「小脳原基」の版間の差分

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担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英語名:Cerebellar primordium<br />
英語名:Cerebellar primordium 独:Kleinhirn-Anlage 仏:l’ébauche du cervelet <br />
独語名:Kleinhirn-Anlage<br />
仏語名:l’ébauche du cervelet <br />


{{box|text= 小脳原基は小脳の元となる神経組織であり、発生過程において神経管の中脳-後脳境界領域の背側部分に形成される。小脳原基における神経上皮細胞は、将来小脳回路を構成する神経細胞やグリア細胞を場所特異的あるいは時期特異的にきわめて厳密に生み出す。この遺伝プログラムにより、成体小脳では細胞が正しく配置され、機能することが出来る。一方で、小脳萎縮などの遺伝病には、こういった遺伝子プログラムの異常が関わっていることが最近になって示唆されている。(編集部コメント:最後の一文、2種類ありました。→そのため、小脳発生に関わる遺伝子のいくつかは小脳萎縮や脳腫瘍などの遺伝病の表現形に関与していることが示唆されている。)}}
{{box|text= 小脳原基は小脳の元となる神経組織であり、発生過程において神経管の中脳-後脳境界領域の背側部分に形成される。小脳原基における神経上皮細胞は、将来小脳回路を構成する神経細胞やグリア細胞を場所特異的あるいは時期特異的にきわめて厳密に生み出す。この遺伝プログラムにより、成体小脳では細胞が正しく配置され、機能することが出来る。一方で、小脳萎縮などの遺伝病には、こういった遺伝子プログラムの異常が関わっていることが最近になって示唆されている。(編集部コメント:最後の一文、2種類ありました。→そのため、小脳発生に関わる遺伝子のいくつかは小脳萎縮や脳腫瘍などの遺伝病の表現形に関与していることが示唆されている。)}}


== 小脳原基とは ==
== 小脳原基とは ==
 小脳原基は成体において[[小脳]]となる部分であり、発生期において、筒状の構造をもつ[[神経管]]の[[中脳]][[後脳]]境界部尾側(後脳側)から派生する菱状の空間、[[第四脳室]]の上唇部に由来する。後脳領域は発生初期に[[ロンボメア]]と呼ばれる分節構造を形成し、各分節構造から決まった神経器官が生じる。小脳原基はその第一分節の[[翼板]]が発達、肥大することにより、後脳背側部に形成される。[[ヒト]]では受精後7-9週齢で翼板の肥大が起こり、10週齢までに左右の小脳原基は正中線で融合する<ref><pubmed>21380713</pubmed></ref>(1)。一方、[[マウス]]では受精後7-8日目からこれらの現象が観察される。小脳発生領域は種をまたいで保存されている一方、生み出される小脳細胞の種類や[[神経前駆細胞]]の移動経路が種間で異なるため、最終的には[[脊椎動物]]間、例えば[[両生類]]、[[鳥類]]、[[哺乳類]]で構造がかなり異なる<ref><pubmed>25336734</pubmed></ref>(2)。特に[[小脳顆粒前駆細胞]]の分裂が見られるのは鳥類以降の高等動物であり、その結果、より複雑な小脳構造が形成される。
 小脳原基は成体において[[小脳]]となる部分であり、発生期において、筒状の構造をもつ[[神経管]]の[[中脳]][[後脳]]境界部尾側(後脳側)から派生する菱状の空間、[[第四脳室]]の上唇部に由来する。後脳領域は発生初期に[[ロンボメア]]と呼ばれる分節構造を形成し、各分節構造から決まった神経器官が生じる。小脳原基はその第一分節の[[翼板]]が発達、肥大することにより、後脳背側部に形成される。
 
 [[ヒト]]では受精後7-9週齢で翼板の肥大が起こり、10週齢までに左右の小脳原基は正中線で融合する<ref><pubmed>21380713</pubmed></ref>(1)。一方、[[マウス]]では受精後7-8日目からこれらの現象が観察される。
 
 小脳発生領域は種をまたいで保存されている一方、生み出される小脳細胞の種類や[[神経前駆細胞]]の移動経路が種間で異なるため、最終的には[[脊椎動物]]間、例えば[[両生類]]、[[鳥類]]、[[哺乳類]]で構造がかなり異なる<ref><pubmed>25336734</pubmed></ref>(2)。特に[[小脳顆粒前駆細胞]]の分裂が見られるのは鳥類以降の高等動物であり、その結果、より複雑な小脳構造が形成される。


== 小脳原基発生領域決定の分子機構 ==
== 小脳原基発生領域決定の分子機構 ==
[[Image:小脳原基図1.png|thumb|right|500px|'''図1. 初期の菱脳における中脳後脳境界領域および小脳領域を形成する主な遺伝子間の相互作用''' ]]
[[Image:小脳原基図1.png|thumb|right|500px|'''図1. 初期の菱脳における中脳後脳境界領域および小脳領域を形成する主な遺伝子間の相互作用''' ]]


 小脳原基の派生する後脳の第一分節は、[[ホメオボックス]]型[[転写因子]]である[[Gbx2]]陽性、かつ[[Otx2]]および[[Hoxa2]]陰性の領域として発生初期に分子的に定義される<ref><pubmed>9012500</pubmed></ref><ref><pubmed>10498676</pubmed></ref>(3, 4)。[[遺伝子組み換え動物]]を用いた実験から、Otx2およびGbx2転写因子は相互的に発現を抑制することで第一分節の吻側境界を決定すること<ref><pubmed>10490025</pubmed></ref><ref><pubmed>9247335</pubmed></ref><ref><pubmed>10704829</pubmed></ref>(5-7)、また一方で、Hoxa2が第二分節より尾側で発現することにより、小脳神経細胞の[[分化]]を抑制していることが知られている<ref><pubmed>9367425</pubmed></ref><ref><pubmed>15198802</pubmed></ref>(8, 9)。Otx2の下流因子である[[Lmx1b]]は発現細胞において[[分泌]]たんぱく質[[Wnt1]]の発現を誘導する。Wnt1が隣接細胞でFgf8の発現を誘導し<ref><pubmed>12399317</pubmed></ref>(10)、Fgf8がOtx2の発現を負に制御することにより<ref><pubmed>10518499</pubmed></ref><ref><pubmed>10021338</pubmed></ref>(11, 12)、厳密に中脳小脳の境界領域、[[峡部]](isthmus)が形成される('''図1''')。第一分節を規定するこれらの因子に加え、ホメオボックス型転写因子[[En1]]や[[En2]]は中脳から第一分節内の吻側領域にかけて発現し、小脳吻側部分の領域決定に関与する<ref><pubmed>7925010</pubmed></ref>(13)が、領域決定後も小脳小葉形成などに関わっている<ref><pubmed>20081196</pubmed></ref><ref><pubmed>19020009</pubmed></ref>(14, 15)。
 小脳原基の派生する後脳の第一分節は、[[ホメオボックス]]型[[転写因子]]である[[Gbx2]]陽性、かつ[[Otx2]]および[[Hoxa2]]陰性の領域として発生初期に分子的に定義される<ref><pubmed>9012500</pubmed></ref><ref><pubmed>10498676</pubmed></ref>('''図1''')(3, 4)。[[遺伝子組み換え動物]]を用いた実験から、Otx2およびGbx2転写因子は相互的に発現を抑制することで第一分節の吻側境界を決定すること<ref><pubmed>10490025</pubmed></ref><ref><pubmed>9247335</pubmed></ref><ref><pubmed>10704829</pubmed></ref>(5-7)、また一方で、Hoxa2が第二分節より尾側で発現することにより、小脳神経細胞の[[分化]]を抑制していることが知られている<ref><pubmed>9367425</pubmed></ref><ref><pubmed>15198802</pubmed></ref>(8, 9)。Otx2の下流因子である[[Lmx1b]]は発現細胞において[[分泌]]たんぱく質[[Wnt1]]の発現を誘導する。Wnt1が隣接細胞でFgf8の発現を誘導し<ref><pubmed>12399317</pubmed></ref>(10)、Fgf8がOtx2の発現を負に制御することにより<ref><pubmed>10518499</pubmed></ref><ref><pubmed>10021338</pubmed></ref>(11, 12)、厳密に中脳小脳の境界領域、[[峡部]](isthmus)が形成される('''図1''')。
 
 第一分節を規定するこれらの因子に加え、ホメオボックス型転写因子[[En1]]や[[En2]]は中脳から第一分節内の吻側領域にかけて発現し、小脳吻側部分の領域決定に関与する<ref><pubmed>7925010</pubmed></ref>(13)が、領域決定後も小脳小葉形成などに関わっている<ref><pubmed>20081196</pubmed></ref><ref><pubmed>19020009</pubmed></ref>(14, 15)。


== 哺乳類小脳原基において生み出される細胞群 ==
== 哺乳類小脳原基において生み出される細胞群 ==
[[Image:小脳原基図2.png|thumb|right|500px|'''図2. 小脳原基から派生する主な神経細胞の分布と移動経路''' ]]
[[Image:小脳原基図2.png|thumb|right|500px|'''図2. 小脳原基から派生する主な神経細胞の分布と移動経路''' ]]


 小脳原基は大別して二種類の胚ゾーンを含む器官である。胚ゾーンの一つは第四[[脳室]]における[[神経上皮細胞]]、もう一つは[[上菱脳唇]](upper rhombic lip)である('''図2''')。これら二つの胚ゾーンは隣接しており、それぞれ[[bHLH型転写因子]]である[[Ptf1a]]陽性と[[Atoh1]]陽性領域として分子的に定義される。これら二つの[[bHLH]]型転写因子が互いに発現を負に制御することにより<ref><pubmed>18723012</pubmed></ref><ref><pubmed> 24695699</pubmed></ref>(16, 17)、胚ゾーンの境界領域が決定されている。小脳上皮におけるAtoh1陽性領域は発生初期に[[BMP]]シグナルによって誘導される<ref><pubmed> 10448218</pubmed></ref>(18)。各胚ゾーンからは、異なる複数の神経前駆細胞や[[グリア細胞]]が発生時期特異的に生み出される。第四脳室神経上皮細胞は[[抑制性神経細胞]]や星状グリア細胞、上菱脳唇は主に小脳[[興奮性]]細胞を生み出す。ウイルスや[[免疫組織化学]]を用いた生体内細胞標識技術により、上菱脳唇由来の細胞から小脳グリア細胞が生み出される証拠は得られていないが、小脳興奮性細胞の一つである小脳顆粒細胞の一部が培養下で[[アストロサイト]]様の個性を獲得することも観察されており<ref><pubmed>14745007</pubmed></ref>(19)、上菱脳唇由来のグリア細胞の存在は完全には否定できない。
 小脳原基は大別して二種類の胚ゾーンを含む器官である。胚ゾーンの一つは第四[[脳室]]における[[神経上皮細胞]]、もう一つは[[上菱脳唇]](upper rhombic lip)である('''図2''')。これら二つの胚ゾーンは隣接しており、それぞれ[[bHLH型転写因子]]である[[Ptf1a]]陽性と[[Atoh1]]陽性領域として分子的に定義される。これら二つの[[bHLH]]型転写因子が互いに発現を負に制御することにより<ref><pubmed>18723012</pubmed></ref><ref><pubmed> 24695699</pubmed></ref>(16, 17)、胚ゾーンの境界領域が決定されている。小脳上皮におけるAtoh1陽性領域は発生初期に[[BMP]]シグナルによって誘導される<ref><pubmed> 10448218</pubmed></ref>(18)。各胚ゾーンからは、異なる複数の神経前駆細胞や[[グリア細胞]]が発生時期特異的に生み出される。第四脳室神経上皮細胞は[[抑制性神経細胞]][[アストロサイト]]、上菱脳唇は主に小脳[[興奮性]]細胞を生み出す。ウイルスや[[免疫組織化学]]を用いた生体内細胞標識技術により、上菱脳唇由来の細胞から小脳グリア細胞が生み出される証拠は得られていないが、小脳興奮性細胞の一つである小脳顆粒細胞の一部が培養下でアストロサイト様の個性を獲得することも観察されており<ref><pubmed>14745007</pubmed></ref>(19)、上菱脳唇由来のグリア細胞の存在は完全には否定できない。


=== プルキンエ細胞 ===
=== プルキンエ細胞 ===
Purkinje cells
Purkinje cells


 小脳皮質の[[抑制性]]出力細胞である[[プルキンエ細胞]]は第四脳室の神経上皮から生まれる。マウスでは受精後十日頃から十三日までの間に誕生する。分化の過程で前駆細胞はPtf1aから[[Olig1]]/[[Olig2|2]]、そして[[Lhx1]]/[[Lhx5|5]]と一時的に様々な転写因子を発現し、個性を獲得していく。これらの遺伝子を欠損した小脳原基ではプルキンエ細胞の前駆体が欠損、または細胞数が減少することが知られている<ref name=Hoshino2005><pubmed>16039563</pubmed></ref><ref name=Seto2014><pubmed>24535035</pubmed></ref><ref><pubmed>17664423</pubmed></ref>(20-22)。プルキンエ細胞特異的な分子マーカーとして[[カルビンジン]]([[Calb1]])<ref><pubmed>3439634</pubmed></ref>(23)あるいは[[Corl2]]<ref><pubmed>18522874</pubmed></ref>(24)がよく用いられる。小脳脳室で誕生した前駆細胞は、放射状に小脳表面に向かって移動し、最終的にプルキンエ細胞層にとどまる。最近の研究では、これらの前駆細胞の移動は接線方向への移動様式も含むことや分泌たんぱく質リーリン([[Reln]]、[[Reln]])が関与することも見出されているが<ref><pubmed>8863127</pubmed></ref><ref><pubmed>20809939</pubmed></ref>(25, 26)、分子機構を含むより詳細な細胞移動機構の解明が待たれる。
 小脳皮質の[[抑制性]]出力細胞である[[プルキンエ細胞]]は第四脳室の神経上皮から生まれる。マウスでは受精後十日頃から十三日までの間に誕生する。分化の過程で前駆細胞はPtf1aから[[Olig1]]/[[Olig2|2]]、そして[[Lhx1]]/[[Lhx5|5]]と一時的に様々な転写因子を発現し、個性を獲得していく。これらの遺伝子を欠損した小脳原基ではプルキンエ細胞の前駆体が欠損、または細胞数が減少することが知られている<ref name=Hoshino2005><pubmed>16039563</pubmed></ref><ref name=Seto2014><pubmed>24535035</pubmed></ref><ref><pubmed>17664423</pubmed></ref>(20-22)。プルキンエ細胞特異的な分子マーカーとして[[カルビンジン]]([[Calb1]])<ref><pubmed>3439634</pubmed></ref>(23)あるいは[[Corl2]]<ref><pubmed>18522874</pubmed></ref>(24)がよく用いられる。小脳脳室で誕生した前駆細胞は、放射状に小脳表面に向かって移動し、最終的にプルキンエ細胞層にとどまる。最近の研究では、これらの前駆細胞の移動は接線方向への移動様式も含むことや分泌タンパク質[[リーリン]]([[Reelin]]、[[Reln]])が関与することも見出されているが<ref><pubmed>8863127</pubmed></ref><ref><pubmed>20809939</pubmed></ref>(25, 26)、分子機構を含むより詳細な細胞移動機構の解明が待たれる。


=== 小脳核細胞 ===
=== 小脳核細胞 ===
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=== 小脳皮質興奮性介在ニューロン群 ===
=== 小脳皮質興奮性介在ニューロン群 ===
cerebellar excitatory interneuron
cerebellar excitatory interneuron
 
==== 顆粒細胞 ====
==== 顆粒細胞 ====
cerebellar granule cell
cerebellar granule cell


 顆粒細胞は成体脳で最も多く存在する神経細胞群であり、小脳においては興奮性介在ニューロンとして機能する。マウスにおいては、受精後12日目から16日目にかけて、Atoh1陽性の上菱脳唇から生まれる<ref name=Wang2005/><ref name=Machold2005/>(27, 28)。これらの前駆細胞は、興奮性の小脳核前駆細胞と同じく小脳原基表層を移動するが、顆粒細胞の前駆体は移動中も分裂能を示すのが特徴である。小脳表層に移動した顆粒細胞前駆体の[[有糸分裂]]は分泌たんぱく質[[ソニックヘッジホッグ]]によって活性化され、マウスにおいては生後1週齢前後に分裂能がピークに達する<ref><pubmed>10027293</pubmed></ref>(33)。またAtoh1の発現は前駆体においてもみられ、[[細胞分裂]]の停止を抑制する役割を担っている<ref><pubmed>20516124</pubmed></ref>(34)。分裂を終えた顆粒細胞は、小脳[[外顆粒層]]を接線方向に移動した後、[[バーグマングリア細胞]]を足場として、小脳深部に向かって放射状に移動し、最終的に[[内顆粒層]]を形成する<ref><pubmed>12861377</pubmed></ref>(35)。マウスにおいて小脳顆粒細胞の移動は約3週齢で終了する。[[遺伝子組換えマウス]]を用いた実験から、発生後期に生まれる顆粒細胞は主に尾側に分布すること<ref name=Machold2005/>(28)、特定の転写因子が吻側-尾側に異なって発現すること<ref><pubmed> 16962790</pubmed></ref>(36)は、小脳顆粒細胞の個性が小脳内で多様であることを示している。
 成体脳で最も多く存在する神経細胞群であり、小脳においては興奮性介在ニューロンとして機能する。マウスにおいては、受精後12日目から16日目にかけて、Atoh1陽性の上菱脳唇から生まれる<ref name=Wang2005/><ref name=Machold2005/>(27, 28)。これらの前駆細胞は、興奮性の小脳核前駆細胞と同じく小脳原基表層を移動するが、[[顆粒細胞]]の前駆体は移動中も分裂能を示すのが特徴である。小脳表層に移動した顆粒細胞前駆体の[[有糸分裂]]は分泌たんぱく質[[ソニックヘッジホッグ]]によって活性化され、マウスにおいては生後1週齢前後に分裂能がピークに達する<ref><pubmed>10027293</pubmed></ref>(33)。またAtoh1の発現は前駆体においてもみられ、[[細胞分裂]]の停止を抑制する役割を担っている<ref><pubmed>20516124</pubmed></ref>(34)。分裂を終えた顆粒細胞は、小脳[[外顆粒層]]を接線方向に移動した後、[[バーグマングリア細胞]]を足場として、小脳深部に向かって放射状に移動し、最終的に[[内顆粒層]]を形成する<ref><pubmed>12861377</pubmed></ref>(35)。マウスにおいて小脳顆粒細胞の移動は約3週齢で終了する。[[遺伝子組換えマウス]]を用いた実験から、発生後期に生まれる顆粒細胞は主に尾側に分布すること<ref name=Machold2005/>(28)、特定の転写因子が吻側-尾側に異なって発現すること<ref><pubmed> 16962790</pubmed></ref>(36)は、小脳顆粒細胞の個性が小脳内で多様であることを示している。


==== 単極刷子細胞 ====
==== 単極刷子細胞 ====
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=== グリア細胞 ===
=== グリア細胞 ===
==== 星状グリア細胞 ====
====アストロサイト====
astrocyte
astrocyte


 星状グリア細胞は神経上皮に存在する[[放射状グリア]]が起源であると考えられている<ref name=Sudarov2011><pubmed>21795554</pubmed></ref>(38)。最近の遺伝子組換えマウスを用いた実験により、星状グリア細胞とPax2陽性抑制性介在性ニューロンは同じ細胞を起源に持ち、抑制性介在性ニューロンへの運命決定にはbHLH型転写因子Ascl1が関与していることが示唆されている<ref name=Sudarov2011/><ref name=Grimaldi2009><pubmed> 19217896</pubmed></ref>(38, 39)。一方で、小脳の主な[[乏突起膠細胞]](oligodendrocyte)起源は、ニワトリ-ウズラ胚脳組織などの移植実験により、小脳外部であるという説もある<ref name=Grimaldi2009/><ref><pubmed>21901755</pubmed></ref>(39, 40)が、まだ不明な点も多い。
 神経上皮に存在する[[放射状グリア]]が起源であると考えられている<ref name=Sudarov2011><pubmed>21795554</pubmed></ref>(38)。最近の遺伝子組換えマウスを用いた実験により、アストロサイトとPax2陽性抑制性介在性ニューロンは同じ細胞を起源に持ち、抑制性介在性ニューロンへの運命決定にはbHLH型転写因子Ascl1が関与していることが示唆されている<ref name=Sudarov2011/><ref name=Grimaldi2009><pubmed> 19217896</pubmed></ref>(38, 39)。一方で、小脳の主な[[乏突起膠細胞]](oligodendrocyte)起源は、[[ニワトリ]]-[[ウズラ]]胚脳組織などの移植実験により、小脳外部であるという説もある<ref name=Grimaldi2009/><ref><pubmed>21901755</pubmed></ref>(39, 40)が、まだ不明な点も多い。


==== バーグマングリア細胞 ====
==== バーグマングリア細胞 ====
 特徴的な形態を持つバーグマングリア細胞は、神経上皮から小脳原基内を放射状に移動し、最終的にプルキンエ細胞層で成熟する<ref><pubmed>8849669</pubmed></ref>(41)。放射状グリアと異なり、成熟したバーグマングリアは複数の突起を小脳表層に伸長させる。これらの正常な突起形成には[[Notch]]シグナルが関与していることが知られている<ref><pubmed> 15965470</pubmed></ref><ref><pubmed>17915208</pubmed></ref>(42, 43)。
 特徴的な形態を持つ[[バーグマングリア細胞]]は、神経上皮から小脳原基内を放射状に移動し、最終的にプルキンエ細胞層で成熟する<ref><pubmed>8849669</pubmed></ref>(41)。放射状グリアと異なり、成熟したバーグマングリアは複数の突起を小脳表層に伸長させる。これらの正常な突起形成には[[Notch]]シグナルが関与していることが知られている<ref><pubmed> 15965470</pubmed></ref><ref><pubmed>17915208</pubmed></ref>(42, 43)。


== 小脳原基に投射する求心性神経細胞群 ==
== 小脳原基に投射する求心性神経細胞群 ==
 発生期に小脳原基に投射する線維は主に[[苔状線維]]と[[登上線維]]に大別される<ref name=Rahimi2015><pubmed>26331050</pubmed></ref>(44)。
 発生期に小脳原基に投射する線維は主に[[苔状線維]]と[[登上線維]]に大別される<ref name=Rahimi2015><pubmed>26331050</pubmed></ref>(44)。


==== 苔状線維 ====
=== 苔状線維 ===
 [[体性感覚経路]]や前庭小脳線維、小脳前核ニューロンとして小脳原基に投射し、最終的に小脳顆粒細胞の樹状突起にシナプスを形成する。
 [[体性感覚経路]]や前庭小脳線維、小脳前核ニューロンとして小脳原基に投射し、最終的に小脳顆粒細胞の樹状突起にシナプスを形成する。


==== 登上線維 ====
=== 登上線維 ===
 後脳下オリーブ核より起こる[[登上線維]]は大脳皮質や視床、赤核、三叉核や脊髄など様々な小脳への入力を仲介、伝達する。登上線維も胎児期に小脳原基に投射するが、こちらはプルキンエ細胞とシナプスを形成する。
 後脳下オリーブ核より起こる[[登上線維]]は大脳皮質や視床、赤核、三叉核や脊髄など様々な小脳への入力を仲介、伝達する。登上線維も胎児期に小脳原基に投射するが、こちらはプルキンエ細胞とシナプスを形成する。


==== モノアミン系 ====
=== モノアミン系 ===
 また小脳はモノアミン系神経伝達物質作動性のニューロンの投射も受ける<ref name=Rahimi2015/>(44)。例えば[[縫線核]](raphe nucleus)由来のセロトニン作動性ニューロンや[[青斑核]](locus coeruleus)由来のノルアドレナリン作動性ニューロンは小脳顆粒細胞やプルキンエ細胞、小脳核に投射する。
 また小脳はモノアミン系神経伝達物質作動性のニューロンの投射も受ける<ref name=Rahimi2015/>(44)。例えば[[縫線核]](raphe nucleus)由来のセロトニン作動性ニューロンや[[青斑核]](locus coeruleus)由来のノルアドレナリン作動性ニューロンは小脳顆粒細胞やプルキンエ細胞、小脳核に投射する。


== 小脳原基発生異常とがん、遺伝病 ==
== 小脳原基発生異常とがん、遺伝病 ==
 小脳神経上皮からの神経細胞の分化は特定の遺伝子によって厳密に制御されている。言い換えると、発生期におけるこれらの神経細胞の分化異常は、ヒトにおいて、遺伝病の発生に密接に関わる。特に近年のゲノムシーケンス技術の発達により、患者の生殖細胞突然変異を調べることで、原因遺伝子を特定しようとする試みが加速している。例えば、[[自閉症]]患者の生殖細胞突然変異は公共のデータベースで情報が共有されている([https://gene.sfari.org/ SFARI Gene])。[[チャージ症候群]]や自閉症患者では、小脳が萎縮しているケースがしばしば見られるが、最近の遺伝子組換えマウスを用いた研究で、原因遺伝子とされる[[クロマチン制御因子]][[Chd7]]の機能欠損はOtx2の発現の脱抑制と[[FGF8]]の発現抑制を誘導し、結果として小脳の形成不全を起こすことが明らかになった<ref><pubmed>24368733</pubmed></ref>(45)。さらにマウス小脳顆粒前駆細胞におけるChd7の体細胞突然変異は小脳萎縮、およびRelnシグナルの欠損によるプルキンエ細胞の分布に異常を引き起こす<ref><pubmed>28165338</pubmed></ref><ref><pubmed>28317875</pubmed></ref>(46, 47)。これは自閉症患者に見られる表現形を分子的に説明している。
 小脳神経上皮からの神経細胞の分化は特定の遺伝子によって厳密に制御されている。言い換えると、発生期におけるこれらの神経細胞の分化異常は、ヒトにおいて、遺伝病の発生に密接に関わる。特に近年のゲノムシーケンス技術の発達により、患者の生殖細胞突然変異を調べることで、原因遺伝子を特定しようとする試みが加速している。例えば、[[自閉症]]患者の生殖細胞突然変異は公共のデータベースで情報が共有されている<ref>[https://gene.sfari.org/ SFARI Gene]</ref>。[[チャージ症候群]]や自閉症患者では、小脳が萎縮しているケースがしばしば見られるが、最近の遺伝子組換えマウスを用いた研究で、原因遺伝子とされる[[クロマチン制御因子]][[Chd7]]の機能欠損はOtx2の発現の脱抑制と[[FGF8]]の発現抑制を誘導し、結果として小脳の形成不全を起こすことが明らかになった<ref><pubmed>24368733</pubmed></ref>(45)。さらにマウス小脳顆粒前駆細胞におけるChd7の体細胞突然変異は小脳萎縮、およびRelnシグナルの欠損によるプルキンエ細胞の分布に異常を引き起こす<ref><pubmed>28165338</pubmed></ref><ref><pubmed>28317875</pubmed></ref>(46, 47)。これは自閉症患者に見られる表現形を分子的に説明している。


 脳腫瘍も神経細胞分化の異常が原因で起こりうる疾患である。近年のがんサンプルの体細胞突然変異のゲノム解析から、小脳で発生するがんと突然変異遺伝子群の関連性が明らかになり<ref><pubmed>28726821</pubmed></ref><ref><pubmed> 24651015</pubmed></ref><ref><pubmed>28852847</pubmed></ref><ref><pubmed>23817572</pubmed></ref>(48-51)、また情報共有のための公共のデータベースもよく整備されている([https://pecan.stjude.cloud/home St. Jude Cloud PeCan ][https://cancergenome.nih.gov/ The Cancer Genome Atlas])。これらを基盤として、特定の小脳細胞における遺伝子変異が腫瘍形成に関与していることが、モデル動物を用いて示されつつある。例えば、遺伝子変異によるソニックヘッジホッグシグナル異常活性が小脳顆粒細胞で生じることが、[[髄芽腫]]の一因とされる<ref><pubmed>21295689</pubmed></ref>(52)。逆に小脳顆粒細胞において[[EGF]]シグナルの異常活性を誘導することで膠芽腫が誘導されること<ref><pubmed>26365184</pubmed></ref>(53)や、がん遺伝子[[Myc]]の小脳原基における過剰発現が異なるタイプの髄芽腫を誘導することも示されており<ref><pubmed>28504719</pubmed></ref>(54)、どの細胞にどのような遺伝子変異が起こりうるかが、がんの個性決定に影響すると考えられている。
 [[脳腫瘍]]も神経細胞分化の異常が原因で起こりうる疾患である。近年のがんサンプルの体細胞突然変異のゲノム解析から、小脳で発生するがんと突然変異遺伝子群の関連性が明らかになり<ref><pubmed>28726821</pubmed></ref><ref><pubmed> 24651015</pubmed></ref><ref><pubmed>28852847</pubmed></ref><ref><pubmed>23817572</pubmed></ref>(48-51)、また情報共有のための公共のデータベースもよく整備されている<ref>[https://pecan.stjude.cloud/home St. Jude Cloud PeCan ]</ref><ref>[https://cancergenome.nih.gov/ The Cancer Genome Atlas]</ref>。これらを基盤として、特定の小脳細胞における遺伝子変異が腫瘍形成に関与していることが、モデル動物を用いて示されつつある。例えば、遺伝子変異によるソニックヘッジホッグシグナル異常活性が小脳顆粒細胞で生じることが、[[髄芽腫]]の一因とされる<ref><pubmed>21295689</pubmed></ref>(52)。逆に小脳顆粒細胞において[[EGF]]シグナルの異常活性を誘導することで膠芽腫が誘導されること<ref><pubmed>26365184</pubmed></ref>(53)や、がん遺伝子[[Myc]]の小脳原基における過剰発現が異なるタイプの髄芽腫を誘導することも示されており<ref><pubmed>28504719</pubmed></ref>(54)、どの細胞にどのような遺伝子変異が起こりうるかが、がんの個性決定に影響すると考えられている。


==関連項目==
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