「上衣細胞」の版間の差分

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上衣細胞は、脳室系の壁を構成する上皮細胞の一種である。脳室とは、脊椎動物の中枢神経系の内部に存在する脳脊髄液で満たされた空間であり、哺乳類では前脳に存在する2つの側脳室、間脳に存在する第3脳室、小脳と脳橋の間に位置する第4脳室で構成されている(図1)。側脳室と第3脳室はモンロー孔でつながっており、第3脳室は中脳水道を介して第4脳室へ、さらに脊髄中心管へと続く。上衣細胞は一般的に多数の運動性繊毛を有しており、脳室系の内腔表面を覆って脳室と脳実質組織の間の境界を形成し、脳脊髄液の循環などに関与していると考えられている<ref><pubmed> 19838012</pubmed></ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>神経組織における繊毛の役割.<br>細胞工学:2009, 28, 1016-1020.</ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>発達期における上衣細胞繊毛の成熟と脳脊髄液循環.<br>小児の脳神経:2009, 34, 10-15.</ref>。上衣細胞に関する近年の研究についてはMeunierらの総説<ref>Meunier, A., Sawamoto, K., Spassky, N.<br>Chapter 86. Ependyma, Choroid<br>in Developmental Neuroscience: A comprehensive reference (ed A. Alvarez-Buylla, et al.,):Elsevier, In press</ref>に詳細に解説されている。ここでは、発生、種類と形態、機能について概説する。  
上衣細胞は、脳室系の壁を構成する上皮細胞の一種である。脳室とは、脊椎動物の中枢神経系の内部に存在する脳脊髄液で満たされた空間であり、哺乳類では前脳に存在する2つの側脳室、間脳に存在する第3脳室、小脳と脳橋の間に位置する第4脳室で構成されている(図1)。側脳室と第3脳室はモンロー孔でつながっており、第3脳室は中脳水道を介して第4脳室へ、さらに脊髄中心管へと続く。上衣細胞は一般的に多数の運動性繊毛を有しており、脳室系の内腔表面を覆って脳室と脳実質組織の間の境界を形成し、脳脊髄液の循環などに関与していると考えられている<ref><pubmed> 19838012</pubmed></ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>神経組織における繊毛の役割.<br>細胞工学:2009, 28, 1016-1020.</ref><ref>黄詩惠、廣田ゆき、澤本和延<br>発達期における上衣細胞繊毛の成熟と脳脊髄液循環.<br>小児の脳神経:2009, 34, 10-15.</ref>。上衣細胞に関する近年の研究についてはMeunierらの総説<ref>Meunier, A., Sawamoto, K., Spassky, N.<br>Chapter 86. Ependyma, Choroid<br>in Developmental Neuroscience: A comprehensive reference (ed A. Alvarez-Buylla, et al.,):Elsevier, In press</ref>に詳細に解説されている。ここでは、発生、種類と形態、機能について概説する。  


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[[Image:Fig1-ependyma.jpg|400px|図1. 脳室構造と上衣細胞。(A) 齧歯類の脳室構造。(B, C)  マウス側脳室外壁の走査電子顕微鏡写真。脳室面は多くの可動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われている (B)。上衣細胞繊毛は協調的に運動する (C) 。文献[27][44]より改変。(D) 側脳室外壁に隣接する脳室下帯。側脳室に面した上衣細胞の隙間からアストロサイトの形態を持つ神経幹細胞が一次繊毛を伸長している。神経幹細胞は一過性増殖細胞を経て、新生ニューロンを産生する。]]<br>
[[Image:Fig1-ependyma.jpg|400px|(A) 齧歯類の脳室構造。(B, C)  マウス側脳室外壁の走査電子顕微鏡写真。脳室面は多くの可動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われている (B)。上衣細胞繊毛は協調的に運動する (C) 。文献[27][44]より改変。(D) 側脳室外壁に隣接する脳室下帯。側脳室に面した上衣細胞の隙間からアストロサイトの形態を持つ神経幹細胞が一次繊毛を伸長している。神経幹細胞は一過性増殖細胞を経て、新生ニューロンを産生する。]]


== 上衣細胞の発生  ==
== 上衣細胞の発生  ==


 発生期を通じて、ニューロンを含む脳の様々な細胞は、脳室に面した神経幹細胞から産生されており、上衣細胞も同様にこの胎生期神経幹細胞(放射状グリア)から産生される。胎生期に脳室面を構成する細胞は、発生が進行するにつれて神経上皮細胞から放射状グリアへと変化し、生後に上衣細胞及びアストロサイト(神経幹細胞)へと分化する。マウスでは生後2-3日より脳室壁に上衣細胞が発生し、生後10日から運動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われ始める。生後に観察される放射状グリアから上衣細胞への分化は、多数の運動性繊毛の形成から細胞内及び細胞間での平面細胞極性形成というダイナミックな過程を経る(図2)。  
 発生期を通じて、ニューロンを含む脳の様々な細胞は、脳室に面した神経幹細胞から産生されており、上衣細胞も同様にこの胎生期神経幹細胞(放射状グリア)から産生される。胎生期に脳室面を構成する細胞は、発生が進行するにつれて神経上皮細胞から放射状グリアへと変化し、生後に上衣細胞及びアストロサイト(神経幹細胞)へと分化する。マウスでは生後2-3日より脳室壁に上衣細胞が発生し、生後10日から運動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われ始める。生後に観察される放射状グリアから上衣細胞への分化は、多数の運動性繊毛の形成から細胞内及び細胞間での平面細胞極性形成というダイナミックな過程を経る(図2)。  
[[Image:Fig2-ependyma.jpg|400px|図2. 上衣細胞の発生過程。(A) 放射状グリア。脳室面に1本の一次繊毛を伸長する。(B) 中間細胞。放射状グリアと上衣細胞の特徴を併せ持つ。基底小体の前駆体であるDeuterosomeを数多く持つ。(C) 発達中の上衣細胞。基底小体が細胞膜へと結合し、繊毛の伸長が始まる。極性の形成は見られず、基底仮足の方向は揃っていない。(D) 成熟した上衣細胞。可動性繊毛及び基底小体が細胞の前側へと偏り、極性を形成する。(E) 上衣細胞の2種類の極性。基底小体が細胞の前方へ偏る ”Translational polarity” と、繊毛の向きが一方向へと揃う “Rotationla polarity” は別々のメカニズムで制御される(文献[4]改変)。]]


=== 上衣細胞の発生過程  ===
=== 上衣細胞の発生過程  ===
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=== 繊毛運動による脳脊髄液流の発生と物質運搬  ===
=== 繊毛運動による脳脊髄液流の発生と物質運搬  ===


 上衣細胞の繊毛は、基底小体から伸長している(図3)。基底小体は中心小体由来であり、9対の微小管からなるシリンダー構造をとる。基底小体は細胞膜に結合しており、ルートレットと呼ばれる構造物によって細胞内に係留されている<ref name="ref34"><pubmed> 5341020</pubmed></ref><ref name="ref35"><pubmed> 9377640</pubmed></ref><ref name="ref36"><pubmed> 15870283</pubmed></ref>。上衣細胞の繊毛は、外周に位置する9対の微小管及びその内部に位置する1対の微小管で形成された軸糸を持つ、「9+2型」の運動性繊毛である。微小管結合モーターであるDyneinや放射状スポークのはたらきで繊毛が曲がり、繊毛運動が生み出される<ref name="ref37"><pubmed> 9641685</pubmed></ref>。上衣細胞の繊毛運動は気管や卵管のそれと同様に非対称的であり、繊毛が根本から曲がることで液流を生み出す前方ストロークと、その曲がりが解消される後方ストロークが交互に生じている(図4)。脳脊髄液流は、その分泌源である脈絡叢からの受動的な流れや心臓の拍動、脳実質中を走る動脈近傍の流れなど様々な要因・経路が関与している<ref name="ref38"><pubmed> 22896675</pubmed></ref><ref name="ref39">安達一英, 高橋浩一, 澤本和延<br>脳脊髄液に関する基礎知識:産生, 循環, 吸収のメカニズム<br>脊椎脊髄ジャーナル:2006, 19, 329-333.</ref>が、上衣細胞の繊毛運動は、脳室面付近における効率的かつ継続的な脳脊髄液流の維持に関与すると考えられている<ref name="ref40"><pubmed> 18250199</pubmed></ref>。<br> 脳脊髄液中には、レチノイン酸、Slit2/3やSemaphorin3Fなどの反発性因子、IGF2やTGFβ、FGFなどの増殖因子等、神経発生に重要な因子が含まれている<ref name="ref41"><pubmed> 10482237</pubmed></ref><ref name="ref42"><pubmed> 21382550</pubmed></ref><ref name="ref43"><pubmed> 14960623</pubmed></ref>。成体脳において脈絡叢から分泌されるSlit2は、上衣細胞の繊毛運動によって脳室内及び上衣細胞下の脳室下帯に濃度勾配が形成され、新生ニューロンの移動方向を制御していることが報告されており<ref name="ref44"><pubmed> 16410488</pubmed></ref>、繊毛運動による脳脊髄液内の物質運搬は重要な機能である。<br> E2細胞における2本の繊毛、及び脊髄中心管上衣細胞における1~3本の繊毛は、いずれも9+2型の運動性繊毛ではあるが、おそらく液流を生み出すには不十分である。代わりに、脳脊髄液流の物質的な変化を機械的もしくは化学的に感知するセンサーの役割を担う可能性があるが、詳細は不明である<ref name="ref17" /><ref name="ref45"><pubmed> 3888350</pubmed></ref>。<br> マウス脳においては、繊毛の運動異常や脳脊髄液流の方向異常を持つマウスは必ず水頭症になる<ref name="ref40" /><ref name="ref46"><pubmed> 15269178</pubmed></ref><ref name="ref47"><pubmed> 18287022</pubmed></ref><ref name="ref48"><pubmed> 12167721</pubmed></ref>ことから、上衣細胞の繊毛異常と水頭症の間に直接的な相関関係が見られる<ref name="ref49"><pubmed> 15495266</pubmed></ref>。ヒトではこの相関関係は顕著ではないが、一次繊毛機能不全症候群の患者は健常者に比べて水頭症になりやすい傾向があることが報告されている<ref name="ref50"><pubmed> 2357097</pubmed></ref><ref name="ref51"><pubmed> 17059358</pubmed></ref>。ヒトはマウスと比較して脳室が大きいため、上衣細胞の繊毛異常の影響がマウスよりも出にくいが、脳室水道など脳室内の狭い領域では脳脊髄液の流れに影響を与えると考えられる。水頭症の脳ではしばしば神経炎症も生じているが、生後の上衣細胞発生時期に神経炎症が生じると、繊毛形成不全および水頭症を発症することが最近報告された<ref name="ref52"><pubmed> 22915098</pubmed></ref>。水頭症発症のメカニズムを解明するためには、ヒトやマウスで上衣細胞の繊毛運動のメカニズムに加え、炎症との関連についてより研究を深める必要がある。  
 上衣細胞の繊毛は、基底小体から伸長している(図3)。基底小体は中心小体由来であり、9対の微小管からなるシリンダー構造をとる。基底小体は細胞膜に結合しており、ルートレットと呼ばれる構造物によって細胞内に係留されている<ref name="ref34"><pubmed> 5341020</pubmed></ref><ref name="ref35"><pubmed> 9377640</pubmed></ref><ref name="ref36"><pubmed> 15870283</pubmed></ref>。上衣細胞の繊毛は、外周に位置する9対の微小管及びその内部に位置する1対の微小管で形成された軸糸を持つ、「9+2型」の運動性繊毛である。微小管結合モーターであるDyneinや放射状スポークのはたらきで繊毛が曲がり、繊毛運動が生み出される<ref name="ref37"><pubmed> 9641685</pubmed></ref>。上衣細胞の繊毛運動は気管や卵管のそれと同様に非対称的であり、繊毛が根本から曲がることで液流を生み出す前方ストロークと、その曲がりが解消される後方ストロークが交互に生じている(図4)。脳脊髄液流は、その分泌源である脈絡叢からの受動的な流れや心臓の拍動、脳実質中を走る動脈近傍の流れなど様々な要因・経路が関与している<ref name="ref38"><pubmed> 22896675</pubmed></ref><ref name="ref39">安達一英, 高橋浩一, 澤本和延<br>脳脊髄液に関する基礎知識:産生, 循環, 吸収のメカニズム<br>脊椎脊髄ジャーナル:2006, 19, 329-333.</ref>が、上衣細胞の繊毛運動は、脳室面付近における効率的かつ継続的な脳脊髄液流の維持に関与すると考えられている<ref name="ref40"><pubmed> 18250199</pubmed></ref>。
 
[[Image:Fig3-ependyma.jpg|300px|図3. 上衣細胞の繊毛構造。(A) 上衣細胞の構造。細胞膜に結合した基底小体から微小管軸糸で構成される繊毛が伸長する。繊毛運動の方向に向かって、基底小体から基底仮足が伸長する。基底小体は細胞内に向かってルートレットと呼ばれる構造物を伸長しているが、その詳細は不明である。(B, C) 9+2型可動性繊毛の構造。上衣細胞の繊毛は、9対の外側微小管ダブレットと、その内側に存在する中心微小管ペアで構成されている (B)。外側微小管Aに存在するダイニン及び中心微小管ペアに伸びる放射状スポークが繊毛運動を担う(C)。 ]]
 
[[Image:Fig4-ependyma.jpg|300px|図4. 上衣細胞の繊毛運動。可動生繊毛は非対称的な運動様式を実現することで高速かつ効率的に繊毛運動を行う。前方ストロークでは、繊毛全体が液流方向へと曲がることで液流を生み出すのに対し、後方ストロークでは、繊毛の根元を大きく曲げることで抵抗を減らし、 発生した液流を遮らないように運動する(文献[4]改変)。]]<br> 脳脊髄液中には、レチノイン酸、Slit2/3やSemaphorin3Fなどの反発性因子、IGF2やTGFβ、FGFなどの増殖因子等、神経発生に重要な因子が含まれている<ref name="ref41"><pubmed> 10482237</pubmed></ref><ref name="ref42"><pubmed> 21382550</pubmed></ref><ref name="ref43"><pubmed> 14960623</pubmed></ref>。成体脳において脈絡叢から分泌されるSlit2は、上衣細胞の繊毛運動によって脳室内及び上衣細胞下の脳室下帯に濃度勾配が形成され、新生ニューロンの移動方向を制御していることが報告されており<ref name="ref44"><pubmed> 16410488</pubmed></ref>、繊毛運動による脳脊髄液内の物質運搬は重要な機能である。<br> E2細胞における2本の繊毛、及び脊髄中心管上衣細胞における1~3本の繊毛は、いずれも9+2型の運動性繊毛ではあるが、おそらく液流を生み出すには不十分である。代わりに、脳脊髄液流の物質的な変化を機械的もしくは化学的に感知するセンサーの役割を担う可能性があるが、詳細は不明である<ref name="ref17" /><ref name="ref45"><pubmed> 3888350</pubmed></ref>。<br> マウス脳においては、繊毛の運動異常や脳脊髄液流の方向異常を持つマウスは必ず水頭症になる<ref name="ref40" /><ref name="ref46"><pubmed> 15269178</pubmed></ref><ref name="ref47"><pubmed> 18287022</pubmed></ref><ref name="ref48"><pubmed> 12167721</pubmed></ref>ことから、上衣細胞の繊毛異常と水頭症の間に直接的な相関関係が見られる<ref name="ref49"><pubmed> 15495266</pubmed></ref>。ヒトではこの相関関係は顕著ではないが、一次繊毛機能不全症候群の患者は健常者に比べて水頭症になりやすい傾向があることが報告されている<ref name="ref50"><pubmed> 2357097</pubmed></ref><ref name="ref51"><pubmed> 17059358</pubmed></ref>。ヒトはマウスと比較して脳室が大きいため、上衣細胞の繊毛異常の影響がマウスよりも出にくいが、脳室水道など脳室内の狭い領域では脳脊髄液の流れに影響を与えると考えられる。水頭症の脳ではしばしば神経炎症も生じているが、生後の上衣細胞発生時期に神経炎症が生じると、繊毛形成不全および水頭症を発症することが最近報告された<ref name="ref52"><pubmed> 22915098</pubmed></ref>。水頭症発症のメカニズムを解明するためには、ヒトやマウスで上衣細胞の繊毛運動のメカニズムに加え、炎症との関連についてより研究を深める必要がある。  


=== 物質交換  ===
=== 物質交換  ===
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