9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
36行目: | 36行目: | ||
[[Image:yoshikatsuaikawa_fig_2.jpg|thumb|300px|'''図3. クロストリジウム属毒素の基質一覧'''<br>クロストリジウム属毒素である[[テタヌス毒素]]とボツリヌス毒素について示す<br>相川義勝、高森茂雄らによるテタヌス毒素の項目より引用]] | [[Image:yoshikatsuaikawa_fig_2.jpg|thumb|300px|'''図3. クロストリジウム属毒素の基質一覧'''<br>クロストリジウム属毒素である[[テタヌス毒素]]とボツリヌス毒素について示す<br>相川義勝、高森茂雄らによるテタヌス毒素の項目より引用]] | ||
[[Image:ボツリヌス毒素4.jpg|thumb|300px|'''図4. ボツリヌス毒素の構造'''<br>M毒素は、1分子の神経毒素と1分子の血球凝集活性のない無毒成分(non-toxic non-HA:NTHA)から構成されている。A, B, C, D型のNTHAは、酵素によりN末端側が切断されるが、E, F型菌では、その部位近傍の33残基が欠損している*。L毒素はM毒素にHAが結合している。HAは4つのサブコンポーネント(HA-52, HA-35, HA-20, HA-15)で構成され、型により、多少分子量が異なる。LL毒素は、2分子のL毒素がHA-35を介して結合している。図はA型毒素の構成成分を記載している。神経毒素は血球凝集活性の有無にかかわらず、生体内の弱アルカリ条件下で乖離し、神経毒素が作用部位に到達すると考えられている。]] | [[Image:ボツリヌス毒素4.jpg|thumb|300px|'''図4. ボツリヌス毒素の構造'''<br>M毒素は、1分子の神経毒素と1分子の血球凝集活性のない無毒成分(non-toxic non-HA:NTHA)から構成されている。A, B, C, D型のNTHAは、酵素によりN末端側が切断されるが、E, F型菌では、その部位近傍の33残基が欠損している*。L毒素はM毒素にHAが結合している。HAは4つのサブコンポーネント(HA-52, HA-35, HA-20, HA-15)で構成され、型により、多少分子量が異なる。LL毒素は、2分子のL毒素がHA-35を介して結合している。図はA型毒素の構成成分を記載している。神経毒素は血球凝集活性の有無にかかわらず、生体内の弱アルカリ条件下で乖離し、神経毒素が作用部位に到達すると考えられている。<ref><pubmed>8521962</pubmed></ref>]] | ||
==背景== | ==背景== | ||
43行目: | 43行目: | ||
菌は産生する神経毒素活性を持つ毒素の抗原性により分類されA〜G型の7型がある。ヒトのボツリヌス症は、主としてA、BおよびE型により起こり、稀にF型による事例が報告されている。わが国では1951年「[[wj:飯寿司|いずし]]」を原因食品とするE型菌による[[wj:食中毒|食中毒]]が初めて報告され、その後北海道、東北地方を中心に中毒の発生が多い。アメリカ、カリフォルニア州で1歳未満、特に生後2週から3ヶ月の乳児に麻痺症状を呈する患者が多数発生したことを契機として、1976年には、乳児の消化管内で菌の増殖にともなう毒素産生によって起こる[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|乳児ボツリヌス症]]が確認された<ref name=ref1><pubmed>62164</pubmed></ref>。本症は北アメリカ以外に、南アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアの各地で発生が報告されている。 | 菌は産生する神経毒素活性を持つ毒素の抗原性により分類されA〜G型の7型がある。ヒトのボツリヌス症は、主としてA、BおよびE型により起こり、稀にF型による事例が報告されている。わが国では1951年「[[wj:飯寿司|いずし]]」を原因食品とするE型菌による[[wj:食中毒|食中毒]]が初めて報告され、その後北海道、東北地方を中心に中毒の発生が多い。アメリカ、カリフォルニア州で1歳未満、特に生後2週から3ヶ月の乳児に麻痺症状を呈する患者が多数発生したことを契機として、1976年には、乳児の消化管内で菌の増殖にともなう毒素産生によって起こる[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|乳児ボツリヌス症]]が確認された<ref name=ref1><pubmed>62164</pubmed></ref>。本症は北アメリカ以外に、南アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアの各地で発生が報告されている。 | ||
2013年には、G型毒素が発見されて以来、約40年ぶりとなる新型ボツリヌス毒素(H型毒素)産生菌が、米国の乳児ボツリヌス症患者から分離された<ref name=ref02><pubmed>24106296</pubmed></ref>。この菌は、B型とH型毒素の2種類を産生する株(Bh型)であり、産生毒素は、A型~G型の抗毒素血清に中和されなかった。また、二重免疫拡散試験、毒素アミノ酸配列比較からも、既存のA型~G型毒素とは異なる型であると考えられた。アミノ酸配列から軽鎖領域はF型毒素と類似し、重鎖C末端領域はA型毒素と類似している<ref name=ref03><pubmed>24106295</pubmed></ref>。しかしながら、いずれの領域も毒素の中和とは関係ないことから新規の毒素型と判断された。H型毒素を単独で産生する株が発見されていないことから、複数の毒素を産生する株も含めて、今後慎重な型別をする必要がある。 | |||
C2毒素は、ボツリヌス菌が産生する2成分毒素であるが、ボツリヌス神経毒素とは構造および生物活性が全く異なる。細胞内アクチンをADPリボシル化し、アクチンの重合化を妨げ、細胞骨格を破壊すると考えられている<ref name=ref04><pubmed>3335520</pubmed></ref>。 | |||
C3酵素は、C型菌が産生する第3番目の酵素、C3毒素として報告されたが、C3毒素はC1(神経毒素)やC2毒素のような致死活性はないため、C3酵素と呼ばれる。C3酵素の分子レベルの活性は、ADPリボシル化による低分子量GTP結合 Rhoファミリータンパク質の不活化である<ref name=ref05><pubmed>3805032</pubmed></ref>。 | |||
A-G型とは別に、C3毒素が知られている。これは全く異なった特性を持つ毒素であり、[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]を[[ADPリボシル化]]する事により不活化する活性を持つ<ref name=ref05 />。 | |||
A-G型とは別に、C3毒素が知られている。これは全く異なった特性を持つ毒素であり、[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]を[[ADPリボシル化]]する事により不活化する活性を持つ<ref name= | |||
==臨床症状== | ==臨床症状== | ||
現在、ボツリヌス中毒は発病機序により[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|食餌性ボツリヌス症]](foodborne botulism)、乳児ボツリヌス症(infant botulism)、[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|創傷ボツリヌス症]](wound botulism)、および[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|成人腸管定着性ボツリヌス症]](adult colonization botulism)の4型に分類されている。 | 現在、ボツリヌス中毒は発病機序により[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|食餌性ボツリヌス症]](foodborne botulism)、乳児ボツリヌス症(infant botulism)、[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|創傷ボツリヌス症]](wound botulism)、および[[wj:ボツリヌス菌#ボツリヌス症|成人腸管定着性ボツリヌス症]](adult colonization botulism)の4型に分類されている。 | ||
===食餌性ボツリヌス症=== | ===食餌性ボツリヌス症=== | ||
62行目: | 58行目: | ||
===乳児ボツリヌス症=== | ===乳児ボツリヌス症=== | ||
乳児の腸管内で芽胞の発芽・増殖に伴って産生された毒素により発症する疾病である。症状は便秘に始まり、吸乳力の低下、全身筋肉緊張の低下が見られる。頚部筋肉の弛緩により頭部が支えられなくなる。泣き声が弱いことも顕著な症状である。顔面が無表情になり、瞳孔散大、眼瞼下垂、対光反射の緩慢などボツリヌス食中毒と同様の症状が現れる。これらの症状は長期間持続し、6週間あるいはそれ以上続くこともある。呼吸障害が生じ重症化すると死に至ることもあるが、一般には食餌性ボツリヌス症と比べて致死率は2 %程度と低い。 | |||
===創傷ボツリヌス症=== | ===創傷ボツリヌス症=== | ||
69行目: | 65行目: | ||
===成人腸管定着性ボツリヌス症=== | ===成人腸管定着性ボツリヌス症=== | ||
1歳以上の子供や成人でも乳児ボツリヌス症と同様に、腸管内で芽胞が発芽、増殖して発病することが報告されている。起因は外科手術や抗菌剤の投与によって腸管内の細菌叢が変化することによると考えられている。 | 1歳以上の子供や成人でも乳児ボツリヌス症と同様に、腸管内で芽胞が発芽、増殖して発病することが報告されている。起因は外科手術や抗菌剤の投与によって腸管内の細菌叢が変化することによると考えられている。 | ||
==構造== | ==構造== | ||
76行目: | 70行目: | ||
すべての型の毒素は菌体内で分子量約15万の神経毒素と無毒成分の複合体毒素として、菌融解時に放出される。 | すべての型の毒素は菌体内で分子量約15万の神経毒素と無毒成分の複合体毒素として、菌融解時に放出される。 | ||
複合体毒素は分子量の違いにより、LL毒素(分子量90万)、L毒素(分子量50万)、M毒素(分子量30万)に分けられる。LL毒素、L毒素の無毒成分は[[wj:血球凝集|血球凝集]] | 複合体毒素は分子量の違いにより、LL毒素(分子量90万)、L毒素(分子量50万)、M毒素(分子量30万)に分けられる。LL毒素、L毒素の無毒成分は[[wj:血球凝集|血球凝集]]活性を持っている。A型菌は3種類(LL、L、M)の毒素、B、C、D型菌は2種類(L、M)の毒素、EおよびF型菌はM毒素、G型菌はL毒素のそれぞれ1種類のみを産生する<ref name=ref2><pubmed>6763707</pubmed></ref>。 | ||
弱アルカリ(pH 7.2以上)条件下で神経毒素と無毒成分に速やかに解離する。このため食品内で産生された毒素は複合体の形で経口的に摂取され、[[wj:小腸|小腸]]上部で吸収された後、[[wj:リンパ管|リンパ管]]内あるいは血中で神経毒素と無毒成分に解離する。 | 弱アルカリ(pH 7.2以上)条件下で神経毒素と無毒成分に速やかに解離する。このため食品内で産生された毒素は複合体の形で経口的に摂取され、[[wj:小腸|小腸]]上部で吸収された後、[[wj:リンパ管|リンパ管]]内あるいは血中で神経毒素と無毒成分に解離する。 |