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 アセチルコリンは最も早く同定された神経伝達物質である。末梢神経系では、運動神経の神経筋接合部、交感神経および副交感神経の節前線維の終末、副交感神経の節後線維の終末などのシナプスで伝達物質として働く。中枢神経系の一部にもアセチルコリンを伝達物質とする神経が存在する。また、神経系以外でも化学伝達物質として幅広い作用を発揮する。  
 アセチルコリンは最も早く同定された神経伝達物質である。末梢神経系では、運動神経の神経筋接合部、交感神経および副交感神経の節前線維の終末、副交感神経の節後線維の終末などのシナプスで伝達物質として働く。中枢神経系の一部にもアセチルコリンを伝達物質とする神経が存在する。また、神経系以外でも化学伝達物質として幅広い作用を発揮する。  


'''<span>発見</span>'''
== 発見 ==


<span lang="EN-US"> 1914</span><span>年に</span><span lang="EN-US">Henry H. Dale</span><span>よって発見された。</span><span lang="EN-US">Otto Loewi</span><span>は、2つのカエル摘出心標本を用い、迷走神経を刺激中に採取した心灌流液で別の標本の心収縮が抑制されることを示すなどの実験を行い、アセチルコリンが神経伝達物質であることを証明した。</span><span lang="EN-US">Dale</span><span>と</span><span lang="EN-US">Loewi</span><span>は、これらの業績によって</span><span lang="EN-US">1936</span><span>年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。</span>
 1914年にHenry H. Daleよって発見された。Otto Loewiは、2つのカエル摘出心標本を用い、迷走神経を刺激中に採取した心灌流液で別の標本の心収縮が抑制されることを示すなどの実験を行い、アセチルコリンが神経伝達物質であることを証明した。DaleとLoewiは、これらの業績によって1936年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。


'''<span>化学構造</span>'''
== 化学構造 ==
 
 コリンと酢酸のエステル化合物で、四級アンモニウム構造をもつ。


<span> コリンと酢酸のエステル化合物で、四級アンモニウム構造をもつ。</span>
== 生合成 ==


'''<span>生合成</span>'''
 コリンアセチル転移酵素</span><span lang="EN-US">(acetyl-CoA: choline O-acetyltransferase; ChAT, EC 2.3.1.6)</span><span>によりコリンとアセチル</span><span lang="EN-US">CoA</span><span>から合成される。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>は細胞質に存在す可溶性蛋白質であるが、神経軸索を経て終末部に運ばれる。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の比活性</span><span lang="EN-US">(specific activity)</span><span>は極めて高く、通常の条件では、連続した神経活動時にもアセチルコリンが不足することはない。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>のコリンに対する親和性</span><span lang="EN-US">(Km)</span><span>は細胞内のコリン濃度に比べて大きいため、コリンの供給がアセチルコリン合成の律速段階となる。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の特異抗体による免疫組織化学がアセチルコリンを合成する神経(コリン作動性神経)の細胞体や軸索を同定する目的で繁用される。


<span> コリンアセチル転移酵素</span><span lang="EN-US">(acetyl-CoA: choline O-acetyltransferase; ChAT, EC 2.3.1.6)</span><span>によりコリンとアセチル</span><span lang="EN-US">CoA</span><span>から合成される。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>は細胞質に存在す可溶性蛋白質であるが、神経軸索を経て終末部に運ばれる。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の比活性</span><span lang="EN-US">(specific activity)</span><span>は極めて高く、通常の条件では、連続した神経活動時にもアセチルコリンが不足することはない。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>のコリンに対する親和性</span><span lang="EN-US">(Km)</span><span>は細胞内のコリン濃度に比べて大きいため、コリンの供給がアセチルコリン合成の律速段階となる。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の特異抗体による免疫組織化学がアセチルコリンを合成する神経(コリン作動性神経)の細胞体や軸索を同定する目的で繁用される。</span>
== コリンの取り込み ==  
 
'''<span>コリンの取り込み</span>'''


<span> アセチルコリン合成の基質となるコリンの大部分は細胞外から供給される。コリンの輸送系は高親和性</span> <span lang="EN-US">(Km 1</span><span>〜</span><span lang="EN-US">5 </span><span lang="EN-US" style="font-family:Symbol">m</span><span lang="EN-US">M)</span><span>と低親和性</span><span lang="EN-US"> (Km 50</span><span>〜</span><span lang="EN-US">100 </span><span lang="EN-US" style="font-family:Symbol">m</span><span lang="EN-US">M)</span><span>の2種類が知られているが、コリン作動性性神経には特異的な高親和性の取り込みが観察され、その活性は神経活動に依存して上昇する。高親和性コリントランスポーター</span> <span lang="EN-US">(high-affinity choline transporter; CHT1, SLC5A7)</span><span>は</span><span lang="EN-US">Na<sup>+</sup></span><span>依存性グルコーストランスポーターファミリーに属する</span><span lang="EN-US">13</span><span>回膜貫通型の蛋白質であり、コリン作動性神経での高親和性コリン取り込みを担う。CHT1は、速い軸索流により神経終末部に輸送される。静止状態では</span><span lang="EN-US">CHT1</span><span>の大部分はシナプス小胞膜に局在するが、神経活動時にシナプス小胞の開口放出に伴って</span><span lang="EN-US">CHT1</span><span>が形質膜に移行することで、細胞外からのコリン輸送活性が上昇すると考えられる。</span>  
<span> アセチルコリン合成の基質となるコリンの大部分は細胞外から供給される。コリンの輸送系は高親和性</span> <span lang="EN-US">(Km 1</span><span>〜</span><span lang="EN-US">5 </span><span lang="EN-US" style="font-family:Symbol">m</span><span lang="EN-US">M)</span><span>と低親和性</span><span lang="EN-US"> (Km 50</span><span>〜</span><span lang="EN-US">100 </span><span lang="EN-US" style="font-family:Symbol">m</span><span lang="EN-US">M)</span><span>の2種類が知られているが、コリン作動性性神経には特異的な高親和性の取り込みが観察され、その活性は神経活動に依存して上昇する。高親和性コリントランスポーター</span> <span lang="EN-US">(high-affinity choline transporter; CHT1, SLC5A7)</span><span>は</span><span lang="EN-US">Na<sup>+</sup></span><span>依存性グルコーストランスポーターファミリーに属する</span><span lang="EN-US">13</span><span>回膜貫通型の蛋白質であり、コリン作動性神経での高親和性コリン取り込みを担う。CHT1は、速い軸索流により神経終末部に輸送される。静止状態では</span><span lang="EN-US">CHT1</span><span>の大部分はシナプス小胞膜に局在するが、神経活動時にシナプス小胞の開口放出に伴って</span><span lang="EN-US">CHT1</span><span>が形質膜に移行することで、細胞外からのコリン輸送活性が上昇すると考えられる。</span>  


'''<span>貯蔵、放出</span>'''
== 貯蔵、放出 ==


<span> 細胞質で合成されたアセチルコリンは、小胞アセチルコリントランスポーター</span><span lang="EN-US">(vesicular acetylcholine transporter; VAChT, SLC18A3)</span><span>の働きにより、プロトン電気化学勾配を駆動力としてシナプス小胞に輸送される。一個のシナプス小胞には</span><span lang="EN-US">1,000</span><span>から</span><span lang="EN-US">50,000</span><span>分子のアセチルコリンが含まれると概算される。</span><span lang="EN-US">VAChT</span><span>は</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>遺伝子の第一イントロンに全長がコードされ、共通の転写制御を受けると考えられている。実際に</span><span lang="EN-US">VAChT</span><span>と</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の発現は共通の部位・細胞で観察される。</span>  
<span> 細胞質で合成されたアセチルコリンは、小胞アセチルコリントランスポーター</span><span lang="EN-US">(vesicular acetylcholine transporter; VAChT, SLC18A3)</span><span>の働きにより、プロトン電気化学勾配を駆動力としてシナプス小胞に輸送される。一個のシナプス小胞には</span><span lang="EN-US">1,000</span><span>から</span><span lang="EN-US">50,000</span><span>分子のアセチルコリンが含まれると概算される。</span><span lang="EN-US">VAChT</span><span>は</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>遺伝子の第一イントロンに全長がコードされ、共通の転写制御を受けると考えられている。実際に</span><span lang="EN-US">VAChT</span><span>と</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の発現は共通の部位・細胞で観察される。</span>  
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<span> 神経終末部にインパルスが到達すると、シナプス小胞に蓄えられたアセチルコリンは開口放出</span><span lang="EN-US">(exocytosis)</span><span>により放出される。この過程には細胞内でのカルシウムイオンの上昇が重要である。アセチルコリンの放出は、一つのシナプス小胞に蓄えられた数千分子が</span><span lang="EN-US">1</span><span>単位として同期放出される素量的放出</span><span lang="EN-US">(quantal release)として検出される</span><span>。</span>  
<span> 神経終末部にインパルスが到達すると、シナプス小胞に蓄えられたアセチルコリンは開口放出</span><span lang="EN-US">(exocytosis)</span><span>により放出される。この過程には細胞内でのカルシウムイオンの上昇が重要である。アセチルコリンの放出は、一つのシナプス小胞に蓄えられた数千分子が</span><span lang="EN-US">1</span><span>単位として同期放出される素量的放出</span><span lang="EN-US">(quantal release)として検出される</span><span>。</span>  


'''<span>代謝、分解</span>'''
== 代謝、分解 ==


<span> 細胞外に放出されたアセチルコリンは、アセチルコリンエステラーゼ</span><span lang="EN-US">(acetylcholinesterase; AChE, EC3.1.1.7)</span><span>によって極めて短時間</span> <span lang="EN-US">(</span><span>ミリ秒の時間単位</span><span lang="EN-US">)で</span><span>分解され、コリンと酢酸になる。この分解によって化学伝達は終了するとともに、コリンは高親和性コリントランスポーターによって効率良くシナプス前終末に取り込まれてアセチルコリン合成に再利用される。アセチルコリンを分解する酵素は、アセチルコリンエステラーゼの他にブチルコリンエステラーゼ(偽性コリンエステラーゼ)が知られている。コリンエステラーゼに対して阻害活性を持つ薬物は、シナプス間隙のアセチルコリンを増やして化学伝達を増強するため、様々な薬物として臨床応用されている。このうち、ネオスチグミンは重症筋無力症、術後腸管麻痺、排尿障害などに、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンはアルツハイマー病に適応される。</span>  
<span> 細胞外に放出されたアセチルコリンは、アセチルコリンエステラーゼ</span><span lang="EN-US">(acetylcholinesterase; AChE, EC3.1.1.7)</span><span>によって極めて短時間</span> <span lang="EN-US">(</span><span>ミリ秒の時間単位</span><span lang="EN-US">)で</span><span>分解され、コリンと酢酸になる。この分解によって化学伝達は終了するとともに、コリンは高親和性コリントランスポーターによって効率良くシナプス前終末に取り込まれてアセチルコリン合成に再利用される。アセチルコリンを分解する酵素は、アセチルコリンエステラーゼの他にブチルコリンエステラーゼ(偽性コリンエステラーゼ)が知られている。コリンエステラーゼに対して阻害活性を持つ薬物は、シナプス間隙のアセチルコリンを増やして化学伝達を増強するため、様々な薬物として臨床応用されている。このうち、ネオスチグミンは重症筋無力症、術後腸管麻痺、排尿障害などに、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンはアルツハイマー病に適応される。</span>  


'''<span>受容体</span>'''
== 受容体 ==


<span> アセチルコリンの受容体は、ニコチン性アセチルコリン受容体とムスカリン性アセチルコリン受容体に大別され、それぞれアセチルコリンによるニコチン様作用(骨格筋や神経節での刺激作用)とムスカリン様作用(副交感神経支配器官での刺激作用)を担う。</span>  
<span> アセチルコリンの受容体は、ニコチン性アセチルコリン受容体とムスカリン性アセチルコリン受容体に大別され、それぞれアセチルコリンによるニコチン様作用(骨格筋や神経節での刺激作用)とムスカリン様作用(副交感神経支配器官での刺激作用)を担う。</span>  
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[[Image:Hidemimisawa fig 1.jpg|図1 神経終末におけるアセチルコリンの合成、分布、代謝、受容体]]  
[[Image:Hidemimisawa fig 1.jpg|図1 神経終末におけるアセチルコリンの合成、分布、代謝、受容体]]  


'''<span>主たるアセチルコリン含有神経の分布</span>'''
== 主たるアセチルコリン含有神経の分布 ==


<span> 中枢神経系でのアセチルコリン含有神経(コリン作動性神経)は、限局した脳部位に存在し、</span><span lang="EN-US">Ch1</span><span>〜</span><span lang="EN-US">8</span><span>に分類される。細胞体から長い軸索を伸ばす投射神経と、比較的短い軸索を伸ばす局所回路神経に大別される。</span>  
<span> 中枢神経系でのアセチルコリン含有神経(コリン作動性神経)は、限局した脳部位に存在し、</span><span lang="EN-US">Ch1</span><span>〜</span><span lang="EN-US">8</span><span>に分類される。細胞体から長い軸索を伸ばす投射神経と、比較的短い軸索を伸ばす局所回路神経に大別される。</span>  
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[[Image:Hidemimisawa fig 2.jpg|図2 ラット脳のアセチルコリン含有神経の分布:投射神経(上)と局所回路神経(下)]]  
[[Image:Hidemimisawa fig 2.jpg|図2 ラット脳のアセチルコリン含有神経の分布:投射神経(上)と局所回路神経(下)]]  


'''<span>機能</span>'''
== 機能 ==


<span lang="EN-US" style="font-family:Wingdings;mso-fareast-font-family:Wingdings; mso-bidi-font-family:Wingdings"><span style="mso-list:Ignore">n&nbsp;</span></span><span>大脳皮質</span>  
<span lang="EN-US" style="font-family:Wingdings;mso-fareast-font-family:Wingdings; mso-bidi-font-family:Wingdings"><span style="mso-list:Ignore">n&nbsp;</span></span><span>大脳皮質</span>  
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<span>脚橋被蓋核と背外側被蓋核のコリン作動性神経は上行性と下降性の2種類の投射経路をもつ。視床へ投射する上行性投射系は、網様体賦活系の一部として睡眠サイクルや覚醒レベルの調節に関与する。脳幹網様体へ投射する下降性投射系は歩行運動、姿勢反射、筋緊張の調節などに関与する。また、脚橋被蓋核のコリン作動性神経は視床のほか大脳基底核にも投射する。特に、黒質緻密部のドパミン神経細胞に投射して、ドパミンの放出を促進する。パーキンソン病患者では、この部位のコリン作動性神経が減少することでドパミン放出が減弱していることも病状の一因になると考えられている。</span><br>  
<span>脚橋被蓋核と背外側被蓋核のコリン作動性神経は上行性と下降性の2種類の投射経路をもつ。視床へ投射する上行性投射系は、網様体賦活系の一部として睡眠サイクルや覚醒レベルの調節に関与する。脳幹網様体へ投射する下降性投射系は歩行運動、姿勢反射、筋緊張の調節などに関与する。また、脚橋被蓋核のコリン作動性神経は視床のほか大脳基底核にも投射する。特に、黒質緻密部のドパミン神経細胞に投射して、ドパミンの放出を促進する。パーキンソン病患者では、この部位のコリン作動性神経が減少することでドパミン放出が減弱していることも病状の一因になると考えられている。</span><br>  


'''<span>非神経性アセチルコリン</span>'''
== 非神経性アセチルコリン ==


<span> アセチルコリンは、真性細菌などの原核生物を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されている。植物では水や電解質、栄養物質などの輸送に関与するとされるが、その生理的役割は不明な点が多い。タケノコの先端部には、哺乳動物の脳をはるかに超える量のアセチルコリンが含まれている。ヒトを含めた哺乳動物では、様々な非神経細胞や組織でアセチルコリンの合成と放出が確認されている。このうち、免疫系細胞、血管内皮細胞、胎盤、ケラチノサイト、気道上皮細胞、消化管上皮細胞、膀胱上皮細胞などでは、神経系とは独立した非神経性アセチルコリンが局所の細胞間情報伝達を担うことが報告されている。</span>  
<span> アセチルコリンは、真性細菌などの原核生物を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されている。植物では水や電解質、栄養物質などの輸送に関与するとされるが、その生理的役割は不明な点が多い。タケノコの先端部には、哺乳動物の脳をはるかに超える量のアセチルコリンが含まれている。ヒトを含めた哺乳動物では、様々な非神経細胞や組織でアセチルコリンの合成と放出が確認されている。このうち、免疫系細胞、血管内皮細胞、胎盤、ケラチノサイト、気道上皮細胞、消化管上皮細胞、膀胱上皮細胞などでは、神経系とは独立した非神経性アセチルコリンが局所の細胞間情報伝達を担うことが報告されている。</span>  

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