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類義語:既視感、 false recognition、 false memory、paramnesia、reminiscence、intellectual aura、illusion of familiarity、dysmnestic seizure | 類義語:既視感、 false recognition、 false memory、paramnesia、reminiscence、intellectual aura、illusion of familiarity、dysmnestic seizure | ||
{{box|text= (一段落程度の抄録をお願いいたします)}} | |||
== 既知感とは == | == 既知感とは == | ||
既知感は、フランス語のdéjà vu | 既知感は、フランス語のdéjà vu の日本語訳であるが、フランス語の原語では文字どおりは「既に見た」、すなわち[[既視感]]という意味であり、他の五感、特に[[味覚]]や[[嗅覚]]はむしろ[[視覚]]よりもよりこの[[感覚]]と結びつきが強いことを考えると本来 “déjà vécu”「既に体験された」と呼ばれるべきであり、既知感という日本語はより実態に近い訳となっている。 | ||
医学用語としては、この用語は false | 医学用語としては、この用語は [[false recognition]]、 [[false memory]]、[[paramnesia]]、[[reminiscence]]など様々の表現で呼ばれていたが、1896年にF. L. Arnaudが主導して既知感という名称が汎用されるようになり、以降、この名称が定着している。[[てんかん]]学の分野では[[intellectual aura]]、[[illusion of familiarity]]、[[dysmnestic seizure]]など様々の名称で呼ばれているが、それぞれ用語の守備範囲が微妙にくいちがっている。 | ||
== 頻度 == | == 頻度 == | ||
一般的経験としては、若年者に多く、8割近い人が時々感ずるとされている<ref name=ref1 ><pubmed> 12695735 </pubmed></ref> | 一般的経験としては、若年者に多く、8割近い人が時々感ずるとされている<ref name=ref1 ><pubmed> 12695735 </pubmed></ref>。疾病の中では[[側頭葉てんかん]]としての症状があまりにも有名であり、いわゆる上腹部不快感に次いで2番目に頻度の高い前兆であるが、てんかん全体からみるとその頻度は数%程度にすぎない<ref name=ref12 >'''兼本浩祐, 馬屋原健, 山田広和 河合逸雄.'''<br>Dysmnestic seizure (記憶障害発作)を訴えた72例のてんかん患者の臨床的検討-自律神経性前兆との比較を中心として-<br>''てんかん研究'' 11: 101-109, 1993</ref>。てんかんによる既知感と非てんかん性の既知感は性質の違いがあるとの報告もある<ref name=ref2 ><pubmed> 20494621 </pubmed></ref>。 | ||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
既知感の最も古い記載の1つは紀元前1世紀に書かれた[[wj:オウィディウス|Ovidius]]の『[[wj:変身物語|変身物語]]』の中の[[wj:菜食主義|菜食主義]]を擁護する論説の中で[[wj:ピタゴラス|Pythagoras]]が語った言葉に遡るとされる<ref name=ref3 >'''Funkhouser, A. T.'''<br>A historical review of déjà vu. <br>''Parapsychological Journal of South Africa'', 4, 11-24, 1983.</ref>。Pythagorasは[[wj:輪廻転生|輪廻転生]]を信じており、[[wj:アルゴス|アルゴス]]の神殿で飾ってあった盾を見て、[[wj:トロイ戦争|トロイ戦争]]の時に別人だった自分が使っていた盾だと感じ、これを魂の不死の証明だと主張している。 | |||
既知感についてのこのPythagorasの説はその後数百年にわかり流布していたようであり、[[wj:アウグスティヌス|聖Augustinus]]は4世紀に『[[w:On the Trinity|三位一体論]]』の中で、夢の中で何か体験して同じことを今体験しているたと思い込んでしまい、時にその混乱が日中にも及んでしまうことがあるが、この錯覚と同じ錯覚をPythagorasは体験したに過ぎないと反論している。 | |||
近年しばしば引用されるのは1850年の[[wj:チャールズ・ディケンズ|Charles Dickens]]によって書かれた『[[wj:デヴィット・カッパーフィールド|デヴィット・カッパーフィールド]]』の次の節である。 | |||
''「私達は皆、今自分が言おうとしていることややろうとしていることが、以前言ったことやしたことの繰り返したという感覚に捉われたことがあるでしょう・・・(中略)・・今まさに周りにいる人が何を言おうとしているが前もってわかるかのような錯覚に捉われるのです」''。 | |||
医学文献においては、Arthur L. Wiganによって1844年に書かれた『心の二重性』が最も初期の記載であり、その中で Wiganは、「シャルロッテ王女の葬儀の際に飲まず食わずで列席した時の体験として、気を失うほどに疲れ果ててぼんやりとしていたい時、突然棺が運び出される段になって、まさにその時にその情景と同じ情景を以前、間違いなく見たことを確信した」という記載を残している。その体験から | 医学文献においては、Arthur L. Wiganによって1844年に書かれた『心の二重性』が最も初期の記載であり、その中で Wiganは、「シャルロッテ王女の葬儀の際に飲まず食わずで列席した時の体験として、気を失うほどに疲れ果ててぼんやりとしていたい時、突然棺が運び出される段になって、まさにその時にその情景と同じ情景を以前、間違いなく見たことを確信した」という記載を残している。その体験から Wiganは、過労の際に、一方の大脳半球が休眠状態となってしまい、出来事が起こって覚醒する時に2つの半球で覚醒度の時差ができてしまうのが、こうした既知感の原因ではないかと述べている。この説は、[[wj:エミール・クレペリン|Kraepelin]]によって後に徹底して批判されているが、John Hughlings Jacksonもこれと近い発想をしており、近年、その見直しを行われている。 | ||
== てんかんとの関係 == | == てんかんとの関係 == | ||
てんかん、分けても側頭葉てんかんと既知感の関係を最初に本格的に問題としたのが、[[w:John Hughlings Jackson|John Hughlings Jackson]]であることに異を唱える人はいまい。Jacksonの業績を理解するためには、当時、てんかん発作というのはけいれんを伴う大発作のことだと認識されていたことを思い起しておく必要がある。”Des Acce`s Incomplets d’Epilepsie” という著作でHerpinがJacksonとは独立に意識が変容するだけでけいれんしないエピソ-ドの後にけいれんが起こる場合があることに着目し、前兆や意識消失発作もてんかんの部分症状かもしれないと考えたのは、Jacksonの直前の時代であった<ref name=ref5 >'''Herpin,Th.'''<br>Des Acces Incomplets d'Epilepsie.<br> ''Bailliere'', Paris, 1867 </ref>。Jacksonは、Quaerensという偽名を用いて自身が体験した既知感とてんかん発作との関連を漠然と示唆した内科医の手記とZというやはり医師の受け持ち患者の体験の問診から、この二人の既知感がてんかん発作の前兆であることを確信し、これを[[想起]] “reminiscence” と名付けた<ref name=ref6 >'''Jackson, J.H.'''<br> On right and left-sided spasm at the onset of epileptic paroxysms, and on crude sensation warnings, and elaborate mental states. <br>'''Brain''' 3,192-206, 1880/81</ref><ref name=ref7 >'''Jackson, J.H.'''<br>On a partilcular variety of epilepsy (‘intellectual aura'), one case with symptoms of organic brain disease.<br>'''Brain''' 11, 179-207, 1888</ref><ref name=ref8 >'''Jackson,J.H., Stewart,P.'''<br>Epileptic attacks with a warning of a crude sensation of smell and with the intellectual aura (dreamy state) in a patient who had symptoms pointing to gross organic disease of right temoro-sphenoidal lobe.<br> ''Brain'' 22,534-549, 1899</ref>。 | |||
Jacksonの後で既知感について強い興味をもって論じているのは多数の大脳の刺激実験を行った[[Penfield]]であるが、Penfieldは既知感に関連する症状を解釈現象と体験現象に分け、解釈現象は[[錯覚]]であるが、体験現象は[[幻覚]]であるとして区別した<ref name=ref13 >'''Penfield,W., Jasper,H.'''<br>Epilepsy and functional anatomy of the human brain<br>''Little-Brown'', Boston, 1954 </ref><ref name=ref14 ><pubmed> 14090522 </pubmed></ref>。通常の既知感は現在起こっている事態に対する感覚が変化するだけなので解釈現象であるが、側頭葉てんかんでは過去の光景が実際に想起されることがあり、この点は一般的な既知感とは異なる。ただし側頭葉てんかんでの想起はいわゆる[[覚醒剤]]などの後遺症の[[フラッシュバック]]などとは異なり典型的な場合には、後からどんな場面が体験されたのか思い出せないことが多いのとしばしば懐かしさを惹起される点が大きく異なる<ref name=ref12 >'''兼本浩祐, 馬屋原健, 山田広和 河合逸雄.'''<br>Dysmnestic seizure (記憶障害発作)を訴えた72例のてんかん患者の臨床的検討-自律神経性前兆との比較を中心として-<br>''てんかん研究'' 11: 101-109, 1993</ref>。 | |||
Gloorは、解釈現象は単純に体験現象のより不全型ではないかという説を既知感に関して主張している<ref name=ref4 ><pubmed> 2276040 </pubmed></ref> | Gloorは、解釈現象は単純に体験現象のより不全型ではないかという説を既知感に関して主張している<ref name=ref4 ><pubmed> 2276040 </pubmed></ref>。 | ||
てんかん性の既知感は、実際には広範な現象を含んでおり、よく見慣れた場所や人を一度も見たことがないと感ずる[[未知感]] “[[jamais vu]]”、さらにこれから起こることが全て分かってしまうという[[予知感]]なども密接な繋がりがある。未知感は他の[[精神疾患]]における[[離人感]]と言葉として表現すると似ているように聞こえるが、「夢の中に入っていくような」と表現されることもあり、今まで一度も体験したことがないような新奇性にその特徴がある。これは既知感にも当てはまり、それまで体験したことがないような親近感の変容 “illusion of familiarity” がその真骨頂である。こうした特徴を踏まえ、Jacksonは、意識変容も含めて既知感とそれに関連するてんかんの症状を “dreamy state” 「夢様状態」と名付けた。Penfield に由来することの述語はJanzによって側頭葉てんかんを特徴づける体験として強調されている<ref name=ref9 >'''Janz, D.'''<br>Die Epilepsien.<br>''Thieme''. Stuttgart, 1969</ref>。 | |||
健常人の既知感は、こうした未知感との密接な繋がりは認められない。Jacksonが上腹部不快感などの “crude sensation” と対比して “intellectual aura” | 健常人の既知感は、こうした未知感との密接な繋がりは認められない。Jacksonが上腹部不快感などの “crude sensation” と対比して “intellectual aura” と呼んだ既知感などの[[前兆]]は他の前兆と重なって起こった場合には相対的に後に出現することが多く<ref name=ref10 ><pubmed> 2468740 </pubmed></ref>、また発症年齢は相対的に高いことが多い<ref name=ref11 >'''Kanemoto K., Mayahara K., Kawai I.'''<br> The age at onset of epilepsy and aura-sensations: Understanding aura-sensations from the developmental point of view.<br>''J Epilepsy'' 7:171-177, 1994</ref>。 | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |