「脳幹網様体賦活系」の版間の差分

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同義語:上行性覚醒系、上行毛様体賦活系
同義語:上行性覚醒系、上行毛様体賦活系


{{box|text=
{{box|text= 脳幹網様体賦活系とは[[覚醒]]状態を維持する脳内機序である。当初[[網様体]]内部の[[ニューロン]]が覚醒をもたらすと考えられていたが、現在では(1)[[中脳橋被蓋]]に[[細胞体]]を持ち[[軸索]]を網様体経由で[[前脳]]に送る[[モノアミン]]および[[アセチルコリン]]作動性ニューロン群、(2)視床下部外側野から生じてそこで(1)に合流する[[ヒスタミン]]、[[オレキシン]]、[[メラニン凝集ホルモン]]といった[[伝達物質]]を含むニューロン群、(3)[[前脳基底部]]から生じてそこで(1)(2)に合流するアセチルコリン作動性ニューロン群等が、覚醒や[[睡眠]]に関連してそれぞれ独特のパターンで活動しつつ、[[視床]]や[[大脳皮質]]のニューロンへの影響を通じて、覚醒状態を維持・調節する機構として考えられている。}}
 脳幹網様体賦活系とは[[覚醒]]状態を維持する脳内機序である。当初[[網様体]]内部の[[ニューロン]]が覚醒をもたらすと考えられていたが、現在では(1)[[中脳橋被蓋]]に[[細胞体]]を持ち[[軸索]]を網様体経由で[[前脳]]に送るモノアミンおよびアセチルコリン作動性ニューロン群、(2)視床下部外側野から生じてそこで(1)に合流する[[ヒスタミン]]、オレキシン、[[メラニン凝集ホルモン]]といった[[伝達物質]]を含むニューロン群、(3)前脳基底部から生じてそこで(1)(2)に合流するアセチルコリン作動性ニューロン群等が、覚醒や睡眠に関連してそれぞれ独特のパターンで活動しつつ、[[視床]]や[[大脳皮質]]のニューロンへの影響を通じて、覚醒状態を維持・調節する機構として考えられている。
}}


==脳幹網様体賦活系とは==
==脳幹網様体賦活系とは==


 [[覚醒]]状態を維持する脳内機序について、MoruzziとMagounは1949年に[[脳幹]][[網様体]]の重要性を示し、[[上行性網様体賦活系]](ascending reticular activating system; ARAS)の概念を提唱した。この概念は非常に有名になったが、その後の研究により、[[睡眠]]と覚醒に関連して活動する重要な[[ニューロン]]の[[細胞体]]の多くは網様体内部には位置しておらず、それらの[[軸索]]が網様体を通過するだけであったことが明らかにされた。それに伴って、専門の研究者は網様体賦活系という呼称よりも、[[上行性覚醒系]](ascending arousal system)などの呼称を好むようになっている<ref>'''Posner JB, Saper CB, Schiff ND, Plum F'''<br>Plum and Posner’s Diagnosis of Stupor and Coma, fourth edition. Oxford University Press, 2007<br>太田富雄監訳.プラムとポスナーの昏迷と昏睡<br>''メディカル・サイエンス・インターナショナル(東京)'':2010</ref>。しかし、睡眠と覚醒を制御する脳内機序は非常に複雑で、現在も研究の途上にあるため、一般には「網様体賦活系」という概念が過去のものとなるには至っていない。
 覚醒状態を維持する脳内機序について、MoruzziとMagounは1949年に[[脳幹網様体]]の重要性を示し、[[上行性網様体賦活系]](ascending reticular activating system; ARAS)の概念を提唱した。この概念は非常に有名になったが、その後の研究により、睡眠と覚醒に関連して活動する重要な[[ニューロン]]の[[細胞体]]の多くは網様体内部には位置しておらず、それらの[[軸索]]が網様体を通過するだけであったことが明らかにされた。それに伴って、専門の研究者は網様体賦活系という呼称よりも、[[上行性覚醒系]](ascending arousal system)などの呼称を好むようになっている<ref>'''Posner JB, Saper CB, Schiff ND, Plum F'''<br>Plum and Posner’s Diagnosis of Stupor and Coma, fourth edition. Oxford University Press, 2007<br>太田富雄監訳.プラムとポスナーの昏迷と昏睡<br>''メディカル・サイエンス・インターナショナル(東京)'':2010</ref>。しかし、睡眠と覚醒を制御する脳内機序は非常に複雑で、現在も研究の途上にあるため、一般には「網様体賦活系」という概念が過去のものとなるには至っていない。


 なお、「網様体賦活系」に含まれない脳幹網様体のニューロンの投射パターンは部位によって異なるが、上行性に限らず下行性、局所性のものなど複雑で、機能的にも多様である。モノアミン作動性ニューロンの一部は下行性に脊髄まで投射しており、運動系の促通、[[感覚]]のゲーティング、[[自律神経系]]の調節など、覚醒制御以外の多様な機能に関与している。
 なお、「網様体賦活系」に含まれない脳幹網様体のニューロンの投射パターンは部位によって異なるが、上行性に限らず下行性、局所性のものなど複雑で、機能的にも多様である。モノアミン作動性ニューロンの一部は下行性に脊髄まで投射しており、運動系の促通、[[感覚]]のゲーティング、[[自律神経系]]の調節など、覚醒制御以外の多様な機能に関与している。
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==歴史的背景==
==歴史的背景==


[[ファイル:Reticular formation.jpg|thumb|400px|'''図.脳幹網様体賦活系の概観'''<br>A.脳の正中矢状断面図 B.上丘を通る中脳横断面 C.下丘を通る中脳・橋横断面 D.橋上部横断面.図A中の破線b, c, dはそれぞれ図B, C, Dのレベルに相当する<br>図中の部位:1.中脳傍正中網様体(斜線はMorruziとMagounの実験で傷害された領域) 2.脚橋被蓋核 3.背外側被蓋核 4.視床(核群) 5.青斑核 6.背側縫線核 7.正中縫線核群 8.視床下部外側野 赤丸はノルアドレナリン作動性ニューロン群、青丸はアセチルコリン作動性ニューロン群、緑はセロトニン作動性ニューロン群]]
[[ファイル:Reticular formation.jpg|thumb|400px|'''図.脳幹網様体賦活系の概観'''<br>A.脳の正中矢状断面図 B.上丘を通る中脳横断面 C.下丘を通る中脳・橋横断面 D.橋上部横断面.図A中の破線b, c, dはそれぞれ図B, C, Dのレベルに相当する<br>図中の部位:1.中脳傍正中網様体(斜線はMorruziとMagounの実験で傷害された領域) 2.脚橋被蓋核 3.背外側被蓋核 4.視床(核群) 5.青斑核 6.背側縫線核 7.正中縫線核群 8.視床下部外側野 赤丸は[[ノルアドレナリン]]作動性ニューロン群、青丸は[[アセチルコリン]]作動性ニューロン群、緑は[[セロトニン]]作動性ニューロン群]]


 19世紀末より、意識の神経基盤を[[大脳半球]]に求める説と、それに対して上部脳幹や[[間脳]]尾部の重要性を主張する反論とが存在していた。しかし、覚醒と睡眠の神経基盤に関する重要な知見をもたらしたのは、[[wikipedia:ja:第一次大戦前後|第一次大戦前後]]に流行した[[嗜眠性脳炎]]患者に関する[[wikipedia:Constantin von Economo|Constantin von Economo]]の研究である。彼の報告によれば、覚醒の困難な大半の患者と、逆に睡眠の困難な少数の患者において、それぞれ異なる脳内部位に病変が見られた。その結果から彼は、覚醒の中枢は脳幹上部から[[中脳水道]]と[[第三脳室]]後部までの[[灰白質]]に、睡眠の中枢は[[視床下部]]吻側部に位置していると推測した。
 19世紀末より、[[意識]]の神経基盤を[[大脳半球]]に求める説と、それに対して上部脳幹や[[間脳]]尾部の重要性を主張する反論とが存在していた。しかし、覚醒と睡眠の神経基盤に関する重要な知見をもたらしたのは、[[wikipedia:ja:第一次大戦前後|第一次大戦前後]]に流行した[[嗜眠性脳炎]]患者に関する[[w:Constantin von Economo|Constantin von Economo]]の研究である。彼の報告によれば、覚醒の困難な大半の患者と、逆に睡眠の困難な少数の患者において、それぞれ異なる脳内部位に病変が見られた。その結果から彼は、覚醒の中枢は脳幹上部から[[中脳水道]]と[[第三脳室]]後部までの[[灰白質]]に、睡眠の中枢は[[視床下部]]吻側部に位置していると推測した。


 1929年、スイスの精神科医[[wikipedia:ja:ハンス・ベルガー|Hans Berger]]が[[脳波]]検査を発明すると、動物実験では[[大脳皮質]]の脱同期化を覚醒の指標として、覚醒および睡眠の神経システムが研究されるようになった。当初は[[感覚]]入力が覚醒をもたらし、感覚の遮断が睡眠をもたらすと考えられていたが、第二次大戦後にMoruzziとMagounの研究によってこれが否定された。彼らは、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]の脳に選択的な損傷を加えたり、電気的に刺激したりすることによって、感覚伝導路ではなく網様体([[中脳傍正中網様体中心部]];図中の①)が、大脳皮質に対する覚醒作用の主要な中継路であるということを示した<ref><pubmed>18421835</pubmed></ref>。ここから、1949年に上行性網様体賦活系の概念が生まれたが、この段階では、経路の起点となる部位については不明であった。その後、脳幹のさまざまなレベルで離断を行ったところ、[[橋]]の上部(吻側)のレベルでの離断によって脳波は[[徐波]]化し、行動上は無反応となった。この結果より、覚醒には橋吻側から[[中脳]]尾部にかけての構造([[中脳橋被蓋]])が、不可欠であると考えられた。
 1929年、スイスの精神科医[[wikipedia:ja:ハンス・ベルガー|Hans Berger]]が[[脳波]]検査を発明すると、動物実験では[[大脳皮質]]の脱同期化を覚醒の指標として、覚醒および睡眠の神経システムが研究されるようになった。当初は[[感覚]]入力が覚醒をもたらし、感覚の遮断が睡眠をもたらすと考えられていたが、第二次大戦後にMoruzziとMagounの研究によってこれが否定された。彼らは、[[ネコ]]の脳に選択的な損傷を加えたり、電気的に刺激したりすることによって、[[感覚伝導路]]ではなく網様体([[中脳傍正中網様体中心部]];図中の①)が、大脳皮質に対する覚醒作用の主要な中継路であるということを示した<ref><pubmed>18421835</pubmed></ref>。ここから、1949年に上行性網様体賦活系の概念が生まれたが、この段階では、経路の起点となる部位については不明であった。
 
 その後、脳幹のさまざまなレベルで離断を行ったところ、[[橋]]の上部(吻側)のレベルでの離断によって[[脳波]]は[[徐波]]化し、行動上は無反応となった。この結果より、覚醒には橋吻側から[[中脳]]尾部にかけての構造([[中脳橋被蓋]])が、不可欠であると考えられた。


==構成要素の複雑化==
==構成要素の複雑化==
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 [[脚橋被蓋核]](図中②)および[[背外側被蓋核]](図中③)の[[アセチルコリン|コリン]]作動性ニューロンは、中脳の傍正中網様体を通って[[視床]]中継核、[[非特殊核]]、[[視床網様核|網様核]](図中④)に投射しており、覚醒時と[[REM睡眠]]時に最大頻度の活動を示す。
 [[脚橋被蓋核]](図中②)および[[背外側被蓋核]](図中③)の[[アセチルコリン|コリン]]作動性ニューロンは、中脳の傍正中網様体を通って[[視床]]中継核、[[非特殊核]]、[[視床網様核|網様核]](図中④)に投射しており、覚醒時と[[REM睡眠]]時に最大頻度の活動を示す。


 [[視床網様核]]は他の視床核群を包み込むように広がっている[[GABA]]作動性ニューロンの集団であり、視床中継核に[[抑制性]]の投射を送っている。上記の[[コリン]]作動性入力は、覚醒時とREM睡眠時には視床網様核の抑制性ニューロンを過分極させて活動を抑制しており、この状態では視床中継核のニューロンは求心性入力に応じて発火して信号を伝達し、脳波は脱同期パターンを示す。[[Non-REM睡眠]]に入ると、コリン作動性入力による抑制が減弱するために視床網様核ニューロンの活動は亢進し、視床中継核に[[GABA作動性]]の入力を与える。その結果、視床中継核のニューロンは[[過分極]]され、同期化して[[群発放電モード]]に移行し、[[脳波]]上では[[徐波]]が観察されることになる。
 [[視床網様核]]は他の視床核群を包み込むように広がっている[[GABA]]作動性ニューロンの集団であり、視床中継核に[[抑制性]]の投射を送っている。上記のコリン作動性入力は、覚醒時とREM睡眠時には視床網様核の抑制性ニューロンを過分極させて活動を抑制しており、この状態では視床中継核のニューロンは求心性入力に応じて発火して信号を伝達し、脳波は脱同期パターンを示す。[[Non-REM睡眠]]に入ると、コリン作動性入力による抑制が減弱するために視床網様核ニューロンの活動は亢進し、視床中継核にGABA作動性の入力を与える。その結果、視床中継核のニューロンは[[過分極]]され、同期化して[[群発放電モード]]に移行し、[[脳波]]上では[[徐波]]が観察されることになる。


===モノアミン系===
===モノアミン系===
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*[[睡眠]]
*[[睡眠]]
*[[急速眼球運動(rapid eye movement; REM)睡眠]]
*[[急速眼球運動睡眠]]
*[[脳波]]
*[[脳波]]
*[[汎性投射系]]
*[[汎性投射系]]

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