「体温調節の神経回路」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kazu 中村 和弘]</font><br>
''京都大学 生命科学系キャリアパス形成ユニット''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年3月5日 原稿完成日:2013年月日<br>
担当編集委員:[http://www.phy.med.kyoto-u.ac.jp/dw.html 渡辺 大](京都大学大学院 生命科学研究科認知情報学講座・医学研究科生体情報科学講座)<br>
</div>
英語名:Neural circuitry for thermoregulation、Neural circuitry for body temperature regulation  
英語名:Neural circuitry for thermoregulation、Neural circuitry for body temperature regulation  


同義語:体温、体温調節、体温調節中枢
同義語:体温、体温調節、体温調節中枢


{{box|text=
 [[wikipedia:JA:体温|体温]]を維持・調節するために機能する、[[温度覚|温度知覚]]情報の伝達・統合ならびに体温調節効果器への指令を行う[[中枢神経系|中枢]]および[[末梢神経系|末梢]]の神経回路。ここでは[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]の体温調節の神経回路を扱う。  
 [[wikipedia:JA:体温|体温]]を維持・調節するために機能する、[[温度覚|温度知覚]]情報の伝達・統合ならびに体温調節効果器への指令を行う[[中枢神経系|中枢]]および[[末梢神経系|末梢]]の神経回路。ここでは[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]の体温調節の神経回路を扱う。  


 ヒトを含めた哺乳動物([[wikipedia:JA:恒温動物|恒温動物]])では、体温を一定に保つために、体内から環境中への熱の放散を調節し、必要な時には体内で積極的に熱を産生する。また、[[wikipedia:JA:感染|感染]]が起こった時には発熱を起こし、体温を[[wikipedia:JA:病原体|病原体]]の増殖至適温度域よりも高くすることで、その増殖を抑制する。こうした生体の反応は、脳内の体温調節中枢を司令塔とする中枢神経システムが、末梢の様々な[[効果器]]へ指令を行うことによって惹起される。体温調節中枢は、[[視床下部]]の最吻側に位置する[[視索前野]](preoptic area)と呼ばれる領域にあり、感染時の発熱を指令する発熱中枢でもある<ref name="ref1"><pubmed>21900642</pubmed></ref>。  
 ヒトを含めた哺乳動物([[wikipedia:JA:恒温動物|恒温動物]])では、体温を一定に保つために、体内から環境中への熱の放散を調節し、必要な時には体内で積極的に熱を産生する。また、[[wikipedia:JA:感染|感染]]が起こった時には発熱を起こし、体温を[[wikipedia:JA:病原体|病原体]]の増殖至適温度域よりも高くすることで、その増殖を抑制する。こうした生体の反応は、脳内の体温調節中枢を司令塔とする中枢神経システムが、末梢の様々な[[効果器]]へ指令を行うことによって惹起される。体温調節中枢は、[[視床下部]]の最吻側に位置する[[視索前野]](preoptic area)と呼ばれる領域にあり、感染時の発熱を指令する発熱中枢でもある<ref name="ref1"><pubmed>21900642</pubmed></ref>。  
 
}}


== 体温調節反応の種類  ==
== 体温調節反応の種類  ==
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=== 自律性体温調節反応  ===
=== 自律性体温調節反応  ===


[[Image:Thermoregulation1.jpg|thumb|right|400px|'''図1 自律性体温調節反応の種類<ref>'''中村和弘'''<br>体温調節の中枢神経機構<br>''日本臨牀'':2012 in press</ref>'''<br>非蒸散性熱放散反応のみで体温を維持できる環境温度域を温熱的中性域という。]]
[[Image:Thermoregulation1.jpg|thumb|right|400px|'''図1.自律性体温調節反応の種類<ref>'''中村和弘'''<br>体温調節の中枢神経機構<br>''日本臨牀'':2012 in press</ref>'''<br>非蒸散性熱放散反応のみで体温を維持できる環境温度域を温熱的中性域という。]]


 自律性体温調節反応は、体温を維持・調節するために、自律性臓器・器官を効果器として行われる生理反応であり、意識にのぼらない[[随意運動と不随意運動|不随意反応]]である。自律性体温調節反応には、体内で熱の産生を行う反応と環境中への体熱の放散を調節する反応がある(図1)。
 自律性体温調節反応は、体温を維持・調節するために、自律性臓器・器官を効果器として行われる生理反応であり、意識にのぼらない[[随意運動と不随意運動|不随意反応]]である。自律性体温調節反応には、体内で熱の産生を行う反応と環境中への体熱の放散を調節する反応がある(図1)。


==== 熱産生反応  ====
==== 熱産生反応  ====
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== 自律性体温調節のための温度知覚  ==
== 自律性体温調節のための温度知覚  ==


[[Image:Thermoregulation2.jpg|thumb|right|550px|'''図2 体温調節および発熱の神経回路'''<ref name="ref1" />]]
[[Image:Thermoregulation2.jpg|thumb|right|550px|'''図2.体温調節および発熱の神経回路'''<ref name="ref1" />]]


=== フィードバック制御に関わる温度感知  ===
=== フィードバック制御に関わる温度感知  ===
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=== フィードフォワード制御に関わる温度情報の伝達  ===
=== フィードフォワード制御に関わる温度情報の伝達  ===


 体温の維持には、深部体温の感知だけでなく、環境温度の感知も必要である。環境温度は皮膚の[[体性感覚|知覚神経末端]]に存在する[[温度受容体|温度受容器]]によって感知される。環境温度が変化した時には、皮膚でそれをいち早く感知し、体温調節中枢へ伝達することによって、深部体温が影響を受けて変動してしまう前に適切な体温調節反応を惹起することが可能になる。このような体温調節様式を[[wikipedia:Feedforward neural network|フィードフォワード制御]]という<ref name="ref10" />。皮膚の温度受容器で感知した温度情報は、[[脊髄]]の[[後角]](dorsal horn)を経て、[[橋]]の[[外側結合腕傍核]](lateral parabrachial nucleus)へ伝達され、そこから視索前野へと入力される<ref name="ref11"><pubmed>18084288</pubmed></ref><ref name="ref12"><pubmed>20421477</pubmed></ref>(図2)。この経路では、[[温度覚|温覚]]と[[温度覚|冷覚]]は別のニューロン群によって中継され、独立して視索前野へ入力される。例えば、外側結合腕傍核では、温覚を中継するニューロンは背側部に局在し、冷覚を中継するものは外側部に局在する<ref name="ref11" /><ref name="ref12" />。 このようにして視索前野へ入力された皮膚の温度情報は、温ニューロンの活動レベルに影響を与える形で脳組織温度の情報と統合され、体温調節反応の指令の出力へとつながるものと考えられている。
 体温の維持には、深部体温の感知だけでなく、環境温度の感知も必要である。環境温度は皮膚の[[体性感覚|知覚神経末端]]に存在する[[温度受容体|温度受容器]]によって感知される。環境温度が変化した時には、皮膚でそれをいち早く感知し、体温調節中枢へ伝達することによって、深部体温が影響を受けて変動してしまう前に適切な体温調節反応を惹起することが可能になる。このような体温調節様式を[[wikipedia:Feedforward neural network|フィードフォワード制御]]という<ref name="ref10" />。皮膚の温度受容器で感知した温度情報は、[[脊髄]]の[[後角]](dorsal horn)を経て、[[橋]]の[[外側結合腕傍核]](lateral parabrachial nucleus)へ伝達され、そこから視索前野へと入力される<ref name="ref11"><pubmed>18084288</pubmed></ref><ref name="ref12"><pubmed>20421477</pubmed></ref>(図2)。この経路では、[[温度覚|温覚]]と[[温度覚|冷覚]]は別のニューロン群によって中継され、独立して視索前野へ入力される。例えば、外側結合腕傍核では、温覚を中継するニューロンは背側部に局在し、冷覚を中継するものは外側部に局在する<ref name="ref11" /><ref name="ref12" />。 このようにして視索前野へ入力された皮膚の温度情報は、温ニューロンの活動レベルに影響を与える形で脳組織温度の情報と統合され、体温調節反応の指令の出力へとつながるものと考えられている。


== 自律性体温調節の指令を行う神経回路  ==
== 自律性体温調節の指令を行う神経回路  ==
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=== 視索前野からの下行性抑制  ===
=== 視索前野からの下行性抑制  ===


 自律性体温調節反応のうち、褐色脂肪組織熱産生や皮膚血管収縮は[[脊髄]]の[[中間外側核]](intermediolateral nucleus)からの交感神経出力によって惹起され<ref><pubmed>16931649</pubmed></ref><ref><pubmed>18463193</pubmed></ref>、ふるえ熱産生は脊髄の[[前角]](ventral horn)からの体性運動出力を介して惹起される<ref><pubmed>21610139</pubmed></ref>(図2)。視索前野に存在する体温調節中枢は、こうした自律性体温調節反応の惹起を指令する司令塔として機能する<ref name="ref1" />。視索前野には[[投射ニューロン|下行性投射]]を行う[[神経細胞|ニューロン]]が存在し、これらのニューロンが、体温調節効果器への出力を制御する下位の脳領域へ恒常的な抑制性の入力を行うことで、これらの脳領域から体温調節効果器への出力を制御する<ref name="ref7"><pubmed>12040067</pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed>16367780</pubmed></ref>。つまり、視索前野からの下行性抑制のトーンが最終的な体温調節性の交感神経や運動神経の出力レベルを決定しているのである。
 自律性体温調節反応のうち、褐色脂肪組織熱産生や皮膚血管収縮は[[脊髄]]の[[中間外側核]](intermediolateral nucleus)からの交感神経出力によって惹起され<ref><pubmed>16931649</pubmed></ref><ref><pubmed>18463193</pubmed></ref>、ふるえ熱産生は脊髄の[[前角]](ventral horn)からの体性運動出力を介して惹起される<ref><pubmed>21610139</pubmed></ref>(図2)。視索前野に存在する体温調節中枢は、こうした自律性体温調節反応の惹起を指令する司令塔として機能する<ref name="ref1" />。視索前野には[[投射ニューロン|下行性投射]]を行う[[神経細胞|ニューロン]]が存在し、これらのニューロンが、体温調節効果器への出力を制御する下位の脳領域へ恒常的な抑制性の入力を行うことで、これらの脳領域から体温調節効果器への出力を制御する<ref name="ref7"><pubmed>12040067</pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed>16367780</pubmed></ref>。つまり、視索前野からの下行性抑制のトーンが最終的な体温調節性の交感神経や運動神経の出力レベルを決定しているのである。


=== 視索前野から制御を受ける下位脳領域  ===
=== 視索前野から制御を受ける下位脳領域  ===
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=== 暑熱・寒冷環境における体温調節指令メカニズム  ===
=== 暑熱・寒冷環境における体温調節指令メカニズム  ===


 視索前野からの遠心性神経路は、体温の維持・調節において次のように機能すると考えられる(図2参照)。暑熱環境では、視索前野からの下行性抑制のトーンが強まり、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンの活動が低下する。したがって、交感神経や体性運動神経の出力が小さくなるため、熱産生が抑制され、皮膚血管が拡張することにより体熱の放散が促進される。一方、寒冷環境では、視索前野からの下行性抑制のトーンが弱まることで、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンが脱抑制される。したがって、こうしたニューロンからの興奮性信号が交感神経や運動神経の出力を増強する。これによって、熱産生が惹起される一方、皮膚血管が収縮することにより体熱の放散が抑制される。
 視索前野からの遠心性神経路は、体温の維持・調節において次のように機能すると考えられる(図2参照)。暑熱環境では、視索前野からの下行性抑制のトーンが強まり、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンの活動が低下する。したがって、交感神経や体性運動神経の出力が小さくなるため、熱産生が抑制され、皮膚血管が拡張することにより体熱の放散が促進される。一方、寒冷環境では、視索前野からの下行性抑制のトーンが弱まることで、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンが脱抑制される。したがって、こうしたニューロンからの興奮性信号が交感神経や運動神経の出力を増強する。これによって、熱産生が惹起される一方、皮膚血管が収縮することにより体熱の放散が抑制される。




== 感染性発熱の神経回路  ==
== 感染性発熱の神経回路  ==


[[Image:Thermoregulation3.jpg|thumb|right|250px|'''図3 ラット視索前野におけるプロスタグランジンEP3受容体の発現(免疫染色像)'''<br>視索前野ニューロンの[[神経細胞|細胞体]](矢印)と[[樹状突起]]に局在する。(京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット 中村グループホームページ[http://www.cp.kyoto-u.ac.jp/Nakamura/nakamura-j.html]より)]]
[[Image:Thermoregulation3.jpg|thumb|right|250px|'''図3.ラット視索前野におけるプロスタグランジンEP3受容体の発現(免疫染色像)'''<br>視索前野ニューロンの[[神経細胞|細胞体]](矢印)と[[樹状突起]]に局在する。(京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット 中村グループホームページ[http://www.cp.kyoto-u.ac.jp/Nakamura/nakamura-j.html]より)]]


 感染が起こると[[wikipedia:JA:免疫系|免疫系]]が活性化され、[[サイトカイン]]類が血中で産生される。これが脳の血管の[[wikipedia:JA:血管内皮|内皮細胞]]へ作用すると、内皮細胞内で[[シクロオキシゲナーゼ]]-2(cyclooxygenase-2、COX-2)などの[[プロスタグランジン]]合成酵素群が発現し、発熱メディエーターであるプロスタグランジンE<sub>2</sub>(prostaglandin E<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>)が産生される<ref><pubmed>11306620</pubmed></ref>。プロスタグランジンE<sub>2</sub>は脳実質内へ拡散し、視索前野のニューロンに存在するプロスタグランジンEP3受容体に作用する<ref><pubmed>10025713</pubmed></ref><ref><pubmed>17676060</pubmed></ref>(図3参照)。EP3受容体は抑制性の[[GTP結合蛋白質]]と共役するので<ref><pubmed>10508233</pubmed></ref>、結果的に視索前野のニューロンは抑制される。EP3受容体を発現する視索前野のニューロンはGABA作動性の[[抑制性ニューロン]]であり、視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ投射することが分かっている<ref name="ref7" /><ref name="ref8" />。したがって、プロスタグランジンE<sub>2</sub>がEP3受容体を発現する視索前野のニューロンの活動を低下させると、寒冷環境における対寒反応の惹起と同様、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンの[[脱抑制]]が起こるため、熱産生が惹起され、皮膚血管が収縮する(図2)。寒冷環境でもない状態でこうした反応が強く起こると、体温の上昇につながる。これが発熱と呼ばれる生理反応である。
 感染が起こると[[wikipedia:JA:免疫系|免疫系]]が活性化され、[[サイトカイン]]類が血中で産生される。これが脳の血管の[[wikipedia:JA:血管内皮|内皮細胞]]へ作用すると、内皮細胞内で[[シクロオキシゲナーゼ]]-2(cyclooxygenase-2、COX-2)などの[[プロスタグランジン]]合成酵素群が発現し、発熱メディエーターであるプロスタグランジンE<sub>2</sub>(prostaglandin E<sub>2</sub>、PGE<sub>2</sub>)が産生される<ref><pubmed>11306620</pubmed></ref>。プロスタグランジンE<sub>2</sub>は脳実質内へ拡散し、視索前野のニューロンに存在するプロスタグランジンEP3受容体に作用する<ref><pubmed>10025713</pubmed></ref><ref><pubmed>17676060</pubmed></ref>(図3参照)。EP3受容体は抑制性の[[GTP結合蛋白質]]と共役するので<ref><pubmed>10508233</pubmed></ref>、結果的に視索前野のニューロンは抑制される。EP3受容体を発現する視索前野のニューロンはGABA作動性の[[抑制性ニューロン]]であり、視床下部背内側部や淡蒼縫線核へ投射することが分かっている<ref name="ref7" /><ref name="ref8" />。したがって、プロスタグランジンE<sub>2</sub>がEP3受容体を発現する視索前野のニューロンの活動を低下させると、寒冷環境における対寒反応の惹起と同様、視床下部背内側部や淡蒼縫線核のニューロンの[[脱抑制]]が起こるため、熱産生が惹起され、皮膚血管が収縮する(図2)。寒冷環境でもない状態でこうした反応が強く起こると、体温の上昇につながる。これが発熱と呼ばれる生理反応である。


== セットポイント仮説の修正  ==
== セットポイント仮説の修正  ==
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
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(執筆者:中村和弘 担当編集委員:渡辺 大)

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