「攻撃性」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
19行目: 19行目:
=== 攻撃行動の分類 ===
=== 攻撃行動の分類 ===


# ①目的からみた分類
==== ①目的からみた分類 ====
 攻撃行動を、主たる目的が相手に危害を加えるための攻撃Offensive aggressionと、自己を守るための攻撃Defensive aggressionに分けることがある(Blanchard et al., 2003)<ref name=Blanchard2003><pubmed> 14609538</pubmed></ref>。オス同士の縄張りを巡る攻撃では、元来居住者側の攻撃をOffense, 侵入者の行動をDefenseと呼ぶことがあるが、一方で捕食行動をOffense、居住者側の行動をDefenseと呼ぶ研究者もいるなど、用語の混乱も見られる点に注意が必要である。
 攻撃行動を、主たる目的が相手に危害を加えるための攻撃Offensive aggressionと、自己を守るための攻撃Defensive aggressionに分けることがある(Blanchard et al., 2003)<ref name=Blanchard2003><pubmed> 14609538</pubmed></ref>。オス同士の縄張りを巡る攻撃では、元来居住者側の攻撃をOffense, 侵入者の行動をDefenseと呼ぶことがあるが、一方で捕食行動をOffense、居住者側の行動をDefenseと呼ぶ研究者もいるなど、用語の混乱も見られる点に注意が必要である。
 またよく子どもに見られる「レスリングのような遊び」も、時に本当の攻撃に転ずることがあり、遊びの要素と攻撃の要素を明確に区分しがたいことがある。
 またよく子どもに見られる「レスリングのような遊び」も、時に本当の攻撃に転ずることがあり、遊びの要素と攻撃の要素を明確に区分しがたいことがある。


# ②発生機序から見た分類
==== ②発生機序から見た分類 ====
 攻撃行動を、反応的攻撃Reactive aggression(自らが危険にさらされたり、思い通りにいかない欲求不満をきっかけに攻撃する)と、道具的攻撃Instrumental aggression(自ら利益を得るために、先制的に攻撃する。Proactive aggressionとも)に分類することがある。前者は、①のDefensive aggressionに、後者は捕食行動にオーバーラップする。
 攻撃行動を、反応的攻撃Reactive aggression(自らが危険にさらされたり、思い通りにいかない欲求不満をきっかけに攻撃する)と、道具的攻撃Instrumental aggression(自ら利益を得るために、先制的に攻撃する。Proactive aggressionとも)に分類することがある。前者は、①のDefensive aggressionに、後者は捕食行動にオーバーラップする。
この分類の利点はいくつかある。まず、両者では、見た目の行動や関与する自律神経系が異なる。反応的攻撃の場合には交感神経系が興奮し、心拍数上昇、立毛や発汗、発声などがみられる一方、道具的攻撃の場合は必ずしも交感神経系の興奮の特徴を伴わないとされる。[[ネコ]]同士の闘争では、ネコは毛を逆立て、背を丸め、身体の側面を相手に向けて自分をできるだけ大きく見せながら、威嚇の唸り声をあげるが、[[ネズミ]]を捕える際にはそのようなことはせず、静かに伏せて獲物を狙い噛みついて攻撃する。それぞれの攻撃行動を関与する脳部位も異なる。
この分類の利点はいくつかある。まず、両者では、見た目の行動や関与する自律神経系が異なる。反応的攻撃の場合には交感神経系が興奮し、心拍数上昇、立毛や発汗、発声などがみられる一方、道具的攻撃の場合は必ずしも交感神経系の興奮の特徴を伴わないとされる。[[ネコ]]同士の闘争では、ネコは毛を逆立て、背を丸め、身体の側面を相手に向けて自分をできるだけ大きく見せながら、威嚇の唸り声をあげるが、[[ネズミ]]を捕える際にはそのようなことはせず、静かに伏せて獲物を狙い噛みついて攻撃する。それぞれの攻撃行動を関与する脳部位も異なる。


# ③攻撃の手法による分類
==== ③攻撃の手法による分類 ====
 肉体的な暴力などによる直接的な攻撃行動Overt aggressionと、無視や陰口、言語や対人操作などの間接的・心理的な攻撃をRelational aggression(Social / latent / indirect aggressionとも)と分類することがある。後者は職場や学校におけるいじめ問題や、デマや風評被害といった社会的問題の視点から、2000年以降注目されるようになった(Putallaz and Bierman, 2004) <ref>’’’Putallaz, M., and Bierman, K.L.’’’<br> Aggression, antisocial behavior, and violence among girls : a developmental perspective <br>’’ Guilford Press‘’; 2004</ref>。
 肉体的な暴力などによる直接的な攻撃行動Overt aggressionと、無視や陰口、言語や対人操作などの間接的・心理的な攻撃をRelational aggression(Social / latent / indirect aggressionとも)と分類することがある。後者は職場や学校におけるいじめ問題や、デマや風評被害といった社会的問題の視点から、2000年以降注目されるようになった(Putallaz and Bierman, 2004) <ref>’’’Putallaz, M., and Bierman, K.L.’’’<br> Aggression, antisocial behavior, and violence among girls : a developmental perspective <br>’’ Guilford Press‘’; 2004</ref>。


# ④具体的な社会的状況による分類
==== ④具体的な社会的状況による分類 ====
例えばウィルソンは、動物に攻撃性が見られる社会的な状況として、1縄張りを巡る攻撃、2順位に関する攻撃、3性的な攻撃(マントヒヒのオスがハレムからメスが出ないように脅す、[[オランウータン]]など[[霊長類]]が交尾のためにメスを攻撃したり交尾中に噛みつくことなど)、4親のしつけとしての攻撃、5離乳を巡る攻撃(子別れ)、6道徳的な攻撃(規律に従わせるための違反者への罰則など)、7補食的な攻撃、8捕食者に対する攻撃(モビングなど)、をあげている(ウィルソン, 1975 (原著), 1982(日本語版)) <ref name=Wilson1975/>。他にも、様々な状況下で子殺し行動も多くの動物種に見られる(黒田公美 et al., 2016)。<ref>’’’ 黒田公美, 白石優子, 篠塚一貴, 時田賢一、加藤忠史, ed.’’’<br>子ども虐待はなぜ起こるのか―親子関係の脳科学. In ここまでわかった!脳とこころ<br>’’ 日本評論社’’, pp. 16-24; 2016</ref>
例えばウィルソンは、動物に攻撃性が見られる社会的な状況として、1縄張りを巡る攻撃、2順位に関する攻撃、3性的な攻撃(マントヒヒのオスがハレムからメスが出ないように脅す、[[オランウータン]]など[[霊長類]]が交尾のためにメスを攻撃したり交尾中に噛みつくことなど)、4親のしつけとしての攻撃、5離乳を巡る攻撃(子別れ)、6道徳的な攻撃(規律に従わせるための違反者への罰則など)、7補食的な攻撃、8捕食者に対する攻撃(モビングなど)、をあげている(ウィルソン, 1975 (原著), 1982(日本語版)) <ref name=Wilson1975/>。他にも、様々な状況下で子殺し行動も多くの動物種に見られる(黒田公美 et al., 2016)。<ref>’’’ 黒田公美, 白石優子, 篠塚一貴, 時田賢一、加藤忠史, ed.’’’<br>子ども虐待はなぜ起こるのか―親子関係の脳科学. In ここまでわかった!脳とこころ<br>’’ 日本評論社’’, pp. 16-24; 2016</ref>


# ⑤病的な攻撃性
==== ⑤病的な攻撃性 ====
 ④のように、攻撃行動はその種において適応的な意義がある一方で、それが適度な程度を超えて過剰になってしまうと、それは病的な攻撃性と考えられる。人間社会においても、暴力のように過剰な攻撃性が大きな問題となっている。このような過剰な攻撃性の[[動物モデル]]([[げっ歯類]])として、社会的[[隔離]]による幼少期の[[ストレス]]経験や、思春期における[[筋肉]]増強剤などの[[ステロイド]]処置により、過剰な攻撃行動が生ずることが知られている。また、[[アルコール]]の摂取によって、一部の個体で過剰な攻撃行動が観察される。これらは、人間社会で実際に問題となっている現象であり、その生物学的なメカニズムの理解が求められる。(Haller and Kruk, 2006; Takahashi and Miczek, 2014) (高橋阿貴, 2017)<ref name=Haller2006><pubmed> 16483889</pubmed></ref><ref name=Takahashi2014><pubmed>24318936</pubmed></ref><ref>’’’高橋阿貴’’’<br>過剰な攻撃行動の神経生物学<br>’’臨床精神医学 46’’, pp. 1077-1082; 2017</ref>。また、動物を低[[グルココルチコイド]]状態にすることで、[[HPA系]]の活性が低下して低覚醒状態であるのに高い攻撃行動を示すことが分かっており、これが[[ヒト]]の[[反社会性パーソナリティー障害]]のモデルとなる可能性がある(Haller and Kruk, 2006; Takahashi and Miczek, 2014) <ref name=Haller2006/><ref name=Takahashi2014/>。これらの過剰な攻撃行動を示す動物は、メスは攻撃しない、オス同士であっても咽喉など致命傷になりうる危険な体の部位は攻撃しない、といった通常の種内攻撃行動では守られるべきルールが守られなくなるという(下記1-3参照)。
 ④のように、攻撃行動はその種において適応的な意義がある一方で、それが適度な程度を超えて過剰になってしまうと、それは病的な攻撃性と考えられる。人間社会においても、暴力のように過剰な攻撃性が大きな問題となっている。このような過剰な攻撃性の[[動物モデル]]([[げっ歯類]])として、社会的[[隔離]]による幼少期の[[ストレス]]経験や、思春期における[[筋肉]]増強剤などの[[ステロイド]]処置により、過剰な攻撃行動が生ずることが知られている。また、[[アルコール]]の摂取によって、一部の個体で過剰な攻撃行動が観察される。これらは、人間社会で実際に問題となっている現象であり、その生物学的なメカニズムの理解が求められる。(Haller and Kruk, 2006; Takahashi and Miczek, 2014) (高橋阿貴, 2017)<ref name=Haller2006><pubmed> 16483889</pubmed></ref><ref name=Takahashi2014><pubmed>24318936</pubmed></ref><ref>’’’高橋阿貴’’’<br>過剰な攻撃行動の神経生物学<br>’’臨床精神医学 46’’, pp. 1077-1082; 2017</ref>。また、動物を低[[グルココルチコイド]]状態にすることで、[[HPA系]]の活性が低下して低覚醒状態であるのに高い攻撃行動を示すことが分かっており、これが[[ヒト]]の[[反社会性パーソナリティー障害]]のモデルとなる可能性がある(Haller and Kruk, 2006; Takahashi and Miczek, 2014) <ref name=Haller2006/><ref name=Takahashi2014/>。これらの過剰な攻撃行動を示す動物は、メスは攻撃しない、オス同士であっても咽喉など致命傷になりうる危険な体の部位は攻撃しない、といった通常の種内攻撃行動では守られるべきルールが守られなくなるという(下記1-3参照)。


案内メニュー