「音声学習」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
23行目: 23行目:
 キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、人間の言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、鳥は始め人間の喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、幼鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その鋳型と自己のさえずりの聴覚[[wikipedia:ja:フィードバック|フィードバック]]との誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)<ref><pubmed>5874921</pubmed></ref>。
 キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、人間の言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、鳥は始め人間の喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、幼鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その鋳型と自己のさえずりの聴覚[[wikipedia:ja:フィードバック|フィードバック]]との誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)<ref><pubmed>5874921</pubmed></ref>。


 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能な人間の音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており <ref><pubmed>10202549</pubmed></ref>、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な[[神経回路]]は、主に、大脳皮質(外套)から[[延髄]]に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの[[神経核]][[HVC]] (略語ではなく固有名詞として使用)と[[RA]] (robust nucleus of the arcopallium)を[[大脳基底核]]・[[視床]]を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される(図)。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からの[[ドーパミン]]入力を受けている。鳥はこの迂回投射系を用いた[[強化学習]]により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている<ref><pubmed>22015923</pubmed></ref>。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり<ref><pubmed>18451295</pubmed></ref>、さらにさえずり完成後も、さえずり音声に微小な揺らぎを付加させる<ref><pubmed>15703748</pubmed></ref>ことから、強化学習過程における[[探索行動]](試行錯誤行動)を作り出す役割も持つことが示唆されている<ref><pubmed>18097411</pubmed></ref>。
 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能な人間の音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており <ref name=ref11><pubmed>10202549</pubmed></ref>、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な[[神経回路]]は、主に、大脳皮質(外套)から[[延髄]]に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの[[神経核]][[HVC]] (略語ではなく固有名詞として使用)と[[RA]] (robust nucleus of the arcopallium)を[[大脳基底核]]・[[視床]]を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される(図)。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からの[[ドーパミン]]入力を受けている。鳥はこの迂回投射系を用いた[[強化学習]]により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている<ref><pubmed>22015923</pubmed></ref>。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり<ref><pubmed>18451295</pubmed></ref>、さらにさえずり完成後も、さえずり音声に微小な揺らぎを付加させる<ref><pubmed>15703748</pubmed></ref>ことから、強化学習過程における[[探索行動]](試行錯誤行動)を作り出す役割も持つことが示唆されている<ref><pubmed>18097411</pubmed></ref>。


 一方、歌回路の上流には哺乳類の高次[[聴覚野]]に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている<ref><pubmed>16760915</pubmed></ref>。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ<ref><pubmed>11050217</pubmed></ref>、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。  
 一方、歌回路の上流には哺乳類の高次[[聴覚野]]に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている<ref><pubmed>16760915</pubmed></ref>。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ<ref><pubmed>11050217</pubmed></ref>、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。  
29行目: 29行目:
== 音声学習における臨界期 ==
== 音声学習における臨界期 ==


 ヒトの言語発音の学習と鳴禽のさえずり学習は共に強い年齢依存性を持ち、臨界期(感受性期)と呼ばれる発達段階の特定の時期に主に学習が行われる。ヒトでは、思春期が始まる頃から第二言語の習得能力が徐々に低下することなどから、言語学習の臨界期の存在が良く知られている。言語学習には文法や語彙の習得など音声学習以外の要素も含まれるが、音声学習である言語発音習得の能力は、第二言語の訛り(アクセント)の研究などから10歳頃にはすでに低下し始めると考えられる。この音声学習能力の低下は、単に第二言語の音声を生成する能力の低下だけでなく、それらを識別する能力の低下にも起因する。なお前述の通り、第二言語の音声に対する識別能力は生後一年頃までに低下するが、その後しばらくは第二言語の学習によって回復させることができるため、それが音声学習の臨界期を決定しているわけではない。
 ヒトの言語発音の学習と鳴禽のさえずり学習は共に強い年齢依存性を持ち、臨界期(感受性期)と呼ばれる発達段階の特定の時期に主に学習が行われる。ヒトでは、思春期が始まる頃から第二言語の習得能力が徐々に低下することなどから、言語学習の臨界期の存在が良く知られている。言語学習には文法や語彙の習得など音声学習以外の要素も含まれるが、音声学習である言語発音習得の能力は、第二言語の訛り(アクセント)の研究<ref>'''Susan Oyama'''<br>A sensitive period for the acquisition of a nonnative phonological system.<br>''Journal of Psycholinguistic Research'': 1976, 5;261–283</ref>などから10歳頃にはすでに低下し始めると考えられる。この音声学習能力の低下は、単に第二言語の音声を生成する能力の低下だけでなく、それらを識別する能力の低下にも起因する<ref name=ref11 />。なお前述の通り、第二言語の音声に対する識別能力は生後一年頃までに低下するが、その後しばらくは第二言語の学習によって回復させることができるため、それが音声学習の臨界期を決定しているわけではない<ref name=ref11 />。


 鳴禽のさえずり学習も発達段階の初期(幼鳥期)に明らかな臨界期を持つ。キンカチョウでは約60日齢を過ぎると、新たな手本のさえずりを聞いてもそれを模倣しなくなる。しかし、他個体から隔離され手本のさえずりを全く聞かずに育った鳥では、学習の臨界期が大幅に延長することが知られている。また、カナリアなどの鳴禽は、成鳥になりさえずり学習が終了した後も、毎年繁殖期にさえずりを作り変えることが知られており、open-ended learnerと呼ばれる。一方、キンカチョウのような幼鳥期にのみ臨界期を持つ鳴禽はclose-ended learnerと呼ばれる。
 鳴禽のさえずり学習も発達段階の初期(幼鳥期)に明らかな臨界期を持つ。キンカチョウでは約60日齢を過ぎると、新たな手本のさえずりを聞いてもそれを模倣しなくなる。しかし、他個体から隔離され手本のさえずりを全く聞かずに育った鳥では、学習の臨界期が大幅に延長することが知られている<ref>'''Lucy A. Eales'''<br>Song learning in zebra finches: some effects of song model availability on what is learnt and when.<br>''Animal Behaviour'': 1985, 33;1293–1300</ref>。また、カナリアなどの鳴禽は、成鳥になりさえずり学習が終了した後も、毎年繁殖期に新たなさえずりを学習するため、open-ended learnerと呼ばれる。一方、キンカチョウのような幼鳥期にのみ臨界期を持つ鳴禽はclose-ended learnerと呼ばれる。




32

回編集

案内メニュー