「IPS細胞」の版間の差分

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=== 樹立の成功  ===
=== 樹立の成功  ===


 続いて、山中博士らは「ES細胞において機能的に重要な遺伝子≒体細胞の初期化を誘導する遺伝子」という仮説に基づき、ECATおよびES細胞の自己複製を支持する遺伝子([[STAT3]]や[[βカテニン]]等)を体細胞であるマウス胎仔線維芽細胞(MEF)に導入する実験を試みた。初期化因子候補としては計24の遺伝子が絞り込まれ、上述のFbx15遺伝子座に[[wikipedia:JA:ネオマイシン|ネオマイシン]]耐性遺伝子が挿入されたノックインマウスの細胞が利用された。このマウスの体細胞はECATであるFbx15を発現していないため、[[wikipedia:G418|G418]](ネオマイシン耐性遺伝子によって不活性化される抗生物質)を添加すると細胞は死滅する。一方、ES細胞等の多能性幹細胞はFbx15の発現と一致してネオマイシン耐性遺伝子を発現することから、G418に対して耐性となる。このシステムを用いて各候補遺伝子が1種類ずつ導入されたが、この場合にはG418耐性のES細胞様コロニーは観察されなかった。ところが、24種類全ての候補遺伝子を同時に導入した場合、ES細胞に類似したG418耐性細胞コロニーが出現することが明らかとなった。その後、24遺伝子から1遺伝子を差し引いた23遺伝子を導入する実験により、最終的にES細胞様コロニーの誘導には4種類の遺伝子(Oct4、[[wikipedia:Sox2|Sox2]]、[[wikipedia:Klf4|Klf4]]、[[wikipedia:c-Myc|c-Myc]])の組合せで十分であることが判明した。得られた細胞はES細胞マーカー遺伝子を発現しているほか、胚葉体形成培養や皮下移植による[[wikipedia:JA:テラトーマ|テラトーマ]]形成実験により三胚葉に分化する能力を有することが確認され、iPS細胞と名付けられた<ref name="ref1" />。また、iPS細胞を誘導する遺伝子セットは通称「山中4因子」とも呼ばれる。  
 続いて、山中博士らは「ES細胞において機能的に重要な遺伝子≒体細胞の初期化を誘導する遺伝子」という仮説に基づき、ECATおよびES細胞の自己複製を支持する遺伝子([[STAT3]]や[[βカテニン]]等)を体細胞であるマウス胎仔線維芽細胞(MEF)に導入する実験を試みた。初期化因子候補としては計24の遺伝子が絞り込まれ、上述のFbx15遺伝子座に[[wikipedia:JA:ネオマイシン|ネオマイシン]]耐性遺伝子が挿入されたノックインマウスの細胞が利用された。このマウスの体細胞はECATであるFbx15を発現していないため、[[wikipedia:ja:G418|G418]](ネオマイシン耐性遺伝子によって不活性化される抗生物質)を添加すると細胞は死滅する。一方、ES細胞等の多能性幹細胞はFbx15の発現と一致してネオマイシン耐性遺伝子を発現することから、G418に対して耐性となる。このシステムを用いて各候補遺伝子が1種類ずつ導入されたが、この場合にはG418耐性のES細胞様コロニーは観察されなかった。ところが、24種類全ての候補遺伝子を同時に導入した場合、ES細胞に類似したG418耐性細胞コロニーが出現することが明らかとなった。その後、24遺伝子から1遺伝子を差し引いた23遺伝子を導入する実験により、最終的にES細胞様コロニーの誘導には4種類の遺伝子(Oct4、[[wikipedia:Sox2|Sox2]]、[[wikipedia:Klf4|Klf4]]、[[wikipedia:c-Myc|c-Myc]])の組合せで十分であることが判明した。得られた細胞はES細胞マーカー遺伝子を発現しているほか、胚葉体形成培養や皮下移植による[[wikipedia:JA:テラトーマ|テラトーマ]]形成実験により三胚葉に分化する能力を有することが確認され、iPS細胞と名付けられた<ref name="ref1" />。また、iPS細胞を誘導する遺伝子セットは通称「山中4因子」とも呼ばれる。  


=== 初期化レベルにみられる多様性  ===
=== 初期化レベルにみられる多様性  ===


 iPS細胞の誘導法の発見に付随して、体細胞の初期化レベルには多様性があることが明らかとなった。まず、山中4因子が同定される過程において、Sox2を除いた3遺伝子(Oct4、Klf4、c-Myc)の導入によってもG418耐性コロニーが得られていた。しかし、この細胞はES細胞マーカー遺伝子を一部しか発現しておらず、また造腫瘍性は有するものの分化能は獲得していなかった。一方、Fbx15の発現に基づいて誘導されたiPS細胞は確かに分化多能性を獲得してはいるが、キメラマウスは胎性致死であり、遺伝子発現においてもECAT1の発現が認められない等、ES細胞とは明らかに異なっていた。しかし、iPS細胞選択の指標をFbx15からNanogやOct4の発現に変更することによって、キメラマウスの出生および生殖系列に寄与するiPS細胞が樹立できるようになった<ref name="ref5"><pubmed> 17554338 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17554336 </pubmed></ref>。Fbx15の発現に基づく初期化レベルの低いiPS細胞は「第一世代」、Oct4やNanogの発現に基づく初期化レベルの高いiPS細胞は「第二世代」と呼ばれる。  
 iPS細胞の誘導法の発見に付随して、体細胞の初期化レベルには多様性があることが明らかとなった。まず、山中4因子が同定される過程において、Sox2を除いた3遺伝子(Oct4、Klf4、c-Myc)の導入によってもG418耐性コロニーが得られていた。しかし、この細胞はES細胞マーカー遺伝子を一部しか発現しておらず、また造腫瘍性は有するものの分化能は獲得していなかった。一方、Fbx15の発現に基づいて誘導されたiPS細胞は確かに分化多能性を獲得してはいるが、[[wikipedia:ja:キメラ|キメラ]]マウスは胎性致死であり、遺伝子発現においてもECAT1の発現が認められない等、ES細胞とは明らかに異なっていた。しかし、iPS細胞選択の指標をFbx15からNanogやOct4の発現に変更することによって、キメラマウスの出生および生殖系列に寄与するiPS細胞が樹立できるようになった<ref name="ref5"><pubmed> 17554338 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17554336 </pubmed></ref>。Fbx15の発現に基づく初期化レベルの低いiPS細胞は「第一世代」、Oct4やNanogの発現に基づく初期化レベルの高いiPS細胞は「第二世代」と呼ばれる。  


== 特徴  ==
== 特徴  ==
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=== 細胞特性  ===
=== 細胞特性  ===


 iPS細胞の一般的な細胞特性として、ES細胞を規定する特性である自己複製能、分化多能性、造腫瘍性、活発な増殖能、不死性を備えている。後述の通り、培養下においてiPS細胞を様々な細胞系譜へと分化誘導することも可能である。多能性幹細胞が有する分化多能性を表す一つの基準として、ナイーブ状態(naive state)とプライムド状態(primed state)の区分がある。ナイーブ状態は胚盤胞の内部細胞塊の起源をより強く反映していると考えられ、[[wikipedia:JA:マウス|マウス]]や[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]のES細胞はこちらに分類される。形態的にはドーム状のコロニーを形成し、[[wikipedia:LIF|LIF]]と[[wikipedia:BMP4|BMP4]]依存的に自己複製する。ナイーブ状態の中でも、非常に高いキメラ形成能および生殖系列への寄与を示す細胞はグラウンドステート(ground state)にあるとも表現される。一方、プライムド状態は胚盤胞より発生が進んだ[[wikipedia:JA:エピブラスト|エピブラスト]]の起源に相当すると考えられ、[[wikipedia:JA:ウサギ|ウサギ]]や[[wikipedia:JA:霊長類|霊長類]]のES細胞が含まれる。 自己複製には[[wikipedia:FGF2|FGF2]]と[[wikipedia:Activin A|Activin A]]を必要とし、扁平なコロニーを形成して増殖する。iPS細胞の多能性状態(ナイーブまたはプライムド)は基本的に同種のES細胞と相同であるが、これは種の相違によって規定されているものではなく、各々の細胞株として反映する発生段階の差に起因すると考えられる。  
 iPS細胞の一般的な細胞特性として、ES細胞を規定する特性である自己複製能、分化多能性、造腫瘍性、活発な増殖能、不死性を備えている。後述の通り、培養下においてiPS細胞を様々な細胞系譜へと分化誘導することも可能である。多能性幹細胞が有する分化多能性を表す一つの基準として、ナイーブ状態(naive state)とプライムド状態(primed state)の区分がある。ナイーブ状態は胚盤胞の内部細胞塊の起源をより強く反映していると考えられ、[[wikipedia:JA:マウス|マウス]]や[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]のES細胞はこちらに分類される。形態的にはドーム状のコロニーを形成し、[[wikipedia:LIF|LIF]]と[[wikipedia:BMP4|BMP4]]依存的に自己複製する。ナイーブ状態の中でも、非常に高いキメラ形成能および生殖系列への寄与を示す細胞はグラウンドステート(ground state)にあるとも表現される。一方、プライムド状態は胚盤胞より発生が進んだ[[wikipedia:JA:エピブラスト|エピブラスト]]の起源に相当すると考えられ、[[wikipedia:JA:ウサギ|ウサギ]]や[[wikipedia:JA:霊長類|霊長類]]のES細胞が含まれる。 自己複製には[[wikipedia:FGF2|FGF2]]と[[wikipedia:アクチビン|アクチビンA]]を必要とし、扁平なコロニーを形成して増殖する。iPS細胞の多能性状態(ナイーブまたはプライムド)は基本的に同種のES細胞と相同であるが、これは種の相違によって規定されているものではなく、各々の細胞株として反映する発生段階の差に起因すると考えられる。  


=== 利点  ===
=== 利点  ===


 iPS細胞に先んじて[[wikipedia:SCNT|SCNT]]やES細胞培養が確立されていたにも関わらずヒトiPS細胞の作成が求められた背景には、ヒト初期胚の研究利用をとりまく様々な課題や制限の存在があった。まず、ヒトES細胞の樹立には「生命の萌芽」と位置付けられるヒト受精卵の破壊が伴うことから、倫理的な問題となっていた。また、細胞移植治療への応用を鑑みた際、ES細胞はレシピエントとは他人の細胞であることから、そのままでは免疫拒絶反応が惹起されてしまう。一方、SCNT研究の場面においては、ヒト卵の入手と使用に関わる数的・倫理的制限に加えて胚操作上の技術的困難が挙げられた。これに対し、体細胞起源であるiPS細胞はヒト胚の利用に関する倫理的問題には該当せず、細胞ソースの調達における数的制限もない。また、技術的にも非常に容易であることに加え、母体への侵襲や胚操作の実施が困難な動物種にも適用できる利点も大きい。さらに、基礎生物学的な観点からみると、特定の起源細胞と因子を出発点に体細胞初期化についてアプローチできることから、iPS細胞の誘導は初期化をもたらす分子機構を解明するための強力かつ簡便な実験系であるともいえる。
 iPS細胞に先んじてSCNTやES細胞培養が確立されていたにも関わらずヒトiPS細胞の作成が求められた背景には、ヒト初期胚の研究利用をとりまく様々な課題や制限の存在があった。まず、ヒトES細胞の樹立には「生命の萌芽」と位置付けられるヒト[[wikipedia:JA:受精卵|受精卵]]の破壊が伴うことから、倫理的な問題となっていた。また、細胞移植治療への応用を鑑みた際、ES細胞はレシピエントとは他人の細胞であることから、そのままでは免疫拒絶反応が惹起されてしまう。一方、SCNT研究の場面においては、ヒト卵の入手と使用に関わる数的・倫理的制限に加えて胚操作上の技術的困難が挙げられた。これに対し、体細胞起源であるiPS細胞はヒト胚の利用に関する倫理的問題には該当せず、細胞ソースの調達における数的制限もない。また、技術的にも非常に容易であることに加え、母体への侵襲や胚操作の実施が困難な動物種にも適用できる利点も大きい。さらに、基礎生物学的な観点からみると、特定の起源細胞と因子を出発点に体細胞初期化についてアプローチできることから、iPS細胞の誘導は初期化をもたらす分子機構を解明するための強力かつ簡便な実験系であるともいえる。


== 樹立方法  ==
== 樹立方法  ==


=== &nbsp;動物種  ===
===動物種  ===


 マウスにおけるiPS細胞の樹立が報告された翌年、ヒトiPS細胞の樹立が報告された<ref name="ref2"><pubmed> 18035408 </pubmed></ref><ref name="ref3"><pubmed> 18029452 </pubmed></ref>。その後、ラット、ウサギ、[[wikipedia:JA:ブタ|ブタ]]、[[wikipedia:JA:ウマ|ウマ]]、[[wikipedia:JA:ウシ|ウシ]]、[[wikipedia:JA:ヒツジ|ヒツジ]]、[[wikipedia:JA:イヌ|イヌ]]のほか、非ヒト霊長類である[[wikipedia:JA:マーモセット|マーモセット]]、[[wikipedia:JA:アカゲザル|アカゲザル]]、[[wikipedia:JA:カニクイザル|カニクイザル]]においてもiPS細胞が樹立されている。また、絶滅危惧種である[[wikipedia:JA:シロサイ|シロサイ]]や[[wikipedia:JA:マンドリル|マンドリル]]のiPS細胞樹立の報告もあり、希少な[[wikipedia:JA:遺伝子資源|遺伝子資源]]の保存といった観点からも注目されている。  
 マウスにおけるiPS細胞の樹立が報告された翌年、ヒトiPS細胞の樹立が報告された<ref name="ref2"><pubmed> 18035408 </pubmed></ref><ref name="ref3"><pubmed> 18029452 </pubmed></ref>。その後、ラット、ウサギ、[[wikipedia:JA:ブタ|ブタ]]、[[wikipedia:JA:ウマ|ウマ]]、[[wikipedia:JA:ウシ|ウシ]]、[[wikipedia:JA:ヒツジ|ヒツジ]]、[[wikipedia:JA:イヌ|イヌ]]のほか、非ヒト霊長類である[[wikipedia:JA:マーモセット|マーモセット]]、[[wikipedia:JA:アカゲザル|アカゲザル]]、[[wikipedia:JA:カニクイザル|カニクイザル]]においてもiPS細胞が樹立されている。また、[[wikipedia:JA:絶滅危惧種|絶滅危惧種]]である[[wikipedia:JA:シロサイ|シロサイ]]や[[wikipedia:JA:マンドリル|マンドリル]]のiPS細胞樹立の報告もあり、希少な[[wikipedia:JA:資源#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E8.B3.87.E6.BA.90|遺伝子資源]]の保存といった観点からも注目されている。  


=== 細胞種  ===
=== 細胞種  ===


 最初のマウスiPS細胞の樹立には胎仔の線維芽細胞および成体の尾線維芽細胞が、最初のヒトiPS細胞の樹立には胎児、新生児、成人の線維芽細胞が用いられた。その後、[[wikipedia:JA:胃|胃]]上皮細胞、[[wikipedia:JA:肝実質細胞|肝実質細胞]]、[[wikipedia:JA:ケラチノサイト|ケラチノサイト]]、[[wikipedia:JA:毛乳頭|毛乳頭]]細胞、[[wikipedia:JA:色素細胞|色素細胞]]、[[wikipedia:JA:血管内皮|血管内皮]]細胞、血液細胞、[[wikipedia:JA:羊膜|羊膜]]細胞、[[神経幹細胞]]、[[wikipedia:JA:歯髄|歯髄]]幹細胞、[[wikipedia:JA:脂肪幹細胞|脂肪幹細胞]]、[[wikipedia:JA:間葉系幹細胞|間葉系幹細胞]]等、多様な細胞種からの樹立が相次いで報告されている。  
 最初のマウスiPS細胞の樹立には胎仔の[[wikipedia:JA:線維芽細胞|線維芽細胞]]および成体の尾線維芽細胞が、最初のヒトiPS細胞の樹立には胎児、新生児、成人の線維芽細胞が用いられた。その後、[[wikipedia:JA:胃|胃]]上皮細胞、[[wikipedia:JA:肝実質細胞|肝実質細胞]]、[[wikipedia:JA:ケラチノサイト|ケラチノサイト]]、[[wikipedia:JA:毛乳頭|毛乳頭]]細胞、[[wikipedia:JA:色素細胞|色素細胞]]、[[wikipedia:JA:血管内皮|血管内皮]]細胞、血液細胞、[[wikipedia:JA:羊膜|羊膜]]細胞、[[神経幹細胞]]、[[wikipedia:JA:歯髄|歯髄]]幹細胞、[[wikipedia:JA:脂肪幹細胞|脂肪幹細胞]]、[[wikipedia:JA:間葉系幹細胞|間葉系幹細胞]]等、多様な細胞種からの樹立が相次いで報告されている。  


=== 遺伝子導入方法  ===
=== 遺伝子導入方法  ===

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