「アクアポリン」の版間の差分

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 [[動物]]や[[植物]]などの種を超えて個体の70%が水であると言われるほど、水は生命にとって必要不可欠なものであり、宇宙船は当然のように生命の痕跡として水を探す旅をすることになる。古くから細胞レベルでの水の[[細胞膜]]移動や制御・保持機構が生命維持の根幹の1つと考えらえており、我々は飲水から排水(尿)まで常に水に余念がなく水に関わる病気も多い。
 [[動物]]や[[植物]]などの種を超えて個体の70%が水であると言われるほど、水は生命にとって必要不可欠なものであり、宇宙船は当然のように生命の痕跡として水を探す旅をすることになる。古くから細胞レベルでの水の[[細胞膜]]移動や制御・保持機構が生命維持の根幹の1つと考えらえており、我々は飲水から排水(尿)まで常に水に余念がなく水に関わる病気も多い。


 1988年、米国ジョンズ・ホプキンス大学のPeter Agre教授の研究グループは、[[ヒト]]の赤血球から単離した28kDaの細胞[[膜タンパク質]]が種を超えて[[ラット]][[腎臓]]や赤血球にも発現する新しいタンパク質であることを報告(CHIP28)<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。その後、そのタンパク質を阻害することで細胞の水の透過性が抑制される事、水銀によってその効果が制御できることから、選択的に水を通す水チャンネルであることが報告され、後にアクアポリン(水の穴)(Aquaporin: AQP)と呼ばれるようになった<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。赤血球が、細い毛細血管レベルまで形態を自在に変えて循環することが出来るのは、AQP(AQP1)による水移動による形態変化が深く関わっている。AQPは、ほぼ全ての生命体に発現し細胞内外の浸透圧勾配によって水を特異的に移動させる他、尿細管における尿再吸収や唾液腺等でのホルモン[[分泌]]等の体内外のあらゆるダイナミックな水移動に関わるとともに、近年は麻酔薬や様々な薬剤の作用機序に関わる可能性が示唆される等、多くの生命維持に不可欠なタンパク質であることが解ってきている<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。多くの功績により、2003年Peter Agreはノーベル化学賞を受賞している。
 1988年、米国ジョンズ・ホプキンス大学のPeter Agre教授の研究グループは、[[ヒト]]の赤血球から単離した28kDaの細胞[[膜タンパク質]]が種を超えて[[ラット]][[腎臓]]や赤血球にも発現する新しいタンパク質であることを報告(CHIP28)<ref name=ref1><pubmed>   3049610</pubmed></ref>。その後、そのタンパク質を阻害することで細胞の水の透過性が抑制される事、水銀によってその効果が制御できることから、選択的に水を通す水チャンネルであることが報告され、後にアクアポリン(水の穴)(Aquaporin: AQP)と呼ばれるようになった<ref name=ref2><pubmed>1373524</pubmed></ref>。赤血球が、細い毛細血管レベルまで形態を自在に変えて循環することが出来るのは、AQP(AQP1)による水移動による形態変化が深く関わっている。AQPは、ほぼ全ての生命体に発現し細胞内外の浸透圧勾配によって水を特異的に移動させる他、尿細管における尿再吸収や唾液腺等でのホルモン[[分泌]]等の体内外のあらゆるダイナミックな水移動に関わるとともに、近年は麻酔薬や様々な薬剤の作用機序に関わる可能性が示唆される等、多くの生命維持に不可欠なタンパク質であることが解ってきている<ref name=ref3><pubmed>8987045</pubmed></ref>。多くの功績により、2003年Peter Agreはノーベル化学賞を受賞している。


 中枢神経系には、主にAQP1、AQP4、AQP9が発現することが知られ、特にAQP4は中枢神経系で最も発現量が多いとされ、主にアストロサイトに発現して生理学的には脳内外の水輸送や細胞接着、代謝、情報伝達等に関わることから、「脳のアクアポリン」とも言われている<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。近年、特に中枢神経系におけるAQP4の詳細な検討により、脳浮腫の制御機構や脳独自の水代謝機構が明らかにされたほか、AQP4を標的とする抗AQP4抗体による自己[[免疫]]疾患が発見されるなど、脳における水の理解は進んでいる。
 中枢神経系には、主にAQP1、AQP4、AQP9が発現することが知られ、特にAQP4は中枢神経系で最も発現量が多いとされ、主にアストロサイトに発現して生理学的には脳内外の水輸送や細胞接着、代謝、情報伝達等に関わることから、「脳のアクアポリン」とも言われている<ref name=ref4><pubmed>23481483</pubmed></ref>。近年、特に中枢神経系におけるAQP4の詳細な検討により、脳浮腫の制御機構や脳独自の水代謝機構が明らかにされたほか、AQP4を標的とする抗AQP4抗体による自己[[免疫]]疾患が発見されるなど、脳における水の理解は進んでいる。


 本稿では、脳のアクアポリンであるAQP4を中心に中枢神経系におけるアクアポリンの機能やヒト病態との関連について概説する。
 本稿では、脳のアクアポリンであるAQP4を中心に中枢神経系におけるアクアポリンの機能やヒト病態との関連について概説する。
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[[image:アクアポリン1.png|thumb|300px|'''図1.アクアポリンの基本的構造'''<br>図1A、1B. アクアポリンは基本構造として膜6回型タンパク質であり、そのループA,C,Eは細胞外に、リープB, Dを細胞内に局在している。そのうち、ループBとループE内にはNPAモチーフと呼ばれる構造を有しており、立体構造をなした際には細胞膜内にて互いに向き合うように小孔(2.8Å)を呈し、主に水分子を特異的に通すことができる。<br>図C.図はAQP1の構造をサイドから見た像であり、Cys領域と言われる局在を示している。この領域には水銀などが結合することで水分子の移動が制限される事が知られている。<br>図D. アクアポリンは基本的に四量体を形成しており、図のように上から見ると四色に色塗りされた構造が結合し、それぞれの水チャネルが形成されている。(図C、Dは慶応大学薬理学 安井正人先生よりご供与頂く)]]
[[image:アクアポリン1.png|thumb|300px|'''図1.アクアポリンの基本的構造'''<br>図1A、1B. アクアポリンは基本構造として膜6回型タンパク質であり、そのループA,C,Eは細胞外に、リープB, Dを細胞内に局在している。そのうち、ループBとループE内にはNPAモチーフと呼ばれる構造を有しており、立体構造をなした際には細胞膜内にて互いに向き合うように小孔(2.8Å)を呈し、主に水分子を特異的に通すことができる。<br>図C.図はAQP1の構造をサイドから見た像であり、Cys領域と言われる局在を示している。この領域には水銀などが結合することで水分子の移動が制限される事が知られている。<br>図D. アクアポリンは基本的に四量体を形成しており、図のように上から見ると四色に色塗りされた構造が結合し、それぞれの水チャネルが形成されている。(図C、Dは慶応大学薬理学 安井正人先生よりご供与頂く)]]


 AQPは主要内在性タンパク質スーパーファミリーに属し、AQPには現在12種のサブファミリーが存在し、それぞれ共通の構造と機能を有している。AQPは、250~350個程度のアミノ酸残基から構成され分子量は約28k~30kDa前後である。AQPの分子構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、6回膜貫通型であるため5つのループを形成し、3つの細胞外ドメイン(ループA、C、E)と2つの細胞内ドメイン(ループB、D)を有する(図1A)。ループBとループEには、アスパラギン-[[プロリン]]-アラニンが配列するNPAモチーフと呼ばれる脂質二重膜に入りこむ特殊構造が存在し、細胞膜上で立体構造を呈するとそれぞれのNPAモチーフが顔を合わせるように近接し小さな水の通路を形成する(図1B)。ちょうど砂時計のように水分子(2.8Å)を一つ一つ通すことのできる小孔(直径2.8Å)を形成しており、それより大きな[[イオン]]分子等が透過できない構造になっている。また、小孔には[[アルギニン]]制限領域を有する狭い疎水性溶質に対する壁が存在し、プロトン分子や他の陽イオンを阻害する領域も存在している。また、NPAモチーフの近傍にはAQP1等では水銀が結合するCys(AQP1ではCys 189、AQP4ではCys 178)領域が存在し、水銀が結合することにより水分子が通過できなくなる事が知られている(図1C)<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。これらのタンパク質は、基本的には四量体を形成して細胞膜に発現しており(図1D)、更に集合することにより格子状配列を採ることが知られている<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。電子顕微鏡を用いた凍結割断法により、1970年代からアストロサイトの細胞膜上に格子状配列を呈するアレイ構造があること<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>、[[脳室]]周囲器官やてんかんモデル等の神経病態においてアレイ構造が増減することは古くから知られていたが<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>、Peter Agreらによって1993年にアクアポリンが発見され、この特異な細胞膜タンパク質の正体がアクアポリンであることが判明した<ref name=ref2 />。1970年代に電顕像で見られたアレイ構造は、正に脳室周囲器官に豊富に発現するAQPや神経病態で反応性に増加したアストロサイトに発現するAQP4を見ていたとものと考えられる。
 AQPは主要内在性タンパク質スーパーファミリーに属し、AQPには現在12種のサブファミリーが存在し、それぞれ共通の構造と機能を有している。AQPは、250~350個程度のアミノ酸残基から構成され分子量は約28k~30kDa前後である。AQPの分子構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、6回膜貫通型であるため5つのループを形成し、3つの細胞外ドメイン(ループA、C、E)と2つの細胞内ドメイン(ループB、D)を有する(図1A)。ループBとループEには、アスパラギン-[[プロリン]]-アラニンが配列するNPAモチーフと呼ばれる脂質二重膜に入りこむ特殊構造が存在し、細胞膜上で立体構造を呈するとそれぞれのNPAモチーフが顔を合わせるように近接し小さな水の通路を形成する(図1B)。ちょうど砂時計のように水分子(2.8Å)を一つ一つ通すことのできる小孔(直径2.8Å)を形成しており、それより大きな[[イオン]]分子等が透過できない構造になっている。また、小孔には[[アルギニン]]制限領域を有する狭い疎水性溶質に対する壁が存在し、プロトン分子や他の陽イオンを阻害する領域も存在している。また、NPAモチーフの近傍にはAQP1等では水銀が結合するCys(AQP1ではCys 189、AQP4ではCys 178)領域が存在し、水銀が結合することにより水分子が通過できなくなる事が知られている(図1C)<ref name=ref5><pubmed>19850109</pubmed></ref>。これらのタンパク質は、基本的には四量体を形成して細胞膜に発現しており(図1D)、更に集合することにより格子状配列を採ることが知られている<ref name=ref6><pubmed>10698922</pubmed></ref>。電子顕微鏡を用いた凍結割断法により、1970年代からアストロサイトの細胞膜上に格子状配列を呈するアレイ構造があること<ref name=ref7><pubmed>4809245</pubmed></ref>、[[脳室]]周囲器官やてんかんモデル等の神経病態においてアレイ構造が増減することは古くから知られていたが<ref name=ref8><pubmed>7214478</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>6705745</pubmed></ref>、Peter Agreらによって1993年にアクアポリンが発見され、この特異な細胞膜タンパク質の正体がアクアポリンであることが判明した<ref name=ref2 />。1970年代に電顕像で見られたアレイ構造は、正に脳室周囲器官に豊富に発現するAQPや神経病態で反応性に増加したアストロサイトに発現するAQP4を見ていたとものと考えられる。


==アクアポリンのサブファミリー==
==アクアポリンのサブファミリー==
 [[哺乳動物]]においては、現在AQP0からAQP12までの13種類のAQPが知られており、水分子を選択的に通すものと、グリセロール等かなり選択性が緩いアクアグリセロポリンに大別される。ヒト疾患とAQPの関連としては、AQP2の遺伝子異常によって尿濃縮力が低下し、遺伝性の尿崩症を発症することが初めて報告された<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。また、AQP0のE134GやT138R点変異が先天性白内障の原因であることが報告されている<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>。さらにシェーグレン症候群の患者では唾液腺でのAQP5の発現が低下していると報告されている<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。その他、数々のAQP欠損[[マウス]]の検討により様々な病態にAQPが関与することが示唆されている(表1)。
 [[哺乳動物]]においては、現在AQP0からAQP12までの13種類のAQPが知られており、水分子を選択的に通すものと、グリセロール等かなり選択性が緩いアクアグリセロポリンに大別される。ヒト疾患とAQPの関連としては、AQP2の遺伝子異常によって尿濃縮力が低下し、遺伝性の尿崩症を発症することが初めて報告された<ref name=ref10><pubmed>7510718</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>8140421</pubmed></ref>。また、AQP0のE134GやT138R点変異が先天性白内障の原因であることが報告されている<ref name=ref12><pubmed>   11001937</pubmed></ref>。さらにシェーグレン症候群の患者では唾液腺でのAQP5の発現が低下していると報告されている<ref name=ref13><pubmed>11247557</pubmed></ref>。その他、数々のAQP欠損[[マウス]]の検討により様々な病態にAQPが関与することが示唆されている(表1)。


 中枢神経系においては、当初より主にAQP1、AQP4、AQP9等が発現することが知られ、中でもAQP発見の発端となったAQP1は主に脈絡叢に発現して[[髄液]]産生に関わる事が知られている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。しかし、中枢神経系においては圧倒的にAQP4の発現が優位であることが知られており、その研究はAQP4を中心に進んできたといっても過言ではない。AQP1は全身を巡る赤血球や血管内皮に広く発現が知られているが、中枢神経系においては血管内皮には発現せずに、脈絡叢に選択的に発現しており、髄液産生に重要な役割を担っていることが知られている<ref name=ref14 />。AQP1は、脳血管内皮の培養系や悪性脳腫瘍において発現することが報告されているが、アストロサイトとの共培養系では発現が低下することから、血管内皮とアストロサイト足突起の相互作用により低下することが示唆されている<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。一方、AQP1は定常状態ではラットでは脈絡叢や脊髄後索の一部に発現するのみであるが、ヒト脳においてはかなり大脳[[白質]]や脊髄にも広範に発現することが報告されており、種による違いがあるものと推察される<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。脳外傷モデルにおいては、病的状態になって発現してきて水輸送に関わる事が報告されている<ref name=ref15 />。AQP9は、脳や[[肝臓]]、白血球にも発現することが知られ、水だけではなく尿素やグリセロール等広く透過することが知られ、アクアグリセロポリンの1つである。近年、[[視神経]]に発現しており病態に関与することが報告されている<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。その他、ラットのアストロサイト培養系の検討では、AQP1、AQP2、AQP3、AQP4、AQP5、AQP8、 AQP9、AQP11、AQP12と、従来考えられているより多くのAQPが中枢神経系に発現することが報告されている<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。これらのAQPの中枢神経系における機能は少しずつ解ってくると期待されるが、前述したAQP1に見るように培養系では[[mRNA]]レベルで確認されても細胞膜上に確認されない事もあり、また血管内皮とアストロサイト足突起の共存下で発現量が増減するものなど、その特性の違いが個々のAQPで異なることが想定される。
 中枢神経系においては、当初より主にAQP1、AQP4、AQP9等が発現することが知られ、中でもAQP発見の発端となったAQP1は主に脈絡叢に発現して[[髄液]]産生に関わる事が知られている<ref name=ref14><pubmed>15533949</pubmed></ref>。しかし、中枢神経系においては圧倒的にAQP4の発現が優位であることが知られており、その研究はAQP4を中心に進んできたといっても過言ではない。AQP1は全身を巡る赤血球や血管内皮に広く発現が知られているが、中枢神経系においては血管内皮には発現せずに、脈絡叢に選択的に発現しており、髄液産生に重要な役割を担っていることが知られている<ref name=ref14 />。AQP1は、脳血管内皮の培養系や悪性脳腫瘍において発現することが報告されているが、アストロサイトとの共培養系では発現が低下することから、血管内皮とアストロサイト足突起の相互作用により低下することが示唆されている<ref name=ref15><pubmed>19610096</pubmed></ref>。一方、AQP1は定常状態ではラットでは脈絡叢や脊髄後索の一部に発現するのみであるが、ヒト脳においてはかなり大脳[[白質]]や脊髄にも広範に発現することが報告されており、種による違いがあるものと推察される<ref name=ref16><pubmed>17645239</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>23579868</pubmed></ref>。脳外傷モデルにおいては、病的状態になって発現してきて水輸送に関わる事が報告されている<ref name=ref15 />。AQP9は、脳や[[肝臓]]、白血球にも発現することが知られ、水だけではなく尿素やグリセロール等広く透過することが知られ、アクアグリセロポリンの1つである。近年、[[視神経]]に発現しており病態に関与することが報告されている<ref name=ref18><pubmed>21919596</pubmed></ref>。その他、ラットのアストロサイト培養系の検討では、AQP1、AQP2、AQP3、AQP4、AQP5、AQP8、 AQP9、AQP11、AQP12と、従来考えられているより多くのAQPが中枢神経系に発現することが報告されている<ref name=ref19><pubmed>21119878</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>11376853</pubmed></ref>。これらのAQPの中枢神経系における機能は少しずつ解ってくると期待されるが、前述したAQP1に見るように培養系では[[mRNA]]レベルで確認されても細胞膜上に確認されない事もあり、また血管内皮とアストロサイト足突起の共存下で発現量が増減するものなど、その特性の違いが個々のAQPで異なることが想定される。


{| class="wikitable"  
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==AQP4の発現と機能==
==AQP4の発現と機能==
 AQP4は脳に特に豊富に発現し、AQP1とは異なり水銀非感受性の異なる分子として同定され、AgreとVerkmanのグループがそれぞれ1994年に単離し報告したタンパク質である<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。AQP4は、髄腔に接する[[上衣細胞]]や[[血液脳関門]]を構成するアストロサイト足突起に発現していることが明らかとなり<ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>、また、脳室周囲器官と呼ばれる髄腔に接する[[視床下部]]や下垂体、脈絡叢周囲などに豊富に発現し、脳内ホルモンの分泌や髄液産生にも積極的に関与していることが示唆されている<ref name=ref21 />。
 AQP4は脳に特に豊富に発現し、AQP1とは異なり水銀非感受性の異なる分子として同定され、AgreとVerkmanのグループがそれぞれ1994年に単離し報告したタンパク質である<ref name=ref21><pubmed>7528931</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>7509789</pubmed></ref>。AQP4は、髄腔に接する[[上衣細胞]]や[[血液脳関門]]を構成するアストロサイト足突起に発現していることが明らかとなり<ref name=ref23><pubmed>8987746</pubmed></ref>、また、脳室周囲器官と呼ばれる髄腔に接する[[視床下部]]や下垂体、脈絡叢周囲などに豊富に発現し、脳内ホルモンの分泌や髄液産生にも積極的に関与していることが示唆されている<ref name=ref21 />。


 水分子は細胞内外での浸透圧の違いにより双方向性に効率的、選択的かつ迅速に水分子を移動することができる構造になっている。そのため、イオン分子やプロトン分子の移動に伴う細胞内外のイオン環境の変化を伴うことなく水の移動を行う。
 水分子は細胞内外での浸透圧の違いにより双方向性に効率的、選択的かつ迅速に水分子を移動することができる構造になっている。そのため、イオン分子やプロトン分子の移動に伴う細胞内外のイオン環境の変化を伴うことなく水の移動を行う。


 また、主にAQP4欠損マウスにおけるアストロサイト機能の検討から、アストロサイトの遊走機能に関わることや、アストロサイトの足突起先端に発現するAQP4は互いに接着能を有すること、などが報告されている<ref name=ref4 /> <ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>。神経疾患の病態においては、AQP4は活性化したアストロサイトの膜上に豊富に発現し、神経病理学的には反応性アストロサイトにおいて密集する無数の足突起を可視化することができ、神経病態における水輸送や代謝を中心としたアストロサイトの重要性は明らかである<ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>。
 また、主にAQP4欠損マウスにおけるアストロサイト機能の検討から、アストロサイトの遊走機能に関わることや、アストロサイトの足突起先端に発現するAQP4は互いに接着能を有すること、などが報告されている<ref name=ref4 /> <ref name=ref24><pubmed>   16303850</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>16325200</pubmed></ref>。神経疾患の病態においては、AQP4は活性化したアストロサイトの膜上に豊富に発現し、神経病理学的には反応性アストロサイトにおいて密集する無数の足突起を可視化することができ、神経病態における水輸送や代謝を中心としたアストロサイトの重要性は明らかである<ref name=ref26><pubmed>25174305</pubmed></ref>。


 通常は、AQP4は他のアクアポリンと同様に、基本的に四量体を形成して細胞膜上に存在し、それぞれの小孔により水分子の移動が行われ、細胞膜上ではαージストロフィンやシントロフィンなどの膜タンパク質と共存している。筋ジストロフィーの原因遺伝子の1つであるαジストロフィン欠損マウスや[[細胞外マトリックス]]のアンカータンパク質であるシントロフィン欠損マウスではAQP4の発現も抑制されることが報告されており、これらの細胞膜タンパク質がAQP4の発現を制御していることが示唆されている。また、AQP4は[[カリウムチャネル]](Kir4.1)とも近接して存在することが報告されている<ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>。カリウムは神経活動において放出される神経毒の1つであるが、シントロフィン欠損によりカリウム代謝が鈍化することが知られており、水移動とカリウム代謝には密接な関係があることが示唆されている。このAQP4に近接するKir4.1が、従来からNMOとの異同が問題となってきた[[多発性硬化症]](MS)の自己抗体の標的抗原であることがLancetに報告され注目されたが、その後の追試では確定的な結論には至っていない。
 通常は、AQP4は他のアクアポリンと同様に、基本的に四量体を形成して細胞膜上に存在し、それぞれの小孔により水分子の移動が行われ、細胞膜上ではαージストロフィンやシントロフィンなどの膜タンパク質と共存している。筋ジストロフィーの原因遺伝子の1つであるαジストロフィン欠損マウスや[[細胞外マトリックス]]のアンカータンパク質であるシントロフィン欠損マウスではAQP4の発現も抑制されることが報告されており、これらの細胞膜タンパク質がAQP4の発現を制御していることが示唆されている。また、AQP4は[[カリウムチャネル]](Kir4.1)とも近接して存在することが報告されている<ref name=ref27><pubmed>16257493</pubmed></ref>。カリウムは神経活動において放出される神経毒の1つであるが、シントロフィン欠損によりカリウム代謝が鈍化することが知られており、水移動とカリウム代謝には密接な関係があることが示唆されている。このAQP4に近接するKir4.1が、従来からNMOとの異同が問題となってきた[[多発性硬化症]](MS)の自己抗体の標的抗原であることがLancetに報告され注目されたが、その後の追試では確定的な結論には至っていない。


 AQP4欠損マウスでは、通常状態は特に脳圧亢進などは起こらず僅かに脳の水分量が増加する程度の変化しか来さない。一部では正[[常圧]]水頭症と同様の変化を来すことが報告されている。一方、脳圧亢進状態や脳虚血などでは後述するように脳浮腫の程度に明らかな差があることが報告されている(表1)。
 AQP4欠損マウスでは、通常状態は特に脳圧亢進などは起こらず僅かに脳の水分量が増加する程度の変化しか来さない。一部では正[[常圧]]水頭症と同様の変化を来すことが報告されている。一方、脳圧亢進状態や脳虚血などでは後述するように脳浮腫の程度に明らかな差があることが報告されている(表1)。


==AQP4とそのアイソフォーム==
==AQP4とそのアイソフォーム==
 AQPは細胞膜上では立体構造を取り、多くの場合は4分子が重合した四量体を形成しており、さらにそれぞれの四量体が集まって直行格子状配列(Orthogonal arrays of particles:OAP)を取ることが知られている。この現象は、古くから冷凍断裂法を用いた電子顕微鏡的細胞膜研究で脳や他組織に存在が知られていたが<ref name=ref7 /> <ref name=ref8 />、近年その正体がアクアポリンであることが判明している。脳でそれを担っているのは脳に特異的に豊富に発現していることが知られるAQP4である。AQP4には、古典的な2種類のアイソフォームがあり、AQP4の本来の転写開始領域である1番目のメチオニンよりなる長いM1(323アミノ酸)と、23番目のメチオニンから[[翻訳]]される短いM23(301 アミノ酸)が存在する。それぞれ同様の水チェネル機能を有しているが、M23はM1と比較して格子状配列を呈する能力が優れていることが報告されている。すなわち、四量体でもM23のみであればOAPがより大きく形成されるのに対して、M1とM23のヘテロ四量体ないしM1のホモ四量体では、OAPの形成がより小さくなることが知られている<ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>。この細胞膜上でのOAPの形成の有無は、後述する近年明らかとなってきた視神経脊髄炎(NMO)の病態においても、M23に対する抗体がより病態に深く関わっていることが解ってきている。
 AQPは細胞膜上では立体構造を取り、多くの場合は4分子が重合した四量体を形成しており、さらにそれぞれの四量体が集まって直行格子状配列(Orthogonal arrays of particles:OAP)を取ることが知られている。この現象は、古くから冷凍断裂法を用いた電子顕微鏡的細胞膜研究で脳や他組織に存在が知られていたが<ref name=ref7 /> <ref name=ref8 />、近年その正体がアクアポリンであることが判明している。脳でそれを担っているのは脳に特異的に豊富に発現していることが知られるAQP4である。AQP4には、古典的な2種類のアイソフォームがあり、AQP4の本来の転写開始領域である1番目のメチオニンよりなる長いM1(323アミノ酸)と、23番目のメチオニンから[[翻訳]]される短いM23(301 アミノ酸)が存在する。それぞれ同様の水チェネル機能を有しているが、M23はM1と比較して格子状配列を呈する能力が優れていることが報告されている。すなわち、四量体でもM23のみであればOAPがより大きく形成されるのに対して、M1とM23のヘテロ四量体ないしM1のホモ四量体では、OAPの形成がより小さくなることが知られている<ref name=ref28><pubmed>18179769</pubmed></ref>。この細胞膜上でのOAPの形成の有無は、後述する近年明らかとなってきた視神経脊髄炎(NMO)の病態においても、M23に対する抗体がより病態に深く関わっていることが解ってきている。


 AQPは、細胞膜上ではM1として存在する際にはOAPを形成せず単独で存在すると考えられるが、初めにOAPを形成する際にはアイソフォームの1つであるM23によって形成されることが知られており、逆にN末端にM1が存在することによってOAPの形成は抑制されることが知られている。これはN末端のパルミトイル基が深く関わっており、13番と17番のシステイン残基を変異させることにより、M1による抑制効果は失われOAPの形成が促されることが知られている<ref name=ref28 />。
 AQPは、細胞膜上ではM1として存在する際にはOAPを形成せず単独で存在すると考えられるが、初めにOAPを形成する際にはアイソフォームの1つであるM23によって形成されることが知られており、逆にN末端にM1が存在することによってOAPの形成は抑制されることが知られている。これはN末端のパルミトイル基が深く関わっており、13番と17番のシステイン残基を変異させることにより、M1による抑制効果は失われOAPの形成が促されることが知られている<ref name=ref28 />。


 近年、AQP4自体がアストロサイト足突起に発現するAQP4分子同士による細胞接着に関わっていると報告されてきたが<ref name=ref25 />、それを担うのは主に格子状構造に関連するM23であることが報告されている<ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>。一方、M1-AQP4はより動的であり、膜状ないし葉状仮足と呼ばれる足突起の発現に関与し、細胞の移動と接着に関与しているという。
 近年、AQP4自体がアストロサイト足突起に発現するAQP4分子同士による細胞接着に関わっていると報告されてきたが<ref name=ref25 />、それを担うのは主に格子状構造に関連するM23であることが報告されている<ref name=ref29><pubmed>24515349</pubmed></ref>。一方、M1-AQP4はより動的であり、膜状ないし葉状仮足と呼ばれる足突起の発現に関与し、細胞の移動と接着に関与しているという。


==グリア関連リンパ流とアクアポリン==
==グリア関連リンパ流とアクアポリン==
 脳は古くから免疫学的特権部位として、脳だけは全身臓器に走る血管のような並走するリンパ組織を持たないと考えられてきた。これは、トレーサーを用いて血管側ないし髄腔側から入り込む物質の大きさ等から考えられた概念である。そのため脳における代謝は多くはアストロサイトにあるトランスポーターが細胞に取り込んで担うと考えられて、代表的な[[グルタミン酸]]などもEAAT2等のトランスポーターを介して血管に戻るとされる。Virchow-Robin腔は、基本的には[[脳脊髄液]]と接し、脳実質側からアストロサイト足突起のアプローチを受け、AQP4を介して水の移動に深く関わっている<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref>。
 脳は古くから免疫学的特権部位として、脳だけは全身臓器に走る血管のような並走するリンパ組織を持たないと考えられてきた。これは、トレーサーを用いて血管側ないし髄腔側から入り込む物質の大きさ等から考えられた概念である。そのため脳における代謝は多くはアストロサイトにあるトランスポーターが細胞に取り込んで担うと考えられて、代表的な[[グルタミン酸]]などもEAAT2等のトランスポーターを介して血管に戻るとされる。Virchow-Robin腔は、基本的には[[脳脊髄液]]と接し、脳実質側からアストロサイト足突起のアプローチを受け、AQP4を介して水の移動に深く関わっている<ref name=ref30><pubmed>25165047</pubmed></ref>。


 近年、髄液の流れについてもアクアポリン4欠損マウスによる検討から様々な知見が得られている。大小様々なトレーサーが髄液の流れにより脳室側から脳実質へと入り込み傍静脈性に実質外へ流出することが解ったが、AQP4欠損マウスによってその流れが約70%抑えられることが解った。さらに、脳実質内に打ち込んだ水溶性[[アミロイド]]βが徐々に減衰していく現象において、AQP4欠損によって抑制される事が示された<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref>。このことから、AQP4を介したアストロサイトによる積極的な水輸送システムが、脳内における様々な分子の代謝に関わる事が示唆されている。この脳独自のシステムは、様々なトランスポーターが果す代謝とも独立したシステムとして、Glymphatic system(脳リンパないし[[グリア]]-リンパ組織)と呼ばれている。このシステムでは、[[睡眠]]中には覚醒中の比較で60%も増大することで劇的に水を入れ替えことが報告され、よく眠ることが脳の老廃物を代謝することに繋がるとして注目されている<ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref>。このシステムは、加齢とともに機能が低下することが報告されており、アミロイドβの代謝機能が低下することが、認知機能低下につながると報告されている<ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref>。
 近年、髄液の流れについてもアクアポリン4欠損マウスによる検討から様々な知見が得られている。大小様々なトレーサーが髄液の流れにより脳室側から脳実質へと入り込み傍静脈性に実質外へ流出することが解ったが、AQP4欠損マウスによってその流れが約70%抑えられることが解った。さらに、脳実質内に打ち込んだ水溶性[[アミロイド]]βが徐々に減衰していく現象において、AQP4欠損によって抑制される事が示された<ref name=ref31><pubmed>22896675</pubmed></ref>。このことから、AQP4を介したアストロサイトによる積極的な水輸送システムが、脳内における様々な分子の代謝に関わる事が示唆されている。この脳独自のシステムは、様々なトランスポーターが果す代謝とも独立したシステムとして、Glymphatic system(脳リンパないし[[グリア]]-リンパ組織)と呼ばれている。このシステムでは、[[睡眠]]中には覚醒中の比較で60%も増大することで劇的に水を入れ替えことが報告され、よく眠ることが脳の老廃物を代謝することに繋がるとして注目されている<ref name=ref32><pubmed>23812703</pubmed></ref>。このシステムは、加齢とともに機能が低下することが報告されており、アミロイドβの代謝機能が低下することが、認知機能低下につながると報告されている<ref name=ref33><pubmed>25204284</pubmed></ref>。


==疾患との関わり==
==疾患との関わり==
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==脳浮腫(脳梗塞ほか)==
==脳浮腫(脳梗塞ほか)==
 脳浮腫は、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍、脳炎や、虚血性や肝性、腎性の多くの代謝性脳症などで見られ、生命予後に直結する重大な病態である。アストロサイトや[[脳神経]]細胞の著名な膨張を中心とした病理を呈し、主に血管の破綻を伴わない細胞浮腫を特徴とする細胞性浮腫と、主に血液能関門の破綻を伴う血管性浮腫に分類されている。進行すると脳ヘルニアを来たし死に至る。近年のAQPの発見により、脳浮腫の病態にAQP4が密接に関わっていることが示唆されており、特にAQP4欠損は細胞性浮腫の軽減に効果がある反面、血管性浮腫を増悪させるジレンマが有る事が示唆されている。これらの研究では、血中が相対的に低浸透圧になることで水がAQP4を介して神経系へと流れやすく細胞傷害性浮腫を来すと考えられているなど、全身の水[[バランス]]が影響している。また、血液脳関門([[BBB]])の破綻を呈する脳腫瘍、脳膿瘍、てんかんなどのモデルにおいては、AQP4欠損によって脳浮腫が増悪することが報告されている。これは、BBBの破綻があるため血管性浮腫を呈し、水はAQP4を介さずに細胞外に浮腫を増すことにより、AQP4による廃液が出来ないことが却って悪化を招くためと考えられている。脳梗塞によるヒト脳でのAQP4の発現の検討では、AQP4の発現は虚血巣より末端で強く発現しており、特にアストロサイトの足突起に発現し、[[軟膜]]や軟膜下の発現も虚血巣近傍でより強く発現しており、AQP4の発現が浮腫に関連していると報告されている<ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref>。また、AQP4欠損マウスの検討で、一割弱に重度の閉塞性の水頭症を来したとする検討がなされている<ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref>。一方、交通性水頭症モデルにおいて、脳室周囲のAQP4と髄液量に相関を示したとの報告もあり、いずれにせよAQP4と脳内髄液産生の関連が注目されている。
 脳浮腫は、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍、脳炎や、虚血性や肝性、腎性の多くの代謝性脳症などで見られ、生命予後に直結する重大な病態である。アストロサイトや[[脳神経]]細胞の著名な膨張を中心とした病理を呈し、主に血管の破綻を伴わない細胞浮腫を特徴とする細胞性浮腫と、主に血液能関門の破綻を伴う血管性浮腫に分類されている。進行すると脳ヘルニアを来たし死に至る。近年のAQPの発見により、脳浮腫の病態にAQP4が密接に関わっていることが示唆されており、特にAQP4欠損は細胞性浮腫の軽減に効果がある反面、血管性浮腫を増悪させるジレンマが有る事が示唆されている。これらの研究では、血中が相対的に低浸透圧になることで水がAQP4を介して神経系へと流れやすく細胞傷害性浮腫を来すと考えられているなど、全身の水[[バランス]]が影響している。また、血液脳関門([[BBB]])の破綻を呈する脳腫瘍、脳膿瘍、てんかんなどのモデルにおいては、AQP4欠損によって脳浮腫が増悪することが報告されている。これは、BBBの破綻があるため血管性浮腫を呈し、水はAQP4を介さずに細胞外に浮腫を増すことにより、AQP4による廃液が出来ないことが却って悪化を招くためと考えられている。脳梗塞によるヒト脳でのAQP4の発現の検討では、AQP4の発現は虚血巣より末端で強く発現しており、特にアストロサイトの足突起に発現し、[[軟膜]]や軟膜下の発現も虚血巣近傍でより強く発現しており、AQP4の発現が浮腫に関連していると報告されている<ref name=ref34><pubmed>   12715185</pubmed></ref>。また、AQP4欠損マウスの検討で、一割弱に重度の閉塞性の水頭症を来したとする検討がなされている<ref name=ref35><pubmed>18951529</pubmed></ref>。一方、交通性水頭症モデルにおいて、脳室周囲のAQP4と髄液量に相関を示したとの報告もあり、いずれにせよAQP4と脳内髄液産生の関連が注目されている。


 Verkmanらのグループで作成されたAQP4欠損マウスにおける脳浮腫の検討においては、急性水中毒における検討では、欠損マウスで有意に組織内水分量および足突起の腫脹が軽減することが示されている。また、中大脳動脈閉塞モデルにおいて、24時間後の大脳半球の面積を検討した検討においては、35%の脳浮腫軽減効果を認めている。この結果から、AQP4を抑制することが新たな脳浮腫を来す疾患の治療法に繋がると考えられた<ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>。
 Verkmanらのグループで作成されたAQP4欠損マウスにおける脳浮腫の検討においては、急性水中毒における検討では、欠損マウスで有意に組織内水分量および足突起の腫脹が軽減することが示されている。また、中大脳動脈閉塞モデルにおいて、24時間後の大脳半球の面積を検討した検討においては、35%の脳浮腫軽減効果を認めている。この結果から、AQP4を抑制することが新たな脳浮腫を来す疾患の治療法に繋がると考えられた<ref name=ref36><pubmed>10655103</pubmed></ref>。


 一方、同じグループが作成したモデルにおいて、凍結創モデルによる血管性浮腫モデルにおいてAQP4欠損マウスは著明な増悪を示し、脳圧が2倍程度上昇し浮腫が悪化することが示された。メラノーマ移植による脳腫瘍モデルにおいて、AQP4欠損マウスにおいては、やはり2倍程度の脳圧亢進状態を呈し、神経症状の増悪を示したと報告されている<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>。そのため、病変局所におけるAQP4の発現亢進が血管性浮腫の軽減に効果があると報告されている。
 一方、同じグループが作成したモデルにおいて、凍結創モデルによる血管性浮腫モデルにおいてAQP4欠損マウスは著明な増悪を示し、脳圧が2倍程度上昇し浮腫が悪化することが示された。メラノーマ移植による脳腫瘍モデルにおいて、AQP4欠損マウスにおいては、やはり2倍程度の脳圧亢進状態を呈し、神経症状の増悪を示したと報告されている<ref name=ref37><pubmed>15208268</pubmed></ref>。そのため、病変局所におけるAQP4の発現亢進が血管性浮腫の軽減に効果があると報告されている。


==脳腫瘍==
==脳腫瘍==
 ヒトの悪性脳腫瘍周囲においては、AQP4は著明に発現亢進することが報告されているが、腫瘍周囲の細胞外浮腫は軽減することから、腫瘍から脳実  質への水輸送は制限されていると考えられている<ref name=ref37 />。血管周囲グリア境界膜に発現するAQP4や血液脳関門を構成するOccludin等の[[密着結合]]の制御によって脳腫瘍による脳浮腫が増悪すると推察されている<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref>。一方、数種類の脳腫瘍に対する免疫組織染色による検討において、中枢神経系に発現するAQP1、AQP4、AQP9の発現を検討した報告では、異常なAQP1の発現亢進がグリオーマや上衣腫に認められ、特に高[[分化]]癌では傍腫瘍性の発現であるが、低分化癌では細胞内染色パターンを示した<ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref>。AQP1の発現は、高分化癌とよく相関し、傍腫瘍性に生じる血管性浮腫に応じてAQP1が発現していることを示唆している<ref name=ref39 />。このように脈絡叢に局在すると言われるAQP1が脳実質内で発現し、脳浮腫に関連することが示唆されている。
 ヒトの悪性脳腫瘍周囲においては、AQP4は著明に発現亢進することが報告されているが、腫瘍周囲の細胞外浮腫は軽減することから、腫瘍から脳実  質への水輸送は制限されていると考えられている<ref name=ref37 />。血管周囲グリア境界膜に発現するAQP4や血液脳関門を構成するOccludin等の[[密着結合]]の制御によって脳腫瘍による脳浮腫が増悪すると推察されている<ref name=ref38><pubmed>15561416</pubmed></ref>。一方、数種類の脳腫瘍に対する免疫組織染色による検討において、中枢神経系に発現するAQP1、AQP4、AQP9の発現を検討した報告では、異常なAQP1の発現亢進がグリオーマや上衣腫に認められ、特に高[[分化]]癌では傍腫瘍性の発現であるが、低分化癌では細胞内染色パターンを示した<ref name=ref39><pubmed>23361277</pubmed></ref>。AQP1の発現は、高分化癌とよく相関し、傍腫瘍性に生じる血管性浮腫に応じてAQP1が発現していることを示唆している<ref name=ref39 />。このように脈絡叢に局在すると言われるAQP1が脳実質内で発現し、脳浮腫に関連することが示唆されている。
 
 
==脊髄外傷==  
==脊髄外傷==  
 胸髄T6レベルでの圧迫性脊髄症モデルにおいて、AQP4欠損マウスにおいては外傷後2日における運動障害度が有意に改善される事が報告されている(Basso運動スコアで4.9対1.3)。さらに、[[体性感覚]]誘発電位においても、AQP4欠損マウスで6.4μV非欠損マウスで1.7と、AQP4欠損マウスで障害が軽度であった。これらの結果から、運動・感覚神経の改善効果が明らかであり、AQP4が主要な静脈性浮腫の原因と考えられた。脊髄外傷において、AQP4を抑制することが有力な治療標的と考えられている<ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref>。
 胸髄T6レベルでの圧迫性脊髄症モデルにおいて、AQP4欠損マウスにおいては外傷後2日における運動障害度が有意に改善される事が報告されている(Basso運動スコアで4.9対1.3)。さらに、[[体性感覚]]誘発電位においても、AQP4欠損マウスで6.4μV非欠損マウスで1.7と、AQP4欠損マウスで障害が軽度であった。これらの結果から、運動・感覚神経の改善効果が明らかであり、AQP4が主要な静脈性浮腫の原因と考えられた。脊髄外傷において、AQP4を抑制することが有力な治療標的と考えられている<ref name=ref40><pubmed>18267965</pubmed></ref>。


==認知症とアクアポリン4==
==認知症とアクアポリン4==
 また、神経変性疾患の多くが脳に貯留する蓄積タンパク質が原因であることから様々な疾患で水が注目されている。[[アルツハイマー型認知症]]においては、ヒトAD患者の検討からAQP1が高発現していること、[[アミロイドタンパク質]]と共発現しており、AQP1とアミロイドβと分子的相互作用により、NPAモチーフに影響を起こしうると報告している<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>。動物実験の検討においても、アミロイドβはAQP4欠損マウスにおいて、その代謝が抑制される事が報告され、水が毒性タンパク質の代謝に重要であることが示唆されている<ref name=ref31 />。
 また、神経変性疾患の多くが脳に貯留する蓄積タンパク質が原因であることから様々な疾患で水が注目されている。[[アルツハイマー型認知症]]においては、ヒトAD患者の検討からAQP1が高発現していること、[[アミロイドタンパク質]]と共発現しており、AQP1とアミロイドβと分子的相互作用により、NPAモチーフに影響を起こしうると報告している<ref name=ref41><pubmed>18509662</pubmed></ref>。動物実験の検討においても、アミロイドβはAQP4欠損マウスにおいて、その代謝が抑制される事が報告され、水が毒性タンパク質の代謝に重要であることが示唆されている<ref name=ref31 />。


==視神経脊髄炎とアクアポリン4抗体==
==視神経脊髄炎とアクアポリン4抗体==

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