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Nagahisaokamoto (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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{{1段落程度の抄録をお願いいたします}} | |||
== | 英語名:electroconvulsive therapy 英略称:ECT 独:Elektrokrampftherapie 仏:électroconvulsivothérapie | ||
==歴史== | |||
===従来型ECTの誕生=== | ===従来型ECTの誕生=== | ||
電気けいれん療法は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、[[精神神経疾患]]に古くから広く用いられてきた。 | |||
1952年に世界初の[[抗精神病薬]]である[[クロルプロマジン]]が発見される前の精神疾患に有効な薬物がまだ発見されていなかった時代から、[[てんかん]]による[[けいれん発作]]があった後に[[統合失調症]]患者の精神症状が改善することがあることが知られていた。 | |||
このため人工的にけいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みが行われるようになり、1934年に[[wj:ハンガリー|ハンガリー]]の精神科医[[w:Ladislas J. Meduna|Meduna]]は、統合失調症とてんかんの拮抗仮説に基づき、[[早発性痴呆]](現在の統合失調症)の患者に[[カルジオゾール]]で誘発したけいれんによる治療を実施し、その精神症状への有効性が確認された<ref name=ref1><pubmed> 6147103 </pubmed></ref>。 | |||
その後、統合失調症患者への薬剤誘発けいれんによる治療が試みられ、けいれん誘発物質として初期には[[カンフル]]([[樟脳]])やカルジオゾールがよく用いられた。なお、当時の統合失調症概念は幅広く、近年Baranらは、これらの統合失調症の薬剤誘発によるけいれん療法が行われた23症例の報告について、現在の診断基準から診断の見直しを行ったところ、[[統合失調感情障害]]、精神病性の特徴を持つ[[気分障害]]などが含まれており、統合失調症よりもそれらの疾患に有効性が高かった可能性が推察されている<ref name=ref2><pubmed>22230354</pubmed></ref>。 | |||
精神症状に対し治療効果のある確実なけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にイタリアの[[wj:ウーゴ・チェルレッティ|Cerletti]]らによりはじめて報告された。彼らは通電することにより動物にけいれんが誘発されることからアイデアを得て、統合失調症患者に対して電気による脳への通電を行うことでけいれんを誘発したところ、10~20回の通電治療の後で精神症状に有効であることを確認し、これにより精神疾患治療としてのECTが見出された<ref name=ref3><pubmed>15432756</pubmed></ref>。 | |||
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1940~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時に[[うつ病]]への治療効果も多く報告されるようになった。 | |||
本邦では、1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症に対するECTが報告<ref name=ref4>'''安河内五郎、向笠広次'''<br>精神分離症の電撃痙攣療法について<br>''福岡医大誌'' 1939 ;32:1437-1440</ref>されると、薬物療法など精神疾患への確実な治療法がない時代だったこともあり、本邦でも急速にECTが普及していった。 | 本邦では、1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症に対するECTが報告<ref name=ref4>'''安河内五郎、向笠広次'''<br>精神分離症の電撃痙攣療法について<br>''福岡医大誌'' 1939 ;32:1437-1440</ref>されると、薬物療法など精神疾患への確実な治療法がない時代だったこともあり、本邦でも急速にECTが普及していった。 | ||
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法への発展=== | ===従来型ECTから修正型電気けいれん療法への発展=== | ||
[[麻酔]]や[[筋弛緩薬]]を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感を与えることや全身の[[強直間代けいれん]]に伴う骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題であった。 | |||
施行前の患者の恐怖感に対しては、徐々に[[チオペンタール]]や[[アモバルビタール]]等の[[バルビツール系]]の[[静脈麻酔薬]]が用いられるようになり、またけいれん発作時の骨折事故を減らす工夫として、通電後の脳のけいれん波と同期した体の全身けいれんが起こらないようにするために筋弛緩薬が用いられるようになったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(modified electroconvulsive therapy; mECT)の基盤が完成した。 | |||
筋弛緩薬については、1940年代には南米の原住民が狩猟に用いていた筋弛緩作用を持つ毒物[[クラーレ]]が使用されていたが<ref name=ref5>'''Bennet AE'''<br>Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. <br>''JAMA'' 1940 ; 114 :322-324</ref>、作用時間が長いことが問題であったため、1952年HolmbergとThesleffzらが、より安全性の高い[[サクシニルコリン]]の使用を提唱し<ref name=ref6><pubmed>14923897</pubmed></ref>、以後サクシニルコリンが現在まで修正型ECTの代表的な筋弛緩薬として用いられている。 | |||
本邦でも1958年、[[wj:島薗安雄|島薗]]らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた<ref name=ref7>'''島薗安雄、森温理、徳田良仁'''<br>電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験<br>''脳と神経'' 1958 ; 10 : 183-193</ref>が、その後の安全面を含めた評価や一般化が不十分で、またECT自体が患者に強制的に行う負のイメージが強かったため、この時代の反精神医学の潮流や薬物療法の発展に伴い1970年代には本邦では次第に第一線の治療から後退していった。 | |||
しかし、1980年代になると、[[リエゾン精神医学]]の進展に伴い、本邦でも精神科が総合病院の一つの科として位置づけられるようになり、麻酔科医と連携して行うmECTが総合病院や大学病院を中心に普及し、同時に手術に準じた患者や家族への[[インフォームドコンセント]]を行うことが一般的になったことで、ECTの安全性が高まり、従来の負のイメージは徐々に払拭されていった。 | |||
米国では、1975年に[[wj:アメリカ精神医学会|米国精神医学会]]([[wj:アメリカ精神医学会|American Psychiatric Association]] ; APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年にECT全体を網羅するガイドライン「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8>'''American Psychiatric Association'''<br>Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. <br>''APA'' 2001</ref>が刊行され、英国でもECTに関するガイドラインが刊行された<ref name=ref9>'''Royal College of Psychiatrists'''<br>The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’<br>Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995</ref>。 | |||
本邦では、2000年、本橋により本邦で初めてのECTマニュアルが出版され<ref name=ref10>'''本橋伸高''' <br>ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して <br>''医学書院'' 2000</ref>、2002年、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8 />が翻訳刊行され、本邦の現状を考慮した「ECT推奨事項」も報告された。同時期、全国自治体病院協議会はECTの使用に関する提言を行い、修正型での運用とインフォームドコンセントの取得を強く推奨することとなった。 | 本邦では、2000年、本橋により本邦で初めてのECTマニュアルが出版され<ref name=ref10>'''本橋伸高''' <br>ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して <br>''医学書院'' 2000</ref>、2002年、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8 />が翻訳刊行され、本邦の現状を考慮した「ECT推奨事項」も報告された。同時期、全国自治体病院協議会はECTの使用に関する提言を行い、修正型での運用とインフォームドコンセントの取得を強く推奨することとなった。 | ||
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[[image:ect-2.png|thumb|350px|'''写真2.パルス波治療器の米国ソマティックス社サイマトロン''']] | [[image:ect-2.png|thumb|350px|'''写真2.パルス波治療器の米国ソマティックス社サイマトロン''']] | ||
通電のためのECT機器として、従来は交流[[wj:正弦波|正弦波]]([[wj:サイン波|サイン波]])治療器が用いられてきた。サイン波治療器は通常電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を[[wj:生理食塩水|生理食塩水]]で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器(写真1)であった。 | |||
1976年、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が開発されると、欧米では1980年代より、サイン波治療器より少ない電気量での発作誘発が可能<ref name=ref11><pubmed>889985</pubmed></ref>なパルス波治療器が用いられるようになり、本邦でも2002年にパルス波治療器が医療機器として承認された。 | 1976年、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が開発されると、欧米では1980年代より、サイン波治療器より少ない電気量での発作誘発が可能<ref name=ref11><pubmed>889985</pubmed></ref>なパルス波治療器が用いられるようになり、本邦でも2002年にパルス波治療器が医療機器として承認された。 | ||
パルス波治療器は短パルス[[wj:矩形波|矩形波]]([[wj:パルス波|パルス波]])を通電に用いることで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量で神経細胞の脱分極を起こすことができるため、効率的にけいれん閾値に達して発作誘発ができることに加え、個人の電気抵抗値によらずに定電流を通電できる特徴がある。このため、サイン波治療器よりも通電後の認知機能障害が少なく<ref name=ref12><pubmed>3963246</pubmed></ref>、パルス波治療器を用いることで更にECTの安全性が向上するとされる。 | |||
加えて、パルス幅の選択、刺激プログラムの設定、静的インピーダンスと通電時の動的インピーダンスの測定、[[脳波]]・[[wj:心電図|心電図]]・[[筋電図]]のモニター、測定データの解析などが可能で、臨床的な利便性もサイン波治療器よりも向上している。 | |||
現在医療機器として使用されているパルス波治療器は、米国ソマティックス社のサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるものである('''写真2''')。 | |||
近年は、ECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、サイマトロンの使用にあたり、[[wj:日本精神神経学会|日本精神神経学会]]、[[wj:日本生物学的精神医学会|日本生物学的精神医学会]]、[[wj:日本総合病院精神医学会|日本総合病院精神医学会]]で行われる ECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されてきていることで、高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECTがより安全に行われるようになっている。 | |||
== | ==作用機序== | ||
ECTの作用機序はまだ未解明である。 | ECTの作用機序はまだ未解明である。 | ||