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英語名:psychotropic drug: psychotoropics
英語名:psychotropic drug: psychotropics 独:psychotrope Stoffe 仏:medicaments psychotropes
仏:medicaments psychotropes
独:psychotrope Stoffe


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{{box|text= 向精神薬は、中枢神経系に作用し、精神機能を変容させる薬物の総称である。広義には、アルコールなどの嗜好品、覚せい剤などの精神異常発現薬なども含まれるが、一般的には、精神疾患の治療に用いられる薬物を指す。}}
 向精神薬は、中枢神経系に作用し、精神機能を変容させる薬物の総称である。広義には、アルコールなどの嗜好品、覚せい剤などの精神異常発現薬なども含まれるが、一般的には、精神疾患の治療に用いられる薬物を指す。
}}
 
 
==定義==
==向精神薬とは==
 向精神薬とは、[[中枢神経系]]に作用し、精神機能を変容させる薬物の総称である。広義には、[[アルコール]]や[[たばこ]]などの嗜好品、[[危険ドラッグ]]などの精神異常発現薬なども含まれるが、厳密な定義や分類があるわけではなく国際的にも統一的な用語になっていない。一般的には、[[精神疾患]]の治療に用いられる薬物を指す。
 向精神薬とは、[[中枢神経系]]に作用し、精神機能を変容させる薬物の総称である。広義には、[[アルコール]]や[[たばこ]]などの嗜好品、[[危険ドラッグ]]などの精神異常発現薬なども含まれるが、厳密な定義や分類があるわけではなく国際的にも統一的な用語になっていない。一般的には、[[精神疾患]]の治療に用いられる薬物を指す。


 治療に用いられるものには[[抗精神病薬]](antipsychotics)、[[抗うつ薬]](antidepressants)、[[気分安定薬]](mood stabilizers)、[[抗不安薬]](antianxiety drugs: anxiolytics)、[[睡眠薬]](hypnotics)、[[精神刺激薬]](psychostimulants)、[[認知症治療薬]](dementia therapeutics)などが含まれる<ref name=ref1>'''Stahl SM'''<br>Stahl's Essential Psychopharmacology: Neuroscientific Basis and Practical Applications 3rd Ed,<br>''Cambridge University Press''; 2008.</ref>。
===近代以前===
 最初の向精神薬(広い意味で精神活動を変化させる薬物)は、アルコールであったと考えられている。他にも、[[阿片]][[ベラドンナ]][[インド蛇木]]などの草木が利用されていた。
 
 19世紀に入ると、阿片から[[モルヒネ]]が抽出され、薬用動[[植物]]からの成分抽出や新規化合物の合成が始まった。
 
 向精神薬としては、1850年代に臭化物(<u>編集部コメント:何の臭化物でしょうか?</u>)が[[てんかん]]や[[不眠症]]に用いられ、1903年ころに[[バルビツール酸]]誘導体が導入された。
 
===精神科における薬物療法の導入===
 1950年代に[[抗ヒスタミン]]薬として用いられていた[[クロルプロマジン]]を、[[麻酔]]の併用薬として投与した際に、精神症状が安定することが観察され、精神病の治療薬として用いられるようになった。当時は、[[インスリンショック療法]]や[[マラリア発熱療法]]、[[前頭葉白質切断術]]などの治療法が中心であった精神科治療を大きく変えるきっかけとなった。
 
===精神科における薬物療法の影響===
 精神疾患に対して、抗精神病薬が用いられるようになった影響は、1950年代の精神科病院の臨床統計に反映されている。すなわち、薬物療法を行われる患者数の増加に反比例して、入院患者数と院内拘束患者数は減少し、ショック療法が用いられる頻度は減少した<ref name=ref8>'''八木剛平'''<br>向精神薬の歴史 in 向精神薬の歴史・基礎・臨床<br>Edited by 三浦貞則<br> ''東京、星和書店''; 1996. pp. 1-23.</ref>。
 
 抗精神病薬の化学構造や薬理作用の研究は、[[動物]]の行動を指標とした薬効研究すなわち行動薬理学に発展した。向精神薬の臨床開発では、[[無作為化二重盲検比較試験]]が採用され、症状は評価尺度によって評価されるようになった。これらの変化は、精神科治療を経験的な医療から、科学的な医療に変換させた。


==分類==
==分類==
 分類は、化学構造式や薬理作用に基づくもの、適応疾患あるいは適応症状に基づくものなどがある。主には、適応疾患に基づく分類が用いられている(表)。近年では、[[バルプロ酸ナトリウム]]は[[抗てんかん薬]]でもあり気分安定薬でもあるなど、複数の適応疾患を持つものがある。このため、命名法の改革が全世界的に進められている。
 分類は、化学構造式や薬理作用に基づくもの、適応疾患あるいは適応症状に基づくものなどがある。主には、適応疾患に基づく分類が用いられている(表)。
 
 治療に用いられるものには[[抗精神病薬]](antipsychotics)、[[抗うつ薬]](antidepressants)、[[気分安定薬]](mood stabilizers)、[[抗不安薬]](antianxiety drugs: anxiolytics)、[[睡眠薬]](hypnotics)、[[精神刺激薬]](psychostimulants)、[[認知症治療薬]](dementia therapeutics)などが含まれる<ref name=ref1>'''Stahl SM'''<br>Stahl's Essential Psychopharmacology: Neuroscientific Basis and Practical Applications 3rd Ed,<br>''Cambridge University Press''; 2008.</ref>。[[バルプロ酸ナトリウム]]は[[抗てんかん薬]]でもあり気分安定薬でもあるなど、複数の適応疾患を持つものがある。このため、命名法の改革が全世界的に進められている。''[[向精神薬#命名法についての議論|命名法についての議論]]''を参照。


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|rowspan="20" | 中枢神経系薬
|rowspan="20" | 中枢神経系薬
|rowspan="17" | 主作用として精神症状変容させるもの
|rowspan="17" | 主作用として精神症状変容させるもの
|rowspan="17" | 向精神薬
|rowspan="17" | [[向精神薬]]
|rowspan="2" | 嗜好品
|rowspan="2" | 嗜好品
| colspan="3" | アルコール
| colspan="3" | [[アルコール]]
|-
|-
| colspan="3" | ニコチン(たばこ)
| colspan="3" | [[ニコチン]](たばこ)
|-
|-
|rowspan="2" | 精神異常発現薬
|rowspan="2" | 精神異常発現薬
| colspan="3" | 覚せい剤
| colspan="3" | [[覚せい剤]]
|-
|-
| colspan="3" | 危険ドラッグ
| colspan="3" | [[危険ドラッグ]]
|-
|-
|rowspan="13" | 治療薬
|rowspan="13" | 治療薬
|rowspan="2" | 抗精神病薬
|rowspan="2" | [[抗精神病薬]]
| colspan="2" | 第一世代抗精神病薬
| colspan="2" | [[第一世代抗精神病薬]]
|-
|-
| colspan="2" | 第二世代抗精神病薬
| colspan="2" | [[第二世代抗精神病薬]]
|-
|-
|rowspan="5" | 抗うつ薬
|rowspan="5" | [[抗うつ薬]]
|rowspan="2" | 化学構造式による分類
|rowspan="2" | 化学構造式による分類
|三環系抗うつ薬
|[[三環系抗うつ薬]]
|-
|-
|四環系抗うつ薬
|[[四環系抗うつ薬]]
|-
|-
|rowspan="3" | 薬理作用による分類
|rowspan="3" | 薬理作用による分類
|SSRI
|[[SSRI]]
|-
|-
|SNRI
|[[SNRI]]
|-
|-
|NaSSA
|[[NaSSA]]
|-
|-
| colspan="3" | 気分安定薬
| colspan="3" | [[気分安定薬]]
|-
|-
| colspan="3" | 抗不安薬
| colspan="3" | [[抗不安薬]]
|-
|-
|rowspan="3" | 睡眠薬
|rowspan="3" | [[睡眠薬]]
| colspan="2" | ベンゾジアゼピン受容体作動薬
| colspan="2" | [[ベンゾジアゼピン受容体]][[作動薬]]
|-
|-
| colspan="2" | メラトニン受容体作動薬
| colspan="2" | [[メラトニン受容体]]作動薬
|-
|-
| colspan="2" | オレキシン受容体拮抗薬
| colspan="2" | [[オレキシン受容体]][[拮抗薬]]
|-
|-
| colspan="3" | 認知症治療薬
| colspan="3" | [[認知症]]治療薬
|-
|-
| rowspan="3" colspan="3" | 主作用として精神症状を変容させないもの
| rowspan="3" colspan="3" | 主作用として精神症状を変容させないもの
| colspan="3" | 麻酔薬
| colspan="3" | [[麻酔薬]]
|-
|-
| colspan="3" | 抗てんかん薬
| colspan="3" | [[抗てんかん薬]]
|-
|-
| colspan="3" | 抗パーキンソン病薬
| colspan="3" | [[抗パーキンソン病薬]]
|-
|-
|}
|}
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===気分安定薬===  
===気分安定薬===  
 主に双極性障害の治療薬である。代表的薬剤として[[炭酸リチウム]]があり、ほかに[[バルプロ酸]]、[[カルバマゼピン]]、[[ラモトリギン]]といった抗てんかん薬が気分安定薬としての作用を持つ。
 主に[[双極性障害]]の治療薬である。代表的薬剤として[[炭酸リチウム]]があり、ほかに[[バルプロ酸]]、[[カルバマゼピン]]、[[ラモトリギン]]といった抗てんかん薬が気分安定薬としての作用を持つ。


===抗うつ薬===  
===抗うつ薬===  
 主にうつ病と[[不安症]]の治療薬である。うつ病・[[うつ状態]]、不安症を改善させる。[[三環系抗うつ薬]]と[[四環系抗うつ薬]]といった化学構造式上の分類と、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]](selective serotonin reuptake inhibitors, SSRI)、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]](serotonin & norepinephrine reuptake inhibitors, SNRI)、[[ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬]](noradrenergic and specific serotonergic antidepressant, NaSSA)といった薬理作用による分類が混在している。
 主に[[うつ病]]と[[不安症]]の治療薬である。うつ病・[[うつ状態]]、不安症を改善させる。[[三環系抗うつ薬]]と[[四環系抗うつ薬]]といった化学構造式上の分類と、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[selective serotonin reuptake inhibitor]]s, [[SSRI]])、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]]([[serotonin & norepinephrine reuptake inhibitor]]s, [[SNRI]])、[[ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬]]([[noradrenergic and specific serotonergic antidepressant]], [[NaSSA]])といった薬理作用による分類が混在している。


===抗不安薬===
===抗不安薬===
 不安症の治療薬である。[[ベンゾジアゼピン受容体]][[作動薬]](ベンゾジアゼピン系薬)が中心となる。他に[[セロトニン1A受容体]][[部分作動薬]]などがある。ベンゾジアゼピン系薬は抗不安作用、鎮静催眠作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用を有する<ref name=ref1>'''Stahl SM'''<br>Stahl's Essential Psychopharmacology: Neuroscientific Basis and Practical Applications 3rd Ed,<br>''Cambridge University Press''; 2008.</ref> <ref name=ref2>'''稲田健'''<br>本当にわかる精神科の薬はじめの一歩<br>''東京、羊土社''; 2013.</ref>。抗うつ薬に分類されるSSRIも抗不安作用を持ち、不安症の治療に用いられる。
 不安症の治療薬である。[[ベンゾジアゼピン受容体]][[作動薬]](ベンゾジアゼピン系薬)が中心となる。他に[[5-HT1A受容体|5-HT<sub>1A</sub>受容体]][[部分作動薬]]などがある。ベンゾジアゼピン系薬は抗不安作用、鎮静催眠作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用を有する<ref name=ref1>'''Stahl SM'''<br>Stahl's Essential Psychopharmacology: Neuroscientific Basis and Practical Applications 3rd Ed,<br>''Cambridge University Press''; 2008.</ref> <ref name=ref2>'''稲田健'''<br>本当にわかる精神科の薬はじめの一歩<br>''東京、羊土社''; 2013.</ref>。抗うつ薬に分類されるSSRIも抗不安作用を持ち、不安症の治療に用いられる。


===睡眠薬===  
===睡眠薬===  
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 このような現状を踏まえて、世界の主要な神経精神薬理学会([[wikipedia:ja:米国神経精神薬理学会|米国神経精神薬理学会]](American College of Neuropsychopharmacology: ACNP)、[[wikipedia:ja:アジア神経精神薬理学会|アジア神経精神薬理学会]](Asian College of Neuropsychopharmacology: AsCNP)、[[wikipedia:ja:国際神経精神薬理学会|国際神経精神薬理学会]](Collegium Internationale Neuro-Psychopharmacologicum: CINP)、[[wikipedia:ja:欧州神経精神薬理学会|欧州神経精神薬理学会]](the European College of Neuropsychopharmacology: ECNP)、[[wikipedia:ja:国際薬理学連合|国際薬理学連合]](the [[International Union of Basic and Clinical Pharmacology]]: IUPHAR)は合同で、新たなる命名法を提案している。この命名法は5つの軸からなる多軸命名法となっている<ref name=ref7><pubmed>24630385</pubmed></ref>。
 このような現状を踏まえて、世界の主要な神経精神薬理学会([[wikipedia:ja:米国神経精神薬理学会|米国神経精神薬理学会]](American College of Neuropsychopharmacology: ACNP)、[[wikipedia:ja:アジア神経精神薬理学会|アジア神経精神薬理学会]](Asian College of Neuropsychopharmacology: AsCNP)、[[wikipedia:ja:国際神経精神薬理学会|国際神経精神薬理学会]](Collegium Internationale Neuro-Psychopharmacologicum: CINP)、[[wikipedia:ja:欧州神経精神薬理学会|欧州神経精神薬理学会]](the European College of Neuropsychopharmacology: ECNP)、[[wikipedia:ja:国際薬理学連合|国際薬理学連合]](the [[International Union of Basic and Clinical Pharmacology]]: IUPHAR)は合同で、新たなる命名法を提案している。この命名法は5つの軸からなる多軸命名法となっている<ref name=ref7><pubmed>24630385</pubmed></ref>。
==歴史==
===近代以前===
 最初の向精神薬(広い意味で精神活動を変化させる薬物)は、アルコールであったと考えられている。他にも、[[阿片]]、[[ベラドンナ]]、[[インド蛇木]]などの草木が利用されていた。
 19世紀に入ると、阿片から[[モルヒネ]]が抽出され、薬用動[[植物]]からの成分抽出や新規化合物の合成が始まった。
 向精神薬としては、1850年代に臭化物が[[てんかん]]や不眠症に用いられ、1903年ころにバルビツール酸誘導体が導入された。
===精神科における薬物療法の導入===
 1950年代に[[抗ヒスタミン]]薬として用いられていた[[クロルプロマジン]]を、[[麻酔]]の併用薬として投与した際に、精神症状が安定することが観察され、精神病の治療薬として用いられるようになった。当時は、[[インスリンショック療法やマラリア発熱療法]]、[[前頭葉白質切断術]]などの治療法が中心であった精神科治療を大きく変えるきっかけとなった。
 
===精神科における薬物療法の影響===
 精神疾患に対して、抗精神病薬が用いられるようになった影響は、1950年代の精神科病院の臨床統計に反映されている。すなわち、薬物療法を行われる患者数の増加に反比例して、入院患者数と院内拘束患者数は減少し、ショック療法が用いられる頻度は減少した<ref name=ref8>'''八木剛平'''<br>向精神薬の歴史 in 向精神薬の歴史・基礎・臨床<br>Edited by 三浦貞則<br> ''東京、星和書店''; 1996. pp. 1-23.</ref>。
 抗精神病薬の化学構造や薬理作用の研究は、[[動物]]の行動を指標とした薬効研究すなわち行動薬理学に発展した。向精神薬の臨床開発では、[[無作為化二重盲検比較試験]]が採用され、症状は評価尺度によって評価されるようになった。これらの変化は、精神科治療を経験的な医療から、科学的な医療に変換させた。


==関連項目==
==関連項目==

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