「発達障害」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
<font size="+1">高橋 秀俊、[http://researchmap.jp/hokatsuno 神尾 陽子]</font><br>
'' 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年8月24日 原稿完成日:2012年11月16日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 [[大脳皮質]]機能研究系)<br>
</div>
英語名:developmental disorders
英語名:developmental disorders


{{box|text=
 発達障害とは、主に[[wikipedia:ja:乳幼児|乳幼児]]期あるいは[[wikipedia:ja:小児期|小児期]]にかけてその特性が顕在化する発達の遅れまたは偏りであり、主に先天性の[[中枢神経系]]の機能障害を原因とする。[[広汎性発達障害]]([[自閉症スペクトラム障害]])、[[学習障害]]、[[注意欠如/多動性障害]]、[[知的障害]]などが含まれる。その概念は、[[wikipedia:ja:医学|医学]]、[[wikipedia:ja:教育学|教育学]]、[[wikipedia:ja:心理学|心理学]]、[[wikipedia:ja:社会福祉|社会福祉]]、[[wikipedia:ja:乳幼児|行政]]等の諸分野にまたがり、それぞれの分野によって、概念や語の使用法が異なる場合もあり、流動的である。  
 発達障害とは、主に[[wikipedia:ja:乳幼児|乳幼児]]期あるいは[[wikipedia:ja:小児期|小児期]]にかけてその特性が顕在化する発達の遅れまたは偏りであり、主に先天性の[[中枢神経系]]の機能障害を原因とする。[[広汎性発達障害]]([[自閉症スペクトラム障害]])、[[学習障害]]、[[注意欠如/多動性障害]]、[[知的障害]]などが含まれる。その概念は、[[wikipedia:ja:医学|医学]]、[[wikipedia:ja:教育学|教育学]]、[[wikipedia:ja:心理学|心理学]]、[[wikipedia:ja:社会福祉|社会福祉]]、[[wikipedia:ja:乳幼児|行政]]等の諸分野にまたがり、それぞれの分野によって、概念や語の使用法が異なる場合もあり、流動的である。  
}}


== 概念 ==
== 概念 ==
7行目: 16行目:
 発達障害とは、主に乳幼児期あるいは小児期にかけてその特性が顕在化する発達の遅れまたは偏りであり、主に先天性の中枢神経系の機能障害を原因とする。障害される機能は、多くの症例で、[[対人認知]]、[[言語]]、[[視空間技能]]および/または[[協調運動]]などの[[高次脳機能]]が含まれる。成長するにつれて、これらの症状は次第に軽快するのが通常であるが、成人にいたってもさまざまな程度の機能障害が残存することが多い。通常、遅滞や機能障害は顕在化する以前から存在するもので、完全に正常な発達期間が先行することはないと考えられる。  
 発達障害とは、主に乳幼児期あるいは小児期にかけてその特性が顕在化する発達の遅れまたは偏りであり、主に先天性の中枢神経系の機能障害を原因とする。障害される機能は、多くの症例で、[[対人認知]]、[[言語]]、[[視空間技能]]および/または[[協調運動]]などの[[高次脳機能]]が含まれる。成長するにつれて、これらの症状は次第に軽快するのが通常であるが、成人にいたってもさまざまな程度の機能障害が残存することが多い。通常、遅滞や機能障害は顕在化する以前から存在するもので、完全に正常な発達期間が先行することはないと考えられる。  


 発達障害は、症状の特徴によりいくつかに分類され、広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders: PDDあるいは自閉症スペクトラム障害 Autism Spectrum Disorders: ASD)、学習障害(Learning DisordersまたはLearning Disabilities: LD)、注意欠如/多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: AD/HD)、[[運動能力障害]]、[[コミュニケーション障害|コミュニケーション(会話および言語)障害]]、知的障害、[[チック]]障害などが含まれる。これらの障害は通常、男児で女児に比べて多くみられる。いくつかの発達障害を合併することもあり、身体疾患や[[精神疾患]]を伴うこともある。とくに、環境とのミスマッチによって精神症状の併発や増悪を引き起こすこともある。同じ診断名でも、発達の状況や年齢、置かれた環境などによって状態像は多様で、特性に応じた個別の支援の必要性が提唱されている。
 発達障害は、症状の特徴によりいくつかに分類され、広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders: PDDあるいは[[自閉症]]スペクトラム障害 [[Autism Spectrum Disorders]]: ASD)、学習障害(Learning DisordersまたはLearning Disabilities: LD)、注意欠如/多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: AD/HD)、[[運動能力障害]]、[[コミュニケーション障害|コミュニケーション(会話および言語)障害]]、知的障害、[[チック]]障害などが含まれる。これらの障害は通常、男児で女児に比べて多くみられる。いくつかの発達障害を合併することもあり、身体疾患や[[精神疾患]]を伴うこともある。とくに、環境とのミスマッチによって精神症状の併発や増悪を引き起こすこともある。同じ診断名でも、発達の状況や年齢、置かれた環境などによって状態像は多様で、特性に応じた個別の支援の必要性が提唱されている。


==概念の歴史的変遷  ==
==概念の歴史的変遷  ==
13行目: 22行目:
 発達障害は、医学、教育学、心理学、社会福祉、行政等の隣接諸分野にまたがる障害である。発達障害の概念は、これら諸分野からの影響が複雑に絡み合い、時代の流れを受けて刻々と変化し、それぞれの分野によって、概念や語の使用法が異なる場合もある。
 発達障害は、医学、教育学、心理学、社会福祉、行政等の隣接諸分野にまたがる障害である。発達障害の概念は、これら諸分野からの影響が複雑に絡み合い、時代の流れを受けて刻々と変化し、それぞれの分野によって、概念や語の使用法が異なる場合もある。


 発達障害(Developmental disorders)という概念は、1987年に[[wikipedia:ja:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]]の診断基準である[[Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders]] (DSM)の改定第3版([[DSM-Ⅲ-R]]) <ref name="ref1"> ''' American Psychiatric Association.''' <br> Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 3rd edition, revised.<br> '' American Psychiatric Association. (Washington, DC)'' :1987 </ref> に初めて記述され、精神遅滞(知的障害)・特異的発達障害(LD・言語と[[wikipedia:ja:会話|会話]]の障害・運動能力障害)・PDDなどを包含するものと定義され、[[人格障害]]とともに第Ⅱ軸に記載された。これは、それまでの精神病カテゴリーや[[脳損傷]]に起因するとされてきた発達障害・症候群を、新たな医学的な疾病概念(障害概念)と位置付けたことで大きな転換点となった。1994年の第4版([[DSM‐Ⅳ]]<ref name="ref2"> ''' American Psychiatric Association. ''' <br> Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition.<br> '' American Psychiatric Association. (Washington, DC)'' :1994 </ref> )以後はDevelopmental disordersという表記が消えて、精神遅滞(知的障害)を第Ⅱ軸に残したまま、PDDやAD/HDなどは個別の疾患(障害)として第Ⅰ軸に移動し、その他の一般的な精神障害とともに記載されるようになった。これは、生涯変わらぬ障害としてではなく、治療対象として位置づけられるようになったことを示唆している。  
 発達障害(Developmental disorders)という概念は、1987年に[[wikipedia:ja:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]]の診断基準である[[Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders]] (DSM)の改定第3版([[DSM-Ⅲ-R]]) <ref name="ref1"> ''' American Psychiatric Association.''' <br> Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 3rd edition, revised.<br> '' American Psychiatric Association. (Washington, DC)'' :1987 </ref> に初めて記述され、[[精神遅滞]](知的障害)・特異的発達障害(LD・言語と[[wikipedia:ja:会話|会話]]の障害・運動能力障害)・PDDなどを包含するものと定義され、[[人格障害]]とともに第Ⅱ軸に記載された。これは、それまでの精神病カテゴリーや[[脳損傷]]に起因するとされてきた発達障害・症候群を、新たな医学的な疾病概念(障害概念)と位置付けたことで大きな転換点となった。1994年の第4版([[DSM‐Ⅳ]]<ref name="ref2"> ''' American Psychiatric Association. ''' <br> Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition.<br> '' American Psychiatric Association. (Washington, DC)'' :1994 </ref> )以後はDevelopmental disordersという表記が消えて、精神遅滞(知的障害)を第Ⅱ軸に残したまま、PDDやAD/HDなどは個別の疾患(障害)として第Ⅰ軸に移動し、その他の一般的な精神障害とともに記載されるようになった。これは、生涯変わらぬ障害としてではなく、治療対象として位置づけられるようになったことを示唆している。  


 一方、[[wikipedia:ja:世界保健機構|世界保健機構]]による[[wikipedia:ja:国際疾病分類|国際疾病分類]] (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems, ICD)第10版([[wikipedia:ja:ICD-10|ICD-10]]) <ref name="ref3"> ''' World Health Organization. ''' <br> ICD 10: International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems. <br> '' World Health Organization. (Geneva)'' :1992 </ref> では、F80-F89 心理的発達の障害として、特異的発達障害(会話および言語、学習能力、運動機能)ならびにPDDが表記されている。ICD-10では、それまで通りAD/HDは、心理的発達の障害ではなく、F90-F98 小児&lt;児童&gt;期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害の中で、[[多動性障害]]として表記され、DSMとは異なる位置づけをしている。ただし、一般には、AD/HDは、乳幼児期より兆候が現われ就学後に顕在化し、成長とともに軽快するものの、成人後も機能障害が残存すること、PDDなど他の発達障害との遺伝的関連を認めること、男児に多いこと、などから、発達障害に含められることが多い。  
 一方、[[wikipedia:ja:世界保健機構|世界保健機構]]による[[wikipedia:ja:国際疾病分類|国際疾病分類]] (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems, ICD)第10版([[wikipedia:ja:ICD-10|ICD-10]]) <ref name="ref3"> ''' World Health Organization. ''' <br> ICD 10: International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems. <br> '' World Health Organization. (Geneva)'' :1992 </ref> では、F80-F89 心理的発達の障害として、特異的発達障害(会話および言語、学習能力、運動機能)ならびにPDDが表記されている。[[ICD-10]]では、それまで通りAD/HDは、心理的発達の障害ではなく、F90-F98 小児&lt;児童&gt;期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害の中で、[[多動性障害]]として表記され、DSMとは異なる位置づけをしている。ただし、一般には、AD/HDは、乳幼児期より兆候が現われ就学後に顕在化し、成長とともに軽快するものの、成人後も機能障害が残存すること、PDDなど他の発達障害との遺伝的関連を認めること、男児に多いこと、などから、発達障害に含められることが多い。  


 我が国の発達障害者支援法では、発達障害は、「自閉症、[[アスペルガー症候群]]その他のPDD、LD、AD/HDその他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されている。政令で定めるものには、言語の障害、協調運動の障害、その他厚生労働省令で定める障害が含まれ、脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもののうち、ICD-10におけるF80-F89及びF90-F98に含まれる全ての障害が、方でカバーされることになる。(平成24年8月22日現在)  
 我が国の発達障害者支援法では、発達障害は、「自閉症、[[アスペルガー症候群]]その他のPDD、LD、AD/HDその他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されている。政令で定めるものには、言語の障害、協調運動の障害、その他厚生労働省令で定める障害が含まれ、脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもののうち、ICD-10におけるF80-F89及びF90-F98に含まれる全ての障害が、方でカバーされることになる。(平成24年8月22日現在)  
57行目: 66行目:
== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
 
(執筆者:高橋秀俊、神尾陽子 担当編集委員:定藤規弘)

案内メニュー