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<font size="+1">[https://researchmap.jp/hirokazuhirai 平井宏和]</font><br> | <font size="+1">[https://researchmap.jp/hirokazuhirai 平井宏和]</font><br> | ||
''群馬大学 医学系研究科''<br> | ''群馬大学 医学系研究科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年3月27日 原稿完成日:<br> | ||
担当編集委員:[https://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎通介](慶應義塾大学 医学研究科)<br> | 担当編集委員:[https://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎通介](慶應義塾大学 医学研究科)<br> | ||
</div> | </div> | ||
英語名:viral vector 独:Viraler Vektor 仏:vecteur viral | 英語名:viral vector 独:Viraler Vektor 仏:vecteur viral | ||
{{box|text= | {{box|text= 細胞に吸着したウイルスは、自らのゲノムを細胞内に送り込み、細胞がもつ転写翻訳機構を利用してゲノムを複製し増殖する。遺伝子操作により、複製および増殖能を欠損させたウイルスに外来遺伝子を組み込み、効率的に目的の遺伝子を細胞へ導入し発現させる能力のみを利用したものをウイルスベクターという。細胞への遺伝子導入効率は、エレクトロポレーションやリン酸カルシウム法などの物理化学的な導入法よりはるかに優れており、遺伝子導入が困難な生体ニューロンへの遺伝子発現実験や遺伝子治療に広く使用されている。}} | ||
== | == ウイルスベクター作製の概要 == | ||
複製等に関与する非構造タンパク質をコードしている領域および、[[カプシド]]などの構造タンパク質をコードしている領域を欠損し、代わりに目的の遺伝子を挿入したウイルス[[プラスミド]]と、非構造タンパク質と構造タンパク質を供給するプラスミド(さらにウイルスによっては別に必要となる遺伝子を供給するプラスミド)を、[[HEK293細胞]]や[[NIH3T3細胞]]などの[[培養細胞]]に同時に導入し、細胞内でウイルス粒子を産生させる。産生されたウイルスはウイルスプラスミドに組み込んだ目的遺伝子をもつが、非構造タンパク質および構造タンパク質をコードする遺伝子を欠損するため、細胞に吸着・侵入して目的の遺伝子を発現するが、複製・増殖能はない。 | |||
複製等に関与する非構造タンパク質をコードしている領域および、[[カプシド]]などの構造タンパク質をコードしている領域を欠損し、代わりに目的の遺伝子を挿入したウイルス[[プラスミド]]と、非構造タンパク質と構造タンパク質を供給するプラスミド(さらにウイルスによっては別に必要となる遺伝子を供給するプラスミド)を、[[HEK293細胞]]や[[NIH3T3細胞]]などの[[培養細胞]] | |||
== 種類 == | == 種類 == | ||
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{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+ | |+ 表1.ベクターとして利用される代表的なウイルス | ||
! 種類 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス、セムリキ森林ウイルス | ! 種類 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス、セムリキ森林ウイルス !! レトロウイルス !! レンチウイルス !! 狂犬病ウイルス !! センダイウイルス !! アデノ随伴ウイルス | ||
|- | |- | ||
| 分類 || アデノウイルス科、マストアデノウイルス属 || トガウイルス科、アフファウイルス属 || | | 分類 || アデノウイルス科、マストアデノウイルス属 || トガウイルス科、アフファウイルス属 || レトロウイルス科、オンコウイルス亜科 || レトロウイルス科、レンチウイルス亜科 || ラブドウイルス科、リッサウイルス属 || パラミクソウイルス科、レスピロウイルス属(マウスパラインフルエンザ1型ウイルス) || パルボウイルス科、ディペンドウイルス属 | ||
|- | |- | ||
| 疾患 || カゼ症候群 || 関節炎、発疹、発熱 | | 疾患 || カゼ症候群 || 関節炎、発疹、発熱 || マウス白血病 || AIDS || 狂犬病 || マウス肺炎 || 病原性なし | ||
|- | |- | ||
| 核酸 || 2本鎖DNA || 1本鎖RNA +鎖 | | 核酸 || 2本鎖DNA || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA -鎖 || 1本鎖RNA -鎖 || 1本鎖DNA | ||
|- | |- | ||
| 形態 | | 形態 || 正20面体カプシド || 正20面体カプシド || 正20面体 || 正20面体 || 円筒形 || 多形らせんヌクレオカプシド || 正20面体カプシド | ||
|- | |- | ||
| 大きさ(nm) || 70-90 || 約70 | | 大きさ(nm) || 70-90 || 約70 || 80-100 || 80-100 || 180(長)、75(径) || 150-250 || 18-26 | ||
|- | |- | ||
| エンベロープ || なし || colspan="5" style="text-align:center;" |あり || なし | |||
| エンベロープ | | |||
|} | |} | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
! 由来 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス !! センダイウイルス !! レトロウイルス !! レンチウイルス !! アデノ随伴ウイルス | ! 由来 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス !! センダイウイルス !! レトロウイルス !! レンチウイルス !! アデノ随伴ウイルス | ||
|- | |- | ||
| 51行目: | 44行目: | ||
| 物理的封じ込め || colspan="5" style="text-align:center;" | P2 || P1(普通の実験室) | | 物理的封じ込め || colspan="5" style="text-align:center;" | P2 || P1(普通の実験室) | ||
|- | |- | ||
| | | 搭載可能 || 8~30 kb || || 4.5 kb || 8 kb || 8 kb || 4.7 kb | ||
|} | |} | ||
=== アデノウイルスベクター === | === アデノウイルスベクター === | ||
小児に感冒を引き起こす[[ヒト]][[アデノウイルス]] 5型が主に利用されている。ウイルス[[ゲノム]]([[DNA]])は核移行するがホストゲノムに組み込まれずに[[転写]]・[[翻訳]]される。アデノウイルスの増殖にはE1AとE1B領域が必須であるが、これらを発現させたい外来遺伝子と置換し、さらに増殖には不必要なE3領域も欠損させている<ref>'''斎藤 泉'''<br>次世代アデノウイルスベクターの開発状況と展望<br>ウイルス: 47:231-8: | 小児に感冒を引き起こす[[ヒト]][[アデノウイルス]] 5型が主に利用されている。ウイルス[[ゲノム]]([[DNA]])は核移行するがホストゲノムに組み込まれずに[[転写]]・[[翻訳]]される。アデノウイルスの増殖にはE1AとE1B領域が必須であるが、これらを発現させたい外来遺伝子と置換し、さらに増殖には不必要なE3領域も欠損させている<ref>'''斎藤 泉'''<br>次世代アデノウイルスベクターの開発状況と展望<br>ウイルス: 47:231-8:1997 doi 10.2222/jsv.47.231</ref>。パッケージングされる部分を残して全て外来遺伝子に置換したウイルスプラスミドを、E1AとE1Bを持続発現しているHEK293細胞に導入することでウイルス粒子が産生され、細胞外に放出される。産生されたウイルス粒子はE1A遺伝子機能をもたないので複製できず非増殖型である。 | ||
アデノウイルスベクターは[[ニューロン]]や静止期の[[アストロサイト]]を含むさまざまな細胞に感染し、きわめて効率的に外来遺伝子を発現する。細胞障害性や[[免疫原性]]をもつことが欠点であるが、逆にこの点を利用して脳腫瘍に対する遺伝子治療ベクターとして利用されている。遺伝子発現は一過性で感染から2ヶ月以内に消失する。 | アデノウイルスベクターは[[ニューロン]]や静止期の[[アストロサイト]]を含むさまざまな細胞に感染し、きわめて効率的に外来遺伝子を発現する。細胞障害性や[[免疫原性]]をもつことが欠点であるが、逆にこの点を利用して脳腫瘍に対する遺伝子治療ベクターとして利用されている。遺伝子発現は一過性で感染から2ヶ月以内に消失する。 | ||
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感染によりウイルスゲノム(一本鎖RNA)が細胞内に入り、同時に送り込まれた逆転写酵素により二本鎖DNAへと変えられる('''図1'''参照)。二本鎖DNAは核に送られて[[染色体]]に組み込まれ、細胞の転写発現機構を使って外来遺伝子を発現する。ただし、核膜があると核内に入ることができないため、核膜が消失する分裂期の細胞でしか組み込みは行われない。すなわちレトロウイルスベクターは最終分裂を終えたニューロンへの遺伝子発現には使えないが、この性質を利用し、成熟動物の[[神経幹細胞]]選択的に遺伝子発現させる目的で使用されることがある。 | 感染によりウイルスゲノム(一本鎖RNA)が細胞内に入り、同時に送り込まれた逆転写酵素により二本鎖DNAへと変えられる('''図1'''参照)。二本鎖DNAは核に送られて[[染色体]]に組み込まれ、細胞の転写発現機構を使って外来遺伝子を発現する。ただし、核膜があると核内に入ることができないため、核膜が消失する分裂期の細胞でしか組み込みは行われない。すなわちレトロウイルスベクターは最終分裂を終えたニューロンへの遺伝子発現には使えないが、この性質を利用し、成熟動物の[[神経幹細胞]]選択的に遺伝子発現させる目的で使用されることがある。 | ||
=== レンチウイルスベクター === | === レンチウイルスベクター === | ||
レトロウイルス科に属するヒトあるいは[[サル]][[免疫不全]]ウイルス由来のベクターで、レトロウイルスと類似の方法で作成される。野生型のレンチウイルスは[[wj:CD4|CD4]]陽性リンパ球にしか感染能がないが、エンベロープの[[糖タンパク質]]を[[wj:水疱性口内炎ウイルス|水疱性口内炎ウイルス]](VSV)由来のものに変えることで、ニューロンを含むさまざまな細胞種に感染することが可能となる。レンチウイルスベクターは非分裂細胞でも核膜孔を通過して染色体に逆転写した二本鎖DNAを組み込むことができるため、非分裂細胞であるニューロンや静止期のアストロサイトにも外来遺伝子を発現させることができる。 | レトロウイルス科に属するヒトあるいは[[サル]][[免疫不全]]ウイルス由来のベクターで、レトロウイルスと類似の方法で作成される。野生型のレンチウイルスは[[wj:CD4|CD4]]陽性リンパ球にしか感染能がないが、エンベロープの[[糖タンパク質]]を[[wj:水疱性口内炎ウイルス|水疱性口内炎ウイルス]](VSV)由来のものに変えることで、ニューロンを含むさまざまな細胞種に感染することが可能となる。レンチウイルスベクターは非分裂細胞でも核膜孔を通過して染色体に逆転写した二本鎖DNAを組み込むことができるため、非分裂細胞であるニューロンや静止期のアストロサイトにも外来遺伝子を発現させることができる。 | ||
=== 狂犬病ウイルスベクター === | === 狂犬病ウイルスベクター === | ||
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センダイウイルスベクターはニューロンを含む非分裂細胞にも外来遺伝子発現が可能で、発現能も高い。感染後、ウイルスゲノムはホストの染色体に組み込まれずRNAの状態で細胞質に留まるため、挿入変異や染色体の構造変化の恐れがなく、機能性、安全性の両面で優れたベクターである。生体にベクター投与後2〜4日目に外来遺伝子の発現量が最大となり、数週間発現が持続する。 | センダイウイルスベクターはニューロンを含む非分裂細胞にも外来遺伝子発現が可能で、発現能も高い。感染後、ウイルスゲノムはホストの染色体に組み込まれずRNAの状態で細胞質に留まるため、挿入変異や染色体の構造変化の恐れがなく、機能性、安全性の両面で優れたベクターである。生体にベクター投与後2〜4日目に外来遺伝子の発現量が最大となり、数週間発現が持続する。 | ||
=== アデノ随伴ウイルスベクター === | === アデノ随伴ウイルスベクター === | ||
アデノ随伴ウイルスは、ラテン語で「小さい」を意味する“parvus”を語源とするパルボウイルス科のウイルスで、粒子径は18 – 26nmとDNAウイルスの中ではもっとも小さい。単独感染では増殖能はなく、アデノウイルスと同時に感染して初めて増殖が可能となる。病原性はないと考えられている。ウイルスゲノムは4.7kbの線状一本鎖DNAで、両端に逆位反復配列(Inverted Terminal Repeat : ITR) | アデノ随伴ウイルスは、ラテン語で「小さい」を意味する“parvus”を語源とするパルボウイルス科のウイルスで、粒子径は18 – 26nmとDNAウイルスの中ではもっとも小さい。単独感染では増殖能はなく、アデノウイルスと同時に感染して初めて増殖が可能となる。病原性はないと考えられている。ウイルスゲノムは4.7kbの線状一本鎖DNAで、両端に逆位反復配列(Inverted Terminal Repeat : ITR)と呼ばれるT字型のヘアピン構造が存在し、ゲノム複製はこの部分の折り返しにより、他のプライマー非依存的に開始する。ゲノムにはRepとCapという2つの遺伝子が存在する。Repはウイルスゲノムの複製や転写を担う非構造タンパク質を、Capは3種類の構造タンパク質(カプシドタンパク質)をコードしている。 | ||
アデノ随伴ウイルスには多くの血清型が知られており、主に細胞表面受容体の違いにより特定の組織や細胞種への指向性を示す。最もよく研究されている2型の受容体は[[へパラン硫酸プロテオグリカン]]であり<ref><pubmed>9445046</pubmed></ref>、[[線維芽細胞増殖因子受容体1]]([[FGFR1]])<ref><pubmed> 9883842 </pubmed></ref>や[[αVβ5インテグリン]]<ref><pubmed>9883843 </pubmed></ref>も共受容体として働き、ウイルスの結合と取り込みを促進することが示唆されている。アデノ随伴ウイルス4型と5型は[[シアル酸]]に結合すること<ref><pubmed>11435568</pubmed></ref>、また[[PDGF受容体]]が5型の受容体であることが報告されている<ref><pubmed>14502277 </pubmed></ref>。適切な血清型由来のベクターを用いることで、任意の臓器の特定細胞種を標的とした効率的な遺伝子発現が期待できる。 | アデノ随伴ウイルスには多くの血清型が知られており、主に細胞表面受容体の違いにより特定の組織や細胞種への指向性を示す。最もよく研究されている2型の受容体は[[へパラン硫酸プロテオグリカン]]であり<ref><pubmed>9445046</pubmed></ref>、[[線維芽細胞増殖因子受容体1]]([[FGFR1]])<ref><pubmed> 9883842 </pubmed></ref>や[[αVβ5インテグリン]]<ref><pubmed>9883843 </pubmed></ref>も共受容体として働き、ウイルスの結合と取り込みを促進することが示唆されている。アデノ随伴ウイルス4型と5型は[[シアル酸]]に結合すること<ref><pubmed>11435568</pubmed></ref>、また[[PDGF受容体]]が5型の受容体であることが報告されている<ref><pubmed>14502277 </pubmed></ref>。適切な血清型由来のベクターを用いることで、任意の臓器の特定細胞種を標的とした効率的な遺伝子発現が期待できる。 | ||
==== アデノ随伴ウイルスベクター粒子の作製法 ==== | ==== アデノ随伴ウイルスベクター粒子の作製法 ==== | ||
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ITR間の[[Rep]]、[[Cap]]の2つの遺伝子を取り除き、そのスペースにプロモーターと目的の遺伝子を挿入したベクタープラスミドを作製する('''図2''')。Rep、Cap(ウイルス複製やカプシド形成に必要なタンパク質)は別のプラスミドで供給する。またアデノウイルスのヘルパー作用としてE1A、E1B、E2A、VA、E4遺伝子が必要となるが、このうちE1AとE1BはHEK293細胞(E1AとE1Bでトランスフォームしている)から、残りのE2A、E4、VAはヘルパープラスミドとして供給する。これら3つのプラスミドでHEK293細胞をトランスフェクションすると、Rep、Cap遺伝子はもたずITR間の外来遺伝子のみをもつウイルス粒子が産生される。粒子は核内に存在するため細胞を凍結融解し、[[wj:塩化セシウム|塩化セシウム]]を用いた密度勾配超遠心法を用いて精製する。 | ITR間の[[Rep]]、[[Cap]]の2つの遺伝子を取り除き、そのスペースにプロモーターと目的の遺伝子を挿入したベクタープラスミドを作製する('''図2''')。Rep、Cap(ウイルス複製やカプシド形成に必要なタンパク質)は別のプラスミドで供給する。またアデノウイルスのヘルパー作用としてE1A、E1B、E2A、VA、E4遺伝子が必要となるが、このうちE1AとE1BはHEK293細胞(E1AとE1Bでトランスフォームしている)から、残りのE2A、E4、VAはヘルパープラスミドとして供給する。これら3つのプラスミドでHEK293細胞をトランスフェクションすると、Rep、Cap遺伝子はもたずITR間の外来遺伝子のみをもつウイルス粒子が産生される。粒子は核内に存在するため細胞を凍結融解し、[[wj:塩化セシウム|塩化セシウム]]を用いた密度勾配超遠心法を用いて精製する。 | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
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