される。課題は著名人の名前を選ぶことだが、その際先に提示した非著名人が誤って選ばれることが多い<ref name=ref9>'''L L Jacoby, C Kelly, J Brown'''<br>Becoming Famous Overnight: Limits on the Ability to Avoid Unconscious Influences of the Past<br>''Journal of Personality and Social Psychology,'': 56(3), 326–338</ref>。 | ||
前世の記憶のような普通でない出来事を信じる人たちが、ソースモニタリング・エラーに陥りやすいとする研究がいくつか行われている。このような人は普通でない出来事を信じていない人よりもfalse fame課題でエラーを犯しやすい。前世の記憶においては、ある記憶の情報源が前世の記憶に貢献している。つまり、他人の話や映画、本、夢、想像上のシナリオが誤って前世から来た記憶だと認識される<ref name=ref10><pubmed> 16574433 </pubmed></ref>。 | |||
=== Cryptomnesia === | === Cryptomnesia === | ||
Cryptomnesiaはわざとではない[[wikipedia:ja:剽窃|剽窃]]のことで、ある作品や考えが、本当は以前に自分で、もしくは外的情報源によって生み出されたものなのにもかかわらず、現在自分で作り出したものだと信じていること。最初にその情報にさらされたときに何らかの妨害があったことで生じる。その情報が無意識に得られたとしても、その情報に関連する脳の領域は短時間ではあるが活性化する。そのため、外から得られた情報や既に思いついていた考えが、今新たに生まれた考えのように思えてしまう。典型的にはこの情報源判断にはヒューリスティック過程が用いられる。初めに情報に触れたときに干渉があるため、ヒューリスティック過程では 情報源を内的に生み出されたものだと判断してしまいがちになる<ref name=ref1 />。 | |||
== | == 疾患との関連 == | ||
=== 統合失調症 === | === 統合失調症 === | ||
ソースモニタリング・エラーは健常者よりも[[統合失調症]]の人に多く生じることがわかっている。これはおそらく遺伝子の表現型により生じる傾向で、この傾向は敵対心と関連している。研究によると、統合失調症においてソースモニタリングが困難なのは自分で作り出したものの情報源をコードすることができないため、また新しいものと以前に提示されたものの情報源を区別しにくいためであると考えられている。また、内的な刺激を現実の出来事だと知覚してしまいがちなためだとの見解もある<ref name=ref12><pubmed> 9356560 </pubmed></ref>。患者はどこからが自分で作り出した思考かをモニタすることが出来ず、[[autonetic agnosia]]([[想起失認]]:自分で生み出した内的な出来事を識別できないこと)に陥りやすい<ref name=ref13><pubmed> 10473317 </pubmed></ref>。 | |||
=== 加齢の影響 === | === 加齢の影響 === |