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'''==要約==''' <br>FM 色素は[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を可逆的に染める蛍光色素で、[[シナプス前終末]]の機能や[[wikipedia:ja:分泌|分泌]]現象の計測に活用されている。  
 FM 色素は[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を可逆的に染める蛍光色素で、[[シナプス前終末]]の機能や[[wikipedia:ja:分泌|分泌]]現象の計測に活用されている。  


'''==目次== <br>'''<br>
== FM1-43 とは ==


1. FM1-43 とは
 FM(Fei Mao)は[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]を染めるスチリル色素を合成した。FM1-43 はその代表格である。<br>[[シナプス前終末]]の機能解析や、分泌小胞の動態解析に広く用いられる。<br>色素の特性として次の 3つの性質がある。<br>  ①水溶液中に存在する場合に比べ、[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]に結合すると量子効率が著増し、強い蛍光を出す。<br>  ②[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を透過しない。<br>  ③[[wikipedia:ja:両親媒性分子|両親媒性]]で可逆的に膜を染める。 [[Image:Takahashinoriko fig 1.jpg|thumb|center|224x220px|図1]]
 
2. 分子構造
==分子構造==
 構造は、[[wikipedia:ja:親水性|親水性]]領域、[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]領域、[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]炭素鎖領域に分けられる。<br>[[wikipedia:ja:親水性|親水性]]領域が正の電荷をもつため、膜を通過しない。[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]の数は蛍光波長に関連する。<br>[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]が一つの FM1-43・FM1-84・FM2-10 は黄色蛍光を呈し、[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]が二つの FM4-64・FM5-95 は赤色蛍光を呈する。<br>疎水性炭素鎖の長さは[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]の染め方に関連し、長いものほど明るく、一旦膜に組み込まれると離脱しがたい<ref><pubmed> 10202529 </pubmed></ref>。 FM1-43 の炭素鎖数は 4であり、解離時定数 τdiss は 8 msを示す。より短い FM2-10(炭素鎖数 2)は、比較的離脱しやすい(τdiss =6.4 ms)。逆に、より長い FM1-84(炭素鎖数 5)は離脱に時間がかかる(τdiss =36 ms)<ref><pubmed> 19580748 </pubmed></ref>。             [[Image:Takahashinoriko fig 2.jpg|thumb|center|400px|図2]]                                            
3. 蛍光特性  
 
== 蛍光特性 ==
4. 応用例  4-1 [[シナプス]]前機能の解析  
 
   
 FM1-43 の、[[wikipedia:ja:励起状態|励起]]には 1光子では波長 480 nm光、2光子では波長 840 nm 光が頻用される。<br>極大蛍光波長はリポソーム中にて 580 nm である。<br>波長 480 nm光の高出力励起(~150 μW)にてジアミノベンゼン(DAB)の光変換(photoconversion) を起こす。そのため、[[wikipedia:ja:アルデヒド|アルデヒド]]で固定可能な色素:FM1-43FX と DAB を細胞に与え、光変換させると、共局在部位で電子密度の高い産物が作られ、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡観察|電子顕微鏡観察]]が可能となる。FM1-43 を取り込んだ小胞が、高い電子密度で描出され、微細構造解析に活用されている。 <br>
              4-2 開口放出現象([[エクソサイトーシス]])の可視化  
 
== 応用例 ==
              4-3 分泌小胞の直径測定 
=== シナプス前機能の解析 ===
5. 関連項目
==== シナプス前終末における小胞プールの大きさと開口放出確率の測定 ====
 細胞外を FM1-43 で還流中に、短い放出刺激を与え(例 20 Hz、30 発)、開口放出([[エクソサイトーシス]])した小胞の膜を染める。 <br><br>[[Image:Takahashinoriko fig 3.jpg|thumb|center|600px|図3]]<br>[[シナプス小胞]]は 30-60秒で細胞内部に[[エンドサイトーシス]]で取り込まれる。その後、細胞外を、色素を含まない溶液で還流し、細胞外膜に結合した色素を wash out する。このような loading 過程を経て示される蛍光量は、30回の刺激時に開口放出した小胞にあたり Readily releasable pool (RRP)のサイズの指標となる。カエル [[神経筋接合部]]の場合、RRP の小胞数は神経終末内小胞の約 15%(12-17%)と報告された<ref><pubmed> 15044806 </pubmed></ref>。<br>'''
6.参考文献   
 
 次に、細胞外色素フリーの状態で放出刺激を与えると、前段階で染められた[[シナプス小胞]]は細胞膜と融合し、細胞外液への拡散により神経終末の蛍光は減弱する(destaining)。この減弱の程度や時間経過から、開口放出の量と速度が評価できる。蛍光減弱の時間経過は single exponential に近似されることから、放出確率 (Release probability, Pr) は蛍光減弱の時定数に反比例すると考えられる。Prの計算法として、(Recycling pool の小胞数×0.63)/ (37%に蛍光減弱するまでに与えた電気パルス数)で示す方法<ref><pubmed> 18701072 </pubmed></ref> が提起された。より簡易的には、FM1-43 の蛍光半減期の逆数<ref><pubmed> 11426227 </pubmed></ref>で示されるケースもある。
 
 
==== シナプス小胞の動態の解析 ====
 
 開口放出した顆粒は active zone の周辺から内部に取り込まれ([[エンドサイトーシス]])、再び放出可能となる(recycle)。このリサイクルにかかる時間は、[[海馬]]培養標本では 20-30秒、[[神経筋接合部]]では 60秒と見積もられた。そこで Recycling pool(= RRP + Reserve pool)の測定は、RRP 測定時よりも長い時間電気刺激を与え、色素をロードする事により達成できる(例 10Hz 900 発)。リサイクルされた小胞は、元来小胞があった領域のほぼ全域に拡散し、core(中央部)への拡散のみが軽度に少なかった。また、リサイクルした小胞は、初めて刺激を受けたプール同様の放出確率を持つことが報告された<ref><pubmed> 1553547 </pubmed></ref> 。<br><br>''' 
 
===膜融合様式の解析===
 
 FM 色素には、炭素鎖数の異なる複数種類の色素がある。これらが小胞膜を染める頻度を比較することにより、融合細孔の開放時間の長短が識別可能となる。<br>FM2-10 や FM1-43 色素を用い、小胞膜から離脱する完全融合型(full fusion)と、離脱しない不完全融合型(incomplete fusion)の識別が行われた<ref><pubmed> 9707119 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12354398 </pubmed></ref>。
 
 
=== 開口放出現象の可視化 ===
   
   
 FM1-43 を網膜双極性細胞の[[シナプス小胞]]に取り込ませて標識し、[[全反射顕微鏡]]で細胞膜直下(~100nm)の観察を行い、単一小胞の開口放出現象の可視化が報告された<ref><pubmed> 10972279 </pubmed></ref> 。<br>また、下垂体前葉細胞 (lactotrophs) や膵島細胞においても、ホルモンを含む大型[[有芯小胞]]の[[膜融合]]に伴い、開口放出部位においてFM1-43 蛍光強度の上昇が報告された <ref><pubmed> 10953007 </pubmed></ref><ref><pubmed>12193788 </pubmed></ref>。


'''<br>==FM1-43 とは== <br>'''FM(Fei Mao)は[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]を染めるスチリル色素を合成した。FM1-43 はその代表格である。<br>[[シナプス前終末]]の機能解析や、分泌小胞の動態解析に広く用いられる。<br>色素の特性として次の 3つの性質がある。<br>  ①水溶液中に存在する場合に比べ、[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]に結合すると量子効率が著増し、強い蛍光を出す。<br>  ②[[wikipedia:ja:脂質二重層|脂質二重膜]]を透過しない。<br>  ③[[wikipedia:ja:両親媒性分子|両親媒性]]で可逆的に膜を染める。 [[Image:Takahashinoriko fig 1.jpg|thumb|center|224x220px|図1]]<br><br>'''==分子構造==<br>'''構造は、[[wikipedia:ja:親水性|親水性]]領域、[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]領域、[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]炭素鎖領域に分けられる。<br>[[wikipedia:ja:親水性|親水性]]領域が正の電荷をもつため、膜を通過しない。[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]の数は蛍光波長に関連する。<br>[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]が一つの FM1-43・FM1-84・FM2-10 は黄色蛍光を呈し、[[wikipedia:ja:二重結合|二重結合]]が二つの FM4-64・FM5-95 は赤色蛍光を呈する。<br>疎水性炭素鎖の長さは[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]の染め方に関連し、長いものほど明るく、一旦膜に組み込まれると離脱しがたい<ref><pubmed> 10202529 </pubmed></ref>。 FM1-43 の炭素鎖数は 4であり、解離時定数 τdiss は 8 msを示す。より短い FM2-10(炭素鎖数 2)は、比較的離脱しやすい(τdiss =6.4 ms)。逆に、より長い FM1-84(炭素鎖数 5)は離脱に時間がかかる(τdiss =36 ms)<ref><pubmed> 19580748 </pubmed></ref>。             [[Image:Takahashinoriko fig 2.jpg|thumb|center|400px|図2]]                                            


''' ==蛍光特性==<br>'''FM1-43 の、[[wikipedia:ja:励起状態|励起]]には 1光子では波長 480 nm光、2光子では波長 840 nm 光が頻用される。<br>極大蛍光波長はリポソーム中にて 580 nm である。<br>波長 480 nm光の高出力励起(~150 μW)にてジアミノベンゼン(DAB)の光変換(photoconversion) を起こす。そのため、[[wikipedia:ja:アルデヒド|アルデヒド]]で固定可能な色素:FM1-43FX と DAB を細胞に与え、光変換させると、共局在部位で電子密度の高い産物が作られ、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡観察|電子顕微鏡観察]]が可能となる。FM1-43 を取り込んだ小胞が、高い電子密度で描出され、微細構造解析に活用されている。 <br>
=== 分泌小胞の直径測定 ===
 [[シナプス小胞]]から大型[[有芯小胞]]に至るまで、小胞の直径計測に有効である <ref><pubmed> 16150799 </pubmed></ref>


'''<br>==応用例=='''<br>'''[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]前機能の解析'''<br>''' ・[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]前終末における小胞プールの大きさと開口放出確率の測定'''<br>細胞外を FM1-43 で還流中に、短い放出刺激を与え(例 20 Hz、30 発)、開口放出([[エクソサイトーシス]])した小胞の膜を染める。 <br><br>[[Image:Takahashinoriko fig 3.jpg|thumb|center|600px|図3]]<br>[[シナプス小胞]]は 30-60秒で細胞内部に[[エンドサイトーシス]]で取り込まれる。その後、細胞外を、色素を含まない溶液で還流し、細胞外膜に結合した色素を wash out する。このような loading 過程を経て示される蛍光量は、30回の刺激時に開口放出した小胞にあたり Readily releasable pool (RRP)のサイズの指標となる。カエル [[神経筋接合部]]の場合、RRP の小胞数は神経終末内小胞の約 15%(12-17%)と報告された<ref><pubmed> 15044806 </pubmed></ref>。<br>
 水溶性色素(赤色 sulforhodamine B)と FM1-43 を細胞外液に同時に与え、開口放出を誘発すると、水溶性色素は小胞内部に進入し、FM1-43 は細胞外膜から小胞内膜へ拡散するため、開口放出した小胞が両色素で描出される。この際 [[2光子レーザー走査顕微鏡]]で画像を取得し、双方の色素の増加分の比を求めると小胞直径が計算される(直径=6 ΔSRB/ΔFM1-43)。本法は色素濃度やレンズ特性(point-spread function)によらず、[[シナプス小胞]]のような光学[[wikipedia:ja:解像度|解像度]]以下の器官の計測にも応用可能である。


<br>次に、細胞外色素フリーの状態で放出刺激を与えると、前段階で染められた[[シナプス小胞]]は細胞膜と融合し、細胞外液への拡散により神経終末の蛍光は減弱する(destaining)。この減弱の程度や時間経過から、開口放出の量と速度が評価できる。蛍光減弱の時間経過は single exponential に近似されることから、放出確率 (Release probability, Pr) は蛍光減弱の時定数に反比例すると考えられる。Prの計算法として、(Recycling pool の小胞数×0.63)/ (37%に蛍光減弱するまでに与えた電気パルス数)で示す方法<ref><pubmed> 18701072 </pubmed></ref> が提起された。より簡易的には、FM1-43 の蛍光半減期の逆数<ref><pubmed> 11426227 </pubmed></ref>で示されるケースもある。<br><br>''' ・[[シナプス小胞]]の動態の解析'''<br>開口放出した顆粒は active zone の周辺から内部に取り込まれ([[エンドサイトーシス]])、再び放出可能となる(recycle)。このリサイクルにかかる時間は、[[海馬]]培養標本では 20-30秒、[[神経筋接合部]]では 60秒と見積もられた。そこで Recycling pool(= RRP + Reserve pool)の測定は、RRP 測定時よりも長い時間電気刺激を与え、色素をロードする事により達成できる(例 10Hz 900 発)。リサイクルされた小胞は、元来小胞があった領域のほぼ全域に拡散し、core(中央部)への拡散のみが軽度に少なかった。また、リサイクルした小胞は、初めて刺激を受けたプール同様の放出確率を持つことが報告された<ref><pubmed> 1553547 </pubmed></ref> 。<br><br>''' ・[[膜融合]]様式の解析'''<br>FM 色素には、炭素鎖数の異なる複数種類の色素がある。これらが小胞膜を染める頻度を比較することにより、融合細孔の開放時間の長短が識別可能となる。<br>FM2-10 や FM1-43 色素を用い、小胞膜から離脱する完全融合型(full fusion)と、離脱しない不完全融合型(incomplete fusion)の識別が行われた<ref><pubmed> 9707119 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12354398 </pubmed></ref>。
== 関連項目 ==


'''<br>開口放出現象の可視化'''<br>FM1-43 を網膜双極性細胞の[[シナプス小胞]]に取り込ませて標識し、[[全反射顕微鏡]]で細胞膜直下(~100nm)の観察を行い、単一小胞の開口放出現象の可視化が報告された<ref><pubmed> 10972279 </pubmed></ref> 。<br>また、下垂体前葉細胞 (lactotrophs) や膵島細胞においても、ホルモンを含む大型[[有芯小胞]][[膜融合]]に伴い、開口放出部位においてFM1-43 蛍光強度の上昇が報告された <ref><pubmed> 10953007 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12193788 </pubmed></ref>。             。
*開口放出([[エクソサイトーシス]]
*[[膜融合]]
*[[シナプス]]
*[[wikipedia:ja:分泌|分泌]]


'''<br>分泌小胞の直径測定<br>'''[[シナプス小胞]]から大型[[有芯小胞]]に至るまで、小胞の直径計測に有効である <ref><pubmed> 16150799 </pubmed></ref>。<br>水溶性色素(赤色 sulforhodamine B)と FM1-43 を細胞外液に同時に与え、開口放出を誘発すると、水溶性色素は小胞内部に進入し、FM1-43 は細胞外膜から小胞内膜へ拡散するため、開口放出した小胞が両色素で描出される。この際 [[2光子レーザー走査顕微鏡]]で画像を取得し、双方の色素の増加分の比を求めると小胞直径が計算される(直径=6 ΔSRB/ΔFM1-43)。本法は色素濃度やレンズ特性(point-spread function)によらず、[[シナプス小胞]]のような光学[[wikipedia:ja:解像度|解像度]]以下の器官の計測にも応用可能である。 <br>
== 参考文献 ==


'''<br>==関連項目'''==<br>
<references />  
  ・開口放出([[エクソサイトーシス]])
  ・[[膜融合]]
  ・[[シナプス]]
  ・[[wikipedia:ja:分泌|分泌]]
<br><references />


<br>(執筆者:高橋倫子、河西春郎、 担当編集委員:柚崎通介) 
<br>(執筆者:高橋倫子、河西春郎、 担当編集委員:柚崎通介) 

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