「空間記憶」の版間の差分

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 LTPの誘発時に働くグルタミン酸NMDA受容体の薬理学的阻害による空間記憶課題への影響が検討されてきた。NMDA阻害薬として拮抗性AP5や非拮抗性MK-801などが使用された。AP5をラットの脳室内に慢性投与すると、水迷路場所課題の獲得が困難になるが、水迷路での視覚弁別課題の獲得には障害が生じなかった <ref><pubmed>2869411</pubmed></ref>。MK-801の腹腔内投与もまた、水迷路場所課題の獲得を妨げたが手掛り課題の獲得は妨げなかった<ref>'''Robinson,G.S., Crooks, G.B., Shinkman, P.G.,& Gallagher, M.'''<br>Behavioral effects of MK-801 mimic deficits associated with hippocampal damage.<br>''Psychobiology.''1989;17:156–164.</ref>。報酬課題である放射状迷路の場所課題の学習に対してもNMDA受容体阻害薬の効果が確認された(Ward, Mason, & Abraham, 1990)。このようにNMDA阻害薬が空間記憶課題の学習を選択的に妨げることから、空間記憶へのNMDA受容体の直接的関与が証明された。
 LTPの誘発時に働くグルタミン酸NMDA受容体の薬理学的阻害による空間記憶課題への影響が検討されてきた。NMDA阻害薬として拮抗性AP5や非拮抗性MK-801などが使用された。AP5をラットの脳室内に慢性投与すると、水迷路場所課題の獲得が困難になるが、水迷路での視覚弁別課題の獲得には障害が生じなかった <ref><pubmed>2869411</pubmed></ref>。MK-801の腹腔内投与もまた、水迷路場所課題の獲得を妨げたが手掛り課題の獲得は妨げなかった<ref>'''Robinson,G.S., Crooks, G.B., Shinkman, P.G.,& Gallagher, M.'''<br>Behavioral effects of MK-801 mimic deficits associated with hippocampal damage.<br>''Psychobiology.''1989;17:156–164.</ref>。報酬課題である放射状迷路の場所課題の学習に対してもNMDA受容体阻害薬の効果が確認された(Ward, Mason, & Abraham, 1990)。このようにNMDA阻害薬が空間記憶課題の学習を選択的に妨げることから、空間記憶へのNMDA受容体の直接的関与が証明された。


 ところで、記憶には、記銘(acquisition)と保持(retention)と想起(retrieval)の三つのプロセスがある。空間記憶について、NMDA受容体の阻害効果は記銘時に限定され、保持および想起を妨げることがないことが研究者間で一致して報告されている。具体的には、水迷路(Robinson et al., 1989: Heale & Harley, 1990)や放射状迷路(Shapiro & Caramanos, 1990)の場所課題の獲得時にAP5やMK-801を投与すると学習障害が生じるが、課題の獲得後に投与しても遂行は妨げられないという結果が得られている。海馬を完全に破壊すると、障害は記憶の全てのプロセスに及ぶことから、記憶形成時に限定された働きは、NMDA受容体の機能的特徴であるといえる。そして、この特徴はNMDA受容体が長期増強の誘発時にのみ必要とされるという分子レベルのプロセスと対応している。
 ところで、記憶には、記銘(acquisition)と保持(retention)と想起(retrieval)の三つのプロセスがある。空間記憶について、NMDA受容体の阻害効果は記銘時に限定され、保持および想起を妨げることがないことが研究者間で一致して報告されている。具体的には、水迷路や放射状迷路の場所課題の獲得時にAP5やMK-801を投与すると学習障害が生じるが、課題の獲得後に投与しても遂行は妨げられないという結果が得られている<ref>'''Shapiro, M.L.,& Caramanos, Z.'''<br> NMDA antagonist MK-801 impairs acquisition but not performance of spatial working and reference memory.<br>''Psychobiology.'' 1990;18:231–243.</ref>。海馬を完全に破壊すると、障害は記憶の全てのプロセスに及ぶことから、記憶形成時に限定された働きは、NMDA受容体の機能的特徴であるといえる。そして、この特徴はNMDA受容体が長期増強の誘発時にのみ必要とされるという分子レベルのプロセスと対応している。


 後に、NMDA受容体阻害薬投与以前の課題経験(Bannerman , Good, Butcher,Ramsay & Morris, 1995)や運動経験(Cain et al., 1996, Saucier & Cain, 1995)があれば障害が生じないという結果が様々な空間課題について報告され、必ずしもNMDA受容体は必ずしも空間記憶の形成に必要でないという反証が報告された。この見解の不一致に関して、空間と課題の経験を操作した複数の条件でNMDA受容体の阻害効果が再検討された。その結果、NMDA受容体阻害薬が課題の経験に関わらず新奇な環境において空間記憶障害を引き起こすことが明らかにされ、NMDA受容体が空間記憶の形成に必要とされることが明らかになった(Uekita & Okaichi, 2005)。最近では、NMDA受容体阻害はLTPの低下を抑制すること(Villarreal, Do, Haddad, & Derrick, 2002)や空間記憶の長期保持を向上させることが報告されている(篠原・畑, 2014)
 後に、NMDA受容体阻害薬投与以前の課題経験<ref><pubmed>7477320</pubmed></ref>や運動経験<ref><pubmed>7477321</pubmed></ref> があれば障害が生じないという結果が様々な空間課題について報告され、必ずしもNMDA受容体は必ずしも空間記憶の形成に必要でないという反証が報告された。この見解の不一致に関して、空間と課題の経験を操作した複数の条件でNMDA受容体の阻害効果が再検討された。その結果、NMDA受容体阻害薬が課題の経験に関わらず新奇な環境において空間記憶障害を引き起こすことが明らかにされ、NMDA受容体が空間記憶の形成に必要とされることが明らかになった<ref><pubmed>15839801</pubmed></ref> 。 最近では、NMDA受容体阻害はLTPの低下を抑制することや空間記憶の長期保持を向上させることが報告されている<ref><pubmed>24669503</pubmed></ref>


=== 空間記憶と海馬下位領域における機能分化  ===
=== 空間記憶と海馬下位領域における機能分化  ===
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