「攻撃性」の版間の差分

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== 攻撃性に関わるホルモン・神経伝達物質 ==
== 攻撃性に関わるホルモン・神経伝達物質 ==
攻撃行動には多様なホルモンや神経伝達物質が関わることが分かっているが、その中でも特によく研究されている性ステロイドホルモンとセロトニンについてのみここでは紹介する。他にも、神経ペプチドであるバソプレッシンやオキシトシン、副腎皮質刺激ホルモン放出因子、ニューロペプチドYなど、そして神経伝達物質であるドーパミンやGABA、グルタミン酸、内因性オピオイドなど、更にシグナル伝達物質である一酸化窒素合成酵素(NOS)が攻撃行動に関与することが報告されている。
 攻撃行動には多様なホルモンや神経伝達物質が関わることが分かっているが、その中でも特によく研究されている[[性ステロイドホルモン]]と[[セロトニン]]についてのみここでは紹介する。他にも、神経ペプチドである[[バソプレッシン]]や[[オキシトシン]]、[[副腎皮質刺激ホルモン放出因子]]、[[ニューロペプチドY]]など、そして神経伝達物質である[[ドーパミン]]や[[GABA]]、[[グルタミン酸]]、[[内因性オピオイド]]など、更にシグナル伝達物質である[[一酸化窒素合成酵素]](NOS)が攻撃行動に関与することが報告されている。


=== 性ステロイドホルモンと攻撃性 ===
=== 性ステロイドホルモンと攻撃性 ===
多くの動物において、雄の方が雌よりも攻撃性が高く、特に精巣からテストステロンの分泌が増加する思春期から攻撃行動が増加する。また、成体雄の精巣を除去すると攻撃行動が低下し、そこにテストステロンを投与することで攻撃行動が回復することから、テストステロンが攻撃行動の出現に必須であることが示されている(近藤ら、2010)<ref>'''近藤保彦, 菊水健史, 山田一夫, 小川園子, 富原 一哉'''<br>脳とホルモンの行動学<br>''西村書店''; 2010</ref>。テストステロンは、直接アンドロゲン受容体に作用するのに加えて、アロマターゼにより芳香化されエストラジオールに代謝されることで、エストロゲン受容体にも作用する。攻撃行動には実はこのエストロゲン受容体を介した作用が重要な働きを持つことが明らかとなってきており、去勢した雄にエストラジオールを投与しても攻撃行動がある程度回復することや、アロマターゼを抑制するとテストステロンの効果が阻害されることが分かっている(Bowden and Brain, 1978)<ref><pubmed> 567355</pubmed></ref>。遺伝子ノックアウトマウスの仕事から、アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体α(ERα)の両方が、攻撃行動の出現に関与することが明らかとなっており(Sato et al 2004, Ogawa et al 1997)<ref name=Sato2004><pubmed> 14747651 </pubmed></ref>、先に述べた視床下部VMHvlについても、ERα受容体の発現が攻撃行動の発動に関わることが示されている(Sano et al 2004)<ref name=Sato2004/>。
 多くの動物において、雄の方が雌よりも攻撃性が高く、特に精巣から[[テストステロン]]の分泌が増加する思春期から攻撃行動が増加する。また、成体雄の精巣を除去すると攻撃行動が低下し、そこにテストステロンを投与することで攻撃行動が回復することから、テストステロンが攻撃行動の出現に必須であることが示されている(近藤ら、2010)<ref>'''近藤保彦, 菊水健史, 山田一夫, 小川園子, 富原 一哉'''<br>脳とホルモンの行動学<br>''西村書店''; 2010</ref>。テストステロンは、直接[[アンドロゲン受容体]]に作用するのに加えて、[[アロマターゼ]]により芳香化され[[エストラジオール]]に代謝されることで、エストロゲン受容体にも作用する。攻撃行動には実はこのエストロゲン受容体を介した作用が重要な働きを持つことが明らかとなってきており、去勢した雄にエストラジオールを投与しても攻撃行動がある程度回復することや、アロマターゼを抑制するとテストステロンの効果が阻害されることが分かっている(Bowden and Brain, 1978)<ref><pubmed> 567355</pubmed></ref>。遺伝子ノックアウトマウスの仕事から、アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体α(ERα)の両方が、攻撃行動の出現に関与することが明らかとなっており(Sato et al 2004, Ogawa et al 1997)<ref name=Sato2004><pubmed> 14747651 </pubmed></ref>、先に述べた視床下部VMHvlについても、ERα受容体の発現が攻撃行動の発動に関わることが示されている(Sano et al 2004)<ref name=Sato2004/>。


=== セロトニンと攻撃性 ===
=== セロトニンと攻撃性 ===
攻撃行動に関わる神経伝達物質として最もよく研究されているのが、セロトニン(5-HT)である。衝動的・暴力的な行動を示す個体において、血中や脳内のセロトニンが低下していることが様々な動物において観察されたことから、セロトニンが欠損すると攻撃性が昂進するという仮説が一般的に広く受け入れられているが、実はそう単純な関係ではないことが徐々に認識されてきている(de Boer and Koolhaas, 2005, Olivier 2004)<ref><pubmed>16310183 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15817750 </pubmed></ref>。実際、セロトニン合成(Tph2)や、セロトニン神経発達(Pet-1)に関わる遺伝子を欠損させたり、5-HT1B受容体を欠損させたノックアウトマウスにおいて、攻撃行動が多くみられることは、セロトニン系の阻害が攻撃行動を昂進させることを示している(Hendricks et al. 2003, Saudou et al. 1994, Alenina et al. 2009)<ref><pubmed> 12546819 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8091214 </pubmed></ref><ref><pubmed>19520831</pubmed></ref>。その一方で、モノアミン酸化酵素MAOAが欠損したヒトやマウスにおいて、過剰な攻撃性が観察され、それらの個体ではセロトニン量が増加している(Brunner et al. 1993, Cases et al. 1995)<ref><pubmed> 8211186</pubmed></ref><ref><pubmed>7792602</pubmed></ref>。また、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は攻撃行動を減らすという報告と増加させるという報告が混在している(Sharma et al 2016, Carrillo et al 2009)<ref><pubmed>26819231</pubmed></ref><ref><pubmed> 19404614</pubmed></ref>。このことから、セロトニンは受容体のサブタイプや、作用する脳部位によって、攻撃行動に異なる作用をもたらしており、更に攻撃行動のタイプ(Offensive, defensive, 母親攻撃行動など)や、攻撃の特性(Trait)と状態(State)によっても、セロトニンと攻撃行動の関係は異なる可能性が示唆されている。
 攻撃行動に関わる神経伝達物質として最もよく研究されているのが、セロトニン(5-HT)である。衝動的・暴力的な行動を示す個体において、血中や脳内のセロトニンが低下していることが様々な動物において観察されたことから、セロトニンが欠損すると攻撃性が昂進するという仮説が一般的に広く受け入れられているが、実はそう単純な関係ではないことが徐々に認識されてきている(de Boer and Koolhaas, 2005, Olivier 2004)<ref><pubmed>16310183 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15817750 </pubmed></ref>
 
 実際、セロトニン合成(Tph2)や、セロトニン神経発達(Pet-1)に関わる遺伝子を欠損させたり、5-HT1B受容体を欠損させたノックアウトマウスにおいて、攻撃行動が多くみられることは、セロトニン系の阻害が攻撃行動を昂進させることを示している(Hendricks et al. 2003, Saudou et al. 1994, Alenina et al. 2009)<ref><pubmed> 12546819 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8091214 </pubmed></ref><ref><pubmed>19520831</pubmed></ref>。その一方で、[[モノアミン酸化酵素]]MAOAが欠損したヒトやマウスにおいて、過剰な攻撃性が観察され、それらの個体ではセロトニン量が増加している(Brunner et al. 1993, Cases et al. 1995)<ref><pubmed> 8211186</pubmed></ref><ref><pubmed>7792602</pubmed></ref>。また、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は攻撃行動を減らすという報告と増加させるという報告が混在している(Sharma et al 2016, Carrillo et al 2009)<ref><pubmed>26819231</pubmed></ref><ref><pubmed> 19404614</pubmed></ref>。このことから、セロトニンは受容体のサブタイプや、作用する脳部位によって、攻撃行動に異なる作用をもたらしており、更に攻撃行動のタイプ(Offensive, defensive, 母親攻撃行動など)や、攻撃の特性(Trait)と状態(State)によっても、セロトニンと攻撃行動の関係は異なる可能性が示唆されている。


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
<references />
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