「ミオクローヌス」の版間の差分

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== 緒言 ==
== 緒言 ==
ミオクローヌス(myoclonus)という用語は、1881年Friedreichが用いたparamyoclonus multiplexという名称が短縮されたものと考えられている。現在、ミオクローヌスは“中枢神経系の機能異常による突然の電撃的な、四肢・顔面・体幹などに生じる意識消失を伴わない不随意運動”と定義されている<ref name=Shibasaki2005><pubmed>15547927</pubmed></ref><ref name=人見健文2016>人見健文、寺田清人、池田昭夫 (2016).<br>第9章ミオクローヌス、第1部不随意運動。不随意運動の診断と治療 改訂第2版:158-182、診断と治療社、</ref>。瞬間的に起こる不随意運動という点では、不随意運動の中でけいれんにもっとも近い。ただし全身けいれん発作でみられるミオクロニー発作(myoclonic seizure)もこの定義に合致するが、この場合はミオクローヌスとは呼ばない<ref name=柴﨑浩2012>柴﨑浩 (2012).<br>ミオクローヌス-概念と分類 Clinical neuroscience 30: 746-749.</pubmed></ref>3)。ミオクロニー発作は、てんかん発作としての表現であり、通常両側あるいは全般性の1−2秒間以内の連続した四肢の筋収縮であり、1−2秒間の意識減損を伴うこともあり、単発のこともある。これが極めて断片化して出現したものが皮質性ミオクローヌスに相当し、そのために皮質性ミオクローヌスはてんかん性ミオクローヌスとも呼ばれる。ミオクローヌスは運動異常症の立場からの用語、ミオクロニー発作はてんかん学の立場からの用語ともいうことができる<ref name=平山恵造1984>平山恵造 (1984).<br>ミオクローヌス(ミオクロニー)の症候学とその混乱の歴史. 神経進歩 28: 701-713.</pubmed></ref><ref name=麓直浩2009>麓直浩, 池田昭夫 (2009).<br>進行性ミオクローヌスてんかん、専門医のための精神科臨床リュミエール14、精神科領域におけるけいれん・けいれん様運動(兼本浩裕、山内俊雄編)、175-181, 中山書店</ref>4)5)。なお、ミオクローヌスてんかんは、不随意運動としてのミオクローヌスとてんかん発作の両者を有するてんかん症候群である。
 ミオクローヌス(myoclonus)という用語は、1881年Friedreichが用いたparamyoclonus multiplexという名称が短縮されたものと考えられている。現在、ミオクローヌスは“中枢神経系の機能異常による突然の電撃的な、四肢・顔面・体幹などに生じる意識消失を伴わない不随意運動”と定義されている<ref name=Shibasaki2005><pubmed>15547927</pubmed></ref><ref name=人見健文2016>'''人見健文、寺田清人、池田昭夫 (2016).'''<br>第9章ミオクローヌス、第1部不随意運動。不随意運動の診断と治療 改訂第2版:158-182、診断と治療社、</ref>。瞬間的に起こる不随意運動という点では、不随意運動の中でけいれんにもっとも近い。ただし全身けいれん発作でみられるミオクロニー発作(myoclonic seizure)もこの定義に合致するが、この場合はミオクローヌスとは呼ばない<ref name=柴﨑浩2012>'''柴﨑浩 (2012).'''<br>ミオクローヌス-概念と分類 Clinical neuroscience 30: 746-749.</ref>3)。ミオクロニー発作は、てんかん発作としての表現であり、通常両側あるいは全般性の1−2秒間以内の連続した四肢の筋収縮であり、1−2秒間の意識減損を伴うこともあり、単発のこともある。これが極めて断片化して出現したものが皮質性ミオクローヌスに相当し、そのために皮質性ミオクローヌスはてんかん性ミオクローヌスとも呼ばれる。ミオクローヌスは運動異常症の立場からの用語、ミオクロニー発作はてんかん学の立場からの用語ともいうことができる<ref name=平山恵造1984>'''平山恵造 (1984).'''<br>ミオクローヌス(ミオクロニー)の症候学とその混乱の歴史. 神経進歩 28: 701-713.</ref><ref name=麓直浩2009>'''麓直浩, 池田昭夫 (2009).'''<br>進行性ミオクローヌスてんかん、専門医のための精神科臨床リュミエール14、精神科領域におけるけいれん・けいれん様運動(兼本浩裕、山内俊雄編)、175-181, 中山書店</ref>4)5)。なお、ミオクローヌスてんかんは、不随意運動としてのミオクローヌスとてんかん発作の両者を有するてんかん症候群である。
== 診断==
== 診断==
上記の様な突然の、電撃的な、四肢・顔面・体幹などに生じる意識消失をともなわない不随意運動があればミオクローヌスを疑い検査を行うことになる。明確な診断基準はなく、現在においても臨床症候に加えて表面筋電図などの電気生理学的手法を用いて診断する<ref name=Zutt2018><pubmed>29352095</pubmed></ref>{Zutt, 2018 #6}6)。そのため類似する素早い動きを呈する不随意運動を除外することが診断上重要である<ref name=Zutt2015><pubmed>26553594</pubmed></ref>7)(表1)。
 上記の様な突然の、電撃的な、四肢・顔面・体幹などに生じる意識消失をともなわない不随意運動があればミオクローヌスを疑い検査を行うことになる。明確な診断基準はなく、現在においても臨床症候に加えて表面筋電図などの電気生理学的手法を用いて診断する<ref name=Zutt2018><pubmed>29352095</pubmed></ref>{Zutt, 2018 #6}6)。そのため類似する素早い動きを呈する不随意運動を除外することが診断上重要である<ref name=Zutt2015><pubmed>26553594</pubmed></ref>7)('''表1''')。
しかし実臨床の場では、本邦で比較的よく認められる成人発症のミオクローヌスてんかんである良性成人型家族性ミオクローヌスてんかん(benign adult familial myoclonus epilepsy: BAFME)で出現する皮質振戦のように、不随意運動がミオクローヌスと振戦の両者の特徴をあわせもつ場合<ref name=Ikeda1990><pubmed>2215948</pubmed></ref>8)がある。また、ミオクローヌスジストニア(DYT11)の様にミオクローヌスが運動障害の主たる原因となるが、ジストニアも有するなど複数の不随意運動が併存する疾患<ref name=Kinugawa2009><pubmed>19117361</pubmed></ref>9)もあることにも留意する必要がある。複数の不随意運動が混在あるいは併存していると考えられる場合には、あえて1つにまとめようとせず、観察される不随意運動を出来るだけ正確に記載することが、後々の診断において有用であると考えられる。
 
ミオクローヌスと診断後、その原因疾患の精査となる<ref name=Zutt2015></ref>7)。ミオクローヌスはさまざまな疾患や薬剤の副作用などで認められる(表2)<ref name=Brown2013><pubmed>23754854</pubmed></ref>10)。また原因疾患の一部では、原因遺伝子も判明している(表3)<ref name=Brown2013><pubmed>23754854</pubmed></ref>10)。最近の知見としては、BAFMEの原因はSAMD12などの遺伝子のイントロンにおけるTTTCA あるいは TTTTA リピートの異常伸長であることが本邦から報告された<ref name=Ishiura2018><pubmed>29507423</pubmed></ref>11)。またリピートの異常伸長の程度とてんかん発作の発症年齢が逆相関すること(表現促進現象)も明らかとなった<ref name=Ishiura2018><pubmed>29507423</pubmed></ref>11)。このことは臨床的に報告されていた知見<ref name=Hitomi2012><pubmed>22150818</pubmed></ref>12)を裏付ける結果であった。
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|+表1. ミオクローヌスと鑑別を有する不随意運動と主な鑑別点 (文献<ref name=人見健文2016></ref>2から改変引用)
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'''1. 線維束攣縮''':ミオクローヌスでは関節運動をともなうが、線維束攣縮は関節運動をともなわない。表面筋電図での筋活動はミオクローヌスより振幅が小さく、持続時間も短い。<br>
'''2. ミオキミア''':ミオクローヌスでは関節運動をともなうが、ミオキミアは関節の運動をともなわない。表面筋電図での筋活動は線維束攣縮と同様に低振幅で持続時間は短い。<br>
'''3. 振戦''':ミオクローヌスが基本的に不規則な筋収縮であるのに対し、振戦は律動的な不随意運動である。表面筋電図では、ミオクローヌスでは主動筋と拮抗筋が同時に活動しているのに対して、多くの振戦では主動筋と拮抗筋が交互に活動することが観察される。<br>
'''4. チック''':ミオクローヌスが1~2関節の一方向への単純な運動であるのに対し、チックは複数の関節に生じる多方向へ向かう運動の複雑な一連の組み合わせであることが多い。また、チックが随意的にある程度抑制可能である点も異なる。<br>
'''5. 舞踏運動''':四肢遠位部優位に出現する比較的素早い運動だが、ミオクローヌスに比べると滑らかな不随意運動である。表面筋電図では1~数秒単位の筋放電がバラバラに出現する。運動が断続的で複雑であることもミオクローヌスとの違いである。<br>
'''6. バリズム''':上肢または下肢を近位から全体を振り回すような大きく激しい不随意運動である.比較的常同的で3Hz程度の周期性をもって現れることが多い。表面筋電図では四肢の近位筋に持続時間の長い筋放電を認める。運動が常同的、周期的で関節運動としてもやや複雑である点がミオクローヌスと異なる。
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 しかし実臨床の場では、本邦で比較的よく認められる成人発症のミオクローヌスてんかんである良性成人型家族性ミオクローヌスてんかん(benign adult familial myoclonus epilepsy: BAFME)で出現する皮質振戦のように、不随意運動がミオクローヌスと振戦の両者の特徴をあわせもつ場合<ref name=Ikeda1990><pubmed>2215948</pubmed></ref>8)がある。また、ミオクローヌスジストニア(DYT11)の様にミオクローヌスが運動障害の主たる原因となるが、ジストニアも有するなど複数の不随意運動が併存する疾患<ref name=Kinugawa2009><pubmed>19117361</pubmed></ref>9)もあることにも留意する必要がある。複数の不随意運動が混在あるいは併存していると考えられる場合には、あえて1つにまとめようとせず、観察される不随意運動を出来るだけ正確に記載することが、後々の診断において有用であると考えられる。
 
 ミオクローヌスと診断後、その原因疾患の精査となる<ref name=Zutt2015></ref>7)。ミオクローヌスはさまざまな疾患や薬剤の副作用などで認められる(表2)<ref name=Brown2013><pubmed>23754854</pubmed></ref>10)。また原因疾患の一部では、原因遺伝子も判明している(表3)<ref name=Brown2013><pubmed>23754854</pubmed></ref>10)。最近の知見としては、良性成人型家族性ミオクローヌスてんかんの原因はSAMD12などの遺伝子のイントロンにおけるTTTCA あるいは TTTTA リピートの異常伸長であることが本邦から報告された<ref name=Ishiura2018><pubmed>29507423</pubmed></ref>11)。またリピートの異常伸長の程度とてんかん発作の発症年齢が逆相関すること(表現促進現象)も明らかとなった<ref name=Ishiura2018><pubmed>29507423</pubmed></ref>11)。このことは臨床的に報告されていた知見<ref name=Hitomi2012><pubmed>22150818</pubmed></ref>12)を裏付ける結果であった。


== 治療 ==
== 治療 ==
それぞれの患者の病態に応じて治療を選択する。しかし原因疾患により薬剤難治性のミオクローヌスの場合には多剤併用療法が有用である。非薬物療法としては、難治性のミオクローヌスに対して定位視床腹中間核手術が有効であったとの報告がある。またてんかん発作に伴うミオクローヌスの一部ではてんかん焦点切除術や脳梁離断術などの外科的治療が有効である。当然ながら侵襲的な治療の適応は慎重に判断する必要がある。
 それぞれの患者の病態に応じて治療を選択する。しかし原因疾患により薬剤難治性のミオクローヌスの場合には多剤併用療法が有用である。非薬物療法としては、難治性のミオクローヌスに対して定位視床腹中間核手術が有効であったとの報告がある。またてんかん発作に伴うミオクローヌスの一部ではてんかん焦点切除術や脳梁離断術などの外科的治療が有効である。当然ながら侵襲的な治療の適応は慎重に判断する必要がある。


=== 皮質性ミオクローヌス ===
=== 皮質性ミオクローヌス ===
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 大脳皮質一次感覚運動野の神経細胞の異常により生じる。非常に持続時間の短い不規則な筋収縮で、姿勢時や運動時に出現しやすく,しばしば刺激過敏性を認める。“てんかん性ミオクローヌス”と病態生理的に考えられ、てんかん発作をともなうものも多い。
 大脳皮質一次感覚運動野の神経細胞の異常により生じる。非常に持続時間の短い不規則な筋収縮で、姿勢時や運動時に出現しやすく,しばしば刺激過敏性を認める。“てんかん性ミオクローヌス”と病態生理的に考えられ、てんかん発作をともなうものも多い。


 皮質性ミオクローヌスはさらに3種類の亜型に分類される。刺激過敏性があり、体性感覚、聴覚、視覚刺激などで誘発される場合は皮質反射性ミオクローヌス、刺激に無関係に自発的に生じているものを自発性皮質性ミオクローヌス、自発性であっても身体の一部に限局し、持続性にミオクローヌスが生じている場合には持続性部分てんかんと分類している。皮質性ミオクローヌスをきたす疾患としては、進行性ミオクローヌスてんかん、BAFME、Creutzfeldt-Jakob病、無酸素脳症後のミオクローヌス(Lance-Adams症候群)、皮質基底核変性症などの各種変性疾患、各種代謝性脳症などがある(表2)。このうちCreutzfeldt-Jakob病、Lance-Adams症候群などでは皮質下性ミオクローヌスも呈する。
 皮質性ミオクローヌスはさらに3種類の亜型に分類される。刺激過敏性があり、体性感覚、聴覚、視覚刺激などで誘発される場合は皮質反射性ミオクローヌス、刺激に無関係に自発的に生じているものを自発性皮質性ミオクローヌス、自発性であっても身体の一部に限局し、持続性にミオクローヌスが生じている場合には持続性部分てんかんと分類している。皮質性ミオクローヌスをきたす疾患としては、進行性ミオクローヌスてんかん、BAFME、Creutzfeldt-Jakob病、無酸素脳症後のミオクローヌス(Lance-Adams症候群)、皮質基底核変性症などの各種変性疾患、各種代謝性脳症などがある('''表2''')。このうちCreutzfeldt-Jakob病、Lance-Adams症候群などでは皮質下性ミオクローヌスも呈する。


=== 皮質下性ミオクローヌス ===
=== 皮質下性ミオクローヌス ===

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