「腹側線条体」の版間の差分

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執筆者 中村加枝
<div align="right"> 
担当編集委員 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kaenakamura 中村 加枝]</font><br>
''関西医科大学 医学部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月10日 原稿完成日:2012年12月13日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/masahikowatanabeo 渡辺 雅彦] (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)<br>
</div>
 
英語名:ventral striatum 独:ventrales Striatum 仏:striatum ventral


{{box|text= 腹側線条体はHeimer らによって提唱されたコンセプトで(Heimer, 1975)で、側坐核とその周辺の領域を含む。入力元は腹内側前頭野・前頭眼窩野・島皮質といった皮質、扁桃体・海馬・視床髄板内核群を含む皮質下領域であり、出力は、大脳基底核の腹側淡蒼球と黒質網様部・緻密部、基底核外への投射としては外側視床下部・脚橋被蓋核・中心灰白質・分界条床核がある。これらの領域間の情報統合とドーパミンを中心とした神経伝達物質物質の作用により、快感・報酬・意欲・嗜癖・恐怖の情報処理に重要な役割を果たし、意思決定や薬物中毒の病態の責任部位であると考えられている。}}
{{box|text= 腹側線条体はHeimer らによって提唱されたコンセプトで(Heimer, 1975)で、側坐核とその周辺の領域を含む。入力元は腹内側前頭野・前頭眼窩野・島皮質といった皮質、扁桃体・海馬・視床髄板内核群を含む皮質下領域であり、出力は、大脳基底核の腹側淡蒼球と黒質網様部・緻密部、基底核外への投射としては外側視床下部・脚橋被蓋核・中心灰白質・分界条床核がある。これらの領域間の情報統合とドーパミンを中心とした神経伝達物質物質の作用により、快感・報酬・意欲・嗜癖・恐怖の情報処理に重要な役割を果たし、意思決定や薬物中毒の病態の責任部位であると考えられている。}}


ventral striatum
== 定義と概要 ==
 腹側線条体はHeimerらによって提唱された概念で<ref name=Heimer1975>Heimer, L.<br>'''The subcortical projections of the allocortex: similarities in the neural associations of the hippocampus, the piriform cortex, and the neocortex.'''<br>In ''Golgi Centennial Symposium: Perspectives in Neurobiology'' M Santini, Ed: 177-193 Raven Press New York. 1975
</ref> 、[[側坐核]](the nucleus accumbens NAcc)を中心として、それに接する[[前交連]]より吻側の[[尾状核]]腹内側から内包の腹側へ続く領域、[[被殻]]腹内側、[[外側嗅索]]に接する[[前有孔質]](anterior perforated substance)を含む領域を含み、腹側は[[嗅結節]](olfactory tubercle)に続く。


== 定義と概要 ==
 腹側線条体の大半を占める側坐核は[[薬物中毒]]・[[統合失調症]]・[[強迫性障害]]・[[注意欠陥多動性障害]]等の[[精神疾患]]との関連が指摘され、多くの知見が報告されている。
 腹側線条体はHeimer らによって提唱された概念で<ref name=Heimer1975></ref> 、側坐核(the nucleus accumbens NAcc)を中心として、それに接する前交連より吻側の尾状核腹内側から内包の腹側へ続く領域、被殻腹内側、外側嗅索に接する前有孔質(anterior perforated substance)を含む領域を含み、腹側は嗅結節(olfactory tubercle)に続く。腹側線条体の大半を占める側坐核は薬物中毒・統合失調症・強迫性障害・注意欠陥多動性障害等の精神疾患との関連が指摘され、多くの知見が報告されている。


 腹側線条体は線条体の他の部分と多くの共通点を持ち、腹側線条体と背外側線条体(dorsolateral striatum)との境界については細胞構築・組織化学的には不明瞭であり、入力元によるところが大きい。腹側線条体・背側線条体どちらも皮質・視床・脳幹からの入力があるが、腹側線条体のみが扁桃体と海馬からの強い投射を受けている。
 腹側線条体は線条体の他の部分と多くの共通点を持ち、腹側線条体と[[背外側線条体]](dorsolateral striatum)との境界については細胞構築・組織化学的には不明瞭であり、入力元によるところが大きい。腹側線条体・背側線条体どちらも[[大脳皮質|皮質]]・[[視床]]・[[脳幹]]からの入力があるが、腹側線条体のみが扁桃体と海馬からの強い投射を受けている。


 側坐核は解剖・機能的に背側線条体と共通点が多いcoreと、特異な点が多い三日月型のshellとから成る。組織化学的にはカルビンディン (calcium-binding protein, calbindin)染色でshellは薄くcoreは濃く染まる点が種を超えてみられる<ref name=Groenewegen1999><pubmed>10415642</pubmed></ref> 。ただし、coreと背側線条体の境界は不明瞭である。
 側坐核は解剖・機能的に背側線条体と共通点が多いcoreと、特異な点が多い三日月型のshellとから成る。組織化学的には[[カルビンディン]] (calcium-binding protein, calbindin)染色でshellは薄くcoreは濃く染まる点が種を超えてみられる<ref name=Groenewegen1999><pubmed>10415642</pubmed></ref> 。ただし、coreと背側線条体の境界は不明瞭である。


 Coreに比べ、shellは[[GluRl]], [[GAP-43]], アセチルコリンエステラーゼ、μ受容体結合、[[セロトニン]]、サブスタンスPが豊富である。ドーパミントランスポーターはcoreも含め腹側線条体では背側線条体に比べて濃度が低い。これは、腹側線条体に主に投射するドーパミン細胞領域のdorsal tierでdopamine transporterの mRNAが低値であることと一致する<ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。細胞形態学的には、背側線条体に比べ腹側線条体の細胞はやや小さく、密に分布する傾向にあり、striosome (patch)-matrix構造は背側線条体ほど明確に見られない<ref name=Holt1997><pubmed>9214537</pubmed></ref>;Haber, 1999 #1667
 Coreに比べ、shellは[[GluRl]], [[GAP-43]], [[アセチルコリンエステラーゼ]]、[[μ受容体]]結合、[[セロトニン]]、[[サブスタンスP]]が豊富である。[[ドーパミントランスポーター]]はcoreも含め腹側線条体では背側線条体に比べて濃度が低い。これは、腹側線条体に主に投射する[[ドーパミン]]細胞領域のdorsal tierでドーパミントランスポーターの mRNAが低値であることと一致する<ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。細胞形態学的には、背側線条体に比べ腹側線条体の細胞はやや小さく、密に分布する傾向にあり、[[パッチ・マトリクス構造|striosome (patch)-matrix構造]]は背側線条体ほど明確に見られない<ref name=Holt1997><pubmed>9214537</pubmed></ref><ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。
<ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。


== 入力元 ==
== 入力元 ==
 腹側線条体への入力元は皮質、皮質下入力、中脳ドーパミンがある('''図2・3''')。Shellはその他の腹側線条体にはない限定的な皮質入力を(32,24,14、Ia)受けており、特に、腹内側前頭野(ventromedial prefrontal cortex vmPFC),島皮質Ia, 扁桃体の諸核からoverlapした入力を受ける。Shellはその他の腹側線条体にはない出力があり、淡蒼球や黒質への投射に加えて視床下部や・分界条床核(the bed nucleus of the stria terminalis BNST)にも投射する<ref name=Humphries2010><pubmed>19941931</pubmed></ref> 。
 腹側線条体への入力元は皮質、皮質下入力、[[中脳]]ドーパミンがある('''図2・3''')。Shellはその他の腹側線条体にはない限定的な皮質入力を(32,24,14、Ia)受けており、特に、[[腹内側前頭野]](ventromedial prefrontal cortex vmPFC)、[[島皮質]]Ia、扁桃体の諸核からoverlapした入力を受ける。Shellはその他の腹側線条体にはない出力があり、[[淡蒼球]]や[[黒質]]への投射に加えて視床下部や、[[分界条床核]](the bed nucleus of the stria terminalis BNST)にも投射する<ref name=Humphries2010><pubmed>19941931</pubmed></ref> 。
   
   
=== 皮質入力 ===
=== 皮質入力 ===
 霊長類では、shellには25・14・32野といった腹内側前頭野vmPFCからの投射がある<ref name=Carmichael1995><pubmed>8847421</pubmed></ref> 。これらに対し、腹側線条体の中心・外側部は前頭眼窩野(orbitofrontal cortex OFC、10・11・12・[[13野]])からの投射を受ける。OFCからの入力は嗅覚・味覚・内臓知覚など食べ物の感覚と関連し、これに視覚入力・後述の扁桃体からの入力も加わり、報酬情報に情動の要素が統合される。
 [[霊長類]]では、shellには[[25野|25]]・[[14野|14]]・[[32野]]といった腹内側前頭野からの投射がある<ref name=Carmichael1995><pubmed>8847421</pubmed></ref> 。これらに対し、腹側線条体の中心・外側部は[[前頭眼窩野]](orbitofrontal cortex OFC、[[10野|10]]・[[11野|11]]・[[12野|12]]・[[13野]])からの投射を受ける。前頭眼窩野からの入力は[[嗅覚]]・[[味覚]]・[[内臓知覚]]など食べ物の感覚と関連し、これに視覚入力・後述の扁桃体からの入力も加わり、報酬情報に情動の要素が統合される。
OFCとともに腹側線条体に感覚入力を送る皮質は島皮質(Insula)である。島皮質は細胞構築学的・扱う知覚により(Ia)顆粒細胞層を欠く無顆粒島(agranular insula嗅覚と自律神経反応)、(Id)亜顆粒島(dysgranular insula味覚と一部の視覚・[[体性感覚]])、(Ig)全ての層構造が明瞭な顆粒島(granular insula体性感覚・聴覚と視覚)に大別される。腹側線条体はIaとIdから入力を受けるがIgからは受けない<ref name=Chikama1997><pubmed>9391023</pubmed></ref> 。Iaからの入力はshell内側と尾状核内側が最も強い。従って、shellで嗅覚と自律神経反応・vmPFCからの入力が集約される。腹側線条体中心部へはIaおよびIdから投射する。したがって腹側線条体 は島皮質とOFC・vmPFCから2重支配を受けている。
 
 前頭眼窩野とともに腹側線条体に感覚入力を送る皮質は島皮質である。島皮質は細胞構築学的・扱う知覚により
 
* Ia:[[顆粒細胞]]層を欠く[[無顆粒島]](agranular insula嗅覚と自律神経反応)
* Id:[[亜顆粒島]](dysgranular insula味覚と一部の視覚・[[体性感覚]])
* Ig:全ての層構造が明瞭な[[顆粒島]](granular insula[[体性感覚]]・[[聴覚]]と[[視覚]])
 
 に大別される。
 
 腹側線条体はIaとIdから入力を受けるがIgからは受けない<ref name=Chikama1997><pubmed>9391023</pubmed></ref> 。Iaからの入力はshell内側と尾状核内側が最も強い。従って、shellで嗅覚と[[自律神経]]反応・腹内側前頭野からの入力が集約される。腹側線条体中心部へはIaおよびIdから投射する。したがって腹側線条体は島皮質と前頭眼窩野・腹内側前頭野から2重支配を受けている。
 
=== 皮質下領域の入力 ===
=== 皮質下領域の入力 ===
==== 扁桃体と海馬 ====
==== 扁桃体と海馬 ====
 扁桃体は辺縁系の一部で、外界の情動的な情報を伝達していると考えられている。この扁桃体から背側線条体への投射はほとんど存在しない。腹側線条体への投射は扁桃体の基底核と副基底核大細胞部からである.外側部からの腹側線条体への投射は少ない.
 扁桃体は[[辺縁系]]の一部で、外界の[[情動]]的な情報を伝達していると考えられている。この扁桃体から背側線条体への投射はほとんど存在しない。腹側線条体への投射は扁桃体の[[基底核]]と[[副基底核]]大細胞部からである.外側部からの腹側線条体への投射は少ない.


 扁桃体は複数の核から成るが、嗅覚を除くすべてのmodalityの高度知覚処理に関わる基底外側複合体(basolateral nuclear group, BLNG, 外側核、基底核、副基底核the basal and accessory basal nucleiから成る)がshellを除く腹側線条体への主な入力元である<ref name=Iwai1987><pubmed>3611417</pubmed></ref><ref name=Pitkanen1997><pubmed>9364666</pubmed></ref><ref name=Russchen1987><pubmed></pubmed></ref> 。Shellへの扁桃体からの入力はやや複雑であり、基底外側複合体に加え、皮質核・内側核・中心核からの入力がある。中心核には外界(BLNGを介して)や体内の状態(外側視床下部や脳幹を介して)の情報の入力があり、shellでは例えば外界の知覚入力と体内の例えば空腹という状態をあわせて、drive状態にすることに関与する。
 扁桃体は複数の核から成るが、嗅覚を除くすべてのmodalityの高度知覚処理に関わる[[基底外側複合体]](basolateral nuclear group, BLNG, [[外側核]]、[[基底核]]、[[副基底核]] the basal and accessory basal nucleiから成る)がshellを除く腹側線条体への主な入力元である<ref name=Iwai1987><pubmed>3611417</pubmed></ref><ref name=Pitkanen1997><pubmed>9364666</pubmed></ref><ref name=Russchen1987><pubmed></pubmed></ref> 。Shellへの扁桃体からの入力はやや複雑であり、基底外側複合体に加え、[[皮質核]]・[[内側核]]・[[中心核]]からの入力がある。中心核には外界(BLNGを介して)や体内の状態([[外側視床下部]]や脳幹を介して)の情報の入力があり、shellでは例えば外界の知覚入力と体内の例えば空腹という状態をあわせて、drive状態にすることに関与する。


 海馬はさらに限られた領域であるshell へ投射し、扁桃体からの投射とoverlapしている<ref name=Friedman2002><pubmed>12209848</pubmed></ref><ref name=Saunders1988><pubmed>2454246</pubmed></ref> 。
 海馬はさらに限られた領域であるshell へ投射し、扁桃体からの投射とoverlapしている<ref name=Friedman2002><pubmed>12209848</pubmed></ref><ref name=Saunders1988><pubmed>2454246</pubmed></ref> 。

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