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=== 抗うつ作用におけるNMDA受容体の役割 === | === 抗うつ作用におけるNMDA受容体の役割 === | ||
ケタミンの主の薬理作用は、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体の拮抗作用であることから、多くの研究者はケタミンの抗うつ作用はNMDA受容体の拮抗作用と信じており、海外の幾つかの製薬企業がNMDA受容体拮抗薬を開発した。しかしながら、ケタミン以外のNMDA受容体拮抗薬は、うつ病患者においてケタミン様の強力は抗うつ効果を示さず、開発中止に追い込まれた<ref name=Hashimoto2019 | ケタミンの主の薬理作用は、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体の拮抗作用であることから、多くの研究者はケタミンの抗うつ作用はNMDA受容体の拮抗作用と信じており、海外の幾つかの製薬企業がNMDA受容体拮抗薬を開発した。しかしながら、ケタミン以外のNMDA受容体拮抗薬は、うつ病患者においてケタミン様の強力は抗うつ効果を示さず、開発中止に追い込まれた<ref name=Hashimoto2019></ref><ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed></pubmed></ref> (14-16)。興味深い事に、強力で選択性の高いNMDA受容体拮抗薬(+)-MK-801 (dizocilpine)は、うつ病患者において抗うつ効果を示さなかった<ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref> (15)。さらに、これまで実施されたケタミンの臨床試験結果から、ケタミン投与後の解離症状は、ケタミンの抗うつ効果には関連無いことが判ってきた。以上の事から、筆者らはケタミンの抗うつ効果におけるNMDA受容体拮抗作用以外の関与を考える必要性を提唱した<ref name=Hashimoto2019></ref><ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref><ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed></pubmed></ref> <ref name=橋本謙二2020-18><pubmed></pubmed></ref> (14-18)。 | ||
== ケタミンの光学異性体== | == ケタミンの光学異性体== | ||
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arketamine | arketamine | ||
筆者は、2010年ごろからケタミンの抗うつ作用に対するNMDA受容体遮断作用の関与を疑っていた。うつ病の動物モデルを用いて、二つの光学異性体を比較すると、(R)-ケタミンが、(S)-ケタミンよりも抗うつ効果が強く、持続効果も長いことを報告した<ref name=Yang2015><pubmed></pubmed></ref><ref name=Zhang2014><pubmed></pubmed></ref> (24,25)。しかしながら、我々の論文はほとんど注目されなかった。2016年5月に、米国メリーランド大学や米国衛生研究所(NIH)のグループは、我々の論文の追試を行い、Nature誌に掲載した<ref name=Zanos2016><pubmed></pubmed></ref> (26)。この報告以来、多くの研究者が(R)-ケタミンの抗うつ効果に注目するようになった。両異性体の薬物動態には大きな差が無いことから、両異性体の抗うつ効果の差は、薬物動態の寄与は低いと考えられた。NMDA受容体への親和性は、(S)-ケタミンの方が(R)-ケタミンより3-4倍程度強いことから、ケタミンの抗うつ作用には、NMDA受容体以外の関与があると思われる<ref name=Hashimoto2019 | 筆者は、2010年ごろからケタミンの抗うつ作用に対するNMDA受容体遮断作用の関与を疑っていた。うつ病の動物モデルを用いて、二つの光学異性体を比較すると、(R)-ケタミンが、(S)-ケタミンよりも抗うつ効果が強く、持続効果も長いことを報告した<ref name=Yang2015><pubmed></pubmed></ref><ref name=Zhang2014><pubmed></pubmed></ref> (24,25)。しかしながら、我々の論文はほとんど注目されなかった。2016年5月に、米国メリーランド大学や米国衛生研究所(NIH)のグループは、我々の論文の追試を行い、Nature誌に掲載した<ref name=Zanos2016><pubmed></pubmed></ref> (26)。この報告以来、多くの研究者が(R)-ケタミンの抗うつ効果に注目するようになった。両異性体の薬物動態には大きな差が無いことから、両異性体の抗うつ効果の差は、薬物動態の寄与は低いと考えられた。NMDA受容体への親和性は、(S)-ケタミンの方が(R)-ケタミンより3-4倍程度強いことから、ケタミンの抗うつ作用には、NMDA受容体以外の関与があると思われる<ref name=Hashimoto2019></ref><ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref><ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed></pubmed></ref> <ref name=橋本謙二2020-18></ref> (14-18)。 | ||
2020年にブラジルの研究者が、治療抵抗性うつ病患者を対象とした(R)-ケタミン(0.5 mg/kg)のオープンラベルの予備試験を報告した。(R)-ケタミンは、静脈投与1時間後には強力な抗うつ効果を示し、1週間後でも確認された。興味深い事に、(R)-ケタミンの投与量は、上記の(S)-ケタミンの投与量(0.2 and 0.4 mg/kg)<ref name=Singh2016><pubmed></pubmed></ref> (19)より高いにも関わらず、解離症状などの副作用は殆ど観察されなかった<ref name=Leal2020><pubmed></pubmed></ref> (27)。(R)-ケタミンの即効性抗うつ効果と副作用については、今後、大規模な臨床試験が必要であろう。 | 2020年にブラジルの研究者が、治療抵抗性うつ病患者を対象とした(R)-ケタミン(0.5 mg/kg)のオープンラベルの予備試験を報告した。(R)-ケタミンは、静脈投与1時間後には強力な抗うつ効果を示し、1週間後でも確認された。興味深い事に、(R)-ケタミンの投与量は、上記の(S)-ケタミンの投与量(0.2 and 0.4 mg/kg)<ref name=Singh2016><pubmed></pubmed></ref> (19)より高いにも関わらず、解離症状などの副作用は殆ど観察されなかった<ref name=Leal2020><pubmed></pubmed></ref> (27)。(R)-ケタミンの即効性抗うつ効果と副作用については、今後、大規模な臨床試験が必要であろう。 | ||
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1997年に健常者を対象としたケタミン異性体の報告がスイスから発表された。この論文では、(S)-ケタミンは健常者において精神病惹起作用や解離症状を引き起こすが、同じ投与量の(R)-ケタミンはこのような症状を引き起こさず、逆にリラックスな症状をもたらしたことを報告した<ref name=Vollenweider1997><pubmed></pubmed></ref> (32)。このようにケタミンの副作用は、主に(S)-ケタミンが寄与しており、(R)-ケタミンの寄与は低いと報告されている<ref name=Zanos2018><pubmed></pubmed></ref> (33)。 | 1997年に健常者を対象としたケタミン異性体の報告がスイスから発表された。この論文では、(S)-ケタミンは健常者において精神病惹起作用や解離症状を引き起こすが、同じ投与量の(R)-ケタミンはこのような症状を引き起こさず、逆にリラックスな症状をもたらしたことを報告した<ref name=Vollenweider1997><pubmed></pubmed></ref> (32)。このようにケタミンの副作用は、主に(S)-ケタミンが寄与しており、(R)-ケタミンの寄与は低いと報告されている<ref name=Zanos2018><pubmed></pubmed></ref> (33)。 | ||
以上の結果より、(R)-ケタミンは副作用の少ない即効性抗うつ薬になると期待されている<ref name=Hashimoto2016><pubmed></pubmed></ref><ref name=Hashimoto2019 | 以上の結果より、(R)-ケタミンは副作用の少ない即効性抗うつ薬になると期待されている<ref name=Hashimoto2016><pubmed></pubmed></ref><ref name=Hashimoto2019></ref><ref name=Hashimoto2020><pubmed></pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed></pubmed></ref> <ref name=橋本謙二2020-35>橋本謙二 (2020). 即効性抗うつ薬(R)-ケタミン:千葉大学から世界へ. Medical Science Digest 46, 70-71. </ref> (14-16,34,35)。現在、米国Perception Neuroscience社が米国FDAの承認に向けた臨床治験を実施している<ref name=Hashimoto2019></ref> (14)。 | ||
== ケタミンの抗うつ作用機序 == | == ケタミンの抗うつ作用機序 == | ||
===mechanistic target of rapamycin系 === | ===mechanistic target of rapamycin系 === | ||
2010年に米国イェール大学のRonald S. Duman博士らは、ケタミンの抗うつ作用に細胞内mechanistic target of rapamycin (mTOR)系が関与している事を報告した<ref name=Hashimoto2019 | 2010年に米国イェール大学のRonald S. Duman博士らは、ケタミンの抗うつ作用に細胞内mechanistic target of rapamycin (mTOR)系が関与している事を報告した<ref name=Hashimoto2019></ref> (36)。一方、ケタミンの抗うつ作用にmTOR系が関与しないという反論も報告された<ref name=Zanos2016><pubmed></pubmed></ref> <ref name=Autry2011><pubmed></pubmed></ref> (26,37)。筆者らは、mTOR系は(S)-ケタミンの抗うつ作用には関与するが、(R)-ケタミンの抗うつ作用には関与しないことを報告した<ref name=Yang2018><pubmed></pubmed></ref> (38)。2020年に、イェール大学の同グループは、mTORの阻害薬ラパマイシンが、治療抵抗性うつ病患者に対するケタミンの抗うつ効果をブロックせず、逆に増強することを発表した<ref name=Yang2018><pubmed></pubmed></ref> (39)。ケタミンの抗うつ作用におけるmTOR系の役割については、今後詳細に検討する必要がある。 | ||
=== 脳由来神経栄養因子 === | === 脳由来神経栄養因子 === |