「パニック症」の版間の差分

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 パニック症は、[[wikipedia:動悸|動悸]]、[[wikipedia:窒息|窒息]]感、[[wikipedia:発汗|発汗]]などの身体症状と、死の恐怖などの精神症状に特徴づけられる不安発作(パニック発作)に突然、何の前触れもなく襲われ、発作は自然に消失するが、その後も繰り返し生じ、[[予期不安]]と[[広場恐怖]]により、著しい社会機能低下を伴う[[不安障害]]である。生涯[[wikipedia:有病率|有病率]]は1.5~2.5%で、女性に多く、15歳~45歳に好発する。その発症には、遺伝要因の関与が示唆される。その病態には、恐怖条件づけに関連した神経回路の機能不全が存在すると考えられている。
 パニック症は、[[wikipedia:動悸|動悸]]、[[wikipedia:窒息|窒息]]感、[[wikipedia:発汗|発汗]]などの身体症状と、死の恐怖などの精神症状に特徴づけられる不安発作(パニック発作)に突然、何の前触れもなく襲われ、発作は自然に消失するが、その後も繰り返し生じ、[[予期不安]]と[[広場恐怖]]により、著しい社会機能低下を伴う[[不安症]]である。生涯[[wikipedia:有病率|有病率]]は1.5~2.5%で、女性に多く、15歳~45歳に好発する。その発症には、遺伝要因の関与が示唆される。その病態には、恐怖条件づけに関連した神経回路の機能不全が存在すると考えられている。
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&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; いたこと: <br>  (a)もっと発作が起こるのではないかという心配の継続<br> (b)発作またはその結果が持つ意味(例:コントロールを失う、心臓発作を起こす、“気が狂う”)に<br>
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; いたこと: <br>  (a)もっと発作が起こるのではないかという心配の継続<br> (b)発作またはその結果が持つ意味(例:コントロールを失う、心臓発作を起こす、“気が狂う”)に<br>
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ついての心配<br>  (c)発作と関連した行動の大きな変化<br> B. 広場恐怖が存在する(→300.21 広場恐怖を伴うパニック症)<br>   広場恐怖が存在しない(→300.01 広場恐怖を伴わないパニック症)<br> C. パニック発作は物質(例:乱用薬物、投薬)、または一般身体疾患(例:[[wikipedia:ja:甲状腺機能亢進症|甲状腺機能亢進症]])の直接的<br>
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ついての心配<br>  (c)発作と関連した行動の大きな変化<br> B. 広場恐怖が存在する(→300.21 広場恐怖を伴うパニック症)<br>   広場恐怖が存在しない(→300.01 広場恐怖を伴わないパニック症)<br> C. パニック発作は物質(例:乱用薬物、投薬)、または一般身体疾患(例:[[wikipedia:ja:甲状腺機能亢進症|甲状腺機能亢進症]])の直接的<br>
&nbsp;&nbsp;&nbsp; な生理学作用にようるものではない<br> D. パニック発作は、以下のような精神疾患では説明されない<br> (例:[[社会不安障害]]、特定の[[恐怖症]]、[[強迫性障害]]、[[心的外傷後ストレス障害]]、[[分離不安障害]]など)  
&nbsp;&nbsp;&nbsp; な生理学作用にようるものではない<br> D. パニック発作は、以下のような精神疾患では説明されない<br> (例:[[社会不安症]]、特定の[[恐怖症]]、[[強迫症]]、[[心的外傷後ストレス障害]]、[[分離不安症]]など)  


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'''表2.DSM-IV-TRによるパニック発作の診断基準'''<br>  
'''表2.DSM-IV-TRによるパニック発作の診断基準'''<br>  


 表1と2に、現在、最も国際的な使用頻度の高い診断基準である[[DSM-Ⅳ-TR]]<ref name="ref12">American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association, Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>のPDとPAに関する診断基準を示した。表1からもわかるように、PDは“広場恐怖“の有無によって、「300.21 広場恐怖を伴うパニック症」と「300.01 広場恐怖を伴わないパニック症」の2つにさらに分けられるが、2013年5月に出版予定の次期[[DSM-5]]ではこの区別はなくなっている。また、PDとの鑑別診断としては、表1にも記載があるように、同じく不安障害の範疇では、社会不安障害(social anxiety disorder:SAD)、特定の恐怖症、強迫性障害([[obsessive-compulsive disorder]]:[[OCD]])、心的[[外傷後ストレス障害]](posttraumatic stress disorder:[[PTSD]])、分離不安障害等がある。
 表1と2に、現在、最も国際的な使用頻度の高い診断基準である[[DSM-Ⅳ-TR]]<ref name="ref12">American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association, Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>のPDとPAに関する診断基準を示した。表1からもわかるように、PDは“広場恐怖“の有無によって、「300.21 広場恐怖を伴うパニック症」と「300.01 広場恐怖を伴わないパニック症」の2つにさらに分けられるが、2013年5月に出版予定の次期[[DSM-5]]ではこの区別はなくなっている。また、PDとの鑑別診断としては、表1にも記載があるように、同じく不安症の範疇では、社会不安症(social anxiety disorder:SAD)、特定の恐怖症、強迫症([[obsessive-compulsive disorder]]:[[OCD]])、心的[[外傷後ストレス障害]](posttraumatic stress disorder:[[PTSD]])、分離不安症等がある。


===鑑別診断===
===鑑別診断===
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===遺伝要因===
===遺伝要因===


 次に、PDの[[wikipedia:JA:家系学#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E7.9A.84.E8.AA.BF.E6.9F.BB|家系研究]]や[[wikipedia:JA:双生児|双生児]]研究についてである。Croweらは1983年にPD患者の第一度親族における発症率が24.7%であるのに比べ、一般対照群では2.2%で、患者家族では発症のリスクが有意に高いことを指摘した<ref><pubmed>6625855</pubmed></ref>。また、米国やベルギー、オーストラリア等で行われた大規模調査において、患者群の第一度親族では正常対照群と比較し8倍の危険率との報告がなされている<ref name="ref8">'''Knowles JA, Weisseman MM'''<br>Panic disorder and agoraphobia.<br>''In Review of Psychiatry:'' vol.14.pp383-404, American Psychiatric Press, Washington,DC,1995.</ref>。Goldsteinらによる発症年齢における研究では、20歳以前の発症では家族性が強く17倍のリスクがあるのに対し、20歳以後の発症では6倍のリスクであったという<ref><pubmed>9075468</pubmed></ref>。さらに双生児研究では、一卵性双生児の一致率24%に対して二卵性双生児では11%<ref><pubmed>8332656</pubmed></ref>、双生児研究による遺伝力は、[[全般性不安障害]](generalized anxiety disorder:GAD)では32%であったのに対し、PDでは43%と高かったとの報告もあり<ref><pubmed>15699295</pubmed></ref>、PDの発症には何らかの遺伝子要因が関与していることが示唆されている。
 次に、PDの[[wikipedia:JA:家系学#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E7.9A.84.E8.AA.BF.E6.9F.BB|家系研究]]や[[wikipedia:JA:双生児|双生児]]研究についてである。Croweらは1983年にPD患者の第一度親族における発症率が24.7%であるのに比べ、一般対照群では2.2%で、患者家族では発症のリスクが有意に高いことを指摘した<ref><pubmed>6625855</pubmed></ref>。また、米国やベルギー、オーストラリア等で行われた大規模調査において、患者群の第一度親族では正常対照群と比較し8倍の危険率との報告がなされている<ref name="ref8">'''Knowles JA, Weisseman MM'''<br>Panic disorder and agoraphobia.<br>''In Review of Psychiatry:'' vol.14.pp383-404, American Psychiatric Press, Washington,DC,1995.</ref>。Goldsteinらによる発症年齢における研究では、20歳以前の発症では家族性が強く17倍のリスクがあるのに対し、20歳以後の発症では6倍のリスクであったという<ref><pubmed>9075468</pubmed></ref>。さらに双生児研究では、一卵性双生児の一致率24%に対して二卵性双生児では11%<ref><pubmed>8332656</pubmed></ref>、双生児研究による遺伝力は、[[全般性不安症]](generalized anxiety disorder:GAD)では32%であったのに対し、PDでは43%と高かったとの報告もあり<ref><pubmed>15699295</pubmed></ref>、PDの発症には何らかの遺伝子要因が関与していることが示唆されている。


=== 病名の変遷 ===  
=== 病名の変遷 ===  
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== 病態仮説<ref name="ref15">'''塩入俊樹'''<br>パニック障害の生物学的病態:Stress-induced fear circuitry disordersの概念から.<br>''Bulletin of Depression and Anxiety disorders'' 8:6-8, 2011.</ref> ==
== 病態仮説<ref name="ref15">'''塩入俊樹'''<br>パニック障害の生物学的病態:Stress-induced fear circuitry disordersの概念から.<br>''Bulletin of Depression and Anxiety disorders'' 8:6-8, 2011.</ref> ==
   
   
 動物は、危険を予測する学習によって自らを様々な害から守り、生命を維持することが可能である。不安は、おそらく危険信号への反応として発生したものが、長い進化の歴史の結果、危険を回避するという一連の反応傾向を形成するに至ったと考えられる<ref name="ref16">'''Darwin C'''<br>The Expression of Emotion in Man and Animals<br>Chicago University Press, Chicago,1965/1872.16)</ref>。そして発達段階において適応性が向上するにつれ、様々な恐怖反応が出現したものと思われる。つまり、不安‐回避の連鎖である。もちろん、より複雑で高等な[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]では条件反応に感情、認知、運動の要素が絡んで不安反応となる。不安障害は、[[wikipedia:JA:進化|進化]]に基づく誤警報により概念化が可能と言われている<ref name="ref17">'''Stein D J'''<br>Cognitive-Affective Neuroscience of Depression and Anxiety Disorders<br>Martin Dunitz, London, 2003.<br>(田島治,荒井まゆみ訳:不安とうつの脳と心のメカニズム:感情と認知のニューロサイエンス,星和書店,東京,2007)</ref>。PDでは、進化論的起源が窒息警報とされているが<ref><pubmed>8466392</pubmed></ref>、その生物学的病態について、“[[Stress-induced fear circuitry disorders]]”という概念を通じて、述べる。  
 動物は、危険を予測する学習によって自らを様々な害から守り、生命を維持することが可能である。不安は、おそらく危険信号への反応として発生したものが、長い進化の歴史の結果、危険を回避するという一連の反応傾向を形成するに至ったと考えられる<ref name="ref16">'''Darwin C'''<br>The Expression of Emotion in Man and Animals<br>Chicago University Press, Chicago,1965/1872.16)</ref>。そして発達段階において適応性が向上するにつれ、様々な恐怖反応が出現したものと思われる。つまり、不安‐回避の連鎖である。もちろん、より複雑で高等な[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]では条件反応に感情、認知、運動の要素が絡んで不安反応となる。不安症は、[[wikipedia:JA:進化|進化]]に基づく誤警報により概念化が可能と言われている<ref name="ref17">'''Stein D J'''<br>Cognitive-Affective Neuroscience of Depression and Anxiety Disorders<br>Martin Dunitz, London, 2003.<br>(田島治,荒井まゆみ訳:不安とうつの脳と心のメカニズム:感情と認知のニューロサイエンス,星和書店,東京,2007)</ref>。PDでは、進化論的起源が窒息警報とされているが<ref><pubmed>8466392</pubmed></ref>、その生物学的病態について、“[[Stress-induced fear circuitry disorders]]”という概念を通じて、述べる。  


=== Stress-induced fear circuitry disordersとは ===  
=== Stress-induced fear circuitry disordersとは ===  


 推定される病態メカニズムから不安障害を分類してみると、3つに分類することが可能かもしれない。具体的には、①PDやSAD、PTSD等の“stress-induced fear circuitry disorders(SIFCD)”と言われる一群で、さらに②OCD等の強迫や衝動等に関連した“[[強迫スペクトラム障害]](OC spectrum disorders)”、最後に③[[うつ病]]と関連がより深いGAD、の3つである。  
 推定される病態メカニズムから不安症を分類してみると、3つに分類することが可能かもしれない。具体的には、①PDやSAD、PTSD等の“stress-induced fear circuitry disorders(SIFCD)”と言われる一群で、さらに②OCD等の強迫や衝動等に関連した“[[強迫スペクトラム障害]](OC spectrum disorders)”、最後に③[[うつ病]]と関連がより深いGAD、の3つである。  


 SIFCDの病態は、多少違いはあるにせよ「[[恐怖条件づけ|恐怖の条件づけ]](fear conditioning)」に関連した神経回路の機能不全(fear-circuitry dysfunction)と考えられている。ちなみに、急に大きい音を立てると、ヒトは驚いて恐怖反応を呈し、発汗等の条件反応を起こす。それを[[wikipedia:JA:ガルバニック皮膚反応|皮膚電気反応]](skin conductance response; SCR)で測定すると、大きい音を立てた時にSCRが上昇する。しかし、小さい音ではSCRは不変である。一方、小さい音とほぼ同時に大きい音を立てるとSCRは当然上昇するが、この行為を繰り返すことによって、小さい音だけでSCRが上昇するようになる。この状態を「恐怖条件づけ」という。これは[[古典的条件付け]](つまり、[[wikipedia:JA:パブロフの犬|パブロフの犬]]と同じもの)であるが、恐怖に関連したものなので、「恐怖条件づけ」と呼んでいる。  
 SIFCDの病態は、多少違いはあるにせよ「[[恐怖条件づけ|恐怖の条件づけ]](fear conditioning)」に関連した神経回路の機能不全(fear-circuitry dysfunction)と考えられている。ちなみに、急に大きい音を立てると、ヒトは驚いて恐怖反応を呈し、発汗等の条件反応を起こす。それを[[wikipedia:JA:ガルバニック皮膚反応|皮膚電気反応]](skin conductance response; SCR)で測定すると、大きい音を立てた時にSCRが上昇する。しかし、小さい音ではSCRは不変である。一方、小さい音とほぼ同時に大きい音を立てるとSCRは当然上昇するが、この行為を繰り返すことによって、小さい音だけでSCRが上昇するようになる。この状態を「恐怖条件づけ」という。これは[[古典的条件付け]](つまり、[[wikipedia:JA:パブロフの犬|パブロフの犬]]と同じもの)であるが、恐怖に関連したものなので、「恐怖条件づけ」と呼んでいる。  


 そして、不安障害患者は脅威に関する手がかりを選択的に注意するが、必ずしも意識的ではない。つまり、「恐怖条件づけ」の神経回路の過活性化がそのベースに存在するものと思われる<ref name="ref19">'''塩入俊樹'''<br>社交不安障害(SAD)の神経生物学的検討:Fear-circuitry dysfunctionの観点から.<br>''臨床精神薬理'' 13; 711-721, 2010.</ref>。この回路の基本的プロセスにおいて極めて重要な役割を演じているのは、[[扁桃体]]である。
 そして、不安症患者は脅威に関する手がかりを選択的に注意するが、必ずしも意識的ではない。つまり、「恐怖条件づけ」の神経回路の過活性化がそのベースに存在するものと思われる<ref name="ref19">'''塩入俊樹'''<br>社交不安障害(SAD)の神経生物学的検討:Fear-circuitry dysfunctionの観点から.<br>''臨床精神薬理'' 13; 711-721, 2010.</ref>。この回路の基本的プロセスにおいて極めて重要な役割を演じているのは、[[扁桃体]]である。


=== 扁桃体によるストレス反応の制御 ===  
=== 扁桃体によるストレス反応の制御 ===  
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[[Image:図3:扁桃体によるストレス反応の制御.png|thumb|300px|<b>図1.扁桃体によるストレス反応の制御</b>]]  
[[Image:図3:扁桃体によるストレス反応の制御.png|thumb|300px|<b>図1.扁桃体によるストレス反応の制御</b>]]  


 では、扁桃体というのは具体的にどんな機能を司っているのだろうか。非常に大雑把にいうと、[[視覚]]や[[聴覚]]等の様々な感覚刺激(つまり、[[ストレス]])による[[ストレス反応]]を制御しているということになる。例えば、様々な感覚情報は全て[[視床]]に入力され、そこから扁桃体の[[基底外側核]]という部分に入る(図1参照)。この入り方には大きく分けて2つのパターンがあり、1つは視床⇒扁桃体基底外側核というように、直接入ってくるもの、そしてもう一方は、視床から[[高次感覚皮質]]や[[連合皮質]]等の[[大脳皮質]]、あるいは[[海馬]]等を経由してから入ってくるものである。そして扁桃体基底外側核から[[扁桃体中心核]]へと移行し、そこから様々な脳部位に出力系が伸びている(図3には主な投射経路のみを示している)。もし扁桃体が過活動になると、それらの部分も当然過活動となる。つまり、[[視床下部]]では[[HPA系]]が亢進して[[コルチゾール]]が上昇し、さらに[[交感神経系]]の亢進がみられ、[[橋]]にある[[結合腕傍核]]の過活動により[[wikipedia:JA:過換気|過換気]]あるいは[[wikipedia:JA:過呼吸|過呼吸]]が生じ、[[青斑核]]が興奮するとノル[[アドレナリン]]の増加によって[[wikipedia:JA:血圧|血圧]]上昇や[[wikipedia:JA:心拍数|心拍数]]増加が起こり、警戒反応が増す。さらに[[中脳灰白質]]は回避行動を促進すると言われている。このように、感覚情報というストレスによって扁桃体が過活動状態となると、様々なストレス反応が生じることになる。但し、一般に正常な場合には、ストレス因子によってストレス反応を経験しても、学習によってそれらを制御することが可能である。しかしながら、不安障害ではストレス因子のない時に、あるいはストレス因子がすぐに生命の危機、あるいは恐怖に結びつかない状況においても、不適切にこの神経回路が働いてしまい、その結果このようなストレス反応が起こってしまう、というように推測される。
 では、扁桃体というのは具体的にどんな機能を司っているのだろうか。非常に大雑把にいうと、[[視覚]]や[[聴覚]]等の様々な感覚刺激(つまり、[[ストレス]])による[[ストレス反応]]を制御しているということになる。例えば、様々な感覚情報は全て[[視床]]に入力され、そこから扁桃体の[[基底外側核]]という部分に入る(図1参照)。この入り方には大きく分けて2つのパターンがあり、1つは視床⇒扁桃体基底外側核というように、直接入ってくるもの、そしてもう一方は、視床から[[高次感覚皮質]]や[[連合皮質]]等の[[大脳皮質]]、あるいは[[海馬]]等を経由してから入ってくるものである。そして扁桃体基底外側核から[[扁桃体中心核]]へと移行し、そこから様々な脳部位に出力系が伸びている(図3には主な投射経路のみを示している)。もし扁桃体が過活動になると、それらの部分も当然過活動となる。つまり、[[視床下部]]では[[HPA系]]が亢進して[[コルチゾール]]が上昇し、さらに[[交感神経系]]の亢進がみられ、[[橋]]にある[[結合腕傍核]]の過活動により[[wikipedia:JA:過換気|過換気]]あるいは[[wikipedia:JA:過呼吸|過呼吸]]が生じ、[[青斑核]]が興奮するとノル[[アドレナリン]]の増加によって[[wikipedia:JA:血圧|血圧]]上昇や[[wikipedia:JA:心拍数|心拍数]]増加が起こり、警戒反応が増す。さらに[[中脳灰白質]]は回避行動を促進すると言われている。このように、感覚情報というストレスによって扁桃体が過活動状態となると、様々なストレス反応が生じることになる。但し、一般に正常な場合には、ストレス因子によってストレス反応を経験しても、学習によってそれらを制御することが可能である。しかしながら、不安症ではストレス因子のない時に、あるいはストレス因子がすぐに生命の危機、あるいは恐怖に結びつかない状況においても、不適切にこの神経回路が働いてしまい、その結果このようなストレス反応が起こってしまう、というように推測される。


=== “Stress-induced fear circuit”とPD ===  
=== “Stress-induced fear circuit”とPD ===  
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[[Image:図4:”Stress-induced fear circuit”の模式図.png|thumb|300px|<b>図2.Stress-induced fear circuit”の模式図</b>]] [[Image:図5:パニック障害の生物学的病態と治療.png|thumb|300px|<b>図3.パニック症の生物学的病態と治療</b><br />注:オレンジ色の領域が過活動状態,水色の領域が低活動状態を表す]]  
[[Image:図4:”Stress-induced fear circuit”の模式図.png|thumb|300px|<b>図2.Stress-induced fear circuit”の模式図</b>]] [[Image:図5:パニック障害の生物学的病態と治療.png|thumb|300px|<b>図3.パニック症の生物学的病態と治療</b><br />注:オレンジ色の領域が過活動状態,水色の領域が低活動状態を表す]]  


 図2は、今まで述べてきた、“stress-induced fear circuit”の模式図である。先ほどから述べているように、感覚情報、例えばPD患者であればパニック発作時の動悸や発汗、息切れ等の身体感覚、SADであれば“人前でのスピーチ(public speaking)”の最中の緊張状態における身体感覚が、まず視床に入る。そして前述した2つのパターンで、一部はすぐに扁桃体に伝わり、他方は海馬や[[前部帯状回]]や前部帯状回を通り高次機能での分析が行われてから、扁桃体に投射する。この経路(青の点線)は抑制系なので、視床からの入力(=アクセル)によって扁桃体が過活動状態になるのにブレーキをかける。その結果、アクセルとブレーキの兼ね合いで扁桃体中心核から出力系が調整されるが、不安障害ではブレーキの効きが悪いために、前述したような視床下部、青斑核(LC)、結合腕傍核といった脳部位を病的に活性化してしまい、様々な身体症状(心拍数の増加、血圧上昇、過呼吸等)を出現させると考えられる。そしてまたこの身体症状を新たな感覚情報として取り込むと、再びこの神経回路が働いてしまうという、負のスパイラルが生じるであろう。そうなると、意識に調節(=前頭前野等の高次機能による抑制)はできなくなり、どんどん悪い方向へ向かってしまうと推定される。このように“stress-induced fear circuitry disorders”というのは、扁桃体が病的に過活動になってしまう、そして本来それを抑制しなければならない[[前頭前野]]あるいは前部帯状回等の機能が低下している病気、と言えるかもしれない(図3参照)。  
 図2は、今まで述べてきた、“stress-induced fear circuit”の模式図である。先ほどから述べているように、感覚情報、例えばPD患者であればパニック発作時の動悸や発汗、息切れ等の身体感覚、SADであれば“人前でのスピーチ(public speaking)”の最中の緊張状態における身体感覚が、まず視床に入る。そして前述した2つのパターンで、一部はすぐに扁桃体に伝わり、他方は海馬や[[前部帯状回]]や前部帯状回を通り高次機能での分析が行われてから、扁桃体に投射する。この経路(青の点線)は抑制系なので、視床からの入力(=アクセル)によって扁桃体が過活動状態になるのにブレーキをかける。その結果、アクセルとブレーキの兼ね合いで扁桃体中心核から出力系が調整されるが、不安症ではブレーキの効きが悪いために、前述したような視床下部、青斑核(LC)、結合腕傍核といった脳部位を病的に活性化してしまい、様々な身体症状(心拍数の増加、血圧上昇、過呼吸等)を出現させると考えられる。そしてまたこの身体症状を新たな感覚情報として取り込むと、再びこの神経回路が働いてしまうという、負のスパイラルが生じるであろう。そうなると、意識に調節(=前頭前野等の高次機能による抑制)はできなくなり、どんどん悪い方向へ向かってしまうと推定される。このように“stress-induced fear circuitry disorders”というのは、扁桃体が病的に過活動になってしまう、そして本来それを抑制しなければならない[[前頭前野]]あるいは前部帯状回等の機能が低下している病気、と言えるかもしれない(図3参照)。  


 また、[[背側縫線核]]から起こる[[セロトニン神経系]]の投射は、一般に青斑核を抑制するのに対し、青斑核から起こる投射は背側[[縫線核]]の[[セロトニン]]ニューロンを刺激し、[[正中縫線核]]ニューロンを抑制する。さらに、背側縫線核からの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、[[セロトニン神経]]系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、[[ノルアドレナリン]]の活性低下、[[コルチコトロピン放出因子]]の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる<ref name="ref17">'''Stein D J'''<br>Cognitive-Affective Neuroscience of Depression and Anxiety Disorders<br>Martin Dunitz, London, 2003.<br>(田島治,荒井まゆみ訳:不安とうつの脳と心のメカニズム:感情と認知のニューロサイエンス,星和書店,東京,2007)</ref>。また、前頭前野(あるいは前部帯状回)の働きにより恐怖条件づけが消去されることがわかっている<ref><pubmed>18668096</pubmed></ref>。[[認知行動療法]](cognitive behavioral therapy, [[CBT]])による治療の際にも、同様のプロセスが生じていると推定される(図5、参照)。
 また、[[背側縫線核]]から起こる[[セロトニン神経系]]の投射は、一般に青斑核を抑制するのに対し、青斑核から起こる投射は背側[[縫線核]]の[[セロトニン]]ニューロンを刺激し、[[正中縫線核]]ニューロンを抑制する。さらに、背側縫線核からの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、[[セロトニン神経]]系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、[[ノルアドレナリン]]の活性低下、[[コルチコトロピン放出因子]]の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる<ref name="ref17">'''Stein D J'''<br>Cognitive-Affective Neuroscience of Depression and Anxiety Disorders<br>Martin Dunitz, London, 2003.<br>(田島治,荒井まゆみ訳:不安とうつの脳と心のメカニズム:感情と認知のニューロサイエンス,星和書店,東京,2007)</ref>。また、前頭前野(あるいは前部帯状回)の働きにより恐怖条件づけが消去されることがわかっている<ref><pubmed>18668096</pubmed></ref>。[[認知行動療法]](cognitive behavioral therapy, [[CBT]])による治療の際にも、同様のプロセスが生じていると推定される(図5、参照)。

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