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==イントロダクション== | ==イントロダクション== | ||
[[ファイル:Syngap Fig3.png|サムネイル|'''図. SynGAPの発達障害との関連'''<br>知的障害、自閉症などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | [[ファイル:Syngap Fig3.png|サムネイル|'''図. SynGAPの発達障害との関連'''<br>知的障害、自閉症などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | ||
[[知的障害]]のうち、6番[[wj:染色体|染色体]]短腕上の遺伝子[[SYNGAP1]]の変異によるものを、特にSYNGAP1関連知的障害(知的障害5型、MRD5)として分類している([https://www.omim.org/entry/612621 OMIM #612621])。2009年にJacques L. Michaudのグループにより初めて報告された<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。 | |||
イギリスにおける大規模調査によると、全[[発達障害]]症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる。この頻度は、[[ARID1B]]、[[SCN2A]]、[[ANKRD11]]に次ぎ全遺伝子中4番目に多い<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。[[浸透度]]は100%で、病的変異([[ナンセンス変異]]、[[ミスセンス変異]]、[[スプライス部位変異]])を有するSYNGAP1を1コピー持った個人は必ず発症する('''図''')。 | |||
==症状== | ==症状== | ||
発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%) | 発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%)に加え、[[てんかん]](発作起始は全般性で、頻度の高い順に[[ミオクロニー発作]]、[[非定型欠神発作]]、[[強直性間代発作]]等)(84%)、[[斜視]](約60%)、[[自閉症]](約50%)を併発する。男女比はほぼ同数、てんかんの発症年齢 平均3.5歳、確定診断時の年齢 平均5.5歳と報告されている<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref><ref name=Vlaskamp2019><pubmed>30541864</pubmed></ref> 。 | ||
SYNGAP1関連知的障害で併発するてんかんは、特徴的(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)で、下記の診断が付加されることがある <ref name=Carvill2013><pubmed>23708187</pubmed></ref><ref name=Jimenez-Gomez2019><pubmed>31395010</pubmed></ref><ref name=Vlaskamp2019><pubmed>30541864</pubmed></ref> 。 | |||
* | *ミオクロニー脱力発作を伴うてんかん([[Doose症候群]]; [http://www.nanbyou.or.jp/entry/4418 指定難病143]) | ||
* | *[[ドラべ症候群]]([http://www.nanbyou.or.jp/entry/4744 指定難病140]) | ||
低筋力であり、座位獲得は平均12-13か月齢、歩行開始は平均26か月齢である。言語は全般的に遅れる。初めての発語は平均38か月齢、1/ | 低筋力であり、座位獲得は平均12-13か月齢、歩行開始は平均26か月齢である。言語は全般的に遅れる。初めての発語は平均38か月齢、1/3は5歳で無発語である。発語できるようになる場合、英語圏では4-5語の文章を話せることもある。その他、[[衝動性]]亢進、[[感覚]]情報処理変化(痛みへの高い耐性等)などが報告されている<ref name=Jimenez-Gomez2019><pubmed>31395010</pubmed></ref> 。 | ||
予後については、不明な点が多い。ヨーロッパでは31歳でのMRD5生存例が報告されており<ref name=Prchalova2017><pubmed>28576131</pubmed></ref> | 予後については、不明な点が多い。ヨーロッパでは31歳でのMRD5生存例が報告されており<ref name=Prchalova2017><pubmed>28576131</pubmed></ref> 、成人期を過ぎての生存が可能であることを示唆している。[[エクソーム解析]]が臨床検査としては未だ一般には用いられておらず、成人期の患者の中に、この疾患を持つ者がどの程度いるのかは不明である。 | ||
==診断== | ==診断== | ||
診断は、発達障害、知的障害を持つ発端者のエクソーム解析または[[染色体マイクロアレイ]](CMA)等により、次のことが発見された時に確定される。 | |||
*SYNGAP1遺伝子の病的変異(1コピー、ヘテロ変異)(頻度 約89%)<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> | *SYNGAP1遺伝子の病的変異(1コピー、ヘテロ変異)(頻度 約89%)<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> | ||
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または | または | ||
*6p21.32領域(SYNGAP1を含む) | *6p21.32領域(SYNGAP1を含む)の[[微小欠失]](頻度 約11%)<ref name=Writzl2013><pubmed>23687080</pubmed></ref> | ||
==遺伝== | ==遺伝== | ||
理論的には、[[常染色体優性遺伝]]であるが、これまでのところ多くの症例は、''de novo''(新規に発生した)変異によるものと考えられている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。これまでに1例のみ、親の[[生殖細胞モザイク]]により(モザイクにより親の表現型は軽微)、子に遺伝した例が知られる<ref name=Berryer2013><pubmed>23161826</pubmed></ref> 。 | |||
アメリカでは、家族計画に際し、SYNGAP1関連知的障害患者や患者の家族には、遺伝子カウンセリング(リスクの説明、代替オプションの説明等)を早期に行うことが勧められている<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。 | |||
==疫学== | ==疫学== | ||
SYNGAP1の[[ハプロ不全]] (~50%欠失, loss of function)によるとされる<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref><ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。発達障害症例において機能獲得型などの変異は確認されていない。 | |||
SYNGAP1は、他のSYNGAPファミリー分子(DABIP2, RASAL2, RASAL3)の中に中枢系での機能を補償できる分子がないこと<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref>、変異が入り機能欠失した場合の結果がシナプス強度調節機構の破綻<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref>など比較的重大なことなどからか、その変異は発達障害のなかでも高頻度で存在しており、もっともよく見いだされる遺伝子変異の1つ(約0.75%; 7/931)とされる<ref name=UK-DDD-study2015></ref>。 | SYNGAP1は、他のSYNGAPファミリー分子([[SYNGAP1#DABIP2|DABIP2]], [[SYNGAP1#RASAL2|RASAL2]], [[RASAL3]])の中に中枢系での機能を補償できる分子がないこと<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref>、変異が入り機能欠失した場合の結果がシナプス強度調節機構の破綻<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref>など比較的重大なことなどからか、その変異は発達障害のなかでも高頻度で存在しており、もっともよく見いだされる遺伝子変異の1つ(約0.75%; 7/931)とされる<ref name=UK-DDD-study2015></ref>。 | ||
その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、小児の器質的原因を同定できない知的障害患者(NSID)群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。 | その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、小児の器質的原因を同定できない知的障害患者(NSID)群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。 | ||
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根本的な治療のために、さまざまなアプローチが検討されている。 | 根本的な治療のために、さまざまなアプローチが検討されている。 | ||
対処療法として、てんかんのコントロールには、[[抗けいれん薬]]で[[カンナビジオール]]である[[エピディオレクス]]が良いとされているが、本邦では未承認である。 | |||
他の抗けいれん薬である(欠神発作、強直性間代発作両方に有用な)[[ラモトリギン]]、[[バルプロ酸ナトリウム]]、[[クロバザム]]、[[クロナゼパム]]などの投与でコントロールできる症例も多い(約50%)とされている<ref group=脚注>MRD5への抗けいれん薬使用のガイドラインは未確立であり、基本的にはてんかんの型に応じた抗けいれん薬を投与する。</ref>。残りは、薬剤抵抗性とされる。[[エトスクシミド]]、[[ペランパネル]]は症例数が少なく結論は出ていないが、単剤投与では無効例が多い<ref name=Jimenez-Gomez2019><pubmed>31395010</pubmed></ref> 。知的障害の予後は、てんかんがコントロールできなかった期間に反比例することが多いとされていることからも<ref name=Liu2003><pubmed>12601699</pubmed></ref> 、早期のてんかんのコントロールすることが重要と考えられる。 | |||
他の発達障害、自閉症に施されるような介助方法、たとえば適切な[[行動介助療法]]による介助が有用な場合も多い。食事の経口摂取が困難な場合、[[wj:経鼻胃管|経鼻胃管]]や[[wj:胃ろう|胃ろう]]栄養法が必要とされる場合もある。いずれにせよ、てんかんのコントロール、行動上の問題への適切な介助、発達や教育上への必要な介助について、患者のQOLを最大化するよう、小児精神科医のもと適切にモニターしフォローアップしていくことが重要とされる<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。 | |||
==その他== | ==その他== |