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Tomohikomatsuo (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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嗅覚は化学物質である匂い物質を感知するための感覚であり、線虫から昆虫、ヒトに至るまで多くの生物に備わっている。嗅覚系はそれぞれの系統ごとに独自の進化を遂げてきたが、その構造や神経回路には収斂進化のあとが見られることが多い。本稿では、匂いを受容する感覚器から、高次脳へと匂い情報を伝達する嗅覚系神経回路について、哺乳類、特にラットやマウスなどの齧歯類での知見を中心に概説する。 | 嗅覚は化学物質である匂い物質を感知するための感覚であり、線虫から昆虫、ヒトに至るまで多くの生物に備わっている。嗅覚系はそれぞれの系統ごとに独自の進化を遂げてきたが、その構造や神経回路には収斂進化のあとが見られることが多い。本稿では、匂いを受容する感覚器から、高次脳へと匂い情報を伝達する嗅覚系神経回路について、哺乳類、特にラットやマウスなどの齧歯類での知見を中心に概説する。 | ||
== | ==複数の嗅覚回路== | ||
[[ファイル:Tomohikomatsuo Fig1.jpg|サムネイル|右|250px|図1マウス嗅覚系の模式図 嗅覚情報は嗅上皮(主嗅覚系)、鋤鼻器(鋤鼻系)あるいはグルンベルグ神経節に存在する嗅神経によって受容され、それぞれの嗅神経の投射先である主嗅球、副嗅球およびネックレス糸球体において二次神経へと伝達される。ネックレス糸球体はグルンベルグ神経節からの投射に加え、嗅上皮に存在するグアニル酸シクラーゼD陽性嗅神経細胞からの投射も受ける。]] | [[ファイル:Tomohikomatsuo Fig1.jpg|サムネイル|右|250px|図1マウス嗅覚系の模式図 嗅覚情報は嗅上皮(主嗅覚系)、鋤鼻器(鋤鼻系)あるいはグルンベルグ神経節に存在する嗅神経によって受容され、それぞれの嗅神経の投射先である主嗅球、副嗅球およびネックレス糸球体において二次神経へと伝達される。ネックレス糸球体はグルンベルグ神経節からの投射に加え、嗅上皮に存在するグアニル酸シクラーゼD陽性嗅神経細胞からの投射も受ける。]] | ||
哺乳類の嗅覚系には複数の神経回路が存在する。そのうちの一つである主嗅覚系は、匂い物質を受容する嗅神経が存在する嗅上皮、嗅神経の投射先である主嗅球、さらに主嗅球からの投射を受ける梨状皮質などの嗅皮質から構成されている。もう一つのよく知られた嗅覚系である鋤鼻系(副嗅覚系)は、受容器である鋤鼻器、鋤鼻神経の投射先である副嗅球、副嗅球からの投射を受ける扁桃体内側部などの鋤鼻皮質からなっている。主嗅覚系は主に一般的な匂い物質の受容に関わり、鋤鼻系は主にフェロモン受容に関わるが、主嗅覚系もフェロモン受容に、鋤鼻系も一般的な匂い物質の受容に関わっている<ref><pubmed> 12665798 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16481428 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23314914 </pubmed></ref><ref><pubmed> 25564662 </pubmed></ref> 。またこれら2つに加え、警報フェロモンや低温感知に関わる器官であるグルンベルグ神経節も、主嗅覚系や鋤鼻系とは異なる嗅覚系神経回路を持っている(図1)。 | 哺乳類の嗅覚系には複数の神経回路が存在する。そのうちの一つである主嗅覚系は、匂い物質を受容する嗅神経が存在する嗅上皮、嗅神経の投射先である主嗅球、さらに主嗅球からの投射を受ける梨状皮質などの嗅皮質から構成されている。もう一つのよく知られた嗅覚系である鋤鼻系(副嗅覚系)は、受容器である鋤鼻器、鋤鼻神経の投射先である副嗅球、副嗅球からの投射を受ける扁桃体内側部などの鋤鼻皮質からなっている。主嗅覚系は主に一般的な匂い物質の受容に関わり、鋤鼻系は主にフェロモン受容に関わるが、主嗅覚系もフェロモン受容に、鋤鼻系も一般的な匂い物質の受容に関わっている<ref><pubmed> 12665798 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16481428 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23314914 </pubmed></ref><ref><pubmed> 25564662 </pubmed></ref> 。またこれら2つに加え、警報フェロモンや低温感知に関わる器官であるグルンベルグ神経節も、主嗅覚系や鋤鼻系とは異なる嗅覚系神経回路を持っている(図1)。 | ||
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グルンベルグ神経節は鼻腔前庭部に位置し、数百個の神経細胞から構成されている。グルンベルグ神経は嗅神経や鋤鼻神経と同様に、嗅球へと軸索を投射することなどから、主嗅覚系や鋤鼻系とは構造が異なるものの嗅覚系のサブシステムの1つであると考えられている。グルンベルグ神経節は警報フェロモン<ref><pubmed> 18719286 </pubmed></ref>や二酸化炭素<ref><pubmed> 17702944 </pubmed></ref>、あるいは低温の温度刺激<ref><pubmed> 18973593 </pubmed></ref>によって活性化される。グルンベルグ神経節には嗅覚受容体、V2R、TAAR、グアニル酸シクラーゼG(GC-G)などが発現しており<ref><pubmed> 16805845 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17556730 </pubmed></ref>、受容体の候補として考えられているが詳しい事はわかっていない。ヒトでは胎児においてグルンベルグ神経節様の構造が見られることが報告されているが<ref><pubmed> 4749131 </pubmed></ref>、成人における存在は知られていない。 | グルンベルグ神経節は鼻腔前庭部に位置し、数百個の神経細胞から構成されている。グルンベルグ神経は嗅神経や鋤鼻神経と同様に、嗅球へと軸索を投射することなどから、主嗅覚系や鋤鼻系とは構造が異なるものの嗅覚系のサブシステムの1つであると考えられている。グルンベルグ神経節は警報フェロモン<ref><pubmed> 18719286 </pubmed></ref>や二酸化炭素<ref><pubmed> 17702944 </pubmed></ref>、あるいは低温の温度刺激<ref><pubmed> 18973593 </pubmed></ref>によって活性化される。グルンベルグ神経節には嗅覚受容体、V2R、TAAR、グアニル酸シクラーゼG(GC-G)などが発現しており<ref><pubmed> 16805845 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17556730 </pubmed></ref>、受容体の候補として考えられているが詳しい事はわかっていない。ヒトでは胎児においてグルンベルグ神経節様の構造が見られることが報告されているが<ref><pubmed> 4749131 </pubmed></ref>、成人における存在は知られていない。 | ||
== | ==嗅球== | ||
[[ファイル:Tomohikomatsuo Fig2.jpg|サムネイル|右|300px|図2 嗅球における嗅神経と二次神経の接続様式の模式図 主嗅球では同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経(図において同色で示す)は、1~2つの糸球へと軸索を投射する。僧帽・房飾細胞は単一の一次樹状突起を単一の糸球に伸ばしているため、同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経郡からのみ直接的に嗅覚情報を受け取ることになる。副嗅球では同種の鋤鼻受容体を発現する鋤鼻神経は数十の糸球へと軸索を投射する。僧帽房飾細胞は複数の糸球に樹状突起を伸張するが、これら複数の糸球は同種あるいは配列が類似したフェロモン受容体(図では同系色で示す)を発現する鋤鼻神経郡からの投射を受ける。]] | [[ファイル:Tomohikomatsuo Fig2.jpg|サムネイル|右|300px|図2 嗅球における嗅神経と二次神経の接続様式の模式図 主嗅球では同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経(図において同色で示す)は、1~2つの糸球へと軸索を投射する。僧帽・房飾細胞は単一の一次樹状突起を単一の糸球に伸ばしているため、同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経郡からのみ直接的に嗅覚情報を受け取ることになる。副嗅球では同種の鋤鼻受容体を発現する鋤鼻神経は数十の糸球へと軸索を投射する。僧帽房飾細胞は複数の糸球に樹状突起を伸張するが、これら複数の糸球は同種あるいは配列が類似したフェロモン受容体(図では同系色で示す)を発現する鋤鼻神経郡からの投射を受ける。]] | ||
===主嗅球=== | ===主嗅球=== | ||
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グルンベルグ神経は嗅球上のネックレース糸球体と呼ばれる部位へと軸索を投射する。ネックレース糸球体は、主嗅球後方の境界線に沿って(背側においては副嗅球の吻側、腹側においては前嗅核の吻側)を嗅球を取り囲むように位置している。ネックレース糸球体は、グルンベルグ神経に加えて、嗅上皮にあるグアニル酸シクラーゼD (GC-D)を発現する神経郡からの投射も受けている。グルンベルグ神経およびGC-D発現神経は、隣接しているものの異なる糸球へと投射している(図3)<ref name=ref25><pubmed> 22745317 </pubmed></ref>。ネックレース糸球体へと樹状突起を伸ばす投射神経は、主嗅球の僧帽細胞同様の形態(単一の一次樹状突起と複数の側方樹状突起)を持っているが<ref><pubmed> 19247478 </pubmed></ref>、その投射先などの詳細は不明である。 | グルンベルグ神経は嗅球上のネックレース糸球体と呼ばれる部位へと軸索を投射する。ネックレース糸球体は、主嗅球後方の境界線に沿って(背側においては副嗅球の吻側、腹側においては前嗅核の吻側)を嗅球を取り囲むように位置している。ネックレース糸球体は、グルンベルグ神経に加えて、嗅上皮にあるグアニル酸シクラーゼD (GC-D)を発現する神経郡からの投射も受けている。グルンベルグ神経およびGC-D発現神経は、隣接しているものの異なる糸球へと投射している(図3)<ref name=ref25><pubmed> 22745317 </pubmed></ref>。ネックレース糸球体へと樹状突起を伸ばす投射神経は、主嗅球の僧帽細胞同様の形態(単一の一次樹状突起と複数の側方樹状突起)を持っているが<ref><pubmed> 19247478 </pubmed></ref>、その投射先などの詳細は不明である。 | ||
== | ==嗅球からの出力== | ||
[[ファイル:Tomohikomatsuo Fig4.jpg|300px|サムネイル|図4 主嗅覚系(左)および鋤鼻系二次神経(右)の投射領域の模式図 主嗅覚系と鋤鼻系の二次神経の投射先は大きく異なるが、両嗅覚系からの投射を受ける領域も存在する(図では明示していない)<ref name=ref30><pubmed> 18929620 </pubmed></ref>。]] | [[ファイル:Tomohikomatsuo Fig4.jpg|300px|サムネイル|図4 主嗅覚系(左)および鋤鼻系二次神経(右)の投射領域の模式図 主嗅覚系と鋤鼻系の二次神経の投射先は大きく異なるが、両嗅覚系からの投射を受ける領域も存在する(図では明示していない)<ref name=ref30><pubmed> 18929620 </pubmed></ref>。]] | ||
===嗅皮質=== | ===嗅皮質=== |
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