「グルタミン酸仮説」の版間の差分

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{{box|text= 統合失調症の「グルタミン酸仮説」は、グルタミン酸作動性神経の機能不全が統合失調症の病態に関与するというものである。1980年にKimらが患者髄液中のグルタミン酸濃度が低いことを報告したのが始まりだが、Kimの髄液所見は再現されなかった。1970年代に解離性麻酔薬フェンサイクリジンの副作用が統合失調症の症状と酷似していること、フェンサイクリジンがNMDA型グルタミン酸受容体の遮断作用を有していたことから、グルタミン酸仮説は再浮上した。1990年代から急速に発展したゲノム研究でも、グルタミン酸関連の候補遺伝子で有意な関連を認めている。近年、辺縁系脳炎と緊張病の関連が議論されていたところ、辺縁系脳炎の一部から抗NMDA型グルタミン酸受容体抗体が同定され、グルタミン酸ニューロンへの自己抗体と緊張病の関連が示唆された。
 アルツハイマー型認知症やうつ病でも「グルタミン酸仮説」がある。統合失調症の「グルタミン酸仮説」は、グルタミン酸作動性神経の機能不全が統合失調症の病態に関与するというものである。1980年にKimらが患者髄液中のグルタミン酸濃度が低いことを報告したのが始まりだが、Kimの髄液所見は再現されなかった。1970年代に解離性麻酔薬フェンサイクリジンの副作用が統合失調症の症状と酷似していること、フェンサイクリジンがNMDA受容体の遮断作用を有していたことから、グルタミン酸仮説は再浮上した。1990年代から急速に発展したゲノム研究でも、グルタミン酸関連の候補遺伝子で有意な関連を認めている。近年、辺縁系脳炎と緊張病の関連が議論されていたところ、辺縁系脳炎の一部から抗NMDA受容体抗体が同定され、グルタミン酸ニューロンへの自己抗体と緊張病の関連が示唆された。
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=== カルシニューリン ===
=== カルシニューリン ===
 これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析から[[カルシニューリン]] ([[calcineurin]], CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、CNのノックアウトマウスで、[[自発運動量]]の増大、[[社会性行動]]の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した<ref name=ref34><pubmed>12851457</pubmed></ref>。
 これまでのポジショナルクローニングによって絞り込まれた遺伝子と異なり、遺伝子改変動物の行動解析から[[カルシニューリン]] ([[calcineurin]], CN)が統合失調症との関連が示唆された。Miyakawaらは、カルシニューリンのノックアウトマウスで、[[自発運動量]]の増大、[[社会性行動]]の減少、PPIの障害など統合失調症関連の行動異常を見出した<ref name=ref34><pubmed>12851457</pubmed></ref>。


 その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された<ref name=ref35><pubmed>12851458</pubmed></ref>。興味深いことに、CNの4つのサブユニット、CN結合タンパク質7つ、機能的にCNと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという<ref name=ref35 />。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子[[PPP3R1]](calcineurin B subunit、染色体2p14)、[[PPP3CA]](calcineurin A・subunit、染色体4q24)、[[PPP3CC]](calcineurin A・subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子[[FKBP5]]([[FK506 binding protein 5]]、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた<ref name=ref35 />。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。
 その結果に基づいて、ヒトDNAの遺伝子解析を行って統合失調症との関連が示された<ref name=ref35><pubmed>12851458</pubmed></ref>。興味深いことに、カルシニューリンの4つのサブユニット、カルシニューリン結合タンパク質7つ、機能的にカルシニューリンと共役するタンパク質5つが、これまでに連鎖が示唆された染色体座位にそれぞれ一致して存在しているという<ref name=ref35 />。それらの中で、多施設から連鎖の報告が出ている染色体領域にのっているサブユニット遺伝子[[PPP3R1]](calcineurin B subunit、染色体2p14)、[[PPP3CA]](calcineurin A・subunit、染色体4q24)、[[PPP3CC]](calcineurin A・subunit、染色体8q21.3)と結合タンパク質遺伝子[[FKBP5]]([[FK506 binding protein 5]]、染色体6p21.31)について12例の患者を解析し、同定したSNPについてアメリカ人の210組のトリオ(罹患者とその両親)を用いてTDTを行った結果、PPP3CCで有意な関連が認められた<ref name=ref35 />。PPP3CCの5つのSNPからなるハプロタイプは、南アフリカの200組のトリオでも関連の傾向が認められた。


 我々もCN関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のCN関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。CNのノックアウトマウスでは、NMDA型グルタミン酸受容体を介した[[海馬]]の[[長期抑圧現象]]が低下しており<ref name=ref36><pubmed>11733061</pubmed></ref>、CNもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。
 我々もカルシニューリン関連遺伝子を日本人統合失調症で網羅的に調べており、現在までに染色体8p上のカルシニューリン関連遺伝子の関与を確認している(未発表)。カルシニューリンのノックアウトマウスでは、NMDA型グルタミン酸受容体を介した[[海馬]]の[[長期抑圧現象]]が低下しており<ref name=ref36><pubmed>11733061</pubmed></ref>、カルシニューリンもグルタミン酸神経系に機能的関連が示唆されている。


==抗NMDA受容体脳炎==
==抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎==
 統合失調症の一型とされている「緊張病」の一部に、高熱、チアノーゼ、昏迷をともない急速に死に至る場合があることが19世紀から知られていた。Stauderは、18歳から26歳の若年者に生じる致死性緊張病として27例を報告している<ref>'''Stauder KH.'''<br>Die todliche Katatonie. <br>''Arch Psychiatr'' 102: 614 1934</ref>。2011年にDalmauは、辺縁系脳炎でNMDA(N-methyl D-aspartate)受容体に対する抗体を検出する病態を抗NMDA受容体脳炎と提唱した<ref><pubmed>21163445</pubmed></ref>。脳炎なので様々な精神症状も呈するが、発熱、チアノーゼ、てんかん発作などから死に至る場合もある。腫瘍をもった個体が腫瘍を非自己として抗体を産生し、腫瘍を標的とした抗体が中枢神経を抗原と誤認して交叉免疫を生じる神経症状を傍腫瘍症候群と呼ぶ。当初、抗NMDA受容体脳炎も卵巣奇形腫を合併する症例で報告されたので傍腫瘍性脳炎と考えられていた。しかし、腫瘍を伴わない自己免疫症例も報告された。2013年、Steinerらは統合失調症と診断された12例から抗NMDA受容体抗体を検出し注目された<ref><pubmed>23344076</pubmed></ref>。それは、急性致死性緊張病の一部が抗NMDA受容体脳炎だった可能性が浮上したからである。<br> このように、抗NMDA受容体脳炎が統合失調症と診断されうる状態を引き起こすことは、統合失調症のグルタミン酸仮説を支持する。
 統合失調症の一型とされている「緊張病」の一部に、高熱、[[wj:チアノーゼ|チアノーゼ]]、[[昏迷]]をともない急速に死に至る場合があることが19世紀から知られていた。


 Stauderは、18歳から26歳の若年者に生じる致死性緊張病として27例を報告している<ref>'''Stauder KH.'''<br>Die tödliche Katatonie. <br>''Arch Psychiat Nervenkr'' 102: 614 1934[[ファイル:Stauder 1934.pdf|サムネイル|PDF]]</ref>。2011年にDalmauは、[[辺縁系脳炎]]でNMDA型グルタミン酸受容体に対する抗体を検出する病態を[[抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎]]と提唱した<ref><pubmed>21163445</pubmed></ref>。脳炎なので様々な精神症状も呈するが、発熱、チアノーゼ、てんかん発作などから死に至る場合もある。
 腫瘍をもった個体が腫瘍を非自己として抗体を産生し、腫瘍を標的とした抗体が中枢神経を抗原と誤認して交叉免疫を生じる神経症状を[[傍腫瘍症候群]]と呼ぶ。当初、抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎も[[wj:卵巣奇形腫|卵巣奇形腫]]を合併する症例で報告されたので[[傍腫瘍性脳炎]]と考えられていた。しかし、腫瘍を伴わない[[wj:自己免疫|自己免疫]]症例も報告された。2013年、Steinerらは統合失調症と診断された12例から抗NMDA型グルタミン酸受容体抗体を検出し注目された<ref><pubmed>23344076</pubmed></ref>。それは、[[急性致死性緊張病]]の一部が抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎だった可能性が浮上したからである。
 このように、抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎が統合失調症と診断されうる状態を引き起こすことは、統合失調症のグルタミン酸仮説を支持する。
==関連項目==
* [[グルタミン酸仮説(アルツハイマー型認知症)]]
* [[グルタミン酸仮説(うつ病)]]
* [[抗NMDA型グルタミン酸受容体脳炎]]
==参考文献==
==参考文献==
<references />
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