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電気けいれん療法electroconvulsive therapy(ECT)は、パルス波治療器導入に伴い、より安全性の高い使用法が広がり、うつ病の治療として再びその有効性が期待されるようになった。薬物療法に抵抗性を示したうつ病にも効果を認め治療抵抗性うつ病の治療として有効であり、その効果発現は薬物療法より早いため急性期の治療としても有効である。一方、その効果が持続しない問題点があり、ECT治療後の維持療法として薬物療法を行うことや、薬物療法だけでは寛解状態を維持できない時は薬物療法に維持継続ECTを併用することが望まれる。しかしながら、麻酔のリスクだけでなく認知障害などの副作用の軽減、作用機序の解明、より効果的な使用法の統一などの課題があり、今後更なる研究が必要であろう。(340) | |||
1. はじめに | |||
電気けいれん療法electroconvulsive therapy(ECT)は、電気的刺激を与えて脳にてんかん様けいれん発作を誘発することで治療効果を有し、うつ病などで用いられる。歴史的にはECTが初めて精神科の治療として欧米に登場したのは1938年で、1940年代よりけいれん発作時の骨折事故をへらすために筋弛緩薬が、さらに発作時の恐怖を回避する目的で静脈麻酔薬が用いられるようになった。1950年代から静脈麻酔薬、筋弛緩薬、酸素化を用いた修正型ECT(modified ECT : mECT)が普及した。 | |||
わが国では、早くも1939年にECTが導入され、1958年筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされたが、その後安全面を含め評価、改良、一般化が行われず第一線の治療ではなくなっていった。ようやく1980年代にリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携してmECTを行うことが総合病院や大学病院で拡がった。以前はサイン波刺激のみであったが、2002年新たにパルス波治療器が認可された。パルス波治療器の使用に当たっては、ECT実務者委員会の講習が義務付けられ、全身麻酔と筋弛緩薬使用下に限定するなど使用法についても統一されたことで1)2)、ECT治療がより安全に行われるようになり普及してきている。 | |||
うつ病にECTを用いる意義は何であろうか。うつ病は「治る」病気と考えられていたが、その考え方を変えないといけないことが分かってきた。Keitnerらによると、薬物療法での反応率は50~65%、寛解率は28~47%、精神療法での反応率は50~58%、寛解率は30~48%であった3)。実に初回の治療で寛解にいたるのは半分以下である。定義が未だ一貫していない点に注意する必要があるが(我が国では異なる2種類の抗うつ薬を十分量十分期間使用して無効である場合を言うことが多い)、治療抵抗性うつ病の問題は大きくなっている4)。これまで治療抵抗性うつ病はうつ病の10~15%と見積もられていたが、最近のメタ解析では約40%を占めるという3)。Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression (STAR*D)研究の結果、抗うつ薬投与で寛解に至らず、さらに別の坑うつ薬への置換、増強療法、精神療法などの治療段階を得ても寛解にいたらない患者が約3分の1いることが分かった5)。現在、このような「治りにくい」うつ病に対する治療戦略が大きな課題となっており、ECTはSTAR*Dに組み込まれていなかったが、「治りにくい」うつ病に対する治療法として期待されるようになった6)。本稿では、うつ病に対するECTの有効性に関する文献的報告とともに、当院におけるECTについて紹介し、最後に抗うつ薬とECTの併用療法について言及する。 | |||
2.ECTの効果 | |||
* ECTは治療抵抗性うつ病にも有効である。 | |||
Keitnerらのメタ解析によると、ECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%であった3)。しかし、ECTの施行方法が報告によって異なるため、結果に幅があると考察されている7)。では、治療抵抗性うつ病に対する効果はどうであろうか。Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者に対するECT(右片側性週3回)の反応率は71%であった8)。当院において2006年に治療抵抗性うつ病の患者63人にECT(両側性週2回)を施行したところ、反応率が93%、寛解率は74%という高い効果を認めた。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病にもECTは有効である 9, 10, 11)。 | |||
うつ病患者に対して、プラセボ、シュミレーションECT、抗うつ薬と比較してECTの方が治療効果が優れていると、多くのメタ解析で報告されてきた12, 13, 14)。各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究がいくつかあり、TCAやMAOIよりECTの方が有効であることが示されてきた。新しい抗うつ薬とECTを比較した研究は未だ少ないが、従来薬と同様ECTの方が有効である可能性が高いと思われる。Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTとparoxetineを比較した研究がある8)。治療抵抗性うつ病の患者39人を、無作為にECT群(21人)とparoxetine群(18人)に分けたところ、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認めた。ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認め、paroxetineと比較してもECTがより有効であった。 | |||
*ECTは効果発現が早い。 | |||
先述したFolkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討している8)。ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めた。Husainらはうつ病の患者に対し週3回のペースでECTを施行し反応や寛解の速さを検討したところ、ECTは平均4回の施行(1.3週)で効果発現を認め、平均8回(約2.5週間)の施行で寛解に至ると報告している15)。一方、抗うつ薬の効果発現には2~4週間かかり16)、一般的に寛解に至るには約4~8週間を必要とする。早急な抗うつ効果が必要とされるカタトニアで全身状態が悪化している患者や、深刻な自殺念慮があり自殺企図リスクが高い患者などに、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。 | |||
*ECTの効果は持続しない。 | |||
ECTの治療持続性はどうであろうか。継続治療を行わない場合の再発率は50%以上で、ほとんどの再発が治療後の6ヶ月以内に起こり17)、その効果が持続しないという問題点がある。ECT後に再発しやすくなるリスクファクターとして、抗うつ薬への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている17)。 | |||
*ECTの効果はその方法に影響を受ける。 | |||
ECTの効果に影響を与えうる因子として、刺激用量と電極の位置(両側性か片側性か)がある。刺激用量が高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる13)。電極の位置は、両側性の方が片側性よりも効果があるとする報告が多い。しかし、Sackeimらは刺激用量の十分高い右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより適切であると報告している18)。波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果の面で有意な差を認めなかったとするメタ解析がある13)。 | |||
*ECTに禁忌はないが、いくつかのリスクがある。 | |||
ECTに絶対的な医学的禁忌は存在しない。しかし麻酔下で行うため、潜在的な麻酔のリスクがあるので、麻酔科医と連携し術前に全身状態や合併症について評価する必要がある。ECTを第一選択の治療法としない理由の一つは、全身麻酔による致死的副作用のリスクがゼロではないからである。 | |||
ECTの通電直後の副作用としては、けいれん重積、遷延性けいれん、発作後せん妄、遷延性無呼吸、交感・副交感神経刺激による心血管性合併症(不整脈など)がある。また、覚醒後に出現し数時間持続する副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気、見当識障害、せん妄がある。 | |||
ECTの副作用として問題となる認知障害として、前向性健忘と逆行性健忘がある。前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に時間がかかることがあり、まれには残存することもある。片側性より両側性が、低用量より高用量の方が13)、パルス波よりサイン波の方が19)、認知障害の頻度がやや高いという報告がある。しかし、ECTを反復して施行することによる器質的障害の発生については否定的に考えられている20)。 | |||
3. ECTの作用機序 | |||
ECTの効果発現にかかわる物質として、コルチゾールや、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、そして最近ではtumor necrosis factor αが報告されている21)。しかしながら、これらがどのように作用して治療に有効なのかはいまだ明らかになっていない。 | |||
最近、ECTの神経保護作用が注目されている。神経細胞の可塑性、再生、維持に重要とされる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)への関心が高い22)。Maranoらは、ECTによるBDNFの増加を確認し、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関すると報告した21)。BDNFはセロトニンの発現を増加させる可能性があるので23)、セロトニンを介する機序が示唆される。またPereraらは、霊長類を用いた研究で、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことを確認した24)。 | |||
gamma-aminobutyric acid(GABA)はうつ状態で減少していると報告されている神経伝達物質であるが、magnetic resonance spectoscopy(MRS)を用いた研究で、ECTにてGABAが増加することが示されている。ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係していると考えられている25)。 | |||
以上のようにECTの作用機序を研究することは、うつ病の病態の解明につながる可能性もあり重要である。 | |||
4.mECTの実際 | |||
1)適応の判断 | |||
ここでは当院で行われているECTの実際について述べる。当院のうつストレスケア病棟には、センター病院としての役割もあり、他院にて抗うつ薬を何剤か試されて十分な改善を示さなかった治療抵抗性うつ病患者が多く入院してくる。当院ではアルゴリズムを用いてうつ病の治療を行っている。まず「見かけ上の」治療抵抗性を否定するために、診断(双極性障害など)や治療(内服は出来ていたかなど)の見直しを行う。異なる種類の抗うつ薬2剤以上、十分量十分期間使用しても寛解に至らない「本当の」治療抵抗性うつ病と診断された場合は、Lithiumや甲状腺ホルモンなどの増強療法の使用を検討する。次に、非定型抗精神病薬や、ドーパミンアゴニスト、気分安定薬(carbamazepineやvalproate)などの使用を検討する。認知行動療法は必要に応じて併用する。以上で寛解に至らない場合、ECTの適応の有無を検討する(表1の二次的使用の場合)26)。但し、緊張病状態など表1の一次的使用に当てはまる状態の場合は積極的にECTの適応を考慮してい。これらの判断は精神科医師2名により行うが、相対的禁忌の疾患(表2)を合併している場合は麻酔科医へECTの適応についてコンサルトしている。 | |||
2)mECTの方法 | |||
当院では、麻酔科医による全身麻酔下で筋弛緩薬を用い、パルス波治療器によりmECTを施行している。mECT治療を効率的かつ安全に施行するために、mECTマニュアル27)とクリニカルパスを作成した。まず、患者本人や保護者(扶養義務者)へ書面を用いて十分な情報提供を行う。mECTの治療内容だけでなく、維持療法の重要性や期間など治療方針の十分なインフォームドコンセントを行う。原則として患者本人から同意を得る必要があるが、医療保護入院や措置入院の場合は少なくとも保護者か扶養義務者の同意を必要としている。同意を得たら、クリニカルパスに従い術前検査や患者情報のチェックを行う。 | |||
mECTの施行はECTユニットと呼ばれる専用の準手術室で、精神科医、麻酔科医、看護師のチームで行う。mECTの施行は、ECT実務者委員会の講習に参加し承認を得た精神科医により行われる。パルス波治療器を用い、初回の刺激強度は半年齢法(患者の年齢の半分の刺激強度)により決定する。電極はせん妄や認知障害が発生するリスクが高い場合は原則として片側で行うが、適切な刺激強度で4-6回施行しても十分な効果が得られない場合は両側へ変更する。静脈麻酔や呼吸管理は麻酔科医が行う。静脈麻酔薬としては、thiopentalやpropofolが一般に使われるが、当院でketamineを使用したところ、うつ状態がより早く改善する傾向がみられた28)。今後はketamineの使用をより積極的に考慮してもいいと思われる。 | |||
5.抗うつ薬とECTの併用療法 | |||
最後に抗うつ薬とECTの併用療法について述べる。ECTは寛解を維持する効果は乏しいので、一般に抗うつ薬による維持療法が用いられる。抗うつ薬の抗うつ効果の発現に週単位の時間がかかるため実際にはECT施行前から抗うつ薬を開始する。抗うつ薬の種類によって維持効果が異なると報告されている。LauritzenらはECT施行後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineとを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%であり薬剤による差を認めた29)。ECT施行前に効果を認めなかった薬剤は再発予防の維持療法としての効果も乏しい17)という報告がある一方、それを否定するような次のような報告もある。van den Broekらは、TCA(imipramineを含む)やLi、MAOIなどの薬剤に治療抵抗性の患者に対しECT施行後の維持療法としてimipramineを使用したRCTを行ったところ、24週後にプラセボ群は80%が再発したのに対して、imipramine群は18%で有意に再発率が低かったと報告しており30)、ECTにより治療抵抗性が改善した可能性が示唆された。また、Lithiumの併用療法が有効との報告もある。Sackeimらは、ECT施行後24週間後にプラセボ群では84%が再発したのに対して、nortriptyline群は60%、nortriptylineとLithium併用群が39%と有意に低く、抗うつ薬の単剤投与よりLithiumの併用が維持療法として有効であったと報告している31)。 | |||
最近ECTを維持療法として使用して効果を認めたという報告がいくつか出てきている。維持継続ECTの方法としては、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられる32, 33)。Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptylineにLithiumを加えた薬物療法群とを比較した研究を行った32)。6ヶ月後、維持継続ECT群の46.1%、薬物療法群の46.3%が寛解を維持した。この結果はプラセボコントロール群に比べ有意に再燃率が低く、維持継続ECTの有効性が示された。また、Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、併用群(維持ECTと薬物療法)と薬物療法単独群とを比較する後ろ向きケースコントロール研究を行った34)。経過2年の時点で、併用群では寛解率が93%、薬物療法単独群では52%、経過5年の時点では、併用群では寛解率73%、薬物療法単独群18%と、併用群において優れた寛解維持効果を示した。さらにNavarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対して、併用群(維持ECTにnortriptyline)とnortriptyline単独群を比較した33)。2年目の時点で、併用群では17人中11人(65%)が、nortriptyline群では17人中5人(29%)が寛解を維持し、併用群が薬物療法単独群より有効であり、しかも有害な副作用は認めなかった。維持ECTは、60歳以上の高齢者に対し忍容性があることも示唆された。以上より、長期予後の点からも維持ECT、特に薬物との併用で優れた治療効果が期待される。 | |||
Frederikseらは、ECTの維持療法としての有効性を示す報告をまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などにECT維持継続を行うことを推奨している35)。その際ECT単独ではなく薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高い33)。大規模スタディの実施や、維持ECTの方法(頻度や併用する薬物など)について、今後検討する必要があると思われる。 | |||
6.おわりに | |||
ECTはうつ病患者、特に治療抵抗性の場合でも有効性が期待される治療であり、今後更なる貢献が期待されている。しかしながら、問題点もいくつかある。ECTは麻酔科医や手術室に準じた施設が必要となるため限られた医療機関でしか行えない治療であることや、入院が必要でありアクセスビリティがよくないこと、さらには方法や施設により効果に差があることなどである。ECTは急性期のみならず、維持療法としても効果が期待できるが、その機序が明らかとはなっていない。また薬物療法との併用の方法や、その機序についても不明な点が多く、今後さらなる研究が必要であろう。 | |||
表1 ECTが適応となる状態 | |||
一次的使用 二次的使用 | |||
精神症状の型(緊張病状態など) | |||
症状が重篤(深刻な焦燥感など) | |||
自傷他害の危険(自殺企図など) | |||
ECTが効果的であった治療歴 | |||
全身状態(全身衰弱など) | |||
他の治療より高い安全性(高齢者、妊娠中など) | |||
患者希望 薬物療法への乏しい反応性 | |||
副作用、忍容性においてECTが優れる場合 | |||
表2 相対的禁忌 | |||
最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患 | |||
血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形・脳腫瘍やその他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進 | |||
最近起きた脳梗塞 | |||
重症の骨折 | |||
重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患 | |||
米国麻酔学会、水準4または水準5と評価される状態 | |||
水準4:日常生活を大きく制限する全身疾患があり常に生命を脅かされている状態 | |||
水準5:手術をしなくとも24時間以上生存しないと思われる瀕死の状態 | |||
(執筆者)野田隆政、岡本長久 | (執筆者)野田隆政、岡本長久 |
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