9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
15行目: | 15行目: | ||
[[image:topdownbottomup1.png|thumb|250px|'''図1.ボトムアップ型注意とトップダウン型注意''']] | [[image:topdownbottomup1.png|thumb|250px|'''図1.ボトムアップ型注意とトップダウン型注意''']] | ||
[[注意]]には2種類のメカニズムが存在すると考えられており、[[刺激検出課題]]<ref name=ref31><pubmed>7367577</pubmed></ref>や[[視覚探索課題]]<ref name=ref8><pubmed>9046562</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>20507828</pubmed></ref> を用いた研究によって注意メカニズムの性質を考える上で重要な知見が与えられてきた。 | [[注意]]には2種類のメカニズムが存在すると考えられており、[[刺激検出課題]]<ref name=ref31><pubmed>7367577</pubmed></ref> <ref name=refa><pubmed>6238122</pubmed></ref>や[[視覚探索課題]]<ref name=ref8><pubmed>9046562</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>20507828</pubmed></ref> を用いた研究によって注意メカニズムの性質を考える上で重要な知見が与えられてきた。 | ||
2種類の注意メカニズムのうち1つは[[ボトムアップ型注意]](bottom-up attention)と呼ばれるものであり、複数刺激のなかで1つの刺激が周囲の刺激と顕著に異なる場合や<ref name=ref7><pubmed>2756067</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>8249312</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed> 7351125</pubmed></ref>、視覚刺激が突然出現した場合<ref name=ref31><pubmed>7367577</pubmed></ref>、その刺激に対して注意が受動的に惹きつけられる。例えば、視覚探索課題において目標(正立した‘L’字型の刺激)を探すとき、多数の青色の妨害刺激のなかで橙色の目標刺激が一つだけ存在するような状況であれば、目標刺激が目立つ(ポップアウトする)ために容易に見つけ出すことができる('''図1A''')。 | 2種類の注意メカニズムのうち1つは[[ボトムアップ型注意]](bottom-up attention)と呼ばれるものであり、複数刺激のなかで1つの刺激が周囲の刺激と顕著に異なる場合や<ref name=ref7><pubmed>2756067</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>8249312</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed> 7351125</pubmed></ref>、視覚刺激が突然出現した場合<ref name=ref31><pubmed>7367577</pubmed></ref>、その刺激に対して注意が受動的に惹きつけられる。例えば、視覚探索課題において目標(正立した‘L’字型の刺激)を探すとき、多数の青色の妨害刺激のなかで橙色の目標刺激が一つだけ存在するような状況であれば、目標刺激が目立つ(ポップアウトする)ために容易に見つけ出すことができる('''図1A''')。 | ||
48行目: | 48行目: | ||
視覚領野のニューロンは、受容野内の刺激に空間性注意が向けられるとニューロン活動が増強する。このような活動変化はトップダウン型注意による視覚領野への修飾効果を見ているのであって、そのようなトップダウン型注意を生じさせている起源については説明を与えない。領野間の神経連絡が数多く存在する脳において、トップダウン型注意の発生源を正確に同定することは非常に難しい問題であるが、重要な示唆を与える研究成果がいくつか報告されている。 | 視覚領野のニューロンは、受容野内の刺激に空間性注意が向けられるとニューロン活動が増強する。このような活動変化はトップダウン型注意による視覚領野への修飾効果を見ているのであって、そのようなトップダウン型注意を生じさせている起源については説明を与えない。領野間の神経連絡が数多く存在する脳において、トップダウン型注意の発生源を正確に同定することは非常に難しい問題であるが、重要な示唆を与える研究成果がいくつか報告されている。 | ||
MooreとArmstrongは、この問題について理解を進めるため、大脳皮質におけるサッカード眼球運動の高次中枢として知られている[[前頭眼野]](the frontal eye field, | MooreとArmstrongは、この問題について理解を進めるため、大脳皮質におけるサッカード眼球運動の高次中枢として知られている[[前頭眼野]](the frontal eye field, FEF)<ref name=refb><pubmed>3981231</pubmed></ref> <ref name=refc><pubmed>4045546</pubmed></ref>に着目した<ref name=ref14><pubmed>12540901</pubmed></ref>。FEF野は、V4などの視覚領野と直接的な神経連絡があり、眼球運動を伴わない空間性注意課題においてもニューロン活動が変化することが報告されている<ref name=ref12><pubmed>9274825</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>18304489 </pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>16221858</pubmed></ref>。MooreとArmstrongが、V4ニューロンの視覚応答を記録しながらFEF野に電気刺激を与えたところ、V4野の視覚応答は電気刺激によって増強された。この結果は、V4野に対してFEF野がトップダウン型注意の修飾元になっている可能性を示す。 | ||
さらにMonosovらは、視覚探索課題における目標位置の情報がFEF野において生成されている可能性について論じている<ref name=ref13><pubmed>18304489 </pubmed></ref>。彼らは、単一ニューロン活動(スパイク発火頻度)だけでなく、[[local field potential]]([[LPF]])も同時に記録し、それぞれの神経信号において目標刺激と妨害刺激が区別される時間を推定した。LPFは電極近傍に存在するニューロン群へのシナプス入力を、スパイク発火活動がニューロンの出力を反映すると考えられている。刺激に対する視覚応答はLPFがスパイク発火活動に先行したが、逆に目標位置に関する情報はLPFよりもスパイク発火活動が先行した。この結果は、FEF野内で視覚刺激情報から目標位置情報が生成されていることを示唆し、FEF野が空間性注意の発生部位の一つである可能性が考えられた。 | さらにMonosovらは、視覚探索課題における目標位置の情報がFEF野において生成されている可能性について論じている<ref name=ref13><pubmed>18304489 </pubmed></ref>。彼らは、単一ニューロン活動(スパイク発火頻度)だけでなく、[[local field potential]]([[LPF]])も同時に記録し、それぞれの神経信号において目標刺激と妨害刺激が区別される時間を推定した。LPFは電極近傍に存在するニューロン群へのシナプス入力を、スパイク発火活動がニューロンの出力を反映すると考えられている。刺激に対する視覚応答はLPFがスパイク発火活動に先行したが、逆に目標位置に関する情報はLPFよりもスパイク発火活動が先行した。この結果は、FEF野内で視覚刺激情報から目標位置情報が生成されていることを示唆し、FEF野が空間性注意の発生部位の一つである可能性が考えられた。 | ||
55行目: | 55行目: | ||
[[image:topdownbottomup4.png|thumb|250px|'''図4.ボトムアップ型注意とトップダウン型注意の相互作用''']] | [[image:topdownbottomup4.png|thumb|250px|'''図4.ボトムアップ型注意とトップダウン型注意の相互作用''']] | ||
現実の環境下で我々が行動を行うとき、ボトムアップ型とトップダウン型注意のいずれか一方が排他的に働くのではなく、両者が相互作用しながら機能していると考えられる<ref name=ref6><pubmed>15458666</pubmed></ref>。2種類の注意が同時に働いた場合の神経生理学的な知見は、視覚探索課題を遂行しているサルV4野のニューロン活動で明らかにされた<ref name=ref19><pubmed>15254093</pubmed></ref>。実験では複数の刺激が呈示され、その中に色の異なる刺激と形の異なる刺激が1つずつ含まれる。探索条件は2種類あり、サルは形の異なる刺激(形次元探索)もしくは色の異なる刺激(色次元探索)を探して眼を向けることが要求される。実験の結果、多くのV4ニューロンでは、形次元探索で受容野内に形の異なる刺激が呈示されたとき、もしくは色次元探索で受容野内に色の異なる刺激が呈示されたときのいずれか一方でのみ活動強度が増大した('''図4'''は色次元探索で受容野内に色の異なる刺激が呈示されたときに活動を増大した細胞の例を示す)。すなわち特定のトップダウン型注意とボトムアップア型注意が組み合わさったときのみにニューロン活動が特異的に変化した。この結果は、2種類の注意過程が独立に動作するのではなく、両者の間に状態依存的な相互作用が存在することを示す。 | 現実の環境下で我々が行動を行うとき、ボトムアップ型とトップダウン型注意のいずれか一方が排他的に働くのではなく、両者が相互作用しながら機能していると考えられる<ref name=ref6><pubmed>15458666</pubmed></ref> <ref name=refd><pubmed>22250291</pubmed></ref>。2種類の注意が同時に働いた場合の神経生理学的な知見は、視覚探索課題を遂行しているサルV4野のニューロン活動で明らかにされた<ref name=ref19><pubmed>15254093</pubmed></ref>。実験では複数の刺激が呈示され、その中に色の異なる刺激と形の異なる刺激が1つずつ含まれる。探索条件は2種類あり、サルは形の異なる刺激(形次元探索)もしくは色の異なる刺激(色次元探索)を探して眼を向けることが要求される。実験の結果、多くのV4ニューロンでは、形次元探索で受容野内に形の異なる刺激が呈示されたとき、もしくは色次元探索で受容野内に色の異なる刺激が呈示されたときのいずれか一方でのみ活動強度が増大した('''図4'''は色次元探索で受容野内に色の異なる刺激が呈示されたときに活動を増大した細胞の例を示す)。すなわち特定のトップダウン型注意とボトムアップア型注意が組み合わさったときのみにニューロン活動が特異的に変化した。この結果は、2種類の注意過程が独立に動作するのではなく、両者の間に状態依存的な相互作用が存在することを示す。 | ||
なお、このような2種類の注意による状態依存的な相互作用の効果は時間とともに減少し、眼球運動が生じる直前では目標刺激位置へのトップダウン型空間性注意の効果が大きくなる<ref name=ref20><pubmed>16506012</pubmed></ref>。またV4野から直接の神経投射があるLIP野では、2種類の注意による相互作用の効果を示すニューロンの割合は減少し、多くのニューロンは目標刺激への空間性注意で説明できる活動を示すようになる<ref name=ref21><pubmed>19073809</pubmed></ref>。 | なお、このような2種類の注意による状態依存的な相互作用の効果は時間とともに減少し、眼球運動が生じる直前では目標刺激位置へのトップダウン型空間性注意の効果が大きくなる<ref name=ref20><pubmed>16506012</pubmed></ref>。またV4野から直接の神経投射があるLIP野では、2種類の注意による相互作用の効果を示すニューロンの割合は減少し、多くのニューロンは目標刺激への空間性注意で説明できる活動を示すようになる<ref name=ref21><pubmed>19073809</pubmed></ref>。 | ||
61行目: | 61行目: | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> | ||