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== 歴史的推移 == | == 歴史的推移 == | ||
不安anxietyは、キケロの時代(紀元前106-43)に、ローマ人がanxietasという言葉を使っていたのが語源であろう。これはangor「圧迫する、または、窒息させる」を意味する動詞の派生語である。ラテン語のangustia(狭いこと)、フランス語のangoisse「苦悶」、ドイツ語のAngst(恐怖)とeng(せまい)という言葉も類似した意味を持っている。 | 不安anxietyは、キケロの時代(紀元前106-43)に、ローマ人がanxietasという言葉を使っていたのが語源であろう。これはangor「圧迫する、または、窒息させる」を意味する動詞の派生語である。ラテン語のangustia(狭いこと)、フランス語のangoisse「苦悶」、ドイツ語のAngst(恐怖)とeng(せまい)という言葉も類似した意味を持っている。 | ||
紀元前600年にギリシャの詩人Sapphoが社会不安の症状としてパニック発作を記載したのが不安症状の最も古い記載であるとBandelow(2001)は述べている。本邦で最も古い不安障害の記載は、貞享3年(1686年)本邦の漢方医、蘆川恵州が病名彙解に記した「驚悸」である。これは現在のパニック障害を的確に描写している。 | |||
William Cullen(1710-1790)はneurosisという言葉を作り、それは、発熱を伴わない神経系全般の機能にかかわる感覚と運動の異常状態であると説明した。Cullenの神経症概念は、当時の医学では器質的障害を認め得ないということがその根底にあり、精神病も含み現代の神経症とはかなり様相を異にする。1880年、Beardが神経衰弱の概念を提出し、Freud(1894)が神経衰弱から不安神経症を区別している。そして、1990年、Kleinが不安神経症をパニック障害と全般性不安障害に区分した。 | |||
米国精神医学会の精神障害の分類と診断の手引き(DSM)第Ⅰ版(1952年)のPsychoneurotic Reactionsの下分類にAnxiety reactionの記載がある。DSM-Ⅲ になるとAnxiety reactionがAnxiety disorderに変わり、神経症概念が過去のものになった。これはパニック障害の誘発実験や終夜睡眠脳波研究の成果、およびCloninger(1986)のHarm avoidance(損害回避性)気質とセロトニン受容体の多型性との関係などの生物学的研究の成果により不安障害の新しい概念が形成されてきた。現代では、不安障害は遺伝学的に規定された傾病性と環境への反応との総合作用で成立するものと考えられている。 | |||
== 病態 == | == 病態 == | ||
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[[image:不安障害1.png|thumb|300px|'''図1.不安障害の症状構成''']] | [[image:不安障害1.png|thumb|300px|'''図1.不安障害の症状構成''']] | ||
不安とは、外的および内的刺激に対して生体が危険を感じた時に脳が生理学的に表出する精神・身体の状況である。精神的な状況は、不気味、恐ろしい、怯え、戦き、気おくれ、臆する、怖じける、心細い、心もとない、気を揉む、気に病む、案じる、たじろぐ、びくびく、はらはら、といった言葉で示される。身体的には、動悸、息詰まり、胸痛、発汗、震え、熱感・冷感、尿意、便意、腹部不快感、手足の疼き、顔面紅潮または蒼白などが生じる。 | 不安とは、外的および内的刺激に対して生体が危険を感じた時に脳が生理学的に表出する精神・身体の状況である。精神的な状況は、不気味、恐ろしい、怯え、戦き、気おくれ、臆する、怖じける、心細い、心もとない、気を揉む、気に病む、案じる、たじろぐ、びくびく、はらはら、といった言葉で示される。身体的には、動悸、息詰まり、胸痛、発汗、震え、熱感・冷感、尿意、便意、腹部不快感、手足の疼き、顔面紅潮または蒼白などが生じる。 | ||
筆者は、不安障害における基底症状は、“こわがりとこだわり”すなわち、恐怖(phobia)と強迫(obsession)であると考える。恐怖の対象は遺伝子にコードされた本能的なものもあるし、後天的に獲得されたものもある。各不安障害はこの恐怖と強迫の強度のバランスを変えて症状を表出している(図1)。この症状の出現の仕方にも特異性がある。強迫性障害,全般性不安障害およびパニック障害は侵入性のことが多く,特定の恐怖症や社交不安障害はそうではない。これらの不安障害は年齢とともに病型を変える場合もあるし、同時に二つの不安障害(例:社交不安障害とパニック障害)を示す事もあるし、病気中に一つの不安障害から別の不安障害に移行する場合もある(例:全般性不安障害からパニック障害へ)。Comorbidityという用語はこれらすべてを含んでいる。 | |||
== 不安障害の下位診断名とその症状 == | == 不安障害の下位診断名とその症状 == | ||
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== 病因 == | == 病因 == | ||
[[image:不安障害2.png|thumb|300px|'''図2.不安障害の遺伝的環境的危険因子 双生児研究の結果'''<ref name=ref100>pubmed>15699295</pubmed></ref> ]] | [[image:不安障害2.png|thumb|300px|'''図2.不安障害の遺伝的環境的危険因子 双生児研究の結果'''<ref name=ref100><pubmed>15699295</pubmed></ref> ]] | ||
不安障害のようなcommon diseases では、病理性の比較的小さい責任遺伝子の集積により発病する(多因子遺伝)。発症には遺伝子間の相互作用(epistasis)や環境との相互作用が重要な要素となる。不安障害の遺伝性(遺伝子による発症危険率)は20~40%と言われている(Smoller JW et al, 2009)。不安障害の第一等親では一般人口に比しその発症危険率は4~6倍高い。双生児研究での不安障害の発症一致率は、一卵性双生児では12~26%、二卵性双生児では4~15%である。 | |||
不安障害の双生児研究で、 パニック障害、広場恐怖、全般性不安障害に関与する因子と特定の恐怖症に関与する因子が二分されており、社交不安障害はこれら二つの因子の影響は少ない(Hettema JM et al, 2005)。この研究によれば環境的危険因子は遺伝的のそれよりも数倍高い(図2)。不安障害と関係のある病前性格が確認されている。内向性と神経質は遺伝性の傾向が強く、全般性不安障害や広場恐怖との関連性が指摘されている(Bienvenu OJ et al, 2007)。 | |||
== 発症機構 == | == 発症機構 == | ||
[[image:不安障害3.png|thumb|300px|'''図3.Fear Circuit'''<br> | [[image:不安障害3.png|thumb|300px|'''図3.Fear Circuit'''<br>Gorman etal, 2000より改変引用 ]] | ||
パニック障害、社交不安障害、特定の恐怖症は恐怖が中心症状となり、恐怖の脳内機構が最近明らかにされつつあり、恐怖-サーキット障害ともいう。 図3の恐怖サーキットでは、危険の察知・防御機能を持つ扁桃体がその中心的存在であり、これらの不安障害は扁桃体の過活動を前頭前野が抑制できなくなった状態であると考えることができる。 | パニック障害、社交不安障害、特定の恐怖症は恐怖が中心症状となり、恐怖の脳内機構が最近明らかにされつつあり、恐怖-サーキット障害ともいう。 図3の恐怖サーキットでは、危険の察知・防御機能を持つ扁桃体がその中心的存在であり、これらの不安障害は扁桃体の過活動を前頭前野が抑制できなくなった状態であると考えることができる。 | ||
不安障害は不安体質の人が何らかの刺激をきっかけに正常の不安が病的な不安に変換した状態であると考えられる。たとえば、パニック障害においては、些細な刺激が高度の危険性ありと誤認されパニック発作が出現し、そのパニック発作自体が脳神経を過敏にして次の発作準備性を高める。この機序を森田は「心身交互作用」とした。広場恐怖ではその症状である回避行動が恐怖対象の拡大(汎化現象)を引き起こし、病気が発展していく。このような機序は強迫性障害ではさらに顕著にみられる(van den Hout & | 不安障害は不安体質の人が何らかの刺激をきっかけに正常の不安が病的な不安に変換した状態であると考えられる。たとえば、パニック障害においては、些細な刺激が高度の危険性ありと誤認されパニック発作が出現し、そのパニック発作自体が脳神経を過敏にして次の発作準備性を高める。この機序を森田は「心身交互作用」とした。広場恐怖ではその症状である回避行動が恐怖対象の拡大(汎化現象)を引き起こし、病気が発展していく。このような機序は強迫性障害ではさらに顕著にみられる(van den Hout & Kindt, 2003)。すなわち、正常範囲の確認行動が対象への熟知性を増し、この熟知性が認知過程を抑制し、回想記憶を障害し、さらなる確認行動を引き起こす。このように、多くの不安障害では、症状そのものが病状を進行させるという悪循環を招く脳内病的機構が存在し、症状の進行と慢性化に寄与している。 | ||
==治療 == | ==治療 == | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | |||
'''ダン・J・ステイン、エリック・ホランダー(編)'''<br> | |||
不安障害<br> | |||
樋口、久保木、貝谷、坂野、野村、不安・抑うつ臨床研究会監訳、2005、日本評論社 | |||
'''V・B・Vハッセル、M/ハーセン(編著)'''<br> | |||
エビデンスベイスト心理治療マニュアル<br> | |||
坂野雄二、不安・抑うつ臨床研究会(編訳)、2000、日本評論社 | |||
'''坂野雄二、貝谷久宣 、福井至'''<br> | |||
不安障害の認知行動療法<br> | |||
不安・抑うつ臨床研究会(編) 2010、 日本評論社 | |||
'''貝谷久宣 、兼子唯、巣山晴菜'''<br> | |||
DSM-5における精神障害 5.不安障害<br> | |||
臨床精神医学41(5):577-587、2012 | |||
'''貝谷久宣、兼子唯、正木美奈、巣山晴菜、土田英人'''<br> | |||
不安障害の社会的重要性<br> | |||
精神科2012;21(5):507-515 | |||
< | '''貝谷久宣、土田英人、巣山晴菜、兼子唯'''<br> | ||
不安障害研究鳥瞰 -最近の知見と展望-<br> | |||
2012 不安障害研究4(1) | |||
(執筆者:貝谷久宣 担当編集委員:加藤忠史) | (執筆者:貝谷久宣 担当編集委員:加藤忠史) |