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<font size="+1">筒井 卓実、[http://researchmap.jp/read0002517 飛鳥井 望]</font><br> | <font size="+1">筒井 卓実、[http://researchmap.jp/read0002517 飛鳥井 望]</font><br> | ||
''財団法人東京都医学研究機構 東京都精神医学総合研究所 | ''財団法人東京都医学研究機構 東京都精神医学総合研究所 [[ストレス]]障害研究部門''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月11日 原稿完成日:2012年11月17日<br> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月11日 原稿完成日:2012年11月17日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英語:posttraumatic stress | 英語:posttraumatic stress disorder 英略語:[[PTSD]] | ||
同義語:[[心的外傷後ストレス障害]] | |||
{{box|text= | {{box|text= 外傷後ストレス障害は犯罪被害、災害などが契機となり起きる精神障害である。症状は[[再体験]]、[[回避]]・[[精神麻痺]]、[[過覚醒]]の3つの症状クラスターに大別される。再体験には[[フラッシュバック]]、[[悪夢]]、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には[[睡眠障害]]、[[集中困難]]、物音などへの過敏反応などが含まれる。 症状評価は[[自記式質問紙法]]と[[構造化面接法]]があり、目的により使い分ける。治療は大きく[[薬物療法]]と[[心理療法]]に大別される。薬物療法では[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]] がランダム化比較試験の結果から第一選択薬として推奨されている。 心理療法では[[トラウマ焦点化心理療法]](PE療法など)や[[EMDR]]([[Eye Movement Desensitization and Reprocessing]],[[眼球運動による脱感作と再処理法]])がランダム化比較試験で有効性が示されている。全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が併発しやすいことが知られている。病態メカニズムについて神経生理、神経内分泌、脳画像、遺伝子などの研究が行われている。[[恐怖条件付け]]に関連した[[扁桃体]]、[[内側前頭前野]]と[[海馬]]を含むfear-circuitが症状発生メカニズムに関連した神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。}} | ||
外傷後ストレス障害は犯罪被害、災害などが契機となり起きる精神障害である。症状は[[再体験]]、[[回避]]・[[精神麻痺]]、[[過覚醒]]の3つの症状クラスターに大別される。再体験には[[フラッシュバック]]、[[悪夢]]、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には[[睡眠障害]]、[[集中困難]]、物音などへの過敏反応などが含まれる。 症状評価は[[自記式質問紙法]]と[[構造化面接法]]があり、目的により使い分ける。治療は大きく[[薬物療法]]と[[心理療法]]に大別される。薬物療法では[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]] がランダム化比較試験の結果から第一選択薬として推奨されている。 心理療法では[[トラウマ焦点化心理療法]](PE療法など)や[[EMDR]]([[Eye Movement Desensitization and Reprocessing]],[[眼球運動による脱感作と再処理法]])がランダム化比較試験で有効性が示されている。全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が併発しやすいことが知られている。病態メカニズムについて神経生理、神経内分泌、脳画像、遺伝子などの研究が行われている。[[恐怖条件付け]]に関連した[[扁桃体]]、[[内側前頭前野]]と[[海馬]]を含むfear-circuitが症状発生メカニズムに関連した神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。 | |||
}} | |||
== PTSDとは | ==PTSDとは== | ||
外傷後ストレス障害とは危うく死ぬまたは重傷を負うないしその危険を伴った出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験したり、目撃したり、直面したりすること([[トラウマ体験]])が契機となり起きる障害である。 PTSDは殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスなど様々な原因で起こることが知られている。[[wikipedia:ja:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]](American Psychiatric Association)の[[精神障害の診断と統計の手引き第4版新訂版]](Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision [[DSM‐Ⅳ‐TR]])と[[wikipedia:ja:世界保健機関|世界保健機関]](WHO)の[[wikipedia:ja:国際疾病分類第10版|国際疾病分類第10版]](International Statistical Classification of Disease: [[wikipedia:ICD-10|ICD-10]])に診断基準が示されている。 | 外傷後ストレス障害とは危うく死ぬまたは重傷を負うないしその危険を伴った出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験したり、目撃したり、直面したりすること([[トラウマ体験]])が契機となり起きる障害である。 PTSDは殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスなど様々な原因で起こることが知られている。[[wikipedia:ja:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]](American Psychiatric Association)の[[精神障害の診断と統計の手引き第4版新訂版]](Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision [[DSM‐Ⅳ‐TR]])と[[wikipedia:ja:世界保健機関|世界保健機関]](WHO)の[[wikipedia:ja:国際疾病分類第10版|国際疾病分類第10版]](International Statistical Classification of Disease: [[wikipedia:ICD-10|ICD-10]])に診断基準が示されている。 | ||
症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、[[想起]]刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には[[睡眠]]障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。DSM‐Ⅳ‐TRでは再体験症状1項目以上、回避・精神麻痺症状3項目以上、過覚醒症状2項目以上が1ヶ月以上持続し、強い苦痛ないし生活上の機能障害を伴うとPTSDと診断される。 | |||
== 症状と診断 == | == 症状と診断 == | ||
診断基準はDSM‐Ⅳ‐TR(表1) | 診断基準はDSM‐Ⅳ‐TR(表1)と[[ICD‐10]]共に収載されているが、研究では前者の診断基準が用いられることが多い。 | ||
尚、PTSDは他の[[精神障害]]とは異なり、診断基準に外傷的出来事への曝露が含まれている。症状が診断基準を満たしても、出来事がA基準を満たさなければ、[[適応障害]]と診断するようにDSM‐Ⅳ‐TRでは教示されている。その一方で、出来事がA基準を満たしていても、出現した症状が他の精神障害の診断基準を満たしたときはその診断を下す、もしくはPTSDと併記しなければならない。 <br> | |||
'''表1. | '''表1.PTSDの診断基準([[DSM-IV-TR]])''' | ||
{| width="800" border="1" cellspacing="1" cellpadding="1" | {| width="800" border="1" cellspacing="1" cellpadding="1" | ||
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|} | |} | ||
=== 症状評価方法 === | ===症状評価方法 === | ||
症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大別される。一般に自記式質問紙法は簡便であるが診断精度は構造化面接に劣るとされる。一方で、構造化面接はより精度の高い評価が可能であるが、1人の評価に時間を要すること、被面接者の負担が大きいなどの問題がある。このため、目的に応じた使用が求められる。 | 症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大別される。一般に自記式質問紙法は簡便であるが診断精度は構造化面接に劣るとされる。一方で、構造化面接はより精度の高い評価が可能であるが、1人の評価に時間を要すること、被面接者の負担が大きいなどの問題がある。このため、目的に応じた使用が求められる。 | ||
==== 自記式質問紙法 ==== | ====自記式質問紙法 ==== | ||
#Impact of Event Scale-Revised (IES-R):改訂出来事インパクト尺度<br> Horowitzにより開発された出来事インパクト尺度をWeissらが改訂した<ref>'''Weiss DS、Marmar CR'''<br>The Impact of Event Scale-revised<br>''Assessing Psychological Trauma and OTSD (2nd edition)'':168-189,2004</ref>自記式質問紙で、世界的に広く用いられている。最近1週間の22項目の症状についてその強度を0-4点で評価する。飛鳥井らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている<ref><pubmed>11923652</pubmed></ref>。心理検査として診療報酬点数80点が認められている。 | #Impact of Event Scale-Revised (IES-R):改訂出来事インパクト尺度<br> Horowitzにより開発された出来事インパクト尺度をWeissらが改訂した<ref>'''Weiss DS、Marmar CR'''<br>The Impact of Event Scale-revised<br>''Assessing Psychological Trauma and OTSD (2nd edition)'':168-189,2004</ref>自記式質問紙で、世界的に広く用いられている。最近1週間の22項目の症状についてその強度を0-4点で評価する。飛鳥井らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている<ref><pubmed>11923652</pubmed></ref>。心理検査として診療報酬点数80点が認められている。 | ||
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==== 構造化面接法 ==== | ==== 構造化面接法 ==== | ||
#Clinician-Administered PTSD Scale (CAPS):PTSD臨床診断面接尺度<br> CAPSはアメリカのNational Center for PTSDの研究グループによって開発された構造化診断面接法<ref><pubmed>7712061</pubmed></ref>で、最も精度の高い診断法として世界的に広く用いられている。一定のトレーニングを受けた面接者がDSM-Ⅳで示される17症状について既定の質問を行い、症状の頻度と強度の両方をアンカーポイントにそって評価するものである。日本語版は飛鳥井らが作成し、その信頼性と妥当性が検証<ref>'''飛鳥井望、廣幡小百合、加藤寛ほか'''<br>CAPS(PTSD臨床診断面接尺度)日本語版の尺度特性<br>''トラウマティック・ストレス1'':47-53,2003</ref>されている。心理検査として診療報酬点数450点が認められている。 | #Clinician-Administered PTSD Scale ([[CAPS]]):PTSD臨床診断面接尺度<br> CAPSはアメリカのNational Center for PTSDの研究グループによって開発された構造化診断面接法<ref><pubmed>7712061</pubmed></ref>で、最も精度の高い診断法として世界的に広く用いられている。一定のトレーニングを受けた面接者がDSM-Ⅳで示される17症状について既定の質問を行い、症状の頻度と強度の両方をアンカーポイントにそって評価するものである。日本語版は飛鳥井らが作成し、その信頼性と妥当性が検証<ref>'''飛鳥井望、廣幡小百合、加藤寛ほか'''<br>CAPS(PTSD臨床診断面接尺度)日本語版の尺度特性<br>''トラウマティック・ストレス1'':47-53,2003</ref>されている。心理検査として診療報酬点数450点が認められている。 | ||
#Structured Clinical Interview for DSM-Ⅳ(SCID): DSM-Ⅳのための構造化臨床面接<br> 高橋らによって日本語版が出版されている<ref>'''(翻訳)高橋三郎、北村俊則、岡野禎治'''<br>精神科診断面接マニュアル SCID:使用の手引き・テスト用紙 第2版<br>''日本評論社'':2010</ref>。SCIDはDSM-ⅣのPTSD17症状の有無のみを問う形式のため、評価者の臨床経験により、評価がばらつく恐れがある。 | #Structured Clinical Interview for [[DSM-Ⅳ]](SCID): DSM-Ⅳのための構造化臨床面接<br> 高橋らによって日本語版が出版されている<ref>'''(翻訳)高橋三郎、北村俊則、岡野禎治'''<br>精神科診断面接マニュアル SCID:使用の手引き・テスト用紙 第2版<br>''日本評論社'':2010</ref>。SCIDはDSM-ⅣのPTSD17症状の有無のみを問う形式のため、評価者の臨床経験により、評価がばらつく恐れがある。 | ||
#MINI International Neuropsychiatric Interview (M.I.N.I):精神疾患簡易構造化面接法<br> Sheehanらによって開発されたスクリーニング目的に短時間で施行可能な包括的構造化面接である。大坪らが日本語版を作成している<ref>'''(翻訳)大坪天平、宮岡等、上島国利'''<br>M.I.N.I._精神疾患簡易構造化面接法<br>''星和書店'':2000</ref>。SCIDと同じく症状項目の有無のみを問う形式である。 | #MINI International Neuropsychiatric Interview (M.I.N.I):精神疾患簡易構造化面接法<br> Sheehanらによって開発されたスクリーニング目的に短時間で施行可能な包括的構造化面接である。大坪らが日本語版を作成している<ref>'''(翻訳)大坪天平、宮岡等、上島国利'''<br>M.I.N.I._精神疾患簡易構造化面接法<br>''星和書店'':2000</ref>。SCIDと同じく症状項目の有無のみを問う形式である。 | ||
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PTSD患者では、上記症状や合併障害などのためにトラウマ体験以後の生活がしばしば大きく変化する。例えば、再体験症状、回避・精神麻痺症状、過覚醒症状のためにそれまで可能であった活動の遂行が困難になったり、周囲から孤立する、引きこもるなどして社会的活動が障害されたりする。そのような変化が「異常な体験をした人に現れる正常な反応」であることを伝え、支持的・受容的・共感的な態度で接することはどのような治療を選択する場合にも重要である。また、周囲の言動による二次被害を防止しそのサポートを得るために、周囲に対してのアプローチも同様に重要である。 | PTSD患者では、上記症状や合併障害などのためにトラウマ体験以後の生活がしばしば大きく変化する。例えば、再体験症状、回避・精神麻痺症状、過覚醒症状のためにそれまで可能であった活動の遂行が困難になったり、周囲から孤立する、引きこもるなどして社会的活動が障害されたりする。そのような変化が「異常な体験をした人に現れる正常な反応」であることを伝え、支持的・受容的・共感的な態度で接することはどのような治療を選択する場合にも重要である。また、周囲の言動による二次被害を防止しそのサポートを得るために、周囲に対してのアプローチも同様に重要である。 | ||
PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験(Randomized Contorolled Trial:RCT)で有効性を証明された治療法に[[認知行動療法]]([[Cognitive Behavioral Therapy]]:[[CBT]])、[[EMDR]]([[眼球運動による脱感作と再処理法]]:[[Eye Movement Desensitization and Reprocessing]])、薬物療法がある。2005年のNICE(英国国立医療技術評価機構:National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドラインでは、心理療法(CBTないしはEMDR) | PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験(Randomized Contorolled Trial:RCT)で有効性を証明された治療法に[[認知行動療法]]([[Cognitive Behavioral Therapy]]:[[CBT]])、[[EMDR]]([[眼球運動による脱感作と再処理法]]:[[Eye Movement Desensitization and Reprocessing]])、薬物療法がある。2005年のNICE(英国国立医療技術評価機構:National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドラインでは、心理療法(CBTないしはEMDR)を基本的な第一選択としている。薬物療法が推奨されるのは、心理療法を患者が望まない時や実施が困難は場合としている。また、2007年に示された全米アカデミーズ医学院PTSD治療評価委員のレポートでは、PTSDへの治療的有効性が確立されているのは曝露療法のみで、その他の心理療法、薬物療法の有効性に関するエビデンスは不十分と結論づけられている。但し、実際にはPTSDのためのCBT等を実施できる治療者数が限られていることから、多くの患者は薬物と支持的カウン[[セリン]]グにより治療を受けているのが現状である。 | ||
=== 薬物療法 === | === 薬物療法 === | ||
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==== 抗うつ薬 ==== | ==== 抗うつ薬 ==== | ||
PTSDに対する薬物療法として、[[セルトラリン]]、[[パロキセチン]]、[[フルオキセチン]] | PTSDに対する薬物療法として、[[セルトラリン]]、[[パロキセチン]]、[[フルオキセチン]]といった選択的[[セロトニン]]再取り込み阻害薬 ([[selective serotonin reuptake inhibitor]]:SSRI)が海外の複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの併存する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている<ref name="ref1">'''Edna B.Foa, Terence M. Keane, Mattew J.Friedman, Judith A. Cohen'''<br>Effective Treatment for PTSD: Practice Guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies<br>''Guilford press'':2008</ref>。また、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]]([[serotonin]] norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)である[[ベンラファキシン]]も第一選択として推奨されている<ref name="ref1" />が、日本では厚生労働省に承認されていない薬剤である。[[三環系抗うつ薬]]である[[イミプラミン]]、[[アミノトリプチリン|アミトリプチリン]]もランダム化比較試験で効果が認められている<ref name="ref1" />が、[[SSRI]]、[[SNRI]]と比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、[[ミルタザピン]]は小規模のランダム化比較試験で有効性が示され<ref name="ref1" />、[[トラゾドン]]は小規模のオープン試験で有効性を示した研究報告がある<ref name="ref1" />。 | ||
米国ではパロキセチンとセルトラリンがPTSD治療の薬剤として認可されているが、現在、日本でPTSD治療への適応を認可された薬剤はない。 | 米国ではパロキセチンとセルトラリンがPTSD治療の薬剤として認可されているが、現在、日本でPTSD治療への適応を認可された薬剤はない。 | ||
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==== アドレナリン阻害薬 ==== | ==== アドレナリン阻害薬 ==== | ||
[[アドレナリン]]阻害薬には[[プラゾシン]]、[[プロプラノロール]]、[[クロニジン]]、[[グアンファシン]]が含まれる。このうち、グアンファシンは日本国内では2005年に製造が中止されている。これらの薬剤は一般的に安全性の高い薬剤であるが[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]の低下などの可能性に留意する必要がある。プラゾシンは不眠と悪夢への有効性が小規模のRCTで示されている<ref name="ref1" />。プロプラノロールは小児を対象とした試験で[[過覚醒]]と[[再体験]]への有効性が示されている<ref name="ref1" />。クロニジンはオープン試験で[[解離症状]]に有効である可能性が報告されている<ref name="ref1" />。 | |||
==== 非定型抗精神病薬 ==== | ==== 非定型抗精神病薬 ==== | ||
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==== その他 ==== | ==== その他 ==== | ||
[[ベンゾジアゼピン]]系薬は、PTSDの中核症状への効果はないとされ、単独での治療は推奨されていない<ref name="ref1" />。抗けいれん薬([[気分安定薬]]) は、[[カルバマゼピン]]、[[バルプロ酸]]、トピラマートのオープンラベル試験で有望な結果報告がある。しかし、チアガビンのRCTで否定的な結果だったことと[[ラモトリギン]]の小規模なRCTで効果が判定できなかったことから有効性に関して一致した結論には至らず、現時点では治療薬としては推奨されていない<ref name="ref1" />。 NMDA受容体アゴニストであるd-サイクロセリンが動物実験の結果から消去の[[エンハンサー]]であることが明らかにされており、人でも恐怖症の曝露療法の効果を増強するという報告がある。PTSDにおいてもPE療法(心理療法の項目を参照)とd-サイクロセリンの併用療法の有用性を示唆する報告がある<ref><pubmed>2480663</pubmed></ref>。 | |||
=== 心理療法 === | === 心理療法 === | ||
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==== トラウマ焦点化認知行動療法 ==== | ==== トラウマ焦点化認知行動療法 ==== | ||
トラウマ焦点化認知[[行動療法]]にはPE療法(長時間曝露療法ないし[[持続エクスポージャー療法]]と訳されている:prolonged exposure therapy)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、[[認知療法]](cognitive therapy:CT)、子どもへのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれている。これら代表的なトラウマ焦点化認知行動療法について以下に解説する。 | |||
===== | ===== PE療法 ===== | ||
Prolonged exposure therapy | Prolonged exposure therapy | ||
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:Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。 | :Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。 | ||
===== | =====TF-CBT ===== | ||
:子どものPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのがトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)である。その構成要素はPRACTICEの頭文字で表されており、順に<u>P</u>sychoeducation and parenting skill(心理教育と親の役割の理解)、<u>R</u>elaxation(リラクゼーション)、<u>A</u>ffective expression and regulation(感情の表出と調整)、<u>C</u>ognitive coping(認知的な対処法)、<u>T</u>rauma narrative development and processing(トラウマナラティブと非機能的認知の修正)、<u>I</u>n vivo gradual exposure(トラウマ記憶への漸進的曝露)、<u>C</u>onjoint parent child sessions(親子合同セッション)、<u>E</u>nhancing safety and future development(安心と発達の強化)である。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。 | :子どものPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのがトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)である。その構成要素はPRACTICEの頭文字で表されており、順に<u>P</u>sychoeducation and parenting skill(心理教育と親の役割の理解)、<u>R</u>elaxation(リラクゼーション)、<u>A</u>ffective expression and regulation(感情の表出と調整)、<u>C</u>ognitive coping(認知的な対処法)、<u>T</u>rauma narrative development and processing(トラウマナラティブと非機能的認知の修正)、<u>I</u>n vivo gradual exposure(トラウマ記憶への漸進的曝露)、<u>C</u>onjoint parent child sessions(親子合同セッション)、<u>E</u>nhancing safety and future development(安心と発達の強化)である。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。 | ||
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=== 併存障害 === | === 併存障害 === | ||
PTSDには[[抑うつ]]、[[不安障害]]、[[物質関連障害]] | PTSDには[[抑うつ]]、[[不安障害]]、[[物質関連障害]]など[[精神疾患]]の併存が多いことが知られている。Kesslerの調査<ref><pubmed>7492257</pubmed></ref>では男性の88%、女性の79%に精神障害が併存していた。男性では[[アルコール関連疾患]]52%、[[うつ病]]48%、[[行為障害]]43%、[[薬物依存]]35%、[[恐怖症]]31%であり、女性ではうつ病49%、アルコール関連疾患30%、薬物依存27%、恐怖症29%、行為障害15%だったとしている。 | ||
== 病態メカニズム == | == 病態メカニズム == | ||
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[[Image:Tutsui file 3.jpg|thumb|350px|'''図2.扁桃帯と神経回路'''<br><ref>'''Neumeister A, Henry S, Krystal JH'''<br>Neurocircuitry and neuroplasticity in PTSD. Handbook of PTSD: Science and practice (ed. by Friedman MJ, Keane TM, Resick PA)<br>''The Guilford Press'', 151-165, 2007</ref>より一部改変]] | [[Image:Tutsui file 3.jpg|thumb|350px|'''図2.扁桃帯と神経回路'''<br><ref>'''Neumeister A, Henry S, Krystal JH'''<br>Neurocircuitry and neuroplasticity in PTSD. Handbook of PTSD: Science and practice (ed. by Friedman MJ, Keane TM, Resick PA)<br>''The Guilford Press'', 151-165, 2007</ref>より一部改変]] | ||
PTSDの病態メカニズムについて神経生理学研究、神経内[[分泌]]研究、脳画像研究、遺伝子研究などさまざまな観点からの報告がなされている。 | |||
=== 神経生理学的知見 === | === 神経生理学的知見 === | ||
PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する[[恐怖条件づけ|恐怖条件付け]]とみなすと理解しやすく、曝露療法が有効であることも恐怖条件付けの[[消去]]現象と考えると理解しやすい。恐怖条件付けを司る[[扁桃体]]と[[内側前頭前野]] | PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する[[恐怖条件づけ|恐怖条件付け]]とみなすと理解しやすく、曝露療法が有効であることも恐怖条件付けの[[消去]]現象と考えると理解しやすい。恐怖条件付けを司る[[扁桃体]]と[[内側前頭前野]]との連絡についての解剖学的知見や内側[[前頭前野]]の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は扁桃体、内側前頭前野、[[海馬]]などを含んだ神経回路(fear-circuit)モデルが想定されている(右図)。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。PTSDと診断された者の[[海馬体]]積が小さいという報告と差を認めないとする報告がある。CAPS>65の重症PTSD患者とその一卵性双生児(トラウマ体験に曝露されていない)における海馬が共に小さいことが示され、海馬体積はPTSDの病態に影響を与えている[[脆弱因子]]である可能性も示唆されている<ref><pubmed>12379862</pubmed></ref>。また、同様の一卵性双生児の研究で、PTSDの影響によるpregenual anterior cingulate cortexの体積減少の可能性も示唆されている<ref><pubmed>17825801</pubmed></ref>。 | ||
その他、PTSDが[[ストレス反応]]であるとの観点からストレスホルモンについての研究がなされている。24時間血漿[[コルチゾール]]値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、[[視床下部-下垂体-副腎皮質系]](hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)機能の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン抑制試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球[[グルココルチコイド]][[受容体]]の数の増加と感受性亢進、および[[視床下部]]における[[コルチコトロピン放出因子]]の分泌亢進が示唆されている。 | |||
=== 遺伝子研究 === | === 遺伝子研究 === |