「アミロイドーシス」の版間の差分

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<br> Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。
<br> Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。


 そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。
 そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に獲得免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)やワクチンによる治療薬開発が進められている。


 これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法は効果が無いのではないかと考えられた。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期にAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。
 これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。


===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===
 βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。
 βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。


 これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。
 これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。


===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===
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