「両眼視野闘争」の版間の差分

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しかし、90年代以降、闘争は2つの視覚刺激の脳内表現同士の間で起こっているとする刺激間闘争(stimulus rivalry)という考えが台頭してきた。[[wikipedia:Nikos_Logothetis|Logothetis]] らは、闘争する刺激同士を、左目と右目の間で素早く入れ替えたとしても(1秒間に3回の割合)、意識の上では2つの刺激が数秒毎に入れ替わることを報告した(スワップ闘争, swap rivalry;図2)。これは目のレベルだけで闘争が起きているとすると説明ができない<ref><pubmed> 8602261  </pubmed></ref>。また、関連した現象として、両眼間のグルーピングというものがある。両眼視野闘争用の刺激が大きい場合は、両目からの入力が混ざって知覚されることが多いが、その混ざり具合はランダムでなく、高次の視覚領域で処理されるような刺激の意味などの情報が反映される。例えば、Kovácsらは、2つの視覚イメージを分解して混ぜ合わせたパターンを左目、右目にそれぞれ分けて呈示した。結果、左目、右目にそれぞれ呈示された視覚刺激の間で知覚交代が起こるのでなく、分解される前の2種類の視覚イメージの間で知覚交代が起こることをしめした<ref><pubmed> 8986842  </pubmed></ref>。スワップ闘争や、両眼間のグルーピングなどの結果は、両眼視野闘争においては眼間のレベルだけで闘争が起こっているのでなく、両眼間の情報が融合された視覚刺激の表象の間のレベルでも闘争が起こっていることを示唆する。
しかし、90年代以降、闘争は2つの視覚刺激の脳内表現同士の間で起こっているとする刺激間闘争(stimulus rivalry)という考えが台頭してきた。[[wikipedia:Nikos_Logothetis|Logothetis]] らは、闘争する刺激同士を、左目と右目の間で素早く入れ替えたとしても(1秒間に3回の割合)、意識の上では2つの刺激が数秒毎に入れ替わることを報告した(スワップ闘争, swap rivalry;図2)。これは目のレベルだけで闘争が起きているとすると説明ができない<ref><pubmed> 8602261  </pubmed></ref>。また、関連した現象として、両眼間のグルーピングというものがある。両眼視野闘争用の刺激が大きい場合は、両目からの入力が混ざって知覚されることが多いが、その混ざり具合はランダムでなく、高次の視覚領域で処理されるような刺激の意味などの情報が反映される。例えば、Kovácsらは、2つの視覚イメージを分解して混ぜ合わせたパターンを左目、右目にそれぞれ分けて呈示した。結果、左目、右目にそれぞれ呈示された視覚刺激の間で知覚交代が起こるのでなく、分解される前の2種類の視覚イメージの間で知覚交代が起こることをしめした<ref><pubmed> 8986842  </pubmed></ref>。スワップ闘争や、両眼間のグルーピングなどの結果は、両眼視野闘争においては眼間のレベルだけで闘争が起こっているのでなく、両眼間の情報が融合された視覚刺激の表象の間のレベルでも闘争が起こっていることを示唆する。


もし闘争が眼間でなく、視覚刺激の表象間で起こっているのであれば、「両眼視野闘争」と言う学術用語は適切な表現ではないが、今のところ、「何」が闘争しているのかについては、未だにはっきりとした答えはない。現在は、闘争は階層的な視覚処理の中の様々な段階で起こっており、低次の神経メカニズムに基づく眼間闘争と高次のメカニズムに基づく刺激間闘争のどちらの特徴が現れるかは、闘争を起こすときの刺激条件による、という仮説が主流になっている<ref name=ref16 /><ref><pubmed>11823801  </pubmed></ref><ref><pubmed>12696662  </pubmed></ref><ref><pubmed>16997612  </pubmed></ref> <ref><pubmed>14612564  </pubmed></ref> 。
もし闘争が眼間でなく、視覚刺激の表象間で起こっているのであれば、「両眼視野闘争」と言う学術用語は適切な表現ではないが、今のところ、「何」が闘争しているのかについては、未だにはっきりとした答えはない。現在は、闘争は階層的な視覚処理の中の様々な段階で起こっており、低次の神経メカニズムに基づく眼間闘争と高次のメカニズムに基づく刺激間闘争のどちらの特徴が現れるかは、闘争を起こすときの刺激条件による、という仮説が主流になっている<ref name=ref16 /><ref><pubmed>11823801  </pubmed></ref><ref><pubmed>12696662  </pubmed></ref><ref><pubmed>16997612  </pubmed></ref><ref><pubmed>14612564  </pubmed></ref> 。


==フラッシュ抑制==
==フラッシュ抑制==
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先述した通り、両眼視野闘争において知覚が切り替わるタイミングはランダムであり、実験者はそのタイミングを予測できない。しかし、フラッシュ抑制(flash suppression)という、両眼視野闘争に関連すると考えられている現象では、知覚交代のタイミングがある程度コントロールできる。フラッシュ抑制とは、片目に図形を突然呈示すると、もう片方の目にそれまで呈示されていた図形の知覚が抑制される現象である。例えば、左目に建物の画像、右目にブランクのスクリーンを最初に呈示した後に、ある時点で右目に顔の画像を呈示すると、顔の画像の知覚が優位となり、建物の画像に対する知覚は抑制される(図3)。フラッシュ抑制の場合、通常の両眼視野闘争と異なり、知覚交代のタイミングを統制できるため、今日では単一ニューロン記録などの研究に広く用いられている<ref>'''Naotsugu Tsuchiya '''<br>Flash suppression.  <br>  ''Scholarpedia, 3(2):5640'': 2008 http://www.scholarpedia.org/article/Flash_suppression</ref>。
先述した通り、両眼視野闘争において知覚が切り替わるタイミングはランダムであり、実験者はそのタイミングを予測できない。しかし、フラッシュ抑制(flash suppression)という、両眼視野闘争に関連すると考えられている現象では、知覚交代のタイミングがある程度コントロールできる。フラッシュ抑制とは、片目に図形を突然呈示すると、もう片方の目にそれまで呈示されていた図形の知覚が抑制される現象である。例えば、左目に建物の画像、右目にブランクのスクリーンを最初に呈示した後に、ある時点で右目に顔の画像を呈示すると、顔の画像の知覚が優位となり、建物の画像に対する知覚は抑制される(図3)。フラッシュ抑制の場合、通常の両眼視野闘争と異なり、知覚交代のタイミングを統制できるため、今日では単一ニューロン記録などの研究に広く用いられている<ref>'''Naotsugu Tsuchiya '''<br>Flash suppression.  <br>  ''Scholarpedia, 3(2):5640'': 2008 http://www.scholarpedia.org/article/Flash_suppression</ref>。


近年注目されるようになったフラッシュ抑制だが、現象自体は古くから報告されていた。フラッシュ抑制は1901年にWilliam McDougallによって発見され[24]、1964年にはRobert Lansingにより再発見された[25]。日本においても、1950年に既に柿崎祐一が「視野闘争に及ぼす先行条件の効果」としてフラッシュ抑制と同一の現象を報告した[26]。1980年代には、Jeremy Wolfeによって体系的な研究がなされた[27]
近年注目されるようになったフラッシュ抑制だが、現象自体は古くから報告されていた。フラッシュ抑制は1901年にWilliam McDougallによって発見され<ref>'''William McDougall'''<br>On the seat of the psycho-physical processes.  <br>  ''Brain, 24, 579-630'': 1901</ref>、1964年にはRobert Lansingにより再発見された<ref><pubmed>14207465  </pubmed></ref>。日本においても、1950年に柿崎祐一が「視野闘争に及ぼす先行条件の効果」としてフラッシュ抑制と同一の現象を報告した<ref>'''柿崎祐一'''<br>視野闘争に及ぼす先行条件の効果.I. <br>  ''心理学研究, 20(2), 24-33'': 1950</ref>。1980年代には、Jeremy Wolfeによって体系的な研究がなされた<ref><pubmed>6740966 </pubmed></ref>


===連続フラッシュ抑制===
===連続フラッシュ抑制===
フラッシュ抑制は知覚交代のタイミングをコントロールする手法として有用だが、抑制される刺激が事前に被験者に提示されていないと効果を発揮できないため、意識にのぼらない脳内視覚処理の研究には向いていない。連続フラッシュ抑制(continuous flash suppression;図4)と呼ばれる現象を使うと、ある刺激を長時間、意識にのぼらないように被験者に提示できる。連続フラッシュ抑制では、たくさんのカラフルな長方形からなるランダムな図形(オランダの画家ピエット・モンドリアン(Piet Mondriaan)の絵にも似ているためモンドリアン図形とも呼ばれる)が、0.1秒ごとに違う図形に変化する動画を片目に呈示することで、もう片方の目に呈示される刺激に対する知覚が長時間抑制される現象である。両眼視野闘争では数秒で知覚が交代するのに対し、連続フラッシュ抑制を用いると、1分あるいはそれ以上の時間、片目の知覚が抑制され続ける[28]。連続フラッシュ抑制は、2005年にカリフォルニア工科大学(当時)の[[wikipedia:ja:土谷尚嗣|土谷尚嗣]]と[[wikipedia:ja:クリストフ・コッホ|クリストフ・コッホ]]によって初めて報告され[28]、今日では視覚刺激に対する気づきをコントロールする手法として幅広く用いられている[29-30]
フラッシュ抑制は知覚交代のタイミングをコントロールする手法として有効だが、抑制される刺激が事前に被験者に提示されていないと効果を発揮できないため、意識にのぼらない脳内視覚処理の研究には向いていない。この欠点を克服し、ある刺激を長時間、意識にのぼらないように被験者に提示できるようにした手法が連続フラッシュ抑制(continuous flash suppression;図4)である。連続フラッシュ抑制では、たくさんのカラフルな長方形からなるランダムな図形(オランダの画家ピエット・モンドリアン(Piet Mondriaan)の絵にも似ているためモンドリアン図形とも呼ばれる)が、0.1秒ごとに違う図形に変化する動画を片目に呈示することで、もう片方の目に呈示される刺激に対する知覚が長時間抑制される現象である。両眼視野闘争では数秒で知覚が交代するのに対し、連続フラッシュ抑制を用いると、1分あるいはそれ以上の時間、片目の知覚が抑制され続ける<ref name=ref28><pubmed>15995700  </pubmed></ref>。連続フラッシュ抑制は、2005年にカリフォルニア工科大学(当時)の[[wikipedia:ja:土谷尚嗣|土谷尚嗣]]と[[wikipedia:ja:クリストフ・コッホ|クリストフ・コッホ]]によって初めて報告され<ref name=ref28 />、今日では視覚刺激に対する気づきをコントロールする手法として幅広く用いられている<ref><pubmed>17129748 </pubmed></ref><ref><pubmed>21833272 </pubmed></ref>


==両眼視野闘争と立体視==
==両眼視野闘争と立体視==
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