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<font size="+1">[http://researchmap.jp/masanariitokawa 糸川 昌成]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/masanariitokawa 糸川 昌成]</font><br> | ||
''東京都医学総合研究所''<br> | ''東京都医学総合研究所''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年1月19日 原稿完成日:2017年1月24日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英:glutamate hypothesis of schizophrenia 独:Glutamathypothese der Schizophrenie 仏:hypothèse glutamatergique de la schizophrénie | |||
{{box|text= | {{box|text= 統合失調症の「グルタミン酸仮説」は、グルタミン酸作動性神経の機能不全が統合失調症の病態に関与するというものである。1980年にKimらが患者髄液中のグルタミン酸濃度が低いことを報告したのが始まりだが、Kimの髄液所見は再現されなかった。1970年代に解離性麻酔薬フェンサイクリジンの副作用が統合失調症の症状と酷似していること、フェンサイクリジンがNMDA型グルタミン酸受容体の遮断作用を有していたことから、グルタミン酸仮説は再浮上した。1990年代から急速に発展したゲノム研究でも、グルタミン酸関連の候補遺伝子で有意な関連を認めている。近年、辺縁系脳炎と緊張病の関連が議論されていたところ、辺縁系脳炎の一部から抗NMDA型グルタミン酸受容体抗体が同定され、グルタミン酸ニューロンへの自己抗体と緊張病の関連が示唆された。}} | ||
==歴史、根拠== | ==歴史、根拠== | ||
[[統合失調症]]での[[グルタミン酸]][[神経伝達]]の異常を最初に提唱したのは、[[wj:ウルム大学|Ulm大学]]のKimらで1980年のことである<ref name=ref1><pubmed>6108541</pubmed></ref> | [[統合失調症]]での[[グルタミン酸]][[神経伝達]]の異常を最初に提唱したのは、[[wj:ウルム大学|Ulm大学]]のKimらで1980年のことである<ref name=ref1><pubmed>6108541</pubmed></ref>。Kimらは、20例の統合失調症と44例の対照者を調べ、[[髄液]]のグルタミン酸濃度が患者で対照のおよそ1/2まで減少していることを報告した。彼らは、統合失調症ではグルタミン酸神経系に機能不全があってグルタミン酸の遊出が低下していると考察し、グルタミン酸仮説を提唱した。しかしその後の研究では、同様の髄液所見は再現されなかった<ref name=ref2><pubmed>6123303</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>6121307</pubmed></ref>。 | ||
現在のグルタミン酸仮説の中心的根拠は、[[フェンサイクリジン]]が統合失調症様の精神症状を惹起する点に置かれている。 | 現在のグルタミン酸仮説の中心的根拠は、[[フェンサイクリジン]]が統合失調症様の精神症状を惹起する点に置かれている。 | ||
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その後、フェンサイクリジンとグルタミン酸の関連が次々と報告され、1987年にJavittがそれらを「統合失調症のフェンサイクリジンモデル」としてまとめた<ref name=ref5 />。フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体のひとつであるNMDA型グルタミン酸受容体を阻害してグルタミン酸神経の機能低下を起こすが、これと類似の病態が統合失調症でおこっているという仮説である。 | その後、フェンサイクリジンとグルタミン酸の関連が次々と報告され、1987年にJavittがそれらを「統合失調症のフェンサイクリジンモデル」としてまとめた<ref name=ref5 />。フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体のひとつであるNMDA型グルタミン酸受容体を阻害してグルタミン酸神経の機能低下を起こすが、これと類似の病態が統合失調症でおこっているという仮説である。 | ||
グルタミン酸仮説は神経生理学的にも支持されており、その根拠として統合失調症における[[プレパルス・インヒビション]] ([[prepulse inhibition]], [[PPI]])の減弱があげられている。PPIとは、大きな音を聞かせたときの[[驚愕反応]]が、音刺激直前 (50-500 ms) | グルタミン酸仮説は神経生理学的にも支持されており、その根拠として統合失調症における[[プレパルス・インヒビション]] ([[prepulse inhibition]], [[PPI]])の減弱があげられている。PPIとは、大きな音を聞かせたときの[[驚愕反応]]が、音刺激直前 (50-500 ms) に小さい音を先行させることで抑制される現象のことである。1978年にBraffらが、12例の統合失調症が20例の対照者よりPPIが小さいことを報告し<ref name=ref7><pubmed>693742</pubmed></ref>、統合失調症の情報処理障害・認知障害を反映していると考察した。 | ||
PPIの障害は、その後多くの報告で再現され、[[ | PPIの障害は、その後多くの報告で再現され、[[統合失調型パーソナリティ障害]]<ref name=ref8><pubmed>8238643</pubmed></ref>、患者の第1度近親者<ref name=ref9><pubmed>11007721</pubmed></ref>でも認められることから、脳内の病態が臨床症状として表現される以前の、より原因の近くに位置する神経機能障害を反映すると考えられている。つまり、PPIの減弱は統合失調症における[[エンドフェノタイプ]] ([[endophenotype]])([[中間表現型]])とされている。 | ||
PPIは[[動物]]でも観察され、フェンサイクリジン、[[MK801]]などのNMDA型グルタミン酸受容体阻害薬で障害されることから<ref name=ref10><pubmed>1834231</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>2692589</pubmed></ref>、統合失調症におけるPPIの障害もグルタミン酸仮説を支持する根拠と考えられている。 | PPIは[[動物]]でも観察され、フェンサイクリジン、[[MK801]]などのNMDA型グルタミン酸受容体阻害薬で障害されることから<ref name=ref10><pubmed>1834231</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>2692589</pubmed></ref>、統合失調症におけるPPIの障害もグルタミン酸仮説を支持する根拠と考えられている。 | ||
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グルタミン酸受容体は大きく2つに分類される。 | グルタミン酸受容体は大きく2つに分類される。 | ||
1つは、多量体を構成して陽[[イオンチャネル]]を形成する[[イオンチャネル型]]であり、もうひとつはGタンパク質<ref group="注">'''[[Gタンパク質]]''':[[GTP]]([[ | 1つは、多量体を構成して陽[[イオンチャネル]]を形成する[[イオンチャネル型]]であり、もうひとつはGタンパク質<ref group="注">'''[[Gタンパク質]]''':[[GTP]]([[グアノシン3リン酸]])結合タンパク質のことで、受容体にはGタンパク質と共役するタイプとしないタイプがある。神経伝達物質が[[Gタンパク質共役型受容体]]と結合すると、Gタンパク質と共役してGTPの結合に伴った細胞内シグナル伝達機能が変化する。</ref>と共役する代謝調節型である。 | ||
イオンチャネル型は、さらにアゴニストの種類によって、[[AMPA型グルタミン酸受容体|AMPA]](α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)型、[[カイニン酸型グルタミン酸受容体|カイニン酸型]]、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]の3つに分けられる。グルタミン酸受容体を候補遺伝子とした関連研究が多数行われ、有意な関連を示す[[SNP]] | イオンチャネル型は、さらにアゴニストの種類によって、[[AMPA型グルタミン酸受容体|AMPA]](α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid)型、[[カイニン酸型グルタミン酸受容体|カイニン酸型]]、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]の3つに分けられる。グルタミン酸受容体を候補遺伝子とした関連研究が多数行われ、有意な関連を示す[[SNP]]も報告された。36,989名の統合失調症と113,075名の健常対照を用いたGWAS(Genome-Wide Association Study)では、128カ所の108遺伝子に有意な関連が報告された<ref><pubmed>25056061</pubmed></ref>。これらには、グルタミン酸関連遺伝子GRM3, GRIN2A, SRR, GRIA1が含まれていた。 | ||
==グルタミン酸神経伝達に影響する可能性のある遺伝子の解析== | ==グルタミン酸神経伝達に影響する可能性のある遺伝子の解析== | ||
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Stefanssonらは、110例の患者を含む33家系を用いて連鎖解析を行い、8p12-21にLOD値<ref group="注">'''LOD値''':遺伝子領域が疾患に連鎖している確率の指標で、logarithm of the oddsの略。連鎖解析において、遺伝子間の組み換え推定値を関数として算出される。LOD値が-2より小さいとき、その領域は疾患との連鎖が否定される。3より大きいとき95%の確率で連鎖していると結論づける。</ref>2.53を得た<ref name=ref16><pubmed>12145742</pubmed></ref>)。その領域(5cM)から[[マイクロサテライトマーカー]]を75kb<ref group="注">'''kb, Mb''': ゲノムは塩基の連なりであり、1000塩基対の長さを1Kb(kilo-base),100万塩基対を1Mb (mega-base)と表示する。</ref>間隔で選び、さらに感受性領域を絞り込んだ。その結果、600 kbにわたる2つのハプロタイプが複数の家系で共有されていた。その領域にコードされていた遺伝子が[[ニューレグリン-1]] ([[neuregulin-1]], [[NRG1]])であった<ref name=ref16 />。彼らはNRG1上に同定された181の一塩基置換(single nucleotide polymorphism: SNP)について、394例の患者と478例の対照をタイピングしたが、いくつかのSNPで弱い有意差がみられたものの、どれもアミノ酸置換を伴わないものやスプライスサイトからはずれたものであった。しかし、ハプロタイプ解析では5’端の12のSNPと4つのマイクロサテライトマーカーからなるハプロタイプに有意差が見られ、これを統合失調症のリスクハプロタイプ(オッズ比2.2)であると報告した。 | Stefanssonらは、110例の患者を含む33家系を用いて連鎖解析を行い、8p12-21にLOD値<ref group="注">'''LOD値''':遺伝子領域が疾患に連鎖している確率の指標で、logarithm of the oddsの略。連鎖解析において、遺伝子間の組み換え推定値を関数として算出される。LOD値が-2より小さいとき、その領域は疾患との連鎖が否定される。3より大きいとき95%の確率で連鎖していると結論づける。</ref>2.53を得た<ref name=ref16><pubmed>12145742</pubmed></ref>)。その領域(5cM)から[[マイクロサテライトマーカー]]を75kb<ref group="注">'''kb, Mb''': ゲノムは塩基の連なりであり、1000塩基対の長さを1Kb(kilo-base),100万塩基対を1Mb (mega-base)と表示する。</ref>間隔で選び、さらに感受性領域を絞り込んだ。その結果、600 kbにわたる2つのハプロタイプが複数の家系で共有されていた。その領域にコードされていた遺伝子が[[ニューレグリン-1]] ([[neuregulin-1]], [[NRG1]])であった<ref name=ref16 />。彼らはNRG1上に同定された181の一塩基置換(single nucleotide polymorphism: SNP)について、394例の患者と478例の対照をタイピングしたが、いくつかのSNPで弱い有意差がみられたものの、どれもアミノ酸置換を伴わないものやスプライスサイトからはずれたものであった。しかし、ハプロタイプ解析では5’端の12のSNPと4つのマイクロサテライトマーカーからなるハプロタイプに有意差が見られ、これを統合失調症のリスクハプロタイプ(オッズ比2.2)であると報告した。 | ||
NRG1は、中枢神経を含む多くの臓器で発現しており、胎生期には[[神経移動]] (migration) <ref group="注">'''migration''': [[大脳皮質]]の神経細胞は、[[脳室帯]]という[[脳室]]に面した部位で誕生する。最終分裂を終えた神経細胞は、[[胎生期]]11-17日頃に表層へ向かって移動し皮質に6層構造を形成する。この神経細胞の移動がmigrationである。統合失調症では、migrationの障害を示唆する証拠がかねてから報告されており、神経発達障害仮説の根拠の一部とされている。</ref>に影響を与える。成人の神経系では、NMDA型グルタミン酸受容体を含む神経伝達物質受容体の発現や活性化に影響している<ref name=ref17><pubmed>9414162</pubmed></ref>。Stefanssonらは、さらにNRG1と[[NRG1受容体]]遺伝子である[[ | NRG1は、中枢神経を含む多くの臓器で発現しており、胎生期には[[神経移動]] (migration) <ref group="注">'''migration''': [[大脳皮質]]の神経細胞は、[[脳室帯]]という[[脳室]]に面した部位で誕生する。最終分裂を終えた神経細胞は、[[胎生期]]11-17日頃に表層へ向かって移動し皮質に6層構造を形成する。この神経細胞の移動がmigrationである。統合失調症では、migrationの障害を示唆する証拠がかねてから報告されており、神経発達障害仮説の根拠の一部とされている。</ref>に影響を与える。成人の神経系では、NMDA型グルタミン酸受容体を含む神経伝達物質受容体の発現や活性化に影響している<ref name=ref17><pubmed>9414162</pubmed></ref>。Stefanssonらは、さらにNRG1と[[NRG1受容体]]遺伝子である[[ErbB4]]の[[ノックアウトマウス]]<ref group="注">'''ErbB4の[[ノックアウトマウス]]''':[[マウス]]のNRG1受容体遺伝子にあたるErb4を、遺伝子操作によって発現できなくしたのがノックアウトマウスである。遺伝子は両方の親から一つずつ1対持っているが、両方ともノックアウトしたマウス(ホモ接合体)は生存できず死産してしまうため、片親からの遺伝子のみノックアウトしたマウス(ヘテロ接合体)が実験に用いられた。</ref>のヘテロ接合体を調べ、[[自発運動量]]の亢進やPPIの障害を報告した<ref name=ref16 />。さらに、NRG1のヘテロ接合体ではNMDA型グルタミン酸受容体密度が16%低下していることを確認した。 | ||
=== 染色体6p === | === 染色体6p === | ||
6p25-24<ref name=ref18><pubmed>11096332</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>9774782</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>10686556</pubmed></ref>、6p23-22<ref name=ref19 /> <ref name=ref20 /> <ref name=ref21><pubmed>9129723</pubmed></ref>、6p21-24<ref name=ref22><pubmed>11126394</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>12140777</pubmed></ref>と多数の連鎖が報告されてきた。Straubらは、270家系1425名を用いて連鎖解析を行い、6p22.3に連鎖の最大LOD値2.22をみとめた<ref name=ref24><pubmed>12098102</pubmed></ref>。さらに、6p22領域の20のマーカーを用いて[[transmission disequilibrium test]] ([[TDT]])を行ったところ、単独でもハプロタイプ<ref group="注">'''ハプロタイプ''':遺伝子間の距離が近いか、組み換えの置きにくい領域の遺伝子は、メンデルの独立の法則から外れて、遺伝子型が連動して伝播される。これら、複数の遺伝子座における対立遺伝子の組み合わせをハプロタイプと呼ぶ。</ref>でもこの領域にある[[dystrobrevin-binding protein 1]]([[dysbindin]], [[DTNBP1]])上にあるマーカーが有意に統合失調症と関連していた<ref name= | 6p25-24<ref name=ref18><pubmed>11096332</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>9774782</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>10686556</pubmed></ref>、6p23-22<ref name=ref19 /> <ref name=ref20 /> <ref name=ref21><pubmed>9129723</pubmed></ref>、6p21-24<ref name=ref22><pubmed>11126394</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>12140777</pubmed></ref>と多数の連鎖が報告されてきた。Straubらは、270家系1425名を用いて連鎖解析を行い、6p22.3に連鎖の最大LOD値2.22をみとめた<ref name=ref24><pubmed>12098102</pubmed></ref>。さらに、6p22領域の20のマーカーを用いて[[transmission disequilibrium test]] ([[TDT]])を行ったところ、単独でもハプロタイプ<ref group="注">'''ハプロタイプ''':遺伝子間の距離が近いか、組み換えの置きにくい領域の遺伝子は、メンデルの独立の法則から外れて、遺伝子型が連動して伝播される。これら、複数の遺伝子座における対立遺伝子の組み合わせをハプロタイプと呼ぶ。</ref>でもこの領域にある[[dystrobrevin-binding protein 1]]([[dysbindin]], [[DTNBP1]])上にあるマーカーが有意に統合失調症と関連していた<ref name=ref24 />。DTNBP1はdystrophin<ref group="注">'''dystrophin''':[[筋ジストロフィー|Duchenne/Becker型筋ジストロフィー]]の原因分子として同定されたdystrophinであるが、筋組織だけではなく中枢神経系でも発現していることが確認されている。また、筋ジストロフィー患者の病変は筋組織のみならず、[[認知障害]]や[[注意欠陥障害]]など中枢神経症状も認められた。dystrophinは[[シナプス]]形成や[[神経終末]]の伝達調節を行っていることが明らかになっている。</ref>タンパク質複合体の1つで、脳内の[[PSD]] (postsynaptic densities)タンパク質と相互作用してNMDA型グルタミン酸受容体の活性を調節している。 | ||
=== 染色体13q22-34 === | === 染色体13q22-34 === | ||
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=== カルシニューリン === | === カルシニューリン === | ||
これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析から[[カルシニューリン]] ([[calcineurin]], | これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析から[[カルシニューリン]] ([[calcineurin]], CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、カルシニューリンのノックアウトマウスで、[[自発運動量]]の増大、[[社会性行動]]の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した<ref name=ref34><pubmed>12851457</pubmed></ref>。 | ||
その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された<ref name=ref35><pubmed>12851458</pubmed></ref>。興味深いことに、カルシニューリンの4つのサブユニット、カルシニューリン結合タンパク質7つ、機能的にカルシニューリンと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという<ref name=ref35 />。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子[[PPP3R1]](calcineurin B subunit、染色体2p14)、[[PPP3CA]](calcineurin A・subunit、染色体4q24)、[[PPP3CC]](calcineurin A・subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子[[FKBP5]]([[FK506 binding protein 5]]、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた<ref name=ref35 />。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。 | |||
我々もカルシニューリン関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のカルシニューリン関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。カルシニューリンのノックアウトマウスでは、NMDA型グルタミン酸受容体を介した[[海馬]]の[[長期抑圧現象]]が低下しており<ref name=ref36><pubmed>11733061</pubmed></ref>、カルシニューリンもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。 | |||
==抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎== | |||
統合失調症の一型とされている「緊張病」の一部に、高熱、[[wj:チアノーゼ|チアノーゼ]]、[[昏迷]]をともない急速に死に至る場合があることが19世紀から知られていた。 | |||
Stauderは、18歳から26歳の若年者に生じる致死性緊張病として27例を報告している<ref>'''Stauder KH.'''<br>Die tödliche Katatonie. <br>''Arch Psychiat Nervenkr'' 102: 614 1934 [http://bsd.neuroinf.jp/w/images/a/a1/Stauder_1934.pdf PDF]</ref>。2011年にDalmauは、[[辺縁系脳炎]]でNMDA型グルタミン酸受容体に対する抗体を検出する病態を[[抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎]]と提唱した<ref><pubmed>21163445</pubmed></ref>。脳炎なので様々な精神症状も呈するが、発熱、チアノーゼ、てんかん発作などから死に至る場合もある。 | |||
腫瘍をもった個体が腫瘍を非自己として抗体を産生し、腫瘍を標的とした抗体が中枢神経を抗原と誤認して交叉免疫を生じる神経症状を[[傍腫瘍症候群]]と呼ぶ。当初、抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎も[[wj:卵巣奇形腫|卵巣奇形腫]]を合併する症例で報告されたので[[傍腫瘍性脳炎]]と考えられていた。しかし、腫瘍を伴わない[[wj:自己免疫|自己免疫]]症例も報告された。2013年、Steinerらは統合失調症と診断された12例から抗NMDA型グルタミン酸受容体抗体を検出し注目された<ref><pubmed>23344076</pubmed></ref>。それは、[[急性致死性緊張病]]の一部が抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎だった可能性が浮上したからである。 | |||
このように、抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎が統合失調症と診断されうる状態を引き起こすことは、統合失調症のグルタミン酸仮説を支持する。 | |||
==関連項目== | |||
* [[グルタミン酸仮説(アルツハイマー型認知症)]] | |||
* [[グルタミン酸仮説(うつ病)]] | |||
* [[抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎]] | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |