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パニック症は、[[wikipedia:動悸|動悸]]、[[wikipedia:窒息|窒息]]感、[[wikipedia:発汗|発汗]]などの身体症状と、死の恐怖などの精神症状に特徴づけられる不安発作(パニック発作)に突然、何の前触れもなく襲われ、発作は自然に消失するが、その後も繰り返し生じ、[[予期不安]]と[[広場恐怖]]により、著しい社会機能低下を伴う[[不安障害]]である。生涯[[wikipedia:有病率|有病率]]は1.5~2.5%で、女性に多く、15歳~45歳に好発する。その発症には、遺伝要因の関与が示唆される。その病態には、恐怖条件づけに関連した神経回路の機能不全が存在すると考えられている。 | |||
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== | == パニック症とは == | ||
=== 典型例 === | === 典型例 === | ||
{| align="right" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 644px; height: 237px;" | {| align="right" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 644px; height: 237px;" | ||
|+''' | |+'''Box パニック症の典型例''' | ||
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{| class="wikitable" style="width: 654px; height: 322px;" | {| class="wikitable" style="width: 654px; height: 322px;" | ||
|- style="background-color:#ddf" | |- style="background-color:#ddf" | ||
| | | 診断基準:パニック症([[DSM-IV]]-TR) | ||
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A. (1)と(2)の両方を満たす <br> (1)予期しないパニック発作(表2、参照)が繰り返し起こる <br> (2)少なくとも1回の発作の後、1ヶ月間(またはそれ以上)以下のうち1つ(またはそれ以上)が続いて<br> | A. (1)と(2)の両方を満たす <br> (1)予期しないパニック発作(表2、参照)が繰り返し起こる <br> (2)少なくとも1回の発作の後、1ヶ月間(またはそれ以上)以下のうち1つ(またはそれ以上)が続いて<br> | ||
いたこと: <br> (a)もっと発作が起こるのではないかという心配の継続<br> (b)発作またはその結果が持つ意味(例:コントロールを失う、心臓発作を起こす、“気が狂う”)に<br> | いたこと: <br> (a)もっと発作が起こるのではないかという心配の継続<br> (b)発作またはその結果が持つ意味(例:コントロールを失う、心臓発作を起こす、“気が狂う”)に<br> | ||
ついての心配<br> (c)発作と関連した行動の大きな変化<br> B. 広場恐怖が存在する(→300. | ついての心配<br> (c)発作と関連した行動の大きな変化<br> B. 広場恐怖が存在する(→300.21 広場恐怖を伴うパニック症)<br> 広場恐怖が存在しない(→300.01 広場恐怖を伴わないパニック症)<br> C. パニック発作は物質(例:乱用薬物、投薬)、または一般身体疾患(例:[[wikipedia:ja:甲状腺機能亢進症|甲状腺機能亢進症]])の直接的<br> | ||
な生理学作用にようるものではない<br> D. パニック発作は、以下のような精神疾患では説明されない<br> (例:[[社会不安障害]]、特定の[[恐怖症]]、[[強迫性障害]]、[[心的外傷後ストレス障害]]、[[分離不安障害]]など) | な生理学作用にようるものではない<br> D. パニック発作は、以下のような精神疾患では説明されない<br> (例:[[社会不安障害]]、特定の[[恐怖症]]、[[強迫性障害]]、[[心的外傷後ストレス障害]]、[[分離不安障害]]など) | ||
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''' | '''表1.DSM-IV-TRによるパニック症の診断基準'''<br> | ||
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''' | '''表2.DSM-IV-TRによるパニック発作の診断基準'''<br> | ||
表1と2に、現在、最も国際的な使用頻度の高い診断基準である[[DSM-Ⅳ-TR]]<ref name="ref12">American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association, Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>のPDとPAに関する診断基準を示した。表1からもわかるように、PDは“広場恐怖“の有無によって、「300.21 | 表1と2に、現在、最も国際的な使用頻度の高い診断基準である[[DSM-Ⅳ-TR]]<ref name="ref12">American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association, Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>のPDとPAに関する診断基準を示した。表1からもわかるように、PDは“広場恐怖“の有無によって、「300.21 広場恐怖を伴うパニック症」と「300.01 広場恐怖を伴わないパニック症」の2つにさらに分けられるが、2013年5月に出版予定の次期[[DSM-5]]ではこの区別はなくなっている。また、PDとの鑑別診断としては、表1にも記載があるように、同じく不安障害の範疇では、社会不安障害(social anxiety disorder:SAD)、特定の恐怖症、強迫性障害([[obsessive-compulsive disorder]]:[[OCD]])、心的[[外傷後ストレス障害]](posttraumatic stress disorder:[[PTSD]])、分離不安障害等がある。 | ||
===鑑別診断=== | ===鑑別診断=== | ||
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=== 病名の変遷 === | === 病名の変遷 === | ||
表2に示したように、「パニック症」という病名そのものは新しいものであるが、実は、同様の症状を呈する疾患の記述は19世紀まで遡る。当初は内科医の報告ばかりであるが、その後[[精神疾患]]との解釈がなされ、様々な病名がつけられた。有名なところでは、[[wikipedia:JA:ジークムント・フロイト|フロイト]]の「[[不安神経症]]」もPDを含む概念である。図をみるとわかるように、特に、戦時中にPAを呈する兵士が続発したことから、戦時中に数々の病名が生まれた経緯がある。そして、1980年になり、PDが本格的に世に出たわけであるが<ref name="ref1">American Psychiatric Association: Quick Reference to the Diagnostic Criteria form DSM-Ⅲ<br>''American Psychiatric Association, Washington D.C.,''1980<br>(高橋三郎,花田耕一,藤縄昭訳.DSM-Ⅲ精神障害の分類と診断の手引.医学書院,東京,1982)</ref>、それは、1960年代に出された2つの論文によるところが大きい。つまり、まず1964年にKleinは[[三還系抗うつ薬]](Tricyclic antidepressant:TCA)である[[三還系抗うつ薬|イミプラミン]]がPAを抑制したと報告した<ref><pubmed>14194683</pubmed></ref>。そしてその3年後の1967年には、PittsとMcClureによって、PD患者(当時は、“不安神経症“)では[[wikipedia:JA:乳酸|乳酸]]静注によってPAが生じるが、正常者ではそのようなことは起こらないことがわかったのである<ref><pubmed>6081131</pubmed></ref>。したがって、PDは、フロイトが言うように内的不安が蓄積・爆発して生じるのではなく、生物学的な異常を基礎として生じているものであり、不安神経症とは独立した疾患概念であるとの見解に至った。 | |||
== 病態仮説<ref name="ref15">'''塩入俊樹'''<br>パニック障害の生物学的病態:Stress-induced fear circuitry disordersの概念から.<br>''Bulletin of Depression and Anxiety disorders'' 8:6-8, 2011.</ref> == | == 病態仮説<ref name="ref15">'''塩入俊樹'''<br>パニック障害の生物学的病態:Stress-induced fear circuitry disordersの概念から.<br>''Bulletin of Depression and Anxiety disorders'' 8:6-8, 2011.</ref> == | ||
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=== 扁桃体によるストレス反応の制御 === | === 扁桃体によるストレス反応の制御 === | ||
[[Image:図3:扁桃体によるストレス反応の制御.png|thumb|300px|<b> | [[Image:図3:扁桃体によるストレス反応の制御.png|thumb|300px|<b>図1.扁桃体によるストレス反応の制御</b>]] | ||
では、扁桃体というのは具体的にどんな機能を司っているのだろうか。非常に大雑把にいうと、[[視覚]]や[[聴覚]]等の様々な感覚刺激(つまり、[[ストレス]])による[[ストレス反応]]を制御しているということになる。例えば、様々な感覚情報は全て[[視床]]に入力され、そこから扁桃体の[[基底外側核]]という部分に入る(図1参照)。この入り方には大きく分けて2つのパターンがあり、1つは視床⇒扁桃体基底外側核というように、直接入ってくるもの、そしてもう一方は、視床から[[高次感覚皮質]]や[[連合皮質]]等の[[大脳皮質]]、あるいは[[海馬]]等を経由してから入ってくるものである。そして扁桃体基底外側核から[[扁桃体中心核]]へと移行し、そこから様々な脳部位に出力系が伸びている(図3には主な投射経路のみを示している)。もし扁桃体が過活動になると、それらの部分も当然過活動となる。つまり、[[視床下部]]では[[HPA系]]が亢進して[[コルチゾール]]が上昇し、さらに[[交感神経系]]の亢進がみられ、[[橋]]にある[[結合腕傍核]]の過活動により[[wikipedia:JA:過換気|過換気]]あるいは[[wikipedia:JA:過呼吸|過呼吸]]が生じ、[[青斑核]]が興奮するとノル[[アドレナリン]]の増加によって[[wikipedia:JA:血圧|血圧]]上昇や[[wikipedia:JA:心拍数|心拍数]]増加が起こり、警戒反応が増す。さらに[[中脳灰白質]]は回避行動を促進すると言われている。このように、感覚情報というストレスによって扁桃体が過活動状態となると、様々なストレス反応が生じることになる。但し、一般に正常な場合には、ストレス因子によってストレス反応を経験しても、学習によってそれらを制御することが可能である。しかしながら、不安障害ではストレス因子のない時に、あるいはストレス因子がすぐに生命の危機、あるいは恐怖に結びつかない状況においても、不適切にこの神経回路が働いてしまい、その結果このようなストレス反応が起こってしまう、というように推測される。 | では、扁桃体というのは具体的にどんな機能を司っているのだろうか。非常に大雑把にいうと、[[視覚]]や[[聴覚]]等の様々な感覚刺激(つまり、[[ストレス]])による[[ストレス反応]]を制御しているということになる。例えば、様々な感覚情報は全て[[視床]]に入力され、そこから扁桃体の[[基底外側核]]という部分に入る(図1参照)。この入り方には大きく分けて2つのパターンがあり、1つは視床⇒扁桃体基底外側核というように、直接入ってくるもの、そしてもう一方は、視床から[[高次感覚皮質]]や[[連合皮質]]等の[[大脳皮質]]、あるいは[[海馬]]等を経由してから入ってくるものである。そして扁桃体基底外側核から[[扁桃体中心核]]へと移行し、そこから様々な脳部位に出力系が伸びている(図3には主な投射経路のみを示している)。もし扁桃体が過活動になると、それらの部分も当然過活動となる。つまり、[[視床下部]]では[[HPA系]]が亢進して[[コルチゾール]]が上昇し、さらに[[交感神経系]]の亢進がみられ、[[橋]]にある[[結合腕傍核]]の過活動により[[wikipedia:JA:過換気|過換気]]あるいは[[wikipedia:JA:過呼吸|過呼吸]]が生じ、[[青斑核]]が興奮するとノル[[アドレナリン]]の増加によって[[wikipedia:JA:血圧|血圧]]上昇や[[wikipedia:JA:心拍数|心拍数]]増加が起こり、警戒反応が増す。さらに[[中脳灰白質]]は回避行動を促進すると言われている。このように、感覚情報というストレスによって扁桃体が過活動状態となると、様々なストレス反応が生じることになる。但し、一般に正常な場合には、ストレス因子によってストレス反応を経験しても、学習によってそれらを制御することが可能である。しかしながら、不安障害ではストレス因子のない時に、あるいはストレス因子がすぐに生命の危機、あるいは恐怖に結びつかない状況においても、不適切にこの神経回路が働いてしまい、その結果このようなストレス反応が起こってしまう、というように推測される。 | ||
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=== “Stress-induced fear circuit”とPD === | === “Stress-induced fear circuit”とPD === | ||
[[Image:図4:”Stress-induced fear circuit”の模式図.png|thumb|300px|<b> | [[Image:図4:”Stress-induced fear circuit”の模式図.png|thumb|300px|<b>図2.Stress-induced fear circuit”の模式図</b>]] [[Image:図5:パニック障害の生物学的病態と治療.png|thumb|300px|<b>図3.パニック症の生物学的病態と治療</b><br />注:オレンジ色の領域が過活動状態,水色の領域が低活動状態を表す]] | ||
図2は、今まで述べてきた、“stress-induced fear circuit”の模式図である。先ほどから述べているように、感覚情報、例えばPD患者であればパニック発作時の動悸や発汗、息切れ等の身体感覚、SADであれば“人前でのスピーチ(public speaking)”の最中の緊張状態における身体感覚が、まず視床に入る。そして前述した2つのパターンで、一部はすぐに扁桃体に伝わり、他方は海馬や[[前部帯状回]]や前部帯状回を通り高次機能での分析が行われてから、扁桃体に投射する。この経路(青の点線)は抑制系なので、視床からの入力(=アクセル)によって扁桃体が過活動状態になるのにブレーキをかける。その結果、アクセルとブレーキの兼ね合いで扁桃体中心核から出力系が調整されるが、不安障害ではブレーキの効きが悪いために、前述したような視床下部、青斑核(LC)、結合腕傍核といった脳部位を病的に活性化してしまい、様々な身体症状(心拍数の増加、血圧上昇、過呼吸等)を出現させると考えられる。そしてまたこの身体症状を新たな感覚情報として取り込むと、再びこの神経回路が働いてしまうという、負のスパイラルが生じるであろう。そうなると、意識に調節(=前頭前野等の高次機能による抑制)はできなくなり、どんどん悪い方向へ向かってしまうと推定される。このように“stress-induced fear circuitry disorders”というのは、扁桃体が病的に過活動になってしまう、そして本来それを抑制しなければならない[[前頭前野]]あるいは前部帯状回等の機能が低下している病気、と言えるかもしれない(図3参照)。 | |||
また、[[背側縫線核]]から起こる[[セロトニン神経系]]の投射は、一般に青斑核を抑制するのに対し、青斑核から起こる投射は背側[[縫線核]]の[[セロトニン]]ニューロンを刺激し、[[正中縫線核]]ニューロンを抑制する。さらに、背側縫線核からの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、[[セロトニン神経]]系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、[[ノルアドレナリン]]の活性低下、[[コルチコトロピン放出因子]]の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる<ref name="ref17">'''Stein D J'''<br>Cognitive-Affective Neuroscience of Depression and Anxiety Disorders<br>Martin Dunitz, London, 2003.<br>(田島治,荒井まゆみ訳:不安とうつの脳と心のメカニズム:感情と認知のニューロサイエンス,星和書店,東京,2007)</ref>。また、前頭前野(あるいは前部帯状回)の働きにより恐怖条件づけが消去されることがわかっている<ref><pubmed>18668096</pubmed></ref>。[[認知行動療法]](cognitive behavioral therapy, [[CBT]])による治療の際にも、同様のプロセスが生じていると推定される(図5、参照)。 | また、[[背側縫線核]]から起こる[[セロトニン神経系]]の投射は、一般に青斑核を抑制するのに対し、青斑核から起こる投射は背側[[縫線核]]の[[セロトニン]]ニューロンを刺激し、[[正中縫線核]]ニューロンを抑制する。さらに、背側縫線核からの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、[[セロトニン神経]]系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、[[ノルアドレナリン]]の活性低下、[[コルチコトロピン放出因子]]の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる<ref name="ref17">'''Stein D J'''<br>Cognitive-Affective Neuroscience of Depression and Anxiety Disorders<br>Martin Dunitz, London, 2003.<br>(田島治,荒井まゆみ訳:不安とうつの脳と心のメカニズム:感情と認知のニューロサイエンス,星和書店,東京,2007)</ref>。また、前頭前野(あるいは前部帯状回)の働きにより恐怖条件づけが消去されることがわかっている<ref><pubmed>18668096</pubmed></ref>。[[認知行動療法]](cognitive behavioral therapy, [[CBT]])による治療の際にも、同様のプロセスが生じていると推定される(図5、参照)。 |