「グルタミン酸仮説」の版間の差分

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==グルタミン酸関連受容体の遺伝子解析==
==グルタミン酸関連受容体の遺伝子解析==
 グルタミン酸受容体は大きく2つに分類される。1つは、多量体を構成して陽[[イオンチャネル]]を形成する[[イオン]]チャネル型であり、もうひとつはGタンパク質<sup>脚注1</sup>)と共役する代謝調節型である。イオンチャネル型は、さらにアゴニストの種類によって、AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)型、カイニン酸型、NMDA型の3つに分けられる。グルタミン酸受容体を候補遺伝子とした関連研究が多数行われ、有意な関連を示すSNPも報告された。
 グルタミン酸受容体は大きく2つに分類される。1つは、多量体を構成して陽[[イオンチャネル]]を形成する[[イオン]]チャネル型であり、もうひとつはGタンパク質<sup>脚注1)</sup>と共役する代謝調節型である。イオンチャネル型は、さらにアゴニストの種類によって、AMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)型、カイニン酸型、NMDA型の3つに分けられる。グルタミン酸受容体を候補遺伝子とした関連研究が多数行われ、有意な関連を示すSNPも報告された。


==グルタミン酸神経伝達に影響する可能性のある遺伝子の解析==
==グルタミン酸神経伝達に影響する可能性のある遺伝子の解析==
 これまでに統合失調症で連鎖が報告された染色体領域は、10以上の染色体にわたっている。いったん連鎖が示唆された領域が、他施設により否定されることも多い。これは、統合失調症の異種性によるものとも、多重の統計処理を行う全ゲノムスキャンの偶然の偽陽性とも考えられている。したがって、複数の報告で追認された領域は偽陽性の可能性が低いといえる。このような複数の施設が追認した領域から、昨年来相次いで統合失調症と関連する遺伝子が絞り込まれてきた。これらの遺伝子は、それぞれグルタミン酸の神経伝達に関与する可能性が示唆された。
 これまでに統合失調症で連鎖が報告された染色体領域は、10以上の染色体にわたっている。いったん連鎖が示唆された領域が、他施設により否定されることも多い。これは、統合失調症の異種性によるものとも、多重の統計処理を行う全ゲノムスキャンの偶然の偽陽性とも考えられている。したがって、複数の報告で追認された領域は偽陽性の可能性が低いといえる。このような複数の施設が追認した領域から、昨年来相次いで統合失調症と関連する遺伝子が絞り込まれてきた。これらの遺伝子は、それぞれグルタミン酸の神経伝達に関与する可能性が示唆された。


 染色体8pは、5つの人種にわたって複数のグループから連鎖が報告されてきた<ref name=ref12><pubmed>9731535</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>10486329</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>8942448</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>7573181</pubmed></ref>。Stefanssonらは、110例の患者を含む33家系を用いて連鎖解析を行い、8p12-21にLOD値<sup>脚注2</sup>)2.53を得た<ref name=ref16><pubmed>12145742</pubmed></ref>)。その領域(5cM)からマイクロサテライトマーカーを75kb<sup>脚注3</sup>)間隔で選び、さらに感受性領域を絞り込んだ。その結果、600 kbにわたる2つのハプロタイプが複数の家系で共有されていた。その領域にコードされていた遺伝子がneuregulin-1 (NRG1)であった<ref name=ref16 />。彼らはNRG1上に同定された181の一塩基置換(single nucleotide polymorphism: SNP)について、394例の患者と478例の対照をタイピングしたが、いくつかのSNPで弱い有意差がみられたものの、どれもアミノ酸置換を伴わないものやスプライスサイトからはずれたものであった。しかし、ハプロタイプ解析では5’端の12のSNPと4つのマイクロサテライトマーカーからなるハプロタイプに有意差が見られ、これを統合失調症のリスクハプロタイプ(オッズ比2.2)であると報告した。NRG1は、中枢神経を含む多くの臓器で発現しており、胎生期には神経細胞のmigration<sup>脚注4</sup>)に影響を与える。成人の神経系では、NMDA受容体を含む神経伝達物質受容体の発現や活性化に影響している<ref name=ref49><pubmed></pubmed></ref>。Stefanssonらは、さらにNRG1とNRG1受容体遺伝子であるErb4のノックアウトマウス<sup>脚注5</sup>)のヘテロ接合体を調べ、自発運動量の亢進やPPIの障害を報告した<ref name=ref57><pubmed></pubmed></ref>。さらに、NRG1のヘテロ接合体ではNMDA受容体密度が16%低下していることを確認した。
 染色体8pは、5つの人種にわたって複数のグループから連鎖が報告されてきた<ref name=ref12><pubmed>9731535</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>10486329</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>8942448</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>7573181</pubmed></ref>。Stefanssonらは、110例の患者を含む33家系を用いて連鎖解析を行い、8p12-21にLOD値<sup>脚注2)</sup>2.53を得た<ref name=ref16><pubmed>12145742</pubmed></ref>)。その領域(5cM)からマイクロサテライトマーカーを75kb<sup>脚注3)</sup>間隔で選び、さらに感受性領域を絞り込んだ。その結果、600 kbにわたる2つのハプロタイプが複数の家系で共有されていた。その領域にコードされていた遺伝子がneuregulin-1 (NRG1)であった<ref name=ref16 />。彼らはNRG1上に同定された181の一塩基置換(single nucleotide polymorphism: SNP)について、394例の患者と478例の対照をタイピングしたが、いくつかのSNPで弱い有意差がみられたものの、どれもアミノ酸置換を伴わないものやスプライスサイトからはずれたものであった。しかし、ハプロタイプ解析では5’端の12のSNPと4つのマイクロサテライトマーカーからなるハプロタイプに有意差が見られ、これを統合失調症のリスクハプロタイプ(オッズ比2.2)であると報告した。NRG1は、中枢神経を含む多くの臓器で発現しており、胎生期には神経細胞のmigration<sup>脚注4)</sup>に影響を与える。成人の神経系では、NMDA受容体を含む神経伝達物質受容体の発現や活性化に影響している<ref name=ref49><pubmed></pubmed></ref>。Stefanssonらは、さらにNRG1とNRG1受容体遺伝子であるErb4のノックアウトマウス<sup>脚注5)</sup>のヘテロ接合体を調べ、自発運動量の亢進やPPIの障害を報告した<ref name=ref57><pubmed></pubmed></ref>。さらに、NRG1のヘテロ接合体ではNMDA受容体密度が16%低下していることを確認した。


 染色体6pは、6p25-24<ref name=ref18><pubmed>11096332</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>9774782</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>10686556</pubmed></ref>、6p23-22<ref name=ref19 /> <ref name=ref20 /> <ref name=ref21><pubmed>9129723</pubmed></ref>、6p21-24<ref name=ref22><pubmed>11126394</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>12140777</pubmed></ref>と多数の連鎖が報告されてきた。Straubらは、270家系1425名を用いて連鎖解析を行い、6p22.3に連鎖の最大LOD値2.22をみとめた<ref name=ref24><pubmed>12098102</pubmed></ref>。さらに、6p22領域の20のマーカーを用いてtransmission disequilibrium test (TDT)を行ったところ、単独でもハプロタイプ<sup>脚注6</sup>)でもこの領域にあるdystrobrevin-binding protein 1(dysbindin, DTNBP1)上にあるマーカーが有意に統合失調症と関連していた<ref name=ref59><pubmed></pubmed></ref>。DTNBP1はdystrophin<sup>脚注7</sup>)タンパク質複合体の1つで、脳内のPSD (postsynaptic densities)タンパク質と相互作用してNMDA受容体の活性を調節している。
 染色体6pは、6p25-24<ref name=ref18><pubmed>11096332</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>9774782</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>10686556</pubmed></ref>、6p23-22<ref name=ref19 /> <ref name=ref20 /> <ref name=ref21><pubmed>9129723</pubmed></ref>、6p21-24<ref name=ref22><pubmed>11126394</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>12140777</pubmed></ref>と多数の連鎖が報告されてきた。Straubらは、270家系1425名を用いて連鎖解析を行い、6p22.3に連鎖の最大LOD値2.22をみとめた<ref name=ref24><pubmed>12098102</pubmed></ref>。さらに、6p22領域の20のマーカーを用いてtransmission disequilibrium test (TDT)を行ったところ、単独でもハプロタイプ<sup>脚注6)</sup>でもこの領域にあるdystrobrevin-binding protein 1(dysbindin, DTNBP1)上にあるマーカーが有意に統合失調症と関連していた<ref name=ref59><pubmed></pubmed></ref>。DTNBP1はdystrophin<sup>脚注7)</sup>タンパク質複合体の1つで、脳内のPSD (postsynaptic densities)タンパク質と相互作用してNMDA受容体の活性を調節している。


 染色体13q22-34も、複数のグループが連鎖を報告している<ref name=ref12 /> <ref name=ref13 /> <ref name=ref25><pubmed>10924404</pubmed></ref>。Chumakovらは、フランス系カナダ人の統合失調症213例と対照241例を用いて、13q34から5 Mb<sup>脚注3</sup>)にわたって191個のSNPについて関連地図を作成した<ref name=ref26><pubmed>12364586</pubmed></ref>。この領域に、統合失調症と関連を示したSNPの連続が65 kbと1400 kbにわたる2つの領域Bin A, Bin B<sup>脚注8</sup>)として検出された。183名ずつのロシア人患者・対照を用いて再検した結果、65 kbのBin Aにおける2つのSNPが再び有意な関連を示した。このBin AからG72遺伝子<sup>脚注9</sup>)が同定された<ref name=ref26 />。Yeast two hybrid法により、G72はD-amino acid oxidase(DAAO)と相互作用をすることが判明した。DAAOはD-serineの酸化酵素であるが、D-serineは脳内に内在していて<ref name=ref27><pubmed>1730289</pubmed></ref>、NMDA受容体をアロステリック<sup>脚注10</sup>)に活性化する。かつて、D-serineの不足が統合失調症で予測され、D-serineの患者への投与が試みられ、統合失調症の症状が改善したと報告された<ref name=ref28><pubmed>9836012</pubmed></ref>。2003年になって、統合失調症で血清中D-serineが対照より減少していることも報告された<ref name=ref29><pubmed>12796220</pubmed></ref>)。Chumakovらは、さらにDAAOの4つのSNPも統合失調症と関連していることを報告した<ref name=ref26 />。G72とDAAOのリスクSNPを同時に持った個体のオッズ比(5.02)は、それぞれを単独に持った個体のオッズ比(1.89および1.04)の相加値を上回っていた。これは、12q24にコードされているDAAO遺伝子と、13q34のG72遺伝子が相乗的作用して統合失調症発症に寄与していると解釈され、個別遺伝子の独立した効果だけでなくepistatic<sup>脚注11</sup>)な効果も関与していることが推察された。
 染色体13q22-34も、複数のグループが連鎖を報告している<ref name=ref12 /> <ref name=ref13 /> <ref name=ref25><pubmed>10924404</pubmed></ref>。Chumakovらは、フランス系カナダ人の統合失調症213例と対照241例を用いて、13q34から5 Mb<sup>脚注3)</sup>にわたって191個のSNPについて関連地図を作成した<ref name=ref26><pubmed>12364586</pubmed></ref>。この領域に、統合失調症と関連を示したSNPの連続が65 kbと1400 kbにわたる2つの領域Bin A, Bin B<sup>脚注8)</sup>として検出された。183名ずつのロシア人患者・対照を用いて再検した結果、65 kbのBin Aにおける2つのSNPが再び有意な関連を示した。このBin AからG72遺伝子<sup>脚注9)</sup>が同定された<ref name=ref26 />。Yeast two hybrid法により、G72はD-amino acid oxidase(DAAO)と相互作用をすることが判明した。DAAOはD-serineの酸化酵素であるが、D-serineは脳内に内在していて<ref name=ref27><pubmed>1730289</pubmed></ref>、NMDA受容体をアロステリック<sup>脚注10)</sup>に活性化する。かつて、D-serineの不足が統合失調症で予測され、D-serineの患者への投与が試みられ、統合失調症の症状が改善したと報告された<ref name=ref28><pubmed>9836012</pubmed></ref>。2003年になって、統合失調症で血清中D-serineが対照より減少していることも報告された<ref name=ref29><pubmed>12796220</pubmed></ref>)。Chumakovらは、さらにDAAOの4つのSNPも統合失調症と関連していることを報告した<ref name=ref26 />。G72とDAAOのリスクSNPを同時に持った個体のオッズ比(5.02)は、それぞれを単独に持った個体のオッズ比(1.89および1.04)の相加値を上回っていた。これは、12q24にコードされているDAAO遺伝子と、13q34のG72遺伝子が相乗的作用して統合失調症発症に寄与していると解釈され、個別遺伝子の独立した効果だけでなくepistatic<sup>脚注11)</sup>な効果も関与していることが推察された。


 染色体22q11は、この領域の欠失が顔面や心臓の奇形をともなうVCSF (velo-cardio-facial syndrome)を来たす。VCSFの20-30%が統合失調症や類縁精神疾患を発症することから、22q11には統合失調症の感受性遺伝子が存在すると考えられていた。また、複数の施設もこの領域に連鎖を報告していた<ref name=ref30><pubmed>7909992</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>7485255</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>8178837</pubmed></ref>。Liuらは、VCSFで欠失が共通しやすい22q11の1.5 Mの領域について、18のSNPを用いてTDTとHHRR(haplotype-based haplotype relative risk)解析を行った結果、proline dehydrogenase(PRODH)のSNPおよびハプロタイプが有意に統合失調症に関連していると報告した<ref name=ref33><pubmed>11891283</pubmed></ref>。22q11の微小欠失は、一般人口でも0.025%の頻度で生じるが、統合失調症では2%と頻度が高い。さらに、統合失調症でも13歳以下に発症する小児発症例では6%と特に頻度が高い。そこでLiuらは、患者を若年発症と成人発症に分けて検討し、PRODHとの関連における統計的有意水準および相対危険率の両方が、若年発症例で上昇することを報告した<ref name=ref33 />。このPRODHは、プロリンをΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換し、P5Cはさらに還元されてグルタミン酸になる。
 染色体22q11は、この領域の欠失が顔面や心臓の奇形をともなうVCSF (velo-cardio-facial syndrome)を来たす。VCSFの20-30%が統合失調症や類縁精神疾患を発症することから、22q11には統合失調症の感受性遺伝子が存在すると考えられていた。また、複数の施設もこの領域に連鎖を報告していた<ref name=ref30><pubmed>7909992</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>7485255</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>8178837</pubmed></ref>。Liuらは、VCSFで欠失が共通しやすい22q11の1.5 Mの領域について、18のSNPを用いてTDTとHHRR(haplotype-based haplotype relative risk)解析を行った結果、proline dehydrogenase(PRODH)のSNPおよびハプロタイプが有意に統合失調症に関連していると報告した<ref name=ref33><pubmed>11891283</pubmed></ref>。22q11の微小欠失は、一般人口でも0.025%の頻度で生じるが、統合失調症では2%と頻度が高い。さらに、統合失調症でも13歳以下に発症する小児発症例では6%と特に頻度が高い。そこでLiuらは、患者を若年発症と成人発症に分けて検討し、PRODHとの関連における統計的有意水準および相対危険率の両方が、若年発症例で上昇することを報告した<ref name=ref33 />。このPRODHは、プロリンをΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換し、P5Cはさらに還元されてグルタミン酸になる。

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