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iPS細胞(人工多能性幹細胞)とは、本来、分化多能性を喪失している体細胞に特定の遺伝子を導入することによって、人為的に誘導される多能性幹細胞株の総称である。胚盤胞と呼ばれる初期胚の内部細胞塊から樹立されたES細胞(胚性幹細胞)と類似の特徴を示し、分化多能性(pluripotency)の定義である三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)や生殖細胞への分化能を保持したまま、培養下で半永久的に自己複製(self-renewal)する。2006年に京都大学の高橋和利博士と山中伸弥博士によって最初の報告<ref name="ref1"><pubmed> 16904174 </pubmed></ref>がなされて以降、様々な動物種、細胞種を起源とするiPS細胞が樹立されている。ヒトにおいても個々人の生検試料からiPS細胞を作成することが可能であることから、疾患特異的iPS細胞を利用した病態解明や薬剤スクリーニングのほか、免疫拒絶を回避した再生医療への応用が期待されている。 | iPS細胞(人工多能性幹細胞)とは、本来、分化多能性を喪失している体細胞に特定の遺伝子を導入することによって、人為的に誘導される多能性幹細胞株の総称である。胚盤胞と呼ばれる初期胚の内部細胞塊から樹立されたES細胞(胚性幹細胞)と類似の特徴を示し、分化多能性(pluripotency)の定義である三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)や生殖細胞への分化能を保持したまま、培養下で半永久的に自己複製(self-renewal)する。2006年に京都大学の高橋和利博士と山中伸弥博士によって最初の報告<ref name="ref1"><pubmed> 16904174 </pubmed></ref>がなされて以降、様々な動物種、細胞種を起源とするiPS細胞が樹立されている。ヒトにおいても個々人の生検試料からiPS細胞を作成することが可能であることから、疾患特異的iPS細胞を利用した病態解明や薬剤スクリーニングのほか、免疫拒絶を回避した再生医療への応用が期待されている。 | ||
[[Image:Mouse iPSC.png|thumb|250px|マウスiPS細胞]] | [[Image:Mouse iPSC.png|thumb|250px|'''マウスiPS細胞''']] | ||
[[Image:Marmoset iPSC.png|thumb|250px|マーモセットiPS細胞]] | [[Image:Marmoset iPSC.png|thumb|250px|'''マーモセットiPS細胞''']] | ||
[[Image:Human iPSC.png|thumb|250px|ヒトiPS細胞]] | [[Image:Human iPSC.png|thumb|250px|'''ヒトiPS細胞''']] | ||
= iPS細胞樹立の経緯 = | = iPS細胞樹立の経緯 = | ||
== 体細胞を初期化する因子の存在 | |||
== 体細胞を初期化する因子の存在 == | |||
iPS細胞樹立の以前から、卵子やES細胞には体細胞を初期化(リプログラミング)する因子が含まれていることが知られていた。まず、体細胞核移植(somatic cell nuclear transfer, SCNT)の研究において、卵子の細胞質内部に体細胞を移植することによりクローン動物やクローンES細胞の作成が可能であることが示された。有名な例としては、Ian Wilmut博士らによるクローン羊のドリーや若山照彦博士(当時、ハワイ大学)らによるクローンマウスのキュムリーナが挙げられる。一方、京都大学の多田高博士らは、ES細胞と体細胞を電気刺激により細胞融合させる一連の研究により、融合細胞はES細胞と同様の細胞特性を示すこと、体細胞側のゲノムDNAがES細胞様のエピジェネティック状態に転換されることが明らかとなった。とりわけ、ES細胞は培養下で容易かつ半永久的に増幅可能であることから、これらの発見はその後の初期化因子の探索において非常に大きな僥倖となった。 | iPS細胞樹立の以前から、卵子やES細胞には体細胞を初期化(リプログラミング)する因子が含まれていることが知られていた。まず、体細胞核移植(somatic cell nuclear transfer, SCNT)の研究において、卵子の細胞質内部に体細胞を移植することによりクローン動物やクローンES細胞の作成が可能であることが示された。有名な例としては、Ian Wilmut博士らによるクローン羊のドリーや若山照彦博士(当時、ハワイ大学)らによるクローンマウスのキュムリーナが挙げられる。一方、京都大学の多田高博士らは、ES細胞と体細胞を電気刺激により細胞融合させる一連の研究により、融合細胞はES細胞と同様の細胞特性を示すこと、体細胞側のゲノムDNAがES細胞様のエピジェネティック状態に転換されることが明らかとなった。とりわけ、ES細胞は培養下で容易かつ半永久的に増幅可能であることから、これらの発見はその後の初期化因子の探索において非常に大きな僥倖となった。 | ||
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上述の通り、iPS細胞の誕生はES細胞やSCNT技術が抱える様々な倫理的、技術的制限を回避する新たな方法論を提起した。しかし、iPS細胞によって全ての課題が克服されたわけではなく、また新たな課題をも生み出している。その一つに、ヒトiPS細胞を用いた生殖細胞への分化誘導が挙げられる。現時点では、多能性幹細胞から機能的な精子と卵を培養下で分化誘導する手法は確立されていない。しかし、将来的にこれが実現した場合、iPS細胞を介して同一人物や同性の精子と卵の受精といったことも可能となる。日本においては「ヒトiPS細胞またはヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針(2010年に公布・施行)」によって、培養下で作成した生殖細胞の受精とヒト胚の作製を禁止している。しかし、こうした規制状況は国によって大きく異なる。また、iPS細胞は血液や毛根といった僅かな細胞ソースさえ入手すれば誘導ができてしまうことから、「ヒト細胞の管理」に対するシステム整備や意識改革も求められる。iPS細胞は医学・農学・生物学において多大な恩恵をもたらす技術であるからこそ、その有用性を損なわないためにも生殖倫理や法的な観点から適正に議論が交わされることが必要である。 | 上述の通り、iPS細胞の誕生はES細胞やSCNT技術が抱える様々な倫理的、技術的制限を回避する新たな方法論を提起した。しかし、iPS細胞によって全ての課題が克服されたわけではなく、また新たな課題をも生み出している。その一つに、ヒトiPS細胞を用いた生殖細胞への分化誘導が挙げられる。現時点では、多能性幹細胞から機能的な精子と卵を培養下で分化誘導する手法は確立されていない。しかし、将来的にこれが実現した場合、iPS細胞を介して同一人物や同性の精子と卵の受精といったことも可能となる。日本においては「ヒトiPS細胞またはヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針(2010年に公布・施行)」によって、培養下で作成した生殖細胞の受精とヒト胚の作製を禁止している。しかし、こうした規制状況は国によって大きく異なる。また、iPS細胞は血液や毛根といった僅かな細胞ソースさえ入手すれば誘導ができてしまうことから、「ヒト細胞の管理」に対するシステム整備や意識改革も求められる。iPS細胞は医学・農学・生物学において多大な恩恵をもたらす技術であるからこそ、その有用性を損なわないためにも生殖倫理や法的な観点から適正に議論が交わされることが必要である。 | ||
= 関連用語 = | |||
分化多能性 | |||
初期化 | |||
ダイレクトリプログラミング | |||
= 参考文献 = | = 参考文献 = | ||
<references /> | <references /> | ||
(執筆者:今村公紀、中島龍介 担当編集委員:岡野栄之) | (執筆者:今村公紀、中島龍介 担当編集委員:岡野栄之) |